12.何も加工はしていない
待ち合わせの時間に附属研究所の玄関に向かうと、すでにディナ先生が待っていた。
いつもの授業で着るようなスーツを着ている。
「先生、待たせて済みません」
「いいえ、大丈夫ですよ。ところでこれから会う先生は、パーシー先生ですか?」
「そうですけど、ディナ先生はもしかして知り合いですか?」
「いいえ。ちょっと職員室に寄ったときに、近くの先生に訊いたら名前を知っていたんです」
「なるほど。あたしも薬草園にワナを仕掛けるときに、お世話になっただけなんですけどね」
毒腺とか魔獣関連の話で訪ねるのは今回が初めてだ。
どこまで教えてくれるのかは、少し楽しみだったりする。
まずはディナ先生も来たので、【風のやまびこ】でパーシー先生に連絡を入れると直ぐに玄関に出てきてくれた。
「やあウィンさん、こんにちは」
「こんにちはパーシー先生、今日はよろしくお願いします。こちらはあたしの担任で狩猟部の顧問をしているディナ先生です。害獣駆除の研究って聞いて関心があるそうです」
「あ、それは嬉しいな。二人ともよろしくお願いします。まずは研究室に案内します」
パーシー先生に案内されて、あたし達は附属研究所の中を歩く。
伝統を感じる古い意匠の建物から、比較的飾り気の無い新しい廊下を歩いて別の建物に入る。
「なんだか建物が新しい感じがしますね」
「ああ、そうだね。魔法関連の研究室や研究設備は長い歴史があって、そちらは玄関に近い方の建物に集まっているんだ。そっちを『旧館』なんて呼んだりするよ」
あたしの感想にパーシー先生は丁寧に応えた。
プリシラの魔法化の件で訪ねたウィラー先生の研究室は、そう言われれば『旧館』の方にあるかも知れない。
「なるほど、それではパーシー先生の研究室は旧館ではない建物にあるんですね?」
「そうです。通称は『新館』ですが、呼び名としてはそのまんまですね」
ディナ先生の言葉に応えてパーシー先生は微笑んだ。
パーシー先生によると、直接的には魔法と関わらない研究については新館に集約されているとのことだった。
「でも、魔道具の回路設計の研究室は旧館なのに、回路の素材の研究室は新館にあったりするんですよ」
「それは事務方が決めているんですかね――」
なにやらパーシー先生とディナ先生の話が弾みつつ、あたし達は“害獣生態学研究室”と入り口に書かれた部屋に辿り着いた。
部屋の扉には鍵穴が無かったけれど、ドアノブにパーシー先生が魔力を通すと鍵が開いた。
「もしかして魔力を登録した人じゃないと開かないカギですか?」
「うん、そうなんだよ。害獣関連の素材には取り扱いに注意が必要な危険なものがあるから、上に頼んでこの形にしてもらったんだ」
たしかにあたしが今日持ってきているものも毒腺だし、ヤバい素材は色々あるのかも知れない。
「それじゃあ、改めて俺の研究室にようこそ。どうぞお入りください」
「「失礼します」」
第一印象としては、パーシー先生の研究室は片付いていた。
入り口から入った部屋はウィラー先生の研究室よりも狭いものの、入って右の壁際には天井まで届く本棚が並び、ズラッと様々な書籍が収納されている。
部屋の奥には窓に向かって設置された執務机があって、その机上も整理整頓されていた。
寮の部屋なんかでは個性が出ると思っているけど、研究室なんかでも先生たちの個性が出るのかも知れないな。
ちなみに本棚とは逆側の壁には小さい事務机が並んで置かれているけれど、使われていないようだ。
「ここは俺の書き物をする部屋なので、隣の実験室に行きましょう」
そう言われて、研究室に入って左側にある扉から隣の部屋に移動した。
室内の雰囲気は、日本の高校にあるような実験室――物理実験室とか化学実験室だろうか。
大きな机が三つほど並び、扉がある方の壁には黒板が掛かっている。
部屋の奥にはガラス窓が付いた鍵付きの棚が設置されていて、マジックバッグらしきものがズラッと並んでいた。
