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06.場が暖まって来ると


 本日のあたしにとっての主戦場にキャリルが突然現れた。


 もしかしたらさっき伯爵邸内を巡回してエントランスホールで感じた予感のようなものは、彼女に関するトラブルを意味していたんだろうか。


 あたしは小声でキャリルに話しかける。


シャーリィ様(若奥様)シンディ様(奥様)の許可は取ったんでしょうね?」


「母上に相談しましたわ。「いいよ」と言って下さったので、わたくしも“御用伺い”をいたしますの」


 マジでいいんですか、シャーリィ様。


 あたしはしょっぱい表情をして少々絶句したあと、何とか意識を再起動させて考える。


 とりあえず“御用伺い”の担当者として考えたとき、彼女は戦力になりうるだろうか。


 マナーに関してはあたしより確かである。


 気配遮断はあたしよりは不安だけれど、ダンジョン攻略の実戦を経て“庭師”の人たちに遜色ないレベルまでは鍛えられただろう。


 魔獣相手に隠れられるレベルになってるし。


 万が一の場合の戦闘手段としては、いつもの武器を持っていないから不安だけど、そういう事態ならキャリルにとってここはホームだ。


 とっとと退却して仕切り直せばいいだろう。


「バックアップというか、エリカさんはどうするの?」


 エリカはキャリルの側付き侍女だ。


 あたし達の近くまでキャリルを追ってきているので、一緒に動くつもりなのかもしれないな。


「わたくしの“お目付け役”として同行しますわ」


 キャリルの声が聞こえたのか、すぐ後ろでエリカはサムズアップした。


 思わず反射的にあたしは眉間をおさえたが、そういうことなら何とでもなるか。


「分かったわ。くれぐれも気を抜かないようにしてね」


「無論ですわ」


 そう言ってキャリルが拳を出してきたので、反射的にあたしは彼女とグータッチした。


 それを見ていたエリカも拳を作り、キャリルとグータッチをしていたので、あたしはまた反射的に眉間をおさえた。




 やがて入り口の扉が開き、執事たちに案内されてそれぞれの控え室から招待客が談話室(サロン)にやってきた。


 楽団は演奏を始め、好きな席に着いた招待客にウェルカムドリンクを侍女たちが配っていく。


 あたしたち“御用伺い”の担当者は、もう少し場が温まってきてからが本番かも知れない。


 それでも担当者の何人かは、すでに気配を弱めて談話室を歩き始めている。


 あくまでも晩餐会のスタッフとして不自然ではない範囲で動きをしている辺り、こういう場での情報収集に慣れているのかも知れないな。


 彼女たちの動きを参考にしようとあたしは脳内にメモした。


 キャリルのことに関して若干の不安を個人的に抱えつつも時間は経つ。


 招待客が談話室で思い思いに過ごし始めるようになってから、使用人たちはその対応に忙しくなった。


 あたしは気配遮断を使い、室内を歩き回って情報収集を始める。


「ロレッタ嬢も夫爵を迎えることになりましたし、ウォーレン様の次の世代まで伯爵家は安泰ですな――」


「夫爵殿の実家は南部ですし、農作物の取引も安定するでしょう――」


「○○商会辺りが今後は伸びて来るかもしれませんな――」


「○○商会と云えば会頭の○○は面白い奴でしたな――」


「私は面識はありませんが、意外と王都の○○とパイプがあるのです――」


「なるほど。あやつは隙が無い政商ですが、分を弁えているので利用はしやすいですよ――」


「いや、隙が無いように見えて○○領の○○商会と縁戚なので――」


「そうなると○○の酒造と○○の発酵関連の――」


「うーむ、今後は安定性を考えて○○商会を○○に押さえさせるのも――」


「リスク分散ですな。○○に共和国の伝手があるので――」


 場が暖まって来ると、招待客たちは世間話の体で情報交換を始めているようだ。


 なるほど、これは細かい話は追い切れないかも知れない。


 普段から貴族家の動きを押さえているなら、会話の内容をその場で取捨選択して新しい話も掴めるだろう。


 それをこの場で行うには、事前に綿密な打合せをする手間が増える。


 それなら繋がりのある人物とか商会を洗い出す方が確実だ。


 あたしはデイブが決めてきた仕事の範囲に、今さらながら感心した。


 ちなみに招待客の会話の中で話に上がった夫爵とは、爵位を継いだ者が女性だった場合の夫の呼び方だ。


 今回の場合は将来的にロレッタが家を継いで伯爵になり、その状態で婿入りしているペレを夫爵と呼ぶ。


 ロレッタの前にウォーレン様が伯爵になるし、代替わりどころかまだ婚約の段階でそんな話が出てくるのは気が早いどころの話では無い。


 それでもペレを揶揄するような雰囲気が全く見当たらないのは、実家が中立派であることや、その家が王国貴族に信頼されているからだろう。


 ともあれあたしは、招待客の間を仕事をしているフリをして気配を消したまま移動しつつ、商会の名や個人名を脳内にメモし続けていた。


 そしてある程度情報が溜まったところで談話室を離れて使用人通路に移動し、筆記具を【収納(ストレージ)】で取り出してリスト化していく。


 それをまた【収納】で仕舞って談話室に戻り、情報を集めていく。


