05.学院の生徒を護りたい
週が明けて十二月も二週目になった。
いつも通りに寮からクラスに向かおうと思ったけれど、例の新聞記事が出てから初めての平日だ。
あたしやキャリルは気配を消せるし、普通の相手ならどうとでも逃げられる。
それでもプリシラのことが気になったので、あたしとキャリルは彼女の登校を見守ることにした。
まあ、お節介なのは自覚してるんだけれど。
寮のプリシラの部屋の前の廊下で、あたしとキャリルは気配を消して待機する。
「何もなければ良いのですが」
「学院の野次馬根性がある連中でも、さすがに何もしないと思いたいところね」
やがてしばらくすると、プリシラの部屋の前にホリーが現れた。
あたしとキャリルが一瞬気配遮断を緩めるとホリーがこちらに気づくので、あたし達は軽く手を振ってから気配を遮断する。
気配を消したあたし達に苦笑しながら、ホリーも軽く手を振った。
その後ホリーはプリシラと合流してから寮を離れたので、あたしとキャリルも気配を消して彼女たちを追いかけた。
いつもと同じ学院構内なら良かったのだけれど、今朝はどうにも奇妙な連中の姿がある。
やたらとガタイの良い男子生徒や武術研で普段話したりする先輩達が、寮から講義棟までのベンチに座っていたり、建物のカドや立ち木の脇などに立っているのだ。
かといって彼らがプリシラ達に何かをする訳でも無く、ただ寮からの道に待機しているだけなのだ。
「あの人たち、どう思う?」
「警護、でしょうか?」
キャリルに訊くも、彼女も当惑気味だ。
確かにそう見えなくもないけれど、確定的なことも言えない。
「正直何とも言えないよね」
「どうしますウィン? 武術研の先輩にいきさつを訊きますか?」
「うーん……。それは放課後でもできるし、まずはクラスまで見守りましょう」
「そうですわね」
あたし達はプリシラとホリーを見守りつつ気配を消して追いかけ、無事にクラスに到着するのを確認した。
すると廊下には良く知った顔が二人あった。
武術研究会の部長と、筋肉競争部部長のスティーブンだった。
ちなみにスティーブンはちゃんと制服を着こんでいる。
二人は仲良く並んで廊下の脇に佇んでいたが、あたしたちのクラスからは目と鼻の先だった。
あたしは迷うことなく声を掛けた。
「おはようございます。お二人は奇妙な取り合わせですね。何かあったんですか?」
「ああウィンか、おはよう。ちょっとな」
「うむおはよう、斬撃の乙女殿ッ。良い朝だなハハハ……むぐっ」
武術研の部長はスティーブンの口を含む顔の下半分をむんずと掴み、笑顔を浮かべて告げる。
「少し黙ろうかスティーブン。色々と段取りをすっ飛ばすなら、関節を外して演習林に縛っとくぞ」
割と穏やかな声で部長は告げているのだが、スティーブンを掴む手は強さを増しているような気がした。
あと、たぶん演習林云々はホントにやりかねない迫力を感じた。
「わはったとも、ヒブアップだドルフッ」
そう言いながらスティーブンは部長の腕を外そうと頑張っていた。
ちなみに武術研の部長の名はこれまで触れる機会が無かったけど、ドルフ・メイナード・タウンセンドという。
竜芯流の皆伝者だけど、中立派貴族の子爵の二男の二男らしい。
「あのー、風紀委員としては揉め事なら困るんですが」
「……ああ済まない。色々と俺たちでも考えて、君らが学院生活を不自由なく暮らせる助けを、先輩として用意しようと思っただけだ」
「助け、ですの?」
「さっき、段取りとか言いましたけど、何か計画しているんですか?」
色々と大ごとになるのは本当に勘弁してほしいんだが。
「今回だけのことでも無いし、君らだけの話でもない。今後のことを考えて、クギを刺しておくことにしたんだ」
そう微笑んで部長はスティーブンの顔を掴んでいる手に力を込める。
「こいつとも連名で話を進める。色々と不安かも知れないけれど、俺とこいつの愚直さだけは信用して欲しい」
何やら爽やかな口調で言っているが、部長は竜芯流の人間らしい体形でスティーブンとそん色ないほどガタイがいい。
そんな人がどんなに笑顔を浮かべて穏やかに話しても、ミシミシいいそうな感じで隣の筋肉野郎を締め上げていれば注目度は高かった。
「分かりました。全く理解していませんが、あたし達だけでもなく今後のことを考えて、という話は信じたいです」
「わたくしも同意しますわ。それに、そろそろホームルームが始まりますわよ?」
「おおっと、それもそうだな。――それじゃあ行くかスティーブン」
