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04.趣味が炸裂して


 その少年たちは決意を固めていた。


 王都ディンルークの商業地区の路地裏にある古ぼけた喫茶店に、彼らは集まっていた。


 六名の少年たちが周囲を魔法で防音にして話している。


「やると決めたのはいい。もう、そういう時期だからな」


「ああ。だが状況を整理する必要があるだろう」


「そんなの、いつも通りやるしかねえんじゃ無いのか」


「いつも通り、か。ならばまず、戦力の補充と作戦の立案だな」


「そうだ。エックスデーは決まっている以上、作戦立案は絶対条件だ。そこから動ける人間の数でスケジュールが決まってくる」


「経験的に言って、例年より遅れていることは無い。戦力の拡充も、それぞれ当てはあるだろう?」


 そう言って少年の一人が仲間を見渡すが、特に異論がある者は無さそうだった。


「よし、じゃあ例年通り初等部一年から各自最低でも一人は確保する。俺たち幹部が動いてもいいし、下に任せてもいい」


『了解』


 少年たちは気楽な様子で声を揃えた。


 実際彼らには、そうする当てはあるのだろう。


「問題は例年に無い材料だな……。必殺委員(キラーモニター)、いや、斬撃の乙女(スラッシュメイデン)と言うべきなのか?」


 少年の一人がそう告げると、彼らの多くが難しい顔をする。


 だが、それほど深刻そうな表情を浮かべていない者が口を開く。


「斬撃の乙女って何だ?」


 それに対して多くの者が信じられないという表情を向けた。


「おまえ、新聞くらい読めよ。あり得ねえ」


「そうだぞ、俺たちの真の名が泣くぞ」


 真の名という単語に、他の数名が黙って頷く。


「悪かったよ……。新聞は読み損ねたんだよ今日は」


 その声を聞くとため息をつきながら少年の一人が席を立ち、喫茶店の店員から新聞の朝刊を借りてきた。


 そして魔法で防音にした席に戻ると、新聞を読み損ねたという者に手渡す。


「一面に書いてあるからちょっと読め」


「ああ? ……ほう。……なるほど。…………これは。…………なあ、まさかこの斬撃の乙女って……」


 新聞を読んでいた者が顔を上げると、それを見ていた少年が口を開く。


「そうだ。匿名になってるがウィン・ヒースアイルだってのはほぼ確定だ。情報の出どころは言えねえけどな」


「マジか。さすが月輪旅団、パねえ……」


 新聞を手にして絶句する少年に他の者が告げる。


「ちなみに、変幻の乙女(メタモルメイデン)はキャリル嬢でほぼ確定だ」


「じゃあ……、平穏の乙女(ピースメイデン)は?」


「……詮索するな。想像するのは自由だが、不用意に吹聴すれば命にかかわるかも知れん」


「そういうリスクがあるって話だ。退学とかじゃあねえぞ、文字通り命だ」


「うへぇ……、まあ了解だよ。おっかねえ」


 少年は顔をしかめながら新聞を折り、テーブルの上にそっと置いた。


「それでどうする? 月輪旅団の新鋭は実戦経験もあると来た」


「だが、実戦経験でも戦闘の方だろう? 『カンニング技術を極める会』――真の名を『諜報技術研究会』とする俺たちの敵足りうるか?」


「当然だが、俺たちが油断することはダメだな。卒業後の就職先の評価にも関わって来るし」


『それなー』


 そこまで話して少年たちは黙り込む。


 それぞれの脳内では、現時点での懸念材料の検討を進めていた。


 やがて、その内の一人が口を開く。


「俺たちの流儀でやればいい。真面目な話、後ろ暗い部分は切り捨ててある。国なり貴族なりに雇われて現場に出たら、仕事を選べることは無いはずだ。不測の事態も上等だし、それを吸収できるだけの姿勢で挑む」


