12.休みの日まで何をやって
ティルグレース伯爵家の邸宅で確保された傭兵団の連中は、王宮に身柄を預けたそうだ。
貴族家の色んな思惑が挟まるのを嫌ったようで、それを決めたのはラルフ様とキュロスカーメン侯爵らしい。
「そいつらからの尋問内容に関しては随時、暗部から伯爵家の“庭師”を経由して月輪旅団に入ってくることになってる」
「デイブのところに魔法で連絡でも来るの?」
「いや、さすがにおれは徹夜明けだし、別の奴に伯爵邸に詰めてもらってる。魔法薬で回復したとはいえ、考え事で漏れがあると嫌だしよ」
「そういうことなら情報待ちなの?」
「そうだ。遠距離通信の魔道具で、フサルーナ王国の月輪旅団の奴らに傭兵団の足取りを追うよう頼んだ。ボチボチひと眠りするか飯を食うか考えてたところでお嬢が来た」
「あ、ごめん。休みたかったよね」
せっかく休もうとしてた所だったなら申し訳無かったと思う。
「気にすんな。そういう訳でいまは昨日の件は情報待ちだ」
「分かったわ。お茶淹れようか?」
「頼む」
勝手知ったるデイブの店という感じで、ティーサーバーでハーブティーを淹れてデイブに渡した。
幾つかある茶葉でもリラックスできるような香りのものを選んだ。
ついでにあたしもお茶を頂いた。
「ところでデイブ、仕事と関係ない話なんだけどさ、ステータスの“役割”のことで訊いていい?」
「ん? べつに構わねえぞ。どうした?」
「“役割”で『影客』ってのを覚えたんだけど、どんな“役割”か知ってる?」
あたしが訊くとデイブはヒューと口笛を吹いたあとに告げた。
「『隠密』の上位の“役割”だな。またカッコいいやつを覚えたじゃねえか」
「『隠密』と何か違うの?」
あたしの問いにデイブは「そうだなあ」と呟いてから応えた。
「まず『隠密』は『斥候』よりも諜報向けの“役割”だが、要するに諜報の仕事を補助するようなスキルを覚えやすくしてくれる」
「なるほど」
「そんで『隠密』を続けていくと、根っこでは繋がってるが三つくらいに“役割”が分かれる。一つ目は暗殺系で、二つ目は諜報系で、三つ目は戦闘系だ。名前に『影』ってつく奴は戦闘系だな。『影』が割と出にくい」
ちなみに、暗殺系は『闇』が付き、諜報系は『幻』が付くそうだ。
「うーん……。暗殺系と戦闘系ってどう違うの?」
「カンタンにいえば、どんな手段でも暗殺系は標的を殺せればいい。戦闘系は標的を無傷で制圧するのも出来なきゃならん」
デイブの説明にしては割とフワッとしたものだったけど、要するに暗殺系は専門職で戦闘系は総合職みたいらしい。
ちなみにデイブは『隠密』はそれほど伸ばさずに『双剣士』を伸ばしたそうだ。
そこから『風切』という“役割”を覚え、さらにもう何段階か上の切断に関する“役割”を覚えたという話は訊き出した。
「けっきょく、“やくわり”っていってもやることはきまってる。――――すきるがなきゃしごとができねえわけじゃねえからな…………」
「ちょっとデイブ? 大丈夫」
「大丈夫だ…………」
そう言いつつ、何やら半分寝ているような感じだ。
単純に徹夜しただけじゃなくて、昨晩のことで各所と調整したり指示出ししたりしながら一晩頭を使い続けたんだろう。
いくら魔法薬を使っても眠いものは眠いんだろうな。
あたしは苦笑しつつその場を立ち、ブリタニーにデイブの状態を伝えてから店を後にした。
一瞬あたしは商業地区の散策に行こうかと思ったが、何か忘れていることがある気がして足を止める。
そして冒険者ランクの昇格の話を放置していたことを思いだした。
「もう一か月くらい経つのかしら……」
たしか受付のお姉さんの話だと、あたしの場合はまず『ランクC相当の魔獣を単独で討伐』で冒険者ランクがCになるはずだ。
その状態でさらに実績を積めばランクBになるのだったはず。
王都南ダンジョンの場合十階層ごとに出現する魔獣が決まっていて、同じようなランクの魔獣になっている。
『敢然たる詩』は密林が広がる第十五階層入り口までは到達しているけど、このエリアではランクCの魔獣が出てくる。
あとは単独討伐を満たしているかだけれど、パーティーがキラービーに遭遇して各自が個別に撃破したことがある。
他にも群れで出てきたアシッドスライムとかオークの個体も倒したし、こいつらもランクCだったはずだ。
「たぶん昇格だと思うけど、窓口で訊いてみるか……」
そこまで考えたのだけれど、同時に新聞記事のことも脳裏によぎる。
それでも写真だとか実名報道がある訳でもないし、黙っていれば問題無いだろう、問題無いといいな。
などと思いながらあたしは冒険者ギルドに移動した。
建物に入るときに微妙に視線を感じた気もしたけど、取りあえず誰に絡まれることも無かった。
あたしは『冒険者登録・変更・抹消窓口』で職員のお姉さんに話しかけ、冒険者登録証を提示して昇格出来ないか訊いてみた。