部長はそう告げるとようやく手を放し、あたし達に手を振ってから廊下を駆けていく。
「朝から騒がしくて済まなかった。失礼するッ」
スティーブンも何やら手を振って廊下を駆けていく。
「……取りあえず教室に入りましょうか」
「そうですわね」
いつもよりは少し遅めにクラスに入ったけれど、クラスのみんなからはいつも通りに挨拶を貰った。
午前中の授業を受けてお昼になった。
いつものように実習班のメンバーで食堂に行き、昼食を一緒に食べ始めた。
すると、今朝クラスの近くで見掛けたドルフ部長と、スティーブンがあたし達の席までやってきた。
気づけば、食堂の各所では武術研究会の先輩たちや朝見掛けたガタイのいい男子生徒たちが立ち上がって一斉にこちらを向いている。
食堂はその奇妙な雰囲気にいつもよりざわめき始めていた。
「すまんウィン、キャリル。これから少し話をする。君らは聞いているだけで構わん。俺たちの話を聞いてほしい」
「……聞いていなければダメですか?」
「恐らく今日この場で、区切りをつけてしまった方がいい話だろうと俺は判断する」
「分かりました」
「わたくしも承知しましたわ」
「済まん」
部長はその場で拡声の魔法を使うと、食堂に居た生徒や職員などに呼びかけ始めた。
ガタイのいい男子生徒が一斉に立ち上がって何かを始めたので食堂内は騒めいていたけれど、部長が語り出すと直ぐに静かになる。
「食事中の皆、突然失礼する。武術研究会の部長をしているドルフ・メイナード・タウンセンドだ。時間は掛からないので、少し我々の話を聞いてほしい」
そう言って部長は食堂を見渡すが、その場の者は取りあえず話を聞くことにしたようだ。
「知っている者も多いだろうが、昨日の新聞各紙朝刊の一面で、貴族家令嬢の誘拐未遂事件が報じられた。そしてこの不当な暴力は、乙女たちによって解決されたそうだ」
あたしとキャリルを前にいきなりその話を始めるのか。
どんな段取りがあるというのやら。
「この世には暴力があるし、武術研の部長をしていればそういう話を聞くことは多い。だがこの事件では、勇敢にも現場の乙女たちが立ち向かった。これを知ったとき、武術研の部長として思ったのは、ただ“学院の生徒を護りたい”ということだ」
気負いも臆面もなく、部長はそう言ってのけた。
あたしの場合は身内の範囲しかその想いは及ばないけれど、彼はそこまで断言するのか。
「もし今後この学院で学ぶ者が、学院内のみならず不当な暴力に困ったなら、迷わず武術研究会に相談して欲しい。そしてこれは、筋肉競争部とも意見を同じくした」
部長がそう言ってスティーブンに視線を向けると、彼は一つ頷いて告げる。
「部長のスティーブン・クックだッ。いまドルフが語ったことにッ、筋肉競争部としても意見を同じくするッ」
「その上で非常に勝手ではあるが、俺は、風紀委員会に属する二人の乙女に、新聞で報じられた乙女の姿を感じた」
部長はあたしとキャリルを見やりつつ、さらに告げる。
今さらだけどすごく嫌な予感がした。
けれどそれは、そうなるべくしてそうなっているようにも、あたしには感じられた。
「短剣で戦っているウィン嬢が斬撃の乙女に、戦槌で戦っているキャリル嬢が変幻の乙女に感じられたのだ。普段、学院の風紀を護っている乙女たちに、俺たちの決意の証人になってほしい」
そして、その場で立っているガタイのいい生徒たちが声を揃える。
『我らは暴力から学院生徒を護らんとすることをここに誓う!』
「皆、ご静聴に感謝する!」
部長がそう言った瞬間、食堂にいた生徒や職員は拍手したり、足を踏み鳴らしたりした。
中には「うちも混ぜろー」とか「乙女最強!」とか、よく分からないことを叫ぶ生徒も居るな。
さて、これはどうしたものだろう。
あたしが脳内で対応を考え始めていると、あたしの席までキャリルとプリシラが来た。
プリシラには硬い表情をしたホリーも付いてきている。
「あなた達、まさか……」
「あくまでも、我が学院の乙女たちとして、立会人が必要なのでしょう?」
「ウィンとキャリルの友として、ここは私が立つことを希望します」
何でも無いことのように、キャリルとプリシラが告げる。
部長は聞いているだけでいいと言ってくれたけれど、名前を使われた者としては反応は示したほうがいいだろう。
それは確かなのだが。
「……本当にいいのね?」
あたしの問いに、二人は頷いた。
ホリー イメージ画(aipictors使用)
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