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06.理不尽に対抗する理不尽


 あたしは少し考えて、その場でキャリルとプリシラのセリフを提案し、了承をもらった。


 そして近くに立つドルフ部長に告げる。


「済みません部長、あたし達にも拡声の魔法を掛けてください」


「分かった」


 部長は、あたしとキャリルとプリシラに拡声の魔法を掛けてくれた。


 それを確認してから、あたしは告げる。


「はいはいはい、皆さん静粛に。予備風紀委員のウィン・ヒースアイルです。あたしだけでもなく、風紀委員会の生徒や先生方も居ますので、落ち着いて話を聞いてください」


 もうここまで来ると気持ち的には若干破れかぶれになってきているが、意識を集中させつつあたしは発言した。


 あたしの言葉で、食堂は直ぐに静かになって行った。


「さて、突然告げられましたが、武術研究会と筋肉競争部の誓いは見事だったと思います。せっかく指名されましたので予備風紀委員の立場により、あたし、ウィン・ヒースアイルは、今この場で斬撃の乙女(スラッシュメイデン)の名を借ります」


「わたくし、キャリル・スウェイル・カドガンは予備風紀委員の立場により、今この場で変幻の乙女(メタモルメイデン)の名を借ります」


「私、プリシラ・ハンナ・ドイルは二人の友人を一時的に代表し、今この場で平穏の乙女(ピースメイデン)の名を借ります」


 プリシラが拡声の魔法によってその鈴の音のような声を食堂に響かせたとき、明らかにその場の空気が変わった。


 元々は貴族家の晩餐会での出来事だ。


 新聞が匿名報道された意味を理解できる者は多い。


 本来は貴族家の都合として秘しておきたい事件だったが、完全に秘せば事件があった事実を悪用する者が居る。


 それを恐れての匿名報道だからかなりキナ臭いことは分かる。


 その上で貴族家の令嬢である彼女が“借りる”と言ってのけたその覚悟も、多くの者がその重さを感じた。


斬撃の乙女(スラッシュメイデン)は困難に立ち向かう者として、誓いを受けとめるでしょう」


変幻の乙女(メタモルメイデン)は困難に立ち向かう者を助ける者として、誓いを受けとめるでしょう」


平穏の乙女(ピースメイデン)は困難に立ち向かう者を信じる者として、誓いを受け止めるでしょう」


「「「王立ルークスケイル記念学院に幸いあれ!」」」


 そしてあたしとキャリルとプリシラは、ゆっくりと略式のカーテシーをした。


 すると再び食堂内は、拍手と足を踏み鳴らす音と歓声が溢れた。


「はーいはいはい。食堂に居る全てのみなさん、お疲れさまです。学院の風紀を守るため、皆さん一人一人が風紀を守って下さることを希望します。ここには風紀委員も先生方も居ますよー」


 あたしが割ともう投げやりな感じで最後にそう告げると、だんだんと食堂は静かになって行った。




「そんで先輩ら、キッチリ納得行くように説明してくれるんやろな、あ゛?!」


「そうじゃな、自己満足ということは無いじゃろう。大丈夫じゃろうとは思うが、まともな説明もなしにこのまま済ますのなら、いちどとは言わず何度でも、妾の魔法でおぬしらの頭の中をきれいさっぱりまともになるように掃除してやるがのう」