「そうだな、そんな感じか……」


「異議なーし」


「上等だ」


「まあ、ボチボチやろうぜ」


「結局そうなるんだよな。……まあいいか。今年の『カンニング研』の最後の仕事と行こう」


『応』


 そうして少年たちはさらに話を進めていった。


 古ぼけた喫茶店の店内には他に客も居らず、穏やかな時間だけが過ぎていった。




 あたしは夕方になって寮に戻り、いつも通りアルラ姉さんとロレッタとキャリルとで夕食を食べた。


 その時にやっぱり新聞記事の話が出た。


 まず、あたし達の周りを【風操作(ウインドアート)】で防音にして、昨晩のことをみんなでアルラ姉さんに報告するところから話を始めた。


 ロレッタの婚約発表が招待した貴族家に好意的に扱われたのは、あたしもいま詳細を聞いたので素直に喜んだ。


 そして談話室(サロン)での情報収集の話と、プリシラの誘拐未遂事件の話もした。


 部外者には話せる内容では無いけど、姉さんは身内だし。


 エントランスホールに傭兵団が血まみれで転がった話をした辺りで、姉さんとロレッタは額に手を当てて考え込んでいた。


「――話は分かったわ。ウィンは無茶するわねー……」


「でも姉さん、友達の安全のためだったら、あたしは迷わず無茶を取るわよ」


 あたしの言葉に姉さんは黙ってしまう。


 それに対しロレッタ様は口を開く。


「我が家の晩餐会での誘拐阻止に動いてくれて、今回は本当に感謝しているわウィン。でも状況によっては、撤退して情報を持ち帰ることも正しいわ」


「ロレッタ様……」


「少しだけ想像しなさい。今回の傭兵団が月輪旅団に並ぶ練度だった時どうしたのか」


「……」


「ウィンの安全とウィンの友達の安全なら、私はウィンの安全を選ぶわ」


「そうね、私もロレッタと同意見かしら。ウィン、あなたには気配を消す技術があるわ。撤退して援軍を呼んで最後に勝つという選択肢も、頭の片隅に置いてほしいの」


「……分かったわ、ロレッタ様、アルラ姉さん」


 あたしはゆっくりと二人に頷いた。


 確かに、最後に勝てばいいんだ――そういう手段が選べる時なら。


 それは忘れないようにしよう。


「ともあれウィンの大手柄によって、今朝の新聞に繋がるんですの」


 やっぱり話すのかあれ。


 あたしはしょっぱい顔をした。


 新聞の一面で扱われたことに、凄くいたたまれない感じがしたのだ。


「匿名報道されるのはある程度覚悟してたけど、トップ記事ってのはどうなのよキャリル?」


「大小の違いはあっても報道されることは変わりませんわ」


「それに何よあの論調、どこの創作小説の一場面よ。思いっきり記者の趣味が炸裂してない?」


「ですが公表できる事実は書かれていますわ。わたくしより活躍したウィンはもっと称賛されるべきですのよ」


 記者の趣味の炸裂は否定しないのかキャリルよ。


「賞賛とかそんなの要らないわよ」


「あら、幼い日に誓ったではありませんか、“わたくしとあなたで王都にカチ込んで伝説を作るのだ”と。今回のことはすでに伝説になりつつありますわ」


「ぐぬぬ」


 果たしてそんなことを誓ったのかは限りなく怪しいのだけれど、それをスルーしても看過できない問題はあった。


 どの程度、匿名性が破られているかという話だ。


「伝説って言ったけど、あたしやキャリルとか、何よりプリシラの名前はバレそうなの?」


 あたしの目が真剣な色を含んでいることに、まず反応したのはロレッタだった。


「プリシラちゃんは誘拐未遂に終わったことで、貴族家のあいだでは匿名報道はほぼ無視されて実名が飛び交っているわね」


「名誉なども問題ありませんわ。わたくしとウィンの勇敢さはもとより、プリシラの気丈さも貴族家のあいだでは好感を持たれているようです。これは派閥を超えての話ですわ」


「なら、プリシラちゃんが将来的に婚約者選びをすることになったとしても、今回のことで不利益を被ることは無さそうね」


 ロレッタとキャリルの言葉に、アルラ姉さんがひと言加えた。


 そういうことなら貴族社会のあいだでは、今回の事件は実名報道と変わらないのか。


 じっさい招待客の中に北部貴族の人たちも混ざってたんだよな。


 王国貴族に派閥があるとは言いつつも、公的な晩餐会などになると派閥だけで固まるのも不自然なのかも知れない。


 今回はそれが良かったのかどうなのか。


「そうなると、王都の一般市民に流れた匿名報道は無視するとして、あたしたちの学院生活にどう影響するかよね」


「確かに多少は気になりますわね。わたくしのステータスの称号に変幻の乙女(メタモルメイデン)が追加されておりましたわ」


 そう告げるキャリルの表情は何気に得意げである。


 あたしとしては若干くたびれた表情で告げる。


「あたしのステータスにも斬撃の乙女(スラッシュメイデン)が増えてたわ。必殺委員(キラーモニター)が無くなってくれるなら、まだ許容できるんだけど」


「あら、そっちの称号は消えていないのね」


「どうせなら消えて欲しいんだけどね」


 姉さんが同情的な視線を向けるが、消えないものは仕方がない。


「いずれにせよウィン、わたくしたちは問題ありませんわ。風紀委員会を相手に妙な噂を立てて喧嘩をしようと思うほど、学院生徒は間抜けでは無いでしょう」


「だといいけどね。……そうなるとプリシラか。大丈夫だと思うけど、彼女を悪しざまにいう声が出ないかだけは注意しましょう」


 あたしはキャリルに応えつつ、プリシラのことを考えていた。


 夕食の後あたしは自室に戻り、日課のトレーニングを行ってから寝た。



挿絵(By みてみん)

ロレッタ イメージ画(aipictors使用)




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