05.特別講義とは別枠だから
初回の精霊魔法の特別講義が済んだ後、休憩の時間がとられた。
その間にデボラとニナが魔法を使い、デモで散らかった臨時訓練場を元通りにした。
マーヴィン先生も残っているけど、特別講義に参加している生徒たちと何やら話し込んでいる。
助手のハズのあたしは、マジックバッグにバラの鉢植えとマーヴィン先生の木造を仕舞ってから入り口近くに戻しておいた。
その時に知った気配が入り口から入って来るのに気づく。
「あれ? 姉さんとロレッタ様? ……とキャリルまで居るの?」
「あらウィン、助手をしているって話だったけど大丈夫だった?」
「それは大丈夫だったけど、姉さん達はどうしたの?」
声を掛けられたのでアルラ姉さんに応じるが、姉さんは何やら制服姿ではない。
スカートにレギンスを合わせてブーツを履いている。
身体を動かせる格好だが、ロレッタやキャリルまで似たような格好だ。
「私とアルラはニナから武術を学ぶことにしたの」
「わたくしはその付き添いですわ」
ロレッタとキャリルが順に告げた。
「ええと、ロレッタ様と姉さんは特別講義を受けて無かったけど、それは構わないの?」
「ええ、大丈夫よ。事前にニナに誘われたときに確認したけど、特別講義とは別枠だから問題ないらしいわ」
「ふーん?」
そういうことなら問題無いのか。
何気にキャリルが付き添いで来ているというのが気になるけれど。
「おおいウィンよ、済まぬが“鍛錬用”というフダが掛かったマジックバッグを持ってきてくれんかの?」
「あ、はーい」
ニナに頼まれたあたしは指定のマジックバッグを持ち、姉さん達と共に特別講義に参加した生徒のところに向かった。
そしてニナにマジックバッグを渡す。
「済まんのう。こちらのバッグには刈葦流の練習で使う、木で作った大鎌が入っているのじゃ」
「あ、そういうことなんだ」
「うむ、それではそろそろ始めるかの。――その前に後から来たアルラ先輩とロレッタ先輩に自己紹介してもらうかの。せっかくじゃしキャリルも自己紹介するのじゃ」
姉さん達が自己紹介したあと、ニナは参加者に木製の大鎌を取りに来させた。
その中にはさりげなくデボラの姿があったのであたしは思わず声を掛けた。
「デボラ先生も刈葦流を学ぶんですか? 宮廷魔法使いなら魔法並みとは行かなくても武術とかやってそうですけど……」
「ん? だって面白そうじゃないか。参加条件は杖術の基本が出来ている者だから、学院の入試で杖術を使った人間は条件を満たしてるんだぞ」
そう言って彼女は笑う。
宮廷魔法使いはそんなのでいいんだろうか。
結局その場で大鎌を手にしていないのは、あたしとキャリルとマーヴィン先生だけになった。
木製とはいえ、十名ほどの集団が大鎌を抱えて集まっている光景はちょっと異様なものがある。
「よし、それではみんな、練習を始めるのじゃ。よろしくおねがいします」
無詠唱で拡声の魔法を使い、ニナがみんなに告げた。
『よろしくおねがいします』
「まず、近くに居る者と二人一組になってほしいのじゃ。……今日は人数の関係で一人余るが、そうじゃの。ジェイク先輩よ、妾と組むのじゃ」
「分かりました」
そう返事してジェイクはニナの傍らに立った。
参加者の様子を見ているとアルラ姉さんはロレッタと組み、カレンはアンと組んでいる。
アイリスはデボラに連行されたけど、嬉々とした表情のデボラとは対照的にアイリスは硬い表情をしているな。
「妾からみんなに教えるのは、刈葦流という大鎌術じゃ。共和国の農民から興った流派じゃが、その源流は杖術にあると言われておる――」
ニナはみんなに分かりやすい言葉で以下の内容を説明した。
・共和国発祥の武術だが、いまは大陸中に使用者が広がっている。
・本来は杖術の基本を学んでから練習する。
・杖術は人類最古の武術の一つ。
・杖術の流派はあるが、魔法使いの護身術としての杖術には流派は無い。
・刈葦流を学ぶことで杖術の腕も上がるので、大鎌が合わなくても損はない。
「――とまあ、長々と話したが、今日はまず大鎌を使った突きを練習してもらうのじゃ」
そう言ってニナはジェイクに構えを取らせ、大鎌の背を当てる突きと、石突部分を当てる突きをゆっくりと寸止めしてみせた。
杖術を源流に持つというだけあって、単純な突き技でも槍のそれとは微妙に動きが違うのが印象的だ。
ニナとノーラとの試合で見せてもらったけれど、最初は半身の構えで柄の拳数個分離した位置を両手で持つ状態になる。
