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02.イメージは記憶の中に


 マイルズさんが【風のやまびこ(ウィンドエコー)】で連絡をしてから少し待つと、一人のおじさんが現れた。


 人懐っこそうな笑みを浮かべていて、商業地区の店で働いていても違和感が無さそうな雰囲気がある。


 ただ、良く見れば鍛え上げられた細マッチョの肉体に、歩く所作などの重心移動や隙の無さなどから父さんとかウォーレン様を想起した。


 この人は相当強そうだ。


「師匠、ブラッドの娘が来てるって?」


「おお、この子じゃよ。名前はウィーン……じゃ無かったのう」


「こんにちは、初めまして。ブラッドの娘のウィン・ヒースアイルと申します。ゴッドフリーの孫でもあります。父やお爺ちゃんがお世話になってます」


 マイルズさんがまたあたしの名前を間違えようとしたので、無理やり自己紹介した。


 あたしの言葉に男性は破顔して告げる。


「ああ、はじめまして。オレはアーウィン・バーネットだ。ここの本部長を任されてるけど、ブラッドはオレの弟弟子だ。よろしくな」


 そう言ってアーウィンは無造作に右手を出してきたので握手をした。


「なるほど、ジナによく似てるなあ。しかも相当鍛えてるだろ?」


「え? いえ、あたしなんか大したこと無いですよ」


「謙遜するな。気配の抑え方がうちの連中と比べ物にならん」


「でも母とか祖父に比べるとまだまだで……」


 実際そうなんだってば。


 いちおう王都に来て自分なりに鍛錬は積んでいるけど、そのうえでお爺ちゃんとか母さんのことを思い出すとそう思ってしまう。


 ついでに言えば、母さんの母さんであるリーシャお婆ちゃんとかは、記憶の中にある所作とか雰囲気を思い出すと母さんよりも強いんじゃないかって思う。


 たぶん家族内で強さのインフレとか起きてます、うちの母方の家系は。


 でも父方の家系は普段騎士の仕事をしてるし、別に鍛えてない訳じゃ無いんだよな。


 強さの方向性が少し違うだけで。


「それは比較対象が間違っておるかもしれんのう」


「そうですな師匠。――ゴッドフリー殿は言うに及ばず、ジナだって二つ名持ちの冒険者だった」


 母さんの二つ名は知らないな。


「母の二つ名は何ていうんですか?」


「『赤颯(レッドゲイル)』だな。冒険者ランクはSのまま主婦になったが、ブラッドとジナはオレと同じS+になっててもいい連中だった」


 吹き抜ける赤い風と言った感じか。


 どちらかといえばアリな二つ名で少し羨ましい。


 アーウィンはさりげなくS+と言ったけど、それってグライフと同格なんじゃ無いのか。


 一つの流派の本部長をやるような人は、そのくらいになるのかも知れないな。


「ところでウィン、せっかくうちの訓練場に来たんだ。どうせなら試合とかしていかないか?」


「え゛、いやいやいや……、せっかくのお誘いですけどあたしは……」


 だってここ竜征流(ドラゴンビート)の本部だし、アーウィンはもとより、他にも達人ばっかりなんじゃ無いのだろうか。


「まぁまぁ、試合をしてくれたらこれをやるぞ」


 そう言って人懐っこそうな笑顔をして手の中に紙袋を出現させた。


 どうやら無詠唱で【収納(ストレージ)】を使ったみたいだ。


「今日の昼に親戚のパン屋で買ってきたプレッツェルだ。バター味とベリー味が入ってるが絶品だぞ。外はカリッとしてて、噛み締めると弾力があって柔らかいんだ」


 外カリ中モチのできたてプレッツェル、だと。


 あたしは反射的にゴクリと生唾を飲み込んだ。


「ええと……」


「大丈夫だ。オレは今日は相手しないよ、ウィンがジナに並んだらやろう。――そうだな、ポール! オマエが試合しろ」


 それまで接客中な感じで空気になっていたポールが、アーウィンから話を振られてビクッとする。


