08.ある種の願いを超えて
倒れた人間は元々玄関に居たティルグレース伯爵家の執事だ。
あたし達が言い合いを始めてからこちらを伺っていたので、それは間違いない。
気配からすれば打撃で眠らされただけのようだ。
「もういい、時間が掛かりすぎる。第二プランへ移行する」
出現したのは六人で、その内の一人が冷ややかな声で告げた。
プランと告げる以上は何かの計画が動いているんだろう。
それはつまり組織的な行動をしている連中ということか。
玄関側からは二名、一階の廊下からは二名、吹き抜けの階段上部からは二名だ。
出現した気配からは、そこまでの脅威度とは思えない。
ただ今回はプリシラを護らなければならない。
突然現れたことに関しては魔道具か何かで隠れていたのかも知れないけれど、害意を隠せなくなった時点で月輪旅団ほどの練度では無いなと思う。
全員が礼服を着込んでいるが、招待客では見かけなかった顔だ。
「ガキなんざ絞めて隠しとけばいいんじゃねえのか?」
「普通のガキならそれでもいいんだが、こいつは時間が掛かりそうだ」
「そうか?」
玄関側から害意を持って現れた二人が交互に話している。
どうせなら油断してくれている方がありがたいんだが。
この段階であたしは、プリシラの誘拐か暗殺の可能性を想起した。
こういう時に無詠唱で武器を【収納】で出せないのが悔やまれる。
それでも無いものは仕方が無いので、あたしはプリシラを護る意図で彼女の傍らに立つ。
最初にプリシラを呼びに来た男は腰が抜けたのか、床にへたり込んで震えていた。
いまのところこのへたり込んだ男に害意は無い。
そこまで把握した直後、あたし達を談話室から一定距離で追って来ていた二人が動き、大きな打撃音がエントランスホールに響いた。
その音で場の空気が変わる。
「人様の家に押し込んで、わたくしのダチとマブダチをどうこうしようとするなど、いい度胸ですわ!」
叫び声を上げるキャリルは、魔道具による変装を解いて戦槌を手にしていた。
服装についてはお仕着せの侍女服のままだけど、ティルグレース伯爵家の場合は戦闘にも使える。
キャリルとエリカがあたし達を追って来ていたのは気付いていたけど、距離を取っていたのが幸いしたな。
「耳の穴から手を突っ込んで奥歯をガタガタ言わせて差し上げますので、全員まとめてかかってらっしゃいまし!」
いや、怒ってるのが分かってイイ啖呵だと思う。
でも伯爵家の令嬢が、自分ちの玄関先で叫ぶセリフとしてはどうなんだろう。
つーか、誰が教えたんだよあんなの。
そんなことを思いつつも、キャリルがその場の注意を引き付けているうちにあたしは準備する。
【収納】から蒼月と蒼嘴を取り出して、あたしは荒事に備えた。
キャリルの啖呵に動じることなく、玄関側から入ってきていた男が口を開く。
「イレギュラーが多すぎだな、竜殺しの家は流石だ。五分以上掛けるな! 増援が来る前に確保だ!」
『応』
最初に動きがあったのは、キャリルとエリカの打撃を股間に喰らって吹っ飛んでいた侵入者二名だった。
侵入者たちは震える手でスーツの上着の内側に手を突っ込むと、液体の入ったビンを取り出してフタを外し、服の上から盛大に股間に中の液体を掛けた。
外見上は完全におもらし直後にしか見えないヒドイ画だったが、それをエリカが煽る。
「あらあら、いい歳をした侵入者の殿方が玄関先でおもらしですか」
「「手前ェ……!」」
「トイレにご案内しますので、そのまま下水に流して差し上げましょうか?」
侵入者たちは怒気を発しながらスーツの内ポケットに手を入れ、そこから細剣を取り出した。
「お嬢さま、朱櫟流を想定。高速戦闘あり。全開放ののち即時制圧を試みます」
「分かっております」
キャリルがエリカの言葉に応じた瞬間、彼女達はほぼ同時に雷霆流の雷陣を発動した。
二人は雷属性魔力を身体と戦槌に纏わせる。
その直後にキャリルとエリカは、ダメージから復帰した侵入者二名に突撃した。
タイミング的にはキャリル達が股間を濡らした連中への対処を始めたのとほぼ同時に、三名がウィンに迫った。
エントランスホールに繋がっていた一階廊下からの侵入者二名と、指示を飛ばした男の脇に居た一人だ。
侵入者たちは高速移動しながらスーツの内ポケットから細剣を抜き放ち、朱櫟流の命突をウィンへと連続で叩き込む。
物理攻撃に魔力を纏わせた刺突技だったが、本来であればその神速の突きはシンプルな攻撃ゆえに対処が難しい。
だがウィンは侵入者たちが全員、初撃で自分を狙ったことにむしろ安どしていた。
プリシラの暗殺の可能性が低下したからだ。
それでも誘拐の可能性は残っているな、などとウィンは考えつつ円の動きで回避して最寄りの侵入者に接敵する。
