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03.魔法を学び磨いていく


 キュロスカーメン侯爵家の王都の邸宅(タウンハウス)には武門の家では無いとはいえ訓練場がある。


 屋敷の警備に当たらせている兵が鍛錬に使う場所だ。


 今日は珍しくプリシラとその母、ウルリケ・ヴィオラ・ドイルが運動ができる服装で木の杖をぶつけ合っていた。


 今日になってプリシラがウルリケに「強くなりたい」と言い始めたのだ。


 元々結婚前は王宮で文官を数年経験していたウルリケは、「我が家は武門では無いのよ」とプリシラを諭した。


 それでもと食い下がる彼女に、午後になってから訓練場を使いウルリケは護身術としての杖術でプリシラの相手をした。


「これで分かったでしょうプリシラ。お父さんもわたしも、武術の腕は大したことは無いの」


 プリシラに杖を寸止めしてウルリケは告げた。


 プリシラよりは母の杖さばきは上手だったかもしれないが、それでも護身術の域を超えていない事だけは彼女にも分かった。


「しかしお母様は杖術は上級者だったと、お父様から聞いた記憶があります」


「あの人はまた余計なことを……。わたしが出来るのは護身術よ。武術として相手を制する技術を学んだ人たちには敵わないの」


「それでも、私は強くなりたいのです」


 そのセリフは今日の午後になって、ウルリケは何度聞いただろうか。


 昨晩の出来事は夫のサイモンから説明されたし、義母であるイネス侯爵夫人からも念のため現場の様子は確認した。


 荒事に慣れていない夫と自分の娘にしては、血まみれの床で気を失うことなく過ごしたことを褒めてやりたかった。


 もっとも、戦いを思い出させるのも不憫と思い、ウルリケは敢えて触れていなかったが。


「なら、同じことを言うのは三度目になるかしら。戦闘以外の政治力などで強くなるか、魔法で強さを磨くかしなさい。わたしとしては、戦いに関わって欲しくないのだけれど」


「……」


 それでも、プリシラは納得がいかない様だった。


 そしてその様子が内心嬉しく感じられ、ウルリケはほとんど忘れている杖術で応じた。


 プリシラは母であるウルリケから見て、努めて良い子であろうとしているように感じられた。


 学院を目指すと言ったころからであり、数年前からになる。


 サイモンやウルリケの言葉を信じ、自らを磨き続けて学院の特待生になった。


 その彼女が、ウルリケの言葉を否としているのが嬉しいのだ。


 単純な反抗ではなく、意地とか信念のようなもののために否とする。


 それならば親としては誠実に娘に応えねばなるまいと、ウルリケは思う。


「いいでしょう。そこまで言うなら、お義母様に相談してみましょう」


「お婆様ですか?」


「ええ。この時間なら図書室に居られるでしょう」


「分かりました」


 そして二人は使っていた杖を侍女に渡し、侯爵邸内にある図書室に向かった。


 その廊下を歩きつつ彼女たちは話す。


「プリシラはお義母様の称号を耳にした事はあるかしら?」


「いいえ。無かったと記憶します」


 延々と続く侯爵邸内の廊下を歩きながら、プリシラは自身の祖母について思いを馳せる。


 学院の受験対策で勉強しようとしてプリシラが図書室に行くと、ちょっとした会話でその時悩んでいた問題を察し、分かりやすく教えてくれた記憶がある。


「貴族家の奥方が称号を持つのは、家に入る前に学術などで優れた業績を持つか、芸術などで素晴らしい技術を持つ方がほとんどよ」


「はい」


「お義母さまは学術の方で、魔法文献学の研究者だったわ。加えて、結婚後も侯爵の妻としての仕事の合間に論文を書いたりして実績を重ねたそうよ」


「そうだったのですね」


「ええ。お義母様の称号は『移動魔法図書館ウォーキングマジックライブラリー』よ。水魔法と地魔法を極めているという話だけれど、それ以外の属性も使いこなすらしいわ」


「極めている、ですか」


 プリシラの祖母について話している間に、彼女たちは侯爵邸の図書室に到着した。


 そして重い木の扉を開けて中に入ると本棚が並ぶ室内を進み、プリシラとウルリケは窓際にあるテーブルに辿り着いた。


 そこでは深い気品と同時に知性を感じさせる老婦人が、穏やかな表情で本を読んでいた。




「ごきげんようお義母様、突然訪ねて申し訳ございません」


「あらごきげんよう、あなた達。こちらに来るなど珍しいですね。どうしましたか?」


 プリシラの祖母、イネス・ニコール・ドイルは手にしていた本を開いたまま彼女たちに視線を向けた。


「じつはプリシラが、相談事があるようなのです。わたしでは良い案が浮かばなかったので、お知恵を借りられたらと思いまして」


「あらそうですか。――プリシラ、昨晩は大変でしたね。あなたが無事で何よりでした」


 そう言ってイネスはプリシラに優しく微笑む。


「ありがとうございますお婆様。相談事と申しますのは、私のわがままに関するお話です」


「あら、どういったわがままですか?」


 自ら“わがまま”という語を使うことに興味を抱き、イネスは読んでいた本に栞を挟んで閉じる。


「昨晩、ただ護られるだけだった私自身に誓ったのです。私は強くなりたいのです」


「そうですか……ふむ」


 プリシラがいつもと同じように表情を変えることもなく告げると、イネスは数瞬思案して無詠唱で【鑑定(アプレイザル)】を使う。


 それにより彼女のステータスの情報を確認したうえで告げる。


「あるいは既にウルリケから諭されて、それでも私のところに来たのかも知れませんね」