「あれは全部マジックバッグですか?」
「そうです。実験機材の他に、研究対象の害獣――野生動物や魔獣などの標本を仕舞ってあります」
驚いた口調でディナ先生が質問しているけど、あたし同様その量に驚いていた。
遠目で見る限り、並んでいるマジックバッグは容量がちょっとした倉庫並みの種類のものばかりだ。
多分紛失した場合も、魔力によってある程度の距離は所在を追える魔道具が付いているタイプだと思う。
それが壁の棚に並んでいるのは凄い光景かも知れない。
今さらだけれど学院は王国を代表する学校だし、その付属研究所で研究室が与えられている先生は、もしかしなくても国内屈指の専門家なんだろう。
そんなことを考えていると、パーシー先生に促されてあたし達は背もたれの無い椅子に座った。
「まずは自己紹介しましょうか。改めまして、俺はパーシー・レッドモンドといいます。専門は害獣駆除の研究ですが、学院に登録してある研究名はここの研究室の入り口にもあった“害獣生態学”です」
生態学ってざっくり言えば、生き物がどこでどんな風に暮らしているのかを調べる学問だった気がする。
パーシー先生は害獣駆除って言ってるけど、どちらかといえば農学よりは生物学寄りの研究をしているのかも知れないな。
パーシー先生の自己紹介に対し、ディナ先生も自己紹介していた。
ディナ先生が数学の教科担当と知ると、パーシー先生は意外そうな顔をしていた。
そして話はあたしの用件に移った。
「なるほど。詳細は守秘義務があるから言えないけど、キラースパイダーの毒腺から経皮睡眠薬を作りたいのか……」
「ダメですかね?」
「……ダメじゃあ無い。でも、ウィンさんを信用しない訳じゃ無いけど、マーヴィン先生に確認しない限りは俺では加工方法を教える許可が出せないな」
「そうですか……。【分離】とかを使うんですよね?」
確かに毒腺からの睡眠毒について取り出し方を教わったら、他にも色々魔獣素材のヤバい薬を作れてしまいそうだ。
あたしの質問にパーシー先生が苦笑する。
「そうだな……、今の時点では魔法を使う方法と、魔法を補助的に使う方法とがあるとだけ応えておくよ」
「分かりました」
「ちなみに、その毒腺は全部いまウィンさんが持ってるのかい?」
「ええ、現場で毒腺を取り出して、革袋に入れて持ち帰りました」
「何も加工はしていないんだね?」
「はい」
あたしの返事に「それは大正解だったね」と言ってパーシー先生が説明してくれた。
睡眠毒というと睡眠の魔法薬の方のイメージが強く、眠らせるだけの効果しかないと思いやすいそうだ。
だが魔獣素材の睡眠薬は、そもそも使いすぎると対象が死ぬ場合があるとのことだった。
だから冒険者などの中には、毒腺を取り出して被害に遭う者も年間一定の割合で居るそうだ。
その説明にあたしとディナ先生は顔を引きつらせていた。
直ぐにディナ先生から毒腺を保管するリスクの話になり、パーシー先生とあたしと三人で相談して、パーシー先生に預かってもらうことになった。
「それじゃあマーヴィン先生には、俺の方から加工方法の指導について、実施してもいいかを確認しておきます」
「「お願いします」」
ディナ先生はあたしと一緒にパーシー先生にお願いしてくれていた。
仕事を増やす教え子で済みません、ディナ先生。
「いいえ! そこはワタシは譲れません!」
「はー、強情な先生ですね。いちど冷静に考えて貰いたいですよ――」
気が付けば、ディナ先生とパーシー先生はあたしの目の前で言い合いを始めている。
あたしの件は完全に済んでいたので、その後に出てきた話でこうなったのだ。
そもそもの言い合いの切っ掛けは、パーシー先生のフィールドワークの面白い話が一区切りついた後だったと思う。
たしか狩猟部の活動の話が始まってからだった。
狩猟部は普段は部活用の屋外訓練場で弓矢の訓練をしたり、定期的に王都の南門の外でブライアーズ学園の狩猟部と交流戦を行っている。