そこから相手に近い方の手を柄の前方に滑らせてから、ビリヤードのキューを打ち出すように突きを繰り出している。
「まずこの動きを身体強化などせず、刃のある方と石突の方とで五本ずつ計十本行い、左右構えを変えてまた五本ずつ行うのじゃ。それでは始めるのじゃ」
『はい』
そうして練習が始まった。
ニナからは「ゆっくりやるのじゃ~」という声が上がるけど、デボラはアイリス相手にすごい勢いで寸止めを繰り出していた。
「ヒースアイル君は杖術の経験はありますか?」
見学していたあたしはマーヴィン先生から声を掛けられた。
「ホンの少しだけですけど、姉の練習を手伝ったことはあります」
「そうですか。私も随分前にかじったことはあります」
「マーヴィン先生は、何か武術を修めているんですか?」
「私は……、そうですね、たまにウォード君に細剣術を教えたりしています」
それってレノックス様の偽名だろう。
ということは朱櫟流を修めていて、しかも第三王子に指導できる腕前か。
もしかしたらキャリルの祖父であるラルフ様と同じように、竜を狩ったりできるのだろうか。
「先生は、とある伯爵閣下と同じように、竜と戦ったりするのでしょうか?」
「……申し訳ありません。その質問には答えられません」
マーヴィン先生は苦笑しながらそう告げた。
答えられないということは、答えたようなものだろうなと思う。
それと同時にあたしは、アシマーヴィア様とソフィエンタから聞いたディンラント王家の秘密について思い浮かべていた。
やがてニナの指導は進み、大鎌を使った往なしの技を教えて型稽古を始めた。
そしてジェイクの相手をしながら全員の動きを確認したあと、ニナは魔力操作による身体強化の基本をみんなに教え始めた。
その間もあたしとキャリルとマーヴィン先生は見学していた。
キャリルなどは退屈するかも知れないと思っていたのだけれど、意外にもニナの様子を食い入るように観察しながら一人で考え込んでいた。
「キャリル、熱心に見てるじゃない?」
「そうですわね。ウィンの魔力操作は見事ですが、月転流のそれは外からは観察しにくいのです」
「確かにそうかも知れないわね」
なんせ、自身の魔力を身体の中に引っ込めて内部で循環させるのが基本だ。
部外者には分かりづらい魔力操作だろうなとは思う。
「対するニナのそれは、指導中ということもあってか非常に参考になるのですわ」
「確かにね。元々内在魔力量が多いのを、ニナはこの練習中は隠さずに操作してるもの」
「とても参考になりますが、実戦になるとまた違うのでしょうね。あくまでも指導用の魔力操作だと思いますよ」
あたしとキャリルの会話を聞いていたマーヴィン先生が、興味深そうな顔で告げた。
ニナの魔力操作を参考にしてみんなは身体強化の基本を練習したが、その日のうちにデボラとジェイクとアルラ姉さんは体得してしまっていた。
「こんなにカンタンなら、私ももっと早く身体強化を覚えるべきだったな」
「仕方ないですよデボラ先生。普通は魔力による身体強化は、実戦的な武術を学ばないと教わらないじゃないですか。それにカンタンといってもワタシには難しかったですよ」
身体強化の練習後に、アイリスとデボラがそんなやり取りをしている。
「難しい? ……そうか。アイリスは次の闇曜日は予定はあるか?」
「え、特に無いですけど」
「じゃあ、今日の復習も兼ねて特訓しよう! 寮まで行くからな。うん、我ながらいいアイディアだ」
「え゛? 何かワタシ、おなかが痛くなってきました……」
「そうか? 体は大切にな。闇曜日までに治しておくんだぞ」
「イヤだ―ーー!」
「ふむ、おなかが痛いと大変だなぁ。仕方がない。――ほら、無詠唱で【復調】を掛けてやったぞ」
アイリスは【復調】に伴う光属性魔力の効果で全身を光らせながら、なにやらくねくねしていた。
練習の最後に、ニナに頼まれてあたしは彼女と約束組手をした。
ニナの方は変わらず木製の大鎌を使いあたしは素手で対応したけれど、身体強化が無い状態だと間合いに入るのが大変そうだと思った。
それを見ていたキャリルが約束組手を申し出て、【収納】から取り出した戦槌でニナと打ち合っていた。
初回の刈葦流の練習は好評のうちに終わったが、アイリスはデボラとの特訓が決まったからかガックリとした表情を浮かべていた。
アルラ イメージ画(aipictors使用)
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