 そんなことを繰り返した。


 会話のタイミングなどはあるからどうしても漏れは出ると思うけれど、それでもゲームに興じている人たちのところは一通り回ったと思う。


「きみ、ワインを貰えないだろうか」


「承知いたしました、旦那様」


 途中、気配を消している状態のあたしに気づいたラルフ様が、あたしにウィンクしながらワインを注文してきた。


 ラルフ様はゴッドフリーお爺ちゃんと飲み友達らしいし、竜殺しで名高い。


 あたしの本気モードでも勘で察知しそうな予感がある。


 この場で不自然ではない程度で気配を遮断しているあたしには気づくだろう。


 そんなことを考えながら、あたしは急いでワインをラルフ様のところに持って行った。




 ゲームで遊んでいる招待客のところは大体回ったので、あたしはお茶と甘味を楽しんでいる人たちのところを回ることにした。


 するとこちらはご婦人方が多かったからか、ファッションや美容や貴族間の恋愛事情なんかの情報交換が多かった。


 どこぞの子爵の息子が優秀でとある伯爵家の令嬢に見初められて恋に落ちたが、彼らはそれぞれいいなずけが居て何ちゃらとか。


 王国は歴史的に重婚が認められているけど昨今は減っているのに、とある女性子爵は三人目の夫爵を迎えそうだとか。


 フサルーナ王国製のコスメや宝飾品は何某商会の誰某の目利きが確かで、それに対抗する意味で王都の何某商会が力を入れ始めたとか。


 基本的にご婦人方が好きそうな話だなと思いつつ、念のため出てきた情報は脳内にメモをしていく。


 そうして使用人通路でご婦人方からの情報を分けてリストにするのだが、それなりに商売とか利権関係の話とも繋がっていた。


 王国の貴族は実力主義だと言われるけど、貴族のドロドロに爛れた話も面白おかしく語られるだけでは無さそうだった。


 一通り談話室を回ったので、あたしは最初に張り付いた辺りに移動するかと考えていた。


 そのタイミングでプリシラが室内を歩いているのが目に留まる。


 彼女はご婦人方に混じってお茶や甘味を楽しみながら、卒ない感じで会話をしていた気がする。


 知識面では各貴族家のご婦人たちにかなわないのはプリシラも分かっているのだろう。


 なので彼女は周囲を立てながら、上手に相手に説明させる方向で会話を膨らませていた。


 その彼女が歩いている方向を見るに、気分を変えて何かゲームをする気になったのかも知れない。


 王国ではご婦人方でも談話室ではゲームで遊んでいるから、彼女が遊ぶのも特に不自然な事では無かった。


 やがてプリシラは招待客のご婦人がすでに加わってカードゲームをしているテーブルを見つけ、空いている席に加わった。


 あのテーブルは中立派と南部貴族しか居なかった気がする。


 それでもプリシラは派閥のことなど気にされずに、ゲームに加わることができたようだ。


 すでに一通り談話室を回っていたあたしは、彼女に声を掛けてみることにした。


「お嬢さま、お飲み物を何かお持ちいたしましょうか?」


「……ウィン! ……はい、そうですね。冷たいものを何か希望します」


「承知いたしました」


 プリシラは一瞬あたしがここにいたことに当惑したようだったが、直ぐにホッとした表情を浮かべた。


 あたしはその後、同じテーブルに居た招待客の皆さんにも飲み物や軽食の確認をして、気配を消してから急いで用意に向かった。


 カードゲームを何回か楽しんだプリシラは、気を良くしたのかテーブルを変えてボードゲームにも挑戦していた。


 あたしも“同年代の侍女が御用聞きをしていますよ”的な雰囲気を何となく漂わせながら彼女に同行し、周囲の情報を拾っていた。


 一応出てきた情報は脳内にメモしている。


 時々あたしはプリシラから離れて使用人通路にダッシュし、【収納(ストレージ)】から取り出した筆記具でリストに加筆していった。


 そしてボードゲームが終了したタイミングでプリシラはそのテーブルから抜け、彼女はベランダに出る。


 一応あたしもプリシラにくっ付いて行ったが、ベランダには他に人は居なかった。


「――ウィンが居るとは想定していませんでした」


 照明の魔道具で照らされた庭を背にして、彼女は告げた。


「そうね。ちょっとキャリルに家のことで手伝いを頼まれたのよ」


「そうですか。手伝いというのは、安全に関わることでしょうか?」


「安全?」


 護衛役かっていう意味だろうか。


 護衛では無いけど、仕事の詳細は教えられないんだよな。


 でも嘘をつくのも何となくイヤだ。


 プリシラは安全と言ったけど、招待客の貴族家の人たちから情報を集めることは国の安全を守ることに繋がっているかも知れない。


 我ながら苦しい理屈だとは思いつつ、あたしは言葉をひねり出す。


「そうね。――安全のためかも知れないわ」


「それは……。そうですか……」


 そう応えるプリシラの表情はいつものように変わらなかったけれど、毎日クラスで友人として接している身としては反応が気になった。


 あたしからは、彼女が何かを心配しているようにも見えた。



挿絵(By みてみん)

ウィン イメージ画(aipictors使用)




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