直後に四閃月冥で敵の細剣の持ち手を上腕部から斬り飛ばしつつ、移動速度を上げ、二人目の侵入者の脇を通過する。
その時に忘れずに四閃月冥で二人目の上腕部を斬り飛ばし、三人目に接敵して同じようにした。
迫りくる侵入者たちに対処しながら指示役の動きを観察するが、まだ動かないようだと確認した段階で最後に斬った相手に絶技・月爻を放った。
ウィンの放った斬撃は相手の首以外の四肢を付け根から斬り飛ばすが、それでもウィンは動きを止めない。
指示役にも意識を割きながら、もう一人の侵入者の四肢を斬り飛ばし残るもう一人も無力化しようとする。
「月転流だと?! クソ、割に合わねえ!」
味方の被害から察した指示役がそう叫びながらウィンに右手を向け、風属性魔力が一瞬走った。
それは無詠唱による風魔法の【麻痺】だった。
だがウィンは魔力の動きと意識を向けていた指示役の動作で魔法が飛んで来たのを察し、それらの情報を脳内で勘として統合したうえで魔法を斬り飛ばした。
始原魔力を刀身に込めた蒼月を用いて四閃月冥を放ったのだが、それはすなわち月転流の極伝たる絶技・月爻の裏だった。
「このガキ! ……魔法を斬りやがっただと?!」
指示役が大げさな口調で叫ぶ。
確かに珍しい技ではあるかも知れないが、その反応にウィンは嫌な予感を覚え、この瞬間に最優先すべきことを脳内で計算する。
そしてウィンは自身が優先すべきはプリシラの安全だと意識をリセットしなおし、高速移動してプリシラの傍らで構えを取る。
直後に、プリシラとウィンの周囲に害意を持った者たちが、細剣で武装して三名出現した。
魔道具で気配と姿を隠していた伏兵だったが、ウィンは意念を込めてこれに対処する。
プリシラを――
絶対に――
護り抜く。
すでにそれはある種の願いを超えて確信に近い覚悟を秘めていたが、その想いがウィンの身体を加速させる。
一拍の間に伏兵の傍らを駆け抜けながら絶技・月爻を連撃で放ち、そいつらの首以外の四肢を斬り落として構えを取った。
直後に伏兵たちは何をすることも出来ずにその場に転がった。
「もうすでに五分以上経つのではございませんか?」
涼しげな声でキャリルが告げて、指示役に怒気を向ける。
侵入者の多くが斬られたことにより、エントランスホールの床は血の赤で染まっている。
その床を踏むキャリルの傍らにはエリカが控え、二人の背後では首以外の全身を不自然な方向に曲げられて侵入者二名が床に転がっていた。
「…………」
キャリルに問われて指示役の男は絶句し、上腕部を斬り落とされただけで済んだ侵入者の一人は青い顔をしてうずくまっていた。
プリシラを最初に呼びに来た男は味方だったのかも知れないが、泡を吹いて意識を失い床に転がっている。
大勢が決したように感じられたが、ウィンは警戒を解くことは無い。
それでも彼女は吹き抜けになっているエントランスホールの二階の方に、変化があるのを察知した。
殺伐とした場の緊張を払うように、その場に拍手の音が響く。
今日の晩餐会に参加していた貴族家の中で、戦う力を持つ者が集まっていた。
その中で、キャリルの祖母であるシンディが一人拍手をしている。
傍らには“竜殺し”たるラルフの姿もあるが、彼はただ静かにエントランスホール全体を睥睨していた。
「当家に踏み込むには数が足らなかったようですわね」
その場にいる全員に聞こえるようにシンディは告げると無詠唱で【睡眠】を連続で放ち、床でのたうち回っている者も含めてその場の侵入者をすべて眠らせた。
次の瞬間、集まった招待客たちはウィン達に感心した表情を浮かべて、盛大な拍手をしていた。
「プリシラ、大丈夫? 怪我はない? 気分はどう?」
あたしは構えを解いて武器を【収納】で仕舞うと、まずプリシラに声を掛けた。
周囲は隠しようもなく血の海で、割と箱入り娘な侯爵家の令嬢であるプリシラにはトラウマになりかねない。
「ウィン」
「なに?」
あたしが問うと、プリシラはあたしに抱き着いて告げた。
「ありがとう。他の言葉が……」
「気にしないで。友達のピンチを助けるのが友達でしょ?」
「はい……」
「そうですわ、プリシラは我が家の大切なお客様である以前に、わたくしとウィンの大切な友達ですの」
「…………」
あたしとプリシラの側に近づいてきたキャリルが戦槌を肩に担いで告げると、プリシラはあたしから離れて微笑んだ。
「私も、友達を護れる強さを得たいと、今日、このとき、思いました」
その言葉にあたしとキャリルは笑顔で応じた。
ウィン イメージ画(aipictors使用)
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