 イネスはウルリケに視線を向けるが、ウルリケは苦笑しながら首を横に振った。


「確認しますが、プリシラが求める強さというのは、戦いにおける強さということですか?」


「その通りですと回答します。ただ祈るだけでなく、願うだけでなく、友達が不当な暴力に遭ったとき、友達を護れる強さが欲しいのです」


 一辺の曇りもなく鈴の音のような声が侯爵家の図書室に響いた。


 その言葉を少し考えてから、イネスが告げる。


「いいでしょう。プリシラが単純に、誰某よりも強くなりたいといった競争心で言ったなら、私は“学院で学ぶのが最も安全で確実です”と応えました――」


 イネスとしては、プリシラが強さを求める心は理解ができるのだという。


 過去にイネスが研究の現場に居たころ、調査のためにダンジョンに潜れる強さが欲しかった。


 だから強さを求めること自体は、目的意識が明確なら貴族家の令嬢だろうと忌避するものではないと言ってのける。


「しかし、あなたというか、我が家の人間の場合は問題があります。根本的に武術の才が無いのです」


「はい……」


「それでも、魔法の腕を磨くことで戦いを制することができます。これは覚えておいて欲しいのですが――」


 イネスの見立てによると、キュロスカーメン侯爵家の血を引くものは“武術”の虚実――フェイントの使い方に才が無いのだという。


 ひと言で虚実といっても、フェイントを用いた戦いは近接武術だけではなく魔法での戦いや弓矢などでも存在する。


 彼我の動きを把握し、視覚や聴覚などの五感の情報を意識で処理し、攻撃のリズムで敵の動きを誘導し、想定される相手の攻撃を相手の隙につなげる技術。


 侯爵家の血を引く者は、リズム感や戦闘の組み立てなどのセンスは問題無い。


 だが武術の間合いでの敵の動作など動きの把握に難があり、五感の情報として意識で統合するときに時間的ロスが発生するのだという。


「――そのような訳で、我が家の血を引くものは魔法を学び磨いていくのが最善と私は考えているのですよ」


「それは我が家の血によるものでしょうか」


「恐らくは。ですのでプリシラ、あなたには課題を二つ与えます」


「はい」


 イネスがプリシラに出した一つ目の課題は、水魔法の【水操作(アクアアート)】の練度を上げること。


 もう一つの課題は無詠唱の練習に力を入れること。


「――【水操作】に関しては、細かく操れるようになるために針金細工のようなものを水で作れるようにおなりなさい。最初はクギ程度の太さでも、もっと太いものでも結構です。また同時に、より遠くで魔法が発動できるように練習なさい」


「分かりました」


「【水操作(アクアアート)】は初級の魔法ですが、これを極めることでランクAの魔獣を容易く屠れる威力を得ることができます」


 それまでイネスとプリシラのやり取りを、脇で黙って聞いていたウルリケが驚いた声を上げる。


「お義母様、そのような事が可能なのですか?!」


「可能なのですよウルリケ。基本こそ奥義に繋がるものですし。……そうですね。ランクAと戦える実力には、これくらいは必要でしょうか」


 そう言ってイネスは図書室のテーブルの席に座ったまま、右手の平を差し出した。


 すると直後に水属性魔力が走り、イネスの手のひらの上の虚空に水球が生まれる。


 そしてその水球から糸状の水が虚空に伸びて形を取り始め、あっという間にキュロスカーメン侯爵家の(バナー)が出来上がった。


 (バナー)のサイズは横が約一ミータ、縦が約一ミータ半で、領兵が掲げる一般的なサイズだ。


「き……」


 それが水による糸で織られて(、、、、)おり、風でたなびく代わりに窓からの光を受けて輝いていた。


「綺麗です、お婆様」


「流石ですわ、お義母様。……参考までにお教えください。お義母様はどの位の旗まで織れるのですか?」


 そう問いかけるウルリケの目には、イネスへの畏怖と共に感動が込められていた。


 同時にイネスの称号が伊達ではないことに感服する。


「そうですわね。――このくらいでしょうか」


 その直後に(バナー)は水球に戻り、再び糸状の水が伸びてディンラント王国国旗が虚空に浮かんだ。


「これ以上は天井に付きますし、とりあえずこの位にします。これでも、通常の【水操作(アクアアート)】程度の魔力しか使っておりません。同じ魔法ですからね」


 そのサイズは横が約二ミータ半、縦が約五ミータあった。


「ここまで出来るようになりなさいとは言いませんよ。ただ、【水操作(アクアアート)】を練習すると、針や釘やナイフ、剣のサイズで水属性魔力の塊を自在に飛ばせるようになります」


 その言葉を聞いて、プリシラとウルリケは息を呑む。


「しかもその刃はどこまでも薄く鋭く出来ます。初級魔法を極めることで、強くなることはできるのです。プリシラ、あなたの相談事の答になりましたか?」


「ありがとうございますお婆様。私は与えられた課題に真摯に取り組むと申し上げます」


「よろしい。でも、学院の勉強を疎かにしてはなりませんし、友達と交流することを疎かにしてはなりませんよ。これは絶対です」


「分かりました」


 そう応えるプリシラの表情はいつもと変わらなかったが、ウルリケやイネスの目には彼女が決意を固めたことが見て取れた。


 ウルリケは思わずプリシラの頭を撫でるが、プリシラは母の様子に不思議そうにしていた。



挿絵(By みてみん)

プリシラ イメージ画(aipictors使用)




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