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01.逃げるのは問題無い


 冒険者ギルドを出て尾行された件で、『地上の女神を拝する会』の会長をしているローリーにクギを刺すことにした。


 ニッキーに確認したところ、ローリーは竜征流(ドラゴンビート)の道場にカールと行っているだろうとのことだった。


 あたしは以前収穫祭の時に、ゴッドフリーお爺ちゃんに竜征流のおじいちゃんを紹介されたことがある。


 手土産を持ってニッキーに教わった場所に移動したけど、場所自体は直ぐに分かった。


 商業地区の外れの辺りで、古い商家を改造したような大きな倉庫をもつ建物にたくさんの気配が集まっている。


 身体強化と気配遮断をして駆けてきたのだけど、別にケンカを売りに来たわけでは無いし表門からあたしは堂々と入った。


 門をくぐり、かつては商家が使っていたと思われる四階建ての建物に向かうと、『竜征流指南所ディンラント王国本部』と書いてあった。


「王国本部か。父さんもここで修行したんだっけ?」


 そんなことを呟くけど、建物の入り口のすぐ近くでベンチに座り、穏やかな晩秋の陽ざしの中で日向ぼっこをしている人の姿が目に入る。


 それはお爺ちゃんに紹介された、竜征流のおじいちゃんだった。


 名前は確かマイルズ・ギィという人だったはずだけれど、今日の稽古は終わってしまったのだろうか。


 偉い人だったと思うけど、こんなところで何をしているんだろう。


「こんにちは、済みません。マイルズさんですよね?」


「おおこんにちは。オヌシはこないだ会ったのう。ゴードの孫じゃったか……。名前はたしかウィーンじゃったかの?」


 うん、惜しいけど違います。


「ええと、ゴッドフリーの孫でウィン・ヒースアイルと申します。先日はお爺ちゃんがありがとうございました」


「おおそうじゃった、ディンラント古語で“喜び”じゃったかの。ジナに似ておるから覚えておるよ。今日はどうしたのじゃ?」


「あ、はい。学院の先輩がこちらで稽古しているみたいで、その人に話があったんです。でもマイルズさんにお爺ちゃんが収穫祭のときお世話になったお礼をしてなくて」


 そう言ってあたしは【収納(ストレージ)】の魔法でハーブティーの詰め合わせを取り出して、マイルズさんに手渡した。


「こちらをどうぞ」


「おおすまんのう。子どもが気を使うもんじゃないわい。――飴ちゃん食うか?」


 そう言いつつマイルズさんはポケットから飴を取り出して、あたしの手にねじ込んだ。


 断るヒマも無かったので、飴を渡すのがマイルズさんの習慣なのかもしれないな。


「ありがとうございます」


「うむ。それで、話は誰とじゃな?」


「はい。学院の男子生徒でローリー・ハロップという先輩です」


「そうか。学院生徒なら今ごろは型稽古中かのう」


 そう言ってマイルズさんはベンチから立ち上がり、ハーブティーを【収納(ストレージ)】で仕舞ってからあたしを案内してくれた。




 案内された先は倉庫を改造した訓練場だった。


 外見は古い商家の倉庫だったけれど、中はリフォームしたのか学院の屋内訓練場よりも新しい設備になっていた。


 学院の部活用訓練場よりも広く感じる。


 訓練場では刃引きした大剣だと思うけれど、練習で使い込まれた感じの武器を使って三十人ほどが稽古している。


 マイルズさんは達人らしい隙が無い歩き方で訓練場の中を移動すると、門人に指導していた男性に声を掛けた。


「おーいポールソン、学院の生徒にお客さんらしいぞ」


「大師匠、俺の名前はポールですよ。ボケたフリも大概にしてくださいね」


 ポールソンと呼ばれた男性はマイルズさんを“大師匠”と呼んだけれど、この人はたしか“名誉師範”という肩書だったと思う。


 あえて大師匠と呼ぶのは、あるいはマイルズさんが竜征流の現役の師匠だという敬意が込められているのだろうか。


「こんにちはお嬢さん。俺は本部師範のポール・ヒギンズです。誰に用がありますか?」


「あ、こんにちは。はじめまして。あたしはウィン・ヒースアイルと申します。ちょっと相談事があって、学院のローリー・ハロップ副会長に話をしに来ました」


「相談事……。あまり面白そうな話じゃ無さそうですね。ちょっと待って下さいね……」


 あたしの表情を伺ってからそう言って、ポールは二人一組で型稽古を続ける門人たちの間を抜けローリーを呼んで来た。


 カールも付いてきたので、一緒に稽古していたのかも知れない。


「こんにちはウィンさん。相談事があるって聞いたけれど、急ぎの用事かい?」


「こんにちはウィン君。ローリーに話があるってことは非公認サークルの件か?」


「こんにちは。カール先輩が正解です」


 あたしがそう言ってため息をつくと、二人は表情を曇らせる。


「この場で訊いて大丈夫な話かい?」


「問題ありません。きょう冒険者ギルドから出たら尾行されたので撒きましたが、尾行者が非公認サークルの男子たちでした」


 ローリーが多少の気遣いを見せつつあたしに訊くけれど、単純な話なのでこの場で説明した。


 新聞記事だとか称号の話は、説明する気は全く無いのだよ。


「そうか。名前とか分かるかい?」


「顔は覚えてますが、名前を記憶したくありません」


 あたしの言葉にローリーは苦笑する。


「分かった。僕の方で対応を進めておくよ。相談されて申し訳ないけれど、寮に戻ってからでいいかい?」


「構いません。あたしとしては尾行とかされたくないだけなんで」


「済まない。他に用件はあるかい?」


「いいえ、それだけです」


 一応これで相談事は済んだ。


 傍らに居たカールからは「もしまた何かあったら連絡してくれ」と言われたけど、あたし的には何も無いことを希望するばかりだ。


「男子生徒による付きまといか、厄介だね。大丈夫ですか?」


 あたし達のやり取りを聞いていたポールが心配してくれたけれど、マイルズさんといい竜征流は優しい人が多いのだろうか。


「ポール師範。こう見えてウィンは僕やローリーよりも手練れですよ」


「手練れかどうかはともかく、逃げるのは問題無いです。尾行を撒いて隠れて話を聞いてたんですけど、尾行してた生徒には“斬られたり殴られた方が本望だ”とか言ってる変態がいました」


