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05.指定の業務がありますが


 やっぱり伯爵邸は広いと思う。


 王都全体の広さはあくまでもあたしのイメージだけれど、日本の記憶でいえば山手線内くらいの広さは確実にある。


 それでも土地は限られているので、広い敷地を持つ大邸宅などは貴族しか持てない。


 豪商も大きな邸宅をもつ資金はあるだろう。


 でも、いざというときに私兵を数百名以上の規模で野営させられるような土地は、王国からの許可が下りずに確保できないみたいだ。


 日本の記憶からすれば、伯爵は爵位の中でも真ん中のあたりになる。


 しかし王国では、伯爵でも国の要職に就く家もある。


 ティルグレース伯爵家で働いているうちに知った話や、社会の授業で教科担当の先生が雑談風に話したネタを元にしているけれど。


 そもそもの王国の爵位の話をすれば、以下のような内容になるだろう。


 ・爵位は格の高い順に、公爵(デューク)辺境伯(マルグレイヴ)侯爵(マーキス)伯爵(アール)子爵(バイカウント)男爵(バロン)騎士爵(ナイト)が存在する。


 ・各爵位の数は王国の場合変動があり、先月の授業で聞いた話では公爵四家、辺境伯四家、侯爵四家、伯爵十六家、子爵三十八家、男爵五十七家、騎士爵百三十四家となる。


 ・王国では公爵家は、当主がそれぞれ将軍、宰相、副宰相、外務副大臣を務める。


 ・王国では辺境伯家は王国の東西南北に一家ずつあり、北の辺境伯が外務大臣、それ以外が地方総督を務める。


 ・王国では侯爵家は、当主がそれぞれ地方総督、宮内大臣、法務副大臣、大蔵副大臣を務める。


 ・王国では伯爵家には、大蔵大臣、法務大臣、副宮内大臣を務める家がある。


 ・爵位の高低は、ごく一部の例外を除けば祖先を含めた王国への貢献度の差であり、それによって領地の広さなどが決まっている。


 ・国の要職の高低は爵位の高低に一致せず、基本的には本人の資質などを含めて総合的に判断され決定される。


 分かりやすい例でいえば、ミスティモントでロレッタ様が見合いをした相手は伯爵家の孫だった。


 この見合い相手の祖父はフラムプルーマ伯爵だが、法務大臣をしていると後で知った。


 あたしの入学後だったと思うけど、優良物件だったんじゃないですかとロレッタ様に言ったら、キャリルをけしかけられたから良く覚えている。


 あの時ロレッタ様はマジギレしてたっけ。


 ちなみにプリシラの祖父であるキュロスカーメン侯爵は、王国北部の地方総督に就いている。


 地方総督というのは国王陛下の代官みたいな役職で、貴族家同士の利害関係を調整したり、王宮に確認が必要だが急な判断を迫られる案件の処理を任されている。


 本来は通例で北の辺境伯が地方総督に就くところを外務大臣になったため、侯爵閣下が代わりに就任したようだ。


 そしてあたしがなんでこんな王国貴族の爵位について、ダラダラと考えを巡らせているかといえば、ひとことで言えば平和で部屋数が多くて広いのだ。


 貴族家の子が寮の部屋を狭いと言う理由が良く分かるけど、一つの部屋の大きさは平均して学校の初等部の教室一個分はある。


 もちろん部屋によって違うけれど。


 大きさのイメージとして、学院の魔法科が六つクラスがあるけど、その講義棟の一フロアを二つ並行に並べるのを想像してほしい。


 それを直線で二つくっつけて一辺にする。


 その一辺を三つ使ってカタカナのコの字形に建物を配置し、そのまま四階建てにしたくらいの広さがある。


 ざっくりといえば伯爵邸には、ワンフロアにちょっとした教室サイズの部屋が約七十弱あって、それが四階分で二百数十の部屋数がある。


 屋根裏だとか隠し部屋もありそうだし、そこまで入れるとワケが分からない。


 ミスティモントのティルグレース伯爵家の別邸では、ここまで部屋数は無かった。


 当然魔法は使うとしても、普段の掃除を考えただけであたしはゾッとしたよ。


 一応地下にも何か構造物がありそうな気配というか魔力の流れがある気がするけど、あたしの予感に特に反応しないので取りあえず今はスルーしている。


 初めのうちは、妙なものが仕掛けられていたらイヤだし、一部屋ずつがんばって調べるぞーと燃えていた気がする。


 二十部屋くらい調べてから、正攻法で調べるのはもういいかなと思った。


 そして現実逃避して今に至る。




 それでもマブダチの家のことを考えれば何かあるのはイヤだし、あたしは何とかラクが出来ないか考えた。


 そして、まずは伯爵邸の敷地全体の気配を“役割”を『風水師』にして探ってみた。


 これは今のところ異常は無し。


 一階の大ホールに人の気配が多く集まっているのと、気配を隠さない警備の人たちが敷地全体に展開しているのが確認できた。


「ふーん……、ただの塀しかないところにも一定間隔で警備兵を置いてるのね」


 さすがティルグレース伯爵家だ、正攻法の警備には隙は無さそうだ。


 この分だと定時連絡も頻繁に行って、連絡が絶えたら急行する準備もされているだろうな。


 ともあれ異常な気配というか、殺意とか敵意とか害意の類いを感じることは無かったし、魔力の流れも問題は無さそうだ。


 そこまで確認してから、あたしは“役割”を『隠密』に変えた。


 もともとステータスで、感知した魔力を追いかけるスキルである『魔力追駆』は有効化してある。