日常の訓練では生き物は狩らないし、交流戦でも両校の先生や生徒が用意したゴーレムを狩るだけだ。
だが、長期の休みになると王都南ダンジョンに潜り、第一から第十階層までを何日か掛けて攻略して狩猟の腕を鍛えるという。
あたしもパーシー先生も興味深く話を聞いていたのだけれど、生徒への指導という面でパーシー先生は安全管理の話を聞きたくなったらしい。
それがいつの間にか、狩猟における効率の話になった。
ディナ先生は「弓矢で射れば直ぐ済みます」と言うし、パーシー先生は「罠を使えば安全かつキレイに仕留められます」などと言い始めた。
そして今に至る。
二人の話に置いてきぼりにされているあたしだったが、一応興味深い話をパーシー先生から聞けていた。
パーシー先生は罠の専門家だけれど、あるときにステータスの“役割”に『罠魔法士』というものを覚えたそうだ。
そのスキルで『設置敷設』というものがあって、“任意の魔法を任意の場所に設置敷設することができる”という効果があるらしい。
プリシラのスキルを魔法化する話も出ているし、パーシー先生のスキルも魔法化できるかもしれないとふと思った。
「「それでウィンさんは、どっちの方が優れていると思いますか?!」」
なんで声を揃えてあたしに訊くんだよ先生たち。
どっちでもいいじゃないかよもう。
「ええと、弓矢と罠の話ですよね?」
あたしが確認すると、二人とも同じタイミングで頷き返す。
仲良しかよ。
「実家で幼いころから、狩人の父にくっ付いて山に入って手伝った感想をいえば、“獲物による”ということだと思います」
「「え?」」
「群れで現れて畑の被害を避けたいような相手なら、父の場合は弓矢を使ってました。そうじゃ無くてある程度取りたい獲物を決めて、巡回しながら回収するときには罠を使いました――」
それもあくまでもそういう傾向があるって話で、手元の装備や資材、地形とか天気とか色んな条件で全部変わる。
単独で現れるような強力な相手には、父さんは罠を使った上で仕留める場合も、弓矢や両手斧を使う場合もあった。
「――なので、あくまでも“狩人の仕事”では、ケースバイケースです」
「「…………」」
あたしの返事にディナ先生とパーシー先生はそれぞれ考え始めた。
「なので、あたしが知ってるのは、んー……、あくまでも現場の知恵です。先生たちは論理的にもっといい方法を検討してみればいいじゃないですか」
そう言ってあたしは二人を順番に見る。
「何だったら、食事でも一緒に取りながら、落ち着いた雰囲気で冷静に検討してもいいと思いますよー」
言いながらあたしは段々投げやりな気分になってきた。
「食事でも……」
「取りながら……」
あたしの言葉にパーシー先生とディナ先生が無表情で顔を見合わすが、直ぐに二人とも顔を赤くする。
「あたしとしては、いつまでも先生たちが対立とかしても嫌なんです。早いうちに、何なら今晩にでも、夕食とか二人で食べながら検討会をすればいいじゃないですか」
「「…………」」
「まさかただの検討会なのにイヤだとか言いませんよね?」
「「勿論 (だよ) (です)」」
パーシー先生は二十代後半で、ディナ先生は二十代半ばだった気がする。
なんであたしに返事をするのに顔を赤くしてるんだろう、この先生たちは。
思春期かよ。
そう思いつつ、あたしはそろそろ帰りたくなっていた。
幸い願いが通じたのかその後すぐにお開きになり、あたしは無事に帰ることができた。
同じタイミングでディナ先生もパーシー先生の研究室を離れたけど、帰る前に先生たちは【風のやまびこ】で連絡を取れるようにしていた。
先生たちがその後どうなったのかは、あたしには分からなかった。
ウィン イメージ画(aipictors使用)
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