「ちょ、本部長! 俺がこの子と試合をするんですか?」


 ポールは呻くようにそう言って戸惑った表情を浮かべた。


「そうだ。オマエにも勉強になるぞ。それにプレッツェルもやるぞ。ガーリックが好きだったよな」


「それは……、ええと……そうです」


「じゃあそういう訳で、おーいちょっと場を開けてくれ。ウィンとポールの練習試合をするぞー」


『はい!』


 なぜか流れるようにアーウィンに仕切られて、あたしは試合をやることになってしまった。


 プレッツェルを貰えるならいいか、と一瞬脳裏には過ぎったよ、うん。




 ウィンはステータスの“役割”を『影客(ディープシャドウ)』に変え、試合用に借りた武器を確かめていた。


 両手に持った刃引きした短剣を確かめながら、“食い意地が身を滅ぼす”ということわざは無かったはずだなどと考える。


 それでも“過ぎたるは猶及ばざるが如し”ということわざを思い出し、微妙に後悔を始めていた。


 だがせっかく試合の機会を貰えたのだからと気持ちを入れ替え、彼女はポールを観察した。


 試合ではどうやら両手剣を使うようだが、竜征流のオーソドックスなスタイルだ。


 纏っている雰囲気であるとか気配などから、自身の知り合いでは誰と同じくらいの強さだろうかとウィンは考える。


 まず、彼女の父母やデイブやブリタニーほどには脅威を感じない。


 だがウィンは、ポールがジャニスやニコラスやエイミーよりは強そうだと思う。


 ウィンは自身の記憶から、流派も戦闘方法も違うがフレディあたりと同格だと考えることにした。


 ジャニス達よりも強そうな時点で、自分にとっては面倒な相手だとウィンは思う。


 竜征流の動きのイメージは記憶の中にある。


 あとはポールがどの程度魔法を使ったり、虚実を使うのか。


 基本技の精度を上げるタイプか奥義を多用するタイプか。


 竜征流の本部道場で師範を任される以上、試合開始時点ではバランス良く技術を使ってくる相手だろうと脳内で計算する。


 あとは試合の中で、ポールの動きを見ながら判断しようとウィンは決めた。


「それではこれより月転流(ムーンフェイズ)のウィン・ヒースアイルと、竜征流のポール・ヒギンズとの試合を始める。双方、相手が即死するような技は避けるように」


 審判役はアーウィンが行うことになっていた。


 訓練場では門人が観戦に入り、事務所の方に居た者たちも見学に来ていた。


「両者開始位置に移動を」


 アーウィンに促され、試合会場となった訓練場の開始位置にウィンとポールは移動した。


「双方準備が出来たなら始めるぞ。――まあ、内輪でやる試合だから気楽にな」


「「はい」」


「それでは用意」


 アーウィンの言葉でウィンは内在魔力を循環させてチャクラを開き、身体強化を掛けて武器に属性魔力を纏わせる。


 その上で構えを取り、いつでも動き出せるように備えた。


 ポールもまた火属性魔力を身体と武器に纏わせて、構えを取る。


 ポールの構えは中段だ。


 日本の剣道ならば正眼の構えと呼ぶかもしれないし、地球の西洋剣術ならプラウガードスタンスと呼ぶかもしれない。


 どちらかといえば後者の方に近く、右半身で構えて剣先はウィンの顔面に向けられ、右わき腹をしめている。


 相対した敵からの面積を最小限にするような姿勢をして、ポールは両手剣を構えていた。


「始め!」


 開始の合図の直後に動き出したのは同時だったが、ポールがまず開始位置から移動せずに牽制で刺突技をウィンに連続で繰り出した。


 貫陽撃(かんようげき)という刺突技だが、熟達者は武器に込めた属性魔力を前方に飛ばすことができる。


 だがウィンは覚えたてのスキル『影拍子』で、ポールの虚実が本能的に察知できていた。