 それでも今回の情報集めの仕事も含めて、“庭師”とか暗部の人たちみたいに動くには『隠密』に変えておく方がいい予感がしたのだ。


 そしてあたしは伯爵邸の廊下を、場に化したまま歩き出す。


 廊下から扉越しに気配とかを探って、ざっくりと異常が無いのを確認する。


 この作業に切り替えてからは、さすがに部屋を早く見まわることができた。


 これに加えてワンフロア確認したタイミングで『風水師』に切り替えて敷地全体を確認し、『隠密』に切り替えて移動しながら確認を進めた。


「よし、とりあえず一通りは確認できたわね」


 伯爵邸の一階から確認作業を進めて、四階の端まで作業を終えた。


 一応ここまで確認した限りでは、魔力だとか気配に関しては怪しいものは見つからなかった。


 警備上、チェックすべきところはチェックしているみたいだし、あとは伯爵家の警備担当に任せればいいような気はする。


 ただ、ここに来るまで何となく気になった場所はあった。


 異常も無いし何かが仕掛けられている形跡もなし。


 それでも予感のレベルで、伯爵邸のエントランスホールが気になった。


 二階まで吹き抜けになっていて、華美ではないけれど伯爵邸の権威を感じさせるような階段が付いていた。


 念のためもう一度確認に向かうかを悩んだけれど、さっき確認で訪れたときにやっぱり違和感があり、徹底的に魔力とか気配の異常を探った。


 それに加えて違和感の正体を突き止めようとして、気配を消した状態でウロウロとエントランスホールの中を歩き回っていた。


 異常を見つけるつもりであたしが完全に不審者ムーブをしていたけれど、結果として異常が無いのは確認できた。


 それでも予感みたいなものが消えなかったのは理解できなかったけど。


「……念のためもう一度見まわってから、副侍女長のところにもどるか」


 あたしはそう呟いてエントランスホールに向かい、一通り異常が無いのを確認してから使用人ホールに向かった。




 やがて連絡が入り、晩餐が終了したことがその場の使用人に伝達された。


 今ごろ執事や侍女の皆さんが順番に招待客を控え室に案内しているだろう。


 段取りではこの後一旦招待客に控え室で休憩してもらう。


 そして決められた時間になったら、順番に伯爵邸二階にある談話室(サロン)に案内していく手はずになっている。


「それじゃあ、“御用伺い”担当者は集まってください」


『はい』


 アメリア副侍女長の言葉であたし達は集まる。


 “御用伺い”というのは要するにあたしに依頼された仕事を指す。


 いちおう今あたし達が居るのは使用人のエリアだし、伯爵家の手勢しかいないことになっている。


 それでも大っぴらに“情報収集”と言わないのは用心のためだ。


 あたしを加えてお仕着せの侍女服を着たメンバーが十名強集まる。


 ミスティモントのお屋敷で見掛けた“庭師”のお姉さんも居るので、伯爵家の手勢の中から諜報担当の女性を集めているのだろう。


「皆さんには指定の業務がありますが、あくまでも招待客の皆さまをおもてなしするのが最優先であることを念頭に行動してください」


『はい』


「よろしい。それでは談話室に移動し、事前の打合せ通り他の侍女をサポートしつつ招待客の皆さまを迎えてください。それでは移動してください」


『はい』


 そしてあたし達は静かに移動を開始した。


 移動する中でも“御用伺い”の担当者は歩き方に隙が無い。


 ティルグレース伯爵家の使用人は基本的に全員戦えるけれど、その中でも実戦を経ている人たちなのだろう。


 そんなことを思いつつ使用人通路を移動し、使用人の階段を上って二階に上がり、今宵の仕事場である談話室に辿り着く。


 談話室は中ホールとして使われる広い部屋でベランダもあり、室内にある扉から隣接する何部屋かに移動してそちらでも過ごすことが可能になっていた。


 カードゲームやボードゲームで遊ぶためのテーブルが用意され、ビリヤード台も何台もセッティングされている。


 カジノみたいなものがあるのかとも思ったけれど、シンディ様の方針で置いていないようだ。


 お茶や甘味を楽しめるスペースも複数用意されているので、招待客の女性はそちらがメインになるかも知れないな。


 中ホールとして使われる部屋には使用人が飲み物や軽食を給仕できるよう待機していて、それとは別に楽団の人たちも待機していた。


 あたし達は音も無く移動して散開し、使用人の集団に紛れた。


 ここからあたしは給仕などを手伝いながら情報を集めていくことになっている。


 室内の様子に気を配っていると、一人の侍女服を着たあたしと同じくらいの歳の子が隣にやってきた。


 やや褐色の肌にブラウンの短い髪で、瞳の色は緑色だ。


 あたしはその子から良く知った気配がすることに、思わず表情を引きつらせる。


「なんであなたがこっちにいるのよ……」


「ドレスを着るのに疲れたのですわ。変装の魔道具を使っておりますから、わたくしと露見することはございません」


 その声は良く知った響きだ。


 そこに居たのは魔道具を使って外見を変えたキャリルだった。



挿絵(By みてみん)

変装中のキャリル イメージ画(aipictors使用)




お読みいただきありがとうございます。




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