 サラは尻尾を逆立ててキレ気味で告げ、その横には昏い闇属性魔力を昂らせるニナが居た。


 武術研究会と筋肉競争部の連名による誓いの直後に、あたし達のテーブルは関係者が集まった。


 元から居た関係無い生徒たちは空気を読んで席を移動し、部長とスティーブンがサラとニナによって座らされる。


 そこに『敢然たる詩ライム・オブ・ブレイブリー』メンバーのレノックスとコウとカリオがやってきて、同時に風紀委員会の先輩たちと生徒会の先輩たちがやってきた。


 なぜかライゾウとマクスとパトリックの姿もあるが、三人とも目が笑っていない。


 ちなみにリー先生と、高等部の男性教師の姿も二人ぐらいある。


 みんなが集まったところで一瞬風属性魔力がニナから走り、周囲が見えない防音壁に囲まれて今に至る。


 あたし的にはグラウンド・ゼロという気分だが、話を付けておくこと自体は異論は無かった。


「一言でいえば、“理不尽に対抗する理不尽”というコンセプトで今回は無理やり動いた。もちろんこれは正気で判断した」


 まず、ドルフ部長が臆することなく発言した。


「どういう意味かしら、ドルフ?」


 部長の言葉に生徒会長のキャシーが問う。


 その表情を見るに、彼女はサラやニナよりも冷静そうだ。


「俺の実家は子爵家だ。先の新聞報道の真相も把握できている。その上で当事者の女子たちが、全員とも王国貴族から好意的に見られていることもな」


「続けて」


「ああ。だが、我が部の後輩であるウィンとキャリルが、その友人と共に、学院で面白おかしく事実を曲げて語られることが心配だった。そんな理不尽が一度広まれば、言葉で諭してもこぶしで諭しても、さらに曲がった事実が語られかねん」


「つまりあなたとスティーブンは、出来るだけ早く彼女たちを好奇の目から護る体制を整えたかったと?」


「そうだ。新聞報道はあるが、今回俺たちに勝手に“例の乙女だ”と判断されて巻き込まれた形にする事を考えた」


「なるほど、事実とは別に、あくまでパフォーマンスの参加者として巻き込んだことにして、真相を曖昧にしたということですか」


 キャシーと部長のやり取りを聞いていたリー先生が、横から割って入った。


「加えて、武術研と筋肉競争部が彼女たちを護ると間接的に宣言したことで、事実を曲げる者が出るのを防ぐと?」


「そうですリー先生。しかもそれを無理やり俺たちが連名で進めたことにすればいい。本人たちは巻き込まれただけだとか、あの場で応えるよう仕向けられたことにできる」


「それがわたしとドルフで考えた作戦、“理不尽に対抗する理不尽”なのですッ」


 凄い説得力だ。


 部長ではなくスティーブンがそう言った瞬間、その場の殆どの者はそう感じていただろう。


「――いいでしょう。手順に多少問題はありましたが、“迅速は(いくさ)の本質”との言葉もあります。この段階で当事者を味方するという判断は、学院としては妥当なものとみなします」


 そう言ってからリー先生はこの場に集まった生徒たちを見渡す。


「皆さんもそれでいいでしょうか?」


「一つだけいいでしょうか?」


 リー先生の問いに、あたしが手を挙げる。


「何でしょうかウィンさん」


「食堂でのことは一切聞いていなかったのですが、朝にドルフ部長と会った時“今回だけのことでもない”と言っていました。その辺りはどういうことか確認しておきたいです」


 無いとは思うけど、いつでも自動的にあたしとか友達が彼らに巻き込まれる仕組みを作りたくは無いのだ。


 念のため部長の真意を確認しておきたかった。


「ああ、今後のことも考えている。今回の新聞報道で、学院生徒が事件の当事者になるケースがあると分かった。今後同じことが起きたとき、その対応をどうするのかを生徒会や風紀委員会を含めて話しておきたい」


「なるほど、ドルフは隙が無いね」


 生徒会副会長のローリーが部長に告げたが、この場の他の者も部長の声を妨げる意思は無さそうだ。


 そこまで話が進んだところでカールが口を開く。


「問題提起という訳か。いいだろう。風紀委員会としては僕が話を聞く。まずは代表者で集まって打合せをしよう。キャシー会長、リー先生、お願いします。昼休みに済む話で無いし、別途時間を作る。みんなもそれでいいだろうか?」