 飛来する魔力の刃のうち牽制目的のものを無視し、当たりそうなものを避けながらウィンはポールの間合いに入る。


 この直後にポールは両手剣でウィンに斜めの斬撃を放つ。


 だがウィンはこれが虚――フェイントであると本能的に察知する。


 実際、両手剣の間合いに入ったことでポールが先に動き、それをウィンが避けるとすればポールの死角である背面方向なのは想像がつく。


 ポールはウィンが死角に来るのは分かっているので、二撃目に実――本命の攻撃を入れるつもりだった。


 両手剣の間合いを活かした先の先を行ったところだったが、ウィンはその虚実を読んでいた。


 直ぐにポールは刃を水平にすると、体軸に沿って身体を回転させながら死角にいるはずのウィンに向かって横方向の斬撃を繰り出した。


 それに対してウィンは、水平に迫る両手剣の刃を踏み台にして大きく跳ぶ。


 彼女は跳び去りながら、風属性魔力で威力を弱めて作った刃でポールの首を撫でつつ距離を取った。


「ウィンの一本! それまで」


『えーっ?!』


 あっという間に決着がついたので門人たちは一斉に叫んでいる。


 そうして一瞬の攻防で試合が終わってしまった。




「今の試合、なぜ負けたか分かるかポール?」


「そうですね、ウィンさんの速度が想定以上に速かったのと、フェイントがあっさり読まれたこと、ウィンさんの間合いに入ってからの対処に間に合わなかったことですかね」


 アーウィンに問われたポールはサバサバした口調で応えた。


 もともと彼はあんまり乗り気では無かったのもあるかも知れないし、あたしに試合で負けたこと自体は気にしていないみたいだな。


 いまアーウィンは試合直後に門人たちも集めて講評を行っている。


 ちなみにあたしはプレッツェルの紙袋をすでに受け取ってしまった。


 さすがにここで食べるつもりは無いけれど。


「そういうことだ。それでは、ウィンのような格闘や短剣の間合いに対処するときには、どうするべきだろうか?」


 アーウィンは門人たちに問う。


 ここに居るのは中級者くらいの学生をしている門人が主体だ。


 試合の講評で指導を兼ねているんだろうとあたしは思った。


 そこにカールが手を挙げて発言する。


「もしかして先輩たちが上達してくると両手斧を使い始めますけど、持ち手を短くして対処するということですか?」


「それも正解だ。だが両手剣を持っていても対処は出来る。他に意見がある者は?」


 ローリーが手を挙げて発言した。


「シンプルに片手を武器から離してその手で殴りつけたり受けたりですね? うちの流派は打撃体術を学びますし」


「そういうことだ。油断はマズいし敵との相性なんかは工夫する必要があるが、基本的には竜征流は対人戦闘も含めて長い歴史がある。普段使わない型だとしても疎かにしないで、必要な局面に身体が動くようにしておくことだ!」


『はい!』


 そんなやり取りが目の前で行われたけど、あたしとしてはアーウィンからプレッツェルを貰った分の働きをしていない気分になった。


「あのー、ポールさん。試合形式ほど激しく無くてもいいので、軽めのスパーリングをしてみませんか?」


「え、いいんですかウィンさん」


「はい、せっかく伺ったんですし、もう少し竜征流の動きを勉強していきます」


「分かりました、こちらこそお願いします」


 そうして武術研究会でやるくらいのユルめのスパーリングをした。


 今度はポールさんも隙が無く斬撃を繰り出し、あたしも間合いを詰めたり避けたりしながら斬撃を繰り出した。


 普段の稽古では格闘とか短剣術相手に練習することはあまり無いそうで、勉強になったとその場のみんなには感謝された。



挿絵(By みてみん)

ブラッド イメージ画(aipictors使用)




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