「ウィン・ヒースアイル様、おめでとうございます! ランクCへの昇格条件を満たしておりましたので、昇格いたしました」
「ありがとうございます!」
よし、どうやら条件を満たしていたみたいだ。
その後、職員のお姉さんは前回話したのと同じ内容を話してくれた。
『ランクC相当の依頼を十回達成するか、ランクC相当の魔獣を含む魔獣の群れを十回討伐』でランクBとのことだった。
闇ギルドの“黒の蟻地獄”を単独撃破したのが効いてるな。
ともあれお姉さんに礼を言ってあたしはギルドを離れた。
その後あたしは散策目的で、歩いて商業地区に移動した。
だがこのとき、直ぐに複数の人間に尾行されているのに気が付いた。
反射的にあたしは昨晩の傭兵団――『黄昏の旋律』と言ったか、その仲間かと思った。
でも幾つか路地を折れたりしても、動きがぎこちないうえに気配が隠せておらず、割と素人くさい感じがする。
「どういうことだろう……。昨日の連中じゃ無いなら良かったけど……」
思わず呟く。
いやでも、情報源という意味では昨日の連中の仲間の方が価値はあるのか。
そう考えるあたり、あたしも切った張ったに脳内が染まってきてるんだろうか。
ともあれ、尾行は一度撒くことにした。
その上で気配を遮断して相手の情報を集めよう。
あたしは内在魔力を循環させてチャクラを開き、商業地区の角を一つ曲がった直後に気配を遮断して場に化した。
尾行していた連中はあたしの姿を見失うと、仲間内で騒ぎ始めた。
「げ! 居ない?」
「気付かれたのかな?」
「必殺委員だったらあり得るだろ」
「冒険者ギルドで張ってるのはいい案だと思ったんだけどな」
その称号で呼ぶということは、学院の生徒たちかこいつらは。
男子ばかりだけど、休みの日まで何をやってるんだろう。
いま“張ってる”とか言ってたけどヒマなんだろうか。
「今朝の記事の斬撃の乙女は彼女なのか確認したいよね」
「当然だろ。“会”の中でも俺たちはもっと彼女の魅力を広めるべきなんだ」
色々と気になる事を言い始めた気がするな。
魅力とかそういうのはいいから、静かに過ごさせてほしいと思う。
学院の他の生徒でも、新聞記事を気にしている連中が一定数居るんだろうな。
それよりも“会”と言った少年の言葉で、あたしはこいつらの顔を見たことがあるのを思い出した。
こいつらは『地上の女神を拝する会』の連中だ。
クッキー作り騒動とか諸々で顔は覚えてしまった。
名前は覚えるつもりは特に無いけど。
「でもあまり彼女に直接迫るのは、会の方針としてはダメじゃね? それこそ斬られるぞ」
うん上等だぞ、いつでも斬っちゃうぞ。
「むしろ本望だ」
「うん、僕もだよ。殴られるだけでもいい。その瞬間彼女に意識されて、彼女の拳が触れるなんて最高だ」
『おまえらマジキモい』
大丈夫だ、あたしもキモかった。
本気で背筋がゾクッとしたよ。
ともあれ、この連中の標的があたしで、新聞記事の件で確かめたいことがあったということは分かった。
でもストーカーダメ、ゼッタイ。
とりあえずあたしは身体強化した状態でその場を離れ、商業地区の建物の屋根の上を適当に進んだところでニッキーに連絡を入れてみることにした。
本当は『地上の女神を拝する会』の会長をしているローリーと連絡を取りたかったのだけど、連絡先を知らなかったのだ。
尾行されたことを含めてニッキーに相談することにした。
【風のやまびこ】で連絡を入れると、ニッキーは直ぐに返事をくれた。
「どうしたのウィンちゃん?」
「休みなのに済みません。今日、用事で冒険者ギルドに行ったんですけど、帰りに尾行されたんです」
「それは大丈夫だったの?!」
「尾行は気配を消して撒きました。相手を確認したら『地上の女神を拝する会』の連中だったんです」
「そういうことなのね。……となるとローリー先輩に苦情を上げるのが一番確実ね」
「今日とか連絡とれそうですか?」
「そうねえ。多分だけど闇曜日のこの時間なら、カール先輩と一緒に竜征流の王都の道場に行ってるんじゃないかしら」
竜征流の師範は、収穫祭の時にお爺ちゃんに紹介してもらったことはあったな。
いや、名誉師範だったか。
いちどお爺ちゃんの件で、お礼ついでに挨拶に行ってもいいかも知れないな。
「場所とか分かりますか」
「分かるわよ、結構有名だし。位置的には王都の南東になるけれど――」
あたしはニッキーから場所を訊き出し、途中で市場に寄ってハーブティーの詰め合わせを買ってから竜征流の道場に向かった。
ブリタニー イメージ画(aipictors使用)
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『幻』系のルビを、ファントムからミラージュに変更しました。 (2025/6/22)
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