「「「うわぁ……」」」


 あたしの説明に三人はイヤそうな顔を浮かべて絶句した。


「確かに、そういう手合いはとっとと撒いて関わらないのが一番ですね」


 そう言ってポールは肩をすくめて苦笑した。




 あたしから話を聞いたローリーとカールは、手を振って稽古に戻って行った。


「用件は済んだかの」


 こちらを伺いながら門人の稽古をそれとなく見ていたマイルズさんだったが、あたしに声を掛けてきた。


「はい、無事に要件が済みました。案内していただきありがとうございました」


「気にせんでいい。――ところでウィン、オヌシの名字はヒースアイルだったかのう」


「ん……、ヒースアイル?」


 マイルズさんがあたしの名字を確認するが、改めてヒースアイルの名でポールが何かを思い出したような顔をする。


 まあ、多分父さんのことだろうけれど。


「そうするとあれじゃのう、ウィンは父親があれじゃ……、ブレイドとか言わなかったかのう?」


 惜しいけどまた違います。


「父の名はブラッドです。竜征流を教えて頂いたはずです」


「そうじゃ、思い出した。ブラッド・ヒースアイルじゃ。実家は騎士の家じゃったのう。スジが良かったのを覚えておるよ」


「そうでしたか。お爺ちゃんだけでなく父までお世話になりました」


「いやいや。あ奴は王都に来た時は、ここに顔を出してくれるから助かっておるよ」


「そうか、ヒースアイルなんて名字は珍しいし、もしかしてとは思ったんですよ。『黒渦ブラックヴォーテックス』の娘さんだったとは」


 あたしとマイルズさんが話している横からポールさんが告げた。


「『黒渦』ですか?」


「冒険者時代の二つ名ですよ。いまは狩人をされてるんでしたっけ? 最後に会った時は冒険者ギルドの相談役をしているような話も聞きましたか」


「二つ名の話はいま聞きました」


「ワシらの流派は二つ名に『渦』を付けられることが多いんじゃよ。一度そのことで渦層流(ヴィーベルシヒト)の師範に『ズルい』って言われたことがあったのう」


 ズルいって何がだろう。


 武術家のこだわりとかは、あたしは話について行けないんですけど。


 二つ名に渦が付くというのは、以前見た父さんとウォーレン様の試合という名の潰し合いを思い出せば何となくイメージできる。


 武器の重さを殺さないようにして、身体全体を使った円運動での斬撃を要所要所で入れてくるのだ。


 これぞ“一撃必殺”という感じで打ち込まれる強力な斬撃が、往なしたりかわしても直ぐ身体を回転させて二撃目として迫ってきたりする。


 かと言って無駄に回転している訳でもないし、フェイントとかを入れてくるのでカウンターを取るのも難しい。


 考えなしに短剣や手斧や格闘の間合いに入れば、大剣や両手斧の腹を使ってシールドバッシュみたいに打撃を使ってきたりする。


 ただ、魔力を使った武器形成の技は無かったはずなので、壊せるなら武器破壊をすれば試合なら勝負を決められる可能性は高い。


 壊せるならというのは、竜征流が使う大剣や両手斧は巨大なものが多く、属性魔力を込めるとかなり頑丈になったりするのだ。


 実戦の場合はせっかく武器を壊しても、マジックバッグを防具に縫い付けてあったりする人も居る。


 そこから新しい武器を取り出したら、最初から仕切り直しになるだろう。


 そういえば昨晩の傭兵団は、スーツの内ポケットから細剣を取り出してたな。


「俺の二つ名は『獄炎渦ヘルフレイムヴォーテックス』で名前負けですね。大師匠のは『渦血祭ブラッドバスヴォーテックス(うずちまつり)』で危険人物みたいな言われ様です」


 ポールが説明するけど、本人的には二つ名に納得していないみたいだな。


「二つ名ってもうちょっと何とかならないですかね」


「非常に同感です」


 あたしの言葉にポールは眉をひそめて応えた。


 なかなか本人的に納得できるような二つ名とか称号は、手に入れるのは難しそうだよね。


 そんなことを考えながら稽古の様子を観察している。


 門人たちは型稽古をずっと繰り返しているけれど、練度はまだ中級者くらいの人が多い感じだろうか。


 年代は学生くらいの人が多くて男子ばかりだけど、女子も数名いるな。


 印象的なのは、全員が父さんやウォーレン様みたいに細マッチョな体形をしていることか。


 王都でレスラー体形というかガタイがいい人たちは、片手剣と盾を使う竜芯流(ドラゴンコア)とかを習うのかも知れないな。


 あくまでも個人的印象だけど。


「ところでウィンよ。オヌシにはブラッドの兄弟子のアーウェンを紹介しておこうかの」


「大師匠、本部長はアーウィンですよ」


 また名前を微妙に間違えたのか。


 マイルズさんの名前の言い間違えは、相手に突っ込ませる話術の類いなんだろうか。


 あたしはそんなことを考えて苦笑した。



挿絵(By みてみん)

ニッキー イメージ画(aipictors使用)




お読みいただきありがとうございます。




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