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07.想定していた今回の実験


 あたし達はニナに促され、靴を履いて部屋の外に出る。


 視界に映る光景はいつもの寮の廊下だけれど、周辺にあたし達以外の気配が無いのがとてもブキミだ。


「それでじゃ、妾たちが居るのはウィンが見つけてきた『闇神の狩庭(あんじんのかりにわ)』というペンダントで入り込んだ夢の世界らしいのじゃ」


「夢の世界って言われても、ここは寮にしか見えないわね」


 ロレッタが呟くが、何人かが頷く。


 じっさい、現実の寮との違いが分からないのだが。


「そうじゃな。こまかい説明をする前に廊下で立ち話するのも何じゃ。食堂に参るのじゃ」


 あたし達はニナに促されて寮の食堂に移動するが、ここまで誰にも会わなかった。


 人の気配は矢張り無く、寮の離れた場所で時々闇属性魔力の塊が動いている感じがした。


 適当な席に座り、あたし達はニナから説明を聞いた。


「さて、鑑定結果によれば、この世界では自身が使ったことがあるものなら、何でも意念によって取り出すことができるそうじゃ」


「取り出すって、どこから?」


 思わず訊いてしまったけれど、【収納(ストレージ)】から取り出せるということなんだろうか。


 だがニナは首を横に振る。


「その辺りの説明は無かったので、検証が必要じゃのう。ちょっと試しに妾が思い浮かべてみるのじゃ」


 ニナがそう言った次の瞬間、彼女の手の中には金属製の黒い大鎌が握られていた。


「ふむ、成功のようじゃ。これは妾の伯母の武器で、地元で一度使わせてもらったことがあるんじゃが、本来ここには存在しないものじゃ。共和国の妾の地元にあるハズじゃからのう」


 ニナの言葉を聞いて、ホリーとサラとキャリルの目が同時にシャキーンと光った。


「思い浮かべるだけでいいのかしら?」


「そうみたいやで? おかんが持っとった鉄扇が出てきたわ!」


 ホリーがニナに訊くが、椅子に座った状態で黒い鉄扇を掲げながらサラが横から応える。


「なるほど、使ったというか手に取ったことがあるだけでも大丈夫なようですわね」


 そう言ってキャリルは一本の戦槌(ウォーハンマー)を掲げて見せた。


「ちょっとキャリル、それって母上のコレクションの魔法武器じゃない? あなたいつ触ったことがあるの?」


「秘密ですわ姉上」


「おー、父さん秘蔵の風の魔剣が取り出せたわ! これで勝つる、グフグフ」


 ホリーが何やら片手剣を手にして怪しい目をしている。


 というか、なにに勝つつもりなのかを訊くのが怖いです。


 あたしはふと思いついて、母さんの蔵書から絵入りの旅行記を取り出せるか試したら、あっさりと手の中にあった。


 幼い頃にいちど母さんに何か質問して、その説明で読ませてくれた本だ。


「あ、読んだことが無いページも内容が書かれてる。……けど、本物と同じか分からないから正しいかは分からないか」


 あたしが本を手にしてそんなことを呟くと、アルラ姉さんとプリシラとジューンの目がシャキーンと光った。


 次の瞬間姉さんは一冊の本を虚空から取り出して、ものすごい勢いでページを送りつつ「読める! 読めるわー!」とか叫び始める。


 ジューンはジューンで自分で取り出した本をニヤニヤしながら読み始めている。


 「ページの断片しか残っていない逸失した魔法書が読めるとは……、ここはまさに夢の世界と結論します……!」


 プリシラも本を取り出していたが、そんなことを呟いていた。




「それで、仕舞うときはどうするの?」


 何やら高級そうな意匠が施された杖を手にしながら、ロレッタがニナに訊く。


「どうとでもできるのじゃ。イメージの中で目の前に保管場所を思い浮かべて、そこに仕舞っても良いようじゃし、手から離した瞬間に宙に消えるイメージでも良いようじゃ」


 そう言ってニナはとっかえひっかえ雑貨や絵筆などを手に出しては消していた。


 その様子は無詠唱で【収納(ストレージ)】を使っている様子にも見えた。


 あたしはそれを指摘する。


「ねえニナ、今あなたがやってるのって、無詠唱で【収納(ストレージ)】を使ってる訳じゃ無いのよね?」


「違うのじゃ。確かに似ているかも知れんのう。…………あ゛」


 ニナは突然固まり、何やら汗をかき始めた。


「ど、どうしたの、ニナ?」


「ペンダントの機能とは関係ないんじゃが、このアイテムを取り出したり消したりするイメージは、無詠唱の【収納(ストレージ)】の訓練になるかも知れんのじゃ」


『なんですって?!』


「ホンマなん?!」


 ニナの言葉にあたしを含めてその場のみんなは反応した。


「妾にも分からんのじゃ。あくまでも意識とか意念の走らせ方が似ておるし、魔力の動きも似ておるからのう」


 彼女の説明でみんなはそれぞれ何か考え込み始めた。


 ただ、無詠唱の話はまた確認すればいいことだ。


「ええとニナ、無詠唱の話は凄く気になるけど、ここが夢の世界というのは分かったわ。あたしのペンダントの機能はここに来ることでいいのよね?」


 元々は説明とか確認の途中だったはずだ。


 このままいろいろ試行錯誤をしてもいいけど、ニナが鑑定の結果で得た情報は把握しておきたい。


「そうじゃ。妾の鑑定では、ペンダントに込めた魔力が尽きるか、数時間ほどこの夢の世界での時間が経つか、持ち主であるウィンがキーワードの“ゲートクローズ”といえば元に戻るハズじゃ」