『異議なし(なのじゃ)(やで)(にゃー)(ですわ)』


 そうしてこの場はいったん解散となった。


 あたしとしてはもう食欲もあまり無かったけど、無理やり昼食を詰め込む。


 実習班のみんなにはまた説明すると言ってから、あたしとキャリルは気配を消して食堂を離れて魔法の実習室に向かった。


 プリシラは裁縫部の部員たちに護られるようにして、ホリーと共に食堂を離れて行った。




 敢然たる詩ライム・オブ・ブレイブリーの打合せは、食堂での騒動の話から始まった。


 【風操作(ウインドアート)】であたし達の周りを防音にすると、カリオが口を開いた。


「さっきの出来事を詳しく訊いておきたいんだが」


「オレも同感だ」


「ボクも気になるね。そもそもはどういう話だったんだい?」


 レノックス様もコウも同様に気がかりなようだ。


 あそこまで衆目を集めれば仕方がない話ではあるんだけど。


「そうね。みんなには話しておくべきよね。キャリル、いいかしら?」


「このメンバーなら問題無いでしょう。ウィン、お願いします」


「分かったわ。そもそもは先週末にあった、ティルグレース伯爵家の晩餐会での出来事が発端よ――」


 アルラ姉さんには話したけど情報集めの件は話がややこしくなるし、依頼の守秘義務の関係もあるのであたしはすっ飛ばした。


 晩餐会の手伝いであたしが会場に詰めていたら、プリシラの側にあたしが控えていたタイミングで不自然に帰宅を促す者が現れたところから説明する。


 エントランスホールまで同行したが、あたしがプリシラにくっついて談話室(サロン)を離れたのをキャリルが不自然に感じて追跡した。


 エントランスホールであたしがプリシラに確認すべきと進言したところで、侵入者たちが現れて交戦しこれを撃退した。


 撃退したところを招待客が現れて、場が収められた。


「――概略はそんな感じね」


「伯爵邸に侵入者か。穏やかでは無い話だが、どういう連中だったのだ?」


「フサルーナ王国を本拠地とする傭兵団で、『黄昏の旋律』という連中だったらしいわ」


「賊の身柄はお爺様の判断で王城に身柄を引き渡しましたわ。今ごろ取り調べが進んでいることでしょう。それにしても……」


「どうしたんだキャリル?」


 何やら考え始めたキャリルにカリオが問う。


「いえ、賊はスーツを着込んでいたのですが、その内ポケットから細剣を取り出して戦闘になりましたの」


「細剣か。マジックバッグを使ったのだろうな。……朱櫟流(イフルージュ)の使い手ということだろうか」


「そうでしたわ。けれどレノの腕前には二段階ほど届かない連中で助かったというか、正直物足りなかったんですの」


「そ、そうか。何にせよお前たちが無事で良かった」


 キャリルの言い草にレノックス様が多少呆れつつ、安どの声を漏らす。


 じっさい現場ではキャリル達の相手になった連中は、クビ以外の関節はエライことになってたんだよな。


 レノックス様たちをドン引きさせてもまずいし、この場では言わないけど。


「それで、その時の出来事が新聞で報じられることになったんだね?」


「そうよ。伯爵家の判断で匿名報道にして、内容そのものは事実に即して報じることにしたのよね?」


「そうですわ。お爺様とキュロスカーメン侯爵閣下がわたくし達の二つ名を決めて、記事の詳細を我が家の者が監修して報道されましたの」


「まさか翌日の新聞各紙で、トップ記事になってるとは思わなかったわよ」


 あたしが重いため息をつくと、レノックス様とコウとカリオは苦笑いを浮かべた。


「それで話がつながったぞ」


「そうだね。そういう事情なら、ドルフ先輩やスティーブン先輩が急いだ理由も納得できるかなぁ」


「ああ。いずれにせよ食堂での件は、カール先輩たちが上手くまとめるだろう」


 レノックス様の言葉にあたし達は頷いた。


 その後敢然たる詩ライム・オブ・ブレイブリーの活動について話したけれど、今週はいよいよ指名依頼の件に臨むという話になった。


「指名依頼についてはすでに伝えたと思うが、明日放課後に、身一つで附属研究所に行けばいいことになっている」


「シンプルで分かりやすいな。俺はマクスとの戦闘になるってのがゾッとしないけど」


「あら、わたくしは前回の立ち合いから、どの位自分が動けるようになったか確かめたいのですけれど」


 キャリルが言っているのは、学院裏闘技場で集団戦を行った時の話だろう。


「あの時はウィンが経皮睡眠薬を使ったんだよね?」


「そうよ。あの薬を使った光景で妙な二つ名が付いたのよねー……」


 コウに問われてあたしは渋々応える。


 別に毒殺しようとした訳じゃ無いんだから、必殺委員(キラーモニター)とか呼ばなくてもいいのに。


 あたしがどんよりしていると、みんなは「今回は関係者だけだから」などと口々に慰めてくれた。


 そんな感じであたし達は打合せを終えた。



挿絵(By みてみん)

カール イメージ画(aipictors使用)




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