「元に戻るってどういうこと?」


「入った時と同じ状態に戻るのじゃ。現実では時間も過ぎておらぬし、この世界で得たものはアイテムもステータスも持ち出せぬらしいのう。まあ、夢の世界じゃし仕方ないのじゃ」


 ニナの言葉を聞いてみんなは一瞬がっかりする。


 だがそれでも食い下がる者はいた。


「記憶を持ち出すことは可能でしょうか、と質問します!」


「不明じゃ。そこは確認が必要じゃな。もし記憶を持ち出せるのなら、イメージトレーニングなども可能になるじゃろう」


『イメージトレーニング?』


 そうか、物質や肉体の変化などは外に持ち越せなくても、身体の使い方や魔法の使い方といった経験情報は持っていける可能性があるのか。


 あたしがそれをニナに確認すると、「その通りじゃ」と肯定された。


「分かりましたわ。そういうことでしたらウィン、これからスパーリングを始めますわよ!」


 そう言いながらキャリルは席を立つ。


 その瞬間に今まで彼女が着ていた部屋着が、ダンジョンに着ていくスケイルアーマーに一瞬で着替えられていた。


 変身スキルとか取得してないよね、キャリル。


「待つのじゃキャリルよ、今日はあくまでも実験じゃ。それにまだ確認することがあるのじゃ」


「確認ですの?」


「うむ。ウィンのペンダントは『闇神の狩庭』という名じゃが、その名の由来となった“狩庭”が未検証じゃ」


「でもここはあたし達の寮よ?」


 そう言ってあたしは食堂の中を見渡す。


 周囲の気配の異様さが無ければ、ここはいつもの寮と変わらない。


「うむ。妾の鑑定によれば、この世界では“悪夢の元”になる闇属性魔力がうろついているらしいのじゃ。放っておいても誰かが嫌な夢を見るだけじゃが、妾たちが攻撃して潰すと嫌な夢を防げるらしいのじゃ」


「ふーん? そやったら、“悪夢の元”を狩るから“狩庭”言うんかな?」


「妾はそう理解しておるのじゃ」


 その後あたし達は相談したが、みんなでまとまって行動して寮内の“悪夢の元”を潰そうということになった。


 今回は初回だし、まとまって動いた方が何かあっても対応できるだろうということになったのだ。


 その結果、キャリルを先頭にしてみんなで寮の中を動き回った。


 問題の“悪夢の元”からは攻撃のようなものはしてこなかったが、属性魔力を込めた攻撃か魔法による攻撃でしか潰せなかった。


 最後の方はキャリルの攻撃とロレッタの魔法の早打ち対決になっていて、あたし達はのんびりと二人の後をついて回った。




 すべての“悪夢の元”を寮内から片付けたあたし達は食堂に戻った。


 それぞれ適当な席に座る。


「さまよう闇属性魔力は片づけたけど、これが本当に効果があるかはどうやって調べるの?」


「そうじゃのう。いま考えておるのは寮生に【意念集積(ヒープアウェア)】という闇魔法を使った上で、発動をキャンセルすることを考えておる」


「それはどういう魔法なのかしら?」


 あたしとニナの会話に興味を持ったアルラ姉さんが問う。


 闇魔法って話が出たから特に気になったのかも知れないな。


「【意念集積(ヒープアウェア)】は任意の集団や個人の意思を集積し、対象にぶつける魔法じゃ。攻撃にも精神の治療にも使えるんじゃが、“意思を集積する”という段階で悪夢の有無を調べられるじゃろう」


「集団の意思を集めるなんてヤバないかニナちゃん?」


「心配せずとも心の動き全てを追体験するわけでは無いのじゃ。……そんなことをしたら流石に妾も狂うからの。あくまでも大体の考えていることを集積する魔法じゃから、使う者は安全じゃよ」


 ともあれ、これでニナが想定していた今回の実験は一段落した。


 後は夢の世界から現実に戻った後で確認するということになり、寮から出ないで自由に過ごしていいことになった。


「それではウィン、スパーリングですわ!」


「んー……パス!」


 あたしは両手で大きなバツを作ってキャリルに応えるが、彼女は一瞬固まる。


「な、なんでですの? まさかわたくしの腕が物足りなくなったのですの? ハッ、これがもしや倦怠期というものですの?」


 そう言ってキャリルはハンカチを虚空から取り出して目元をぬぐう。


「いや、倦怠期ちゃうやろ」


 すかさずサラがツッコミを入れ、みんなもうんうんと頷いている。


「ちょっとこの“夢の世界”の環境魔力を周辺だけでも調べておきたいの。それに今日はホリーやロレッタ様もいるじゃない」


 ホリーは風の魔剣とかいうのを手にしてサムズアップしているし、ロレッタは高そうな杖を持って頷いている。


「そういうことなら分かりましたわ。ホリー、姉上、よろしくお願いします。――時に姉上、その杖はもしやお婆様のコレクションの爆炎の杖では?」


「秘密よ!」


 そんなことを話しながら、キャリルとロレッタとホリーは寮の屋上に向かった。



挿絵(By みてみん)

ジューン イメージ画(aipictors使用)




お読みいただきありがとうございます。




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