09.飛び道具が無かったか
「ところであたし、ニナのことで相談事って言われて来たんですけど、どうします? 分身とか巫女の話とか秘密にしておきたいんですけど」
「ああ、その件ならそうね~。……ニナちゃんがこっちにいる間、ボーイフレンドをつくるように助けてあげて欲しいの」
「それを、相談事ってことに?」
「ええ。実際ニナちゃんは今までボーイフレンドを作ったことが無いのよ~。それを相談されたことにしておいて~」
「あー……、それでも美少年の絵は好きなんですか……」
二百年生きてて、それってどうなんだろう。
「色々偏ってるでしょ~? すこしだけ気にしてあげて欲しいの」
「ええと、確約はしかねますけど、分かりました」
ニナのボーイフレンドか。
一応脳内にメモしておこう。
「ところでウィンちゃん、今日のお礼だけど何がいいかしら~?」
「いや、お礼とかいいですよ。ニナの従姉なら身内みたいなものですし」
「うふふ、月輪旅団の子ならそう言うとは思ったの。でもそれはそれとして、何かいま困ってることは無いかしら? おカネで解決できないような、心配事のたぐいでもいいわよ~?」
心配事か。
そう言われると何かあった気がするな。
「一旦、魔法を切って飲み物と甘い物を注文するわね~」
「あ、はい」
そうしてノーラはあたしの分まで含めて注文をした。
お代わりのラテとティラミスが来てからまた、ノーラは無詠唱で周囲を防音にする。
「それでどうかしら、何か困ったことは無い~?」
「そうですね。困ってるっていうのともちょっと違うんですけど、年末年始に父さんと母さんが王都に来るんです。母さんはあたしの武術の師匠だから、ノーラさんがニナにやったみたいに試合とか言い出すような気がしてるんですよ」
「そのとき何か言われないか心配してるってことかしら~?」
「まあ、そういうことですね」
そう応えてからあたしはティラミスを一口頂くが、そのクリーミーな味わいに衝撃を受ける。
ティラミスムースが既にチーズケーキな質感なのだけど、口に入れた瞬間に感じるのは重さというよりは軽さだった。
フワッと融けていくようなクリームチーズの質感には微妙にミルクフレーバーを感じ、それと同時にスポンジからのコーヒーのフレーバーが広がってくる。
これはホールで食べたいと思ってしまったのは邪道だろうか。
あたしがティラミスの味に打ち震えているのを見て微笑みつつ、ノーラは告げる。
「そういうことなら、ワタクシがウィンちゃんの今の強さを見てあげましょうか? これでもニナちゃんの師匠なのよ~」
「そ、それは嬉しいですけど、先日のニナとの試合みたいな激しい戦いはあんまりやりたくないっていうか……」
達人とのスパーリングはグライフとの試合で懲りている。
ノーラの動きに関してはニナとの試合の中のものを見せてもらったから、まだ対策は立てやすいかもだけれど。
「軽めに済ませるわ。ニナちゃんとの試合はメンタルも見たかったから厳しくしたのよ~」
「そういうことなら……、お願いしていいですか?」
「構わないわ~。その上で、ウィンちゃんのお師匠に言われそうなことを考えましょう」
それは少し、いや、かなり嬉しいかも知れない。
「よろしくお願いします!」
母さんからのお小言が減るかも知れないなら、挑んでみる価値はあるだろう。
少しばかり元気が出てきた気がするけど、その表情をみたノーラが可笑しそうに笑っていた。
あたしとノーラはその後お喋りしつつティラミスを平らげ、喫茶店を後にした。
ちなみに喫茶店の名前は『草原と牛の尻尾亭』というが、初代店長が牛獣人だったらしい。
あたしとノーラが冒険者ギルドの建物に入ると、ノーラが何やら視線を集めていた。
その多くは畏怖の感情だった気がするけど、若い冒険者は彼女に見とれたりしていたな。
あたし達は総合受付の行列に並び、中庭の訓練場の使用許可を取った。
幸い少し待てば使えるようなので、あたし達は訓練場に移動した。
「試合というか、スパーリングに使う武器はどうしますか?」
「ワタクシは手持ちの木製の杖を使うわ。大鎌術じゃなくて、杖術で相手をしてあげる~」
そうか、ノーラくらいになると杖術も実戦レベルかも知れないな。
杖術も極めると強いって話は武術研で聞いたことはある。
「それなら訓練場の木製の短剣を借りてきますね」
そして訓練場で打ち合っていた冒険者たちが練習を終えて場所を開けた。
あたし達はスパーリングを始めることにする。
「それじゃあ始めますか~」
「よろしくお願いします」
「は~い、お願いします~」
訓練場のあたし達が使う区画の中央に向かい、少し離れて向かい合う。
特に合図も無いので、あたしは薄く身体強化を掛けた状態で自分から動き出す。
当然両手の短剣には属性魔力を纏わせているが、ノーラの方も杖に属性魔力を纏わせている。
杖の間合いに入った段階で突きの連撃が繰り出されてくる。
これを短剣で往なしつつ、ノーラの引き手に合わせて一気に間合いを詰める。
その上で短剣の間合いで斬撃を繰り出すが、ノーラは持ち手の位置を調整するだけでこれに対処して往なしていく。
その合間にお釣りのように杖の長さを活かし、足払いだとか膝への打撃を入れて来るけど、こちらもノーラの死角に入る動きで対処する。
打撃打撃打撃、打撃に見せかけた突きからの払い、打撃、突きの連撃、打撃、払い、といった感じで間断なくノーラから攻撃が出される。
これに対しこちらも斬撃斬撃、刺突、斬撃斬撃、魔力の刃による斬撃と斬撃を三セット、刺突、といった感じで攻撃を繰り出した。
とりあえずスパーリングとしては悪く無い内容で、互いの動きを確認するように攻防を重ねることが出来ている。
ただそれでもある時、ノーラが何かに気づいたような顔をする。
「ちょっと距離を取るわ」
「あ、はい」
攻防の途中でノーラが後ろに飛んで距離を取った。
「この距離だったらどうするかしら~?」
「ええと、距離を詰めるか、こうします」
あたしは威力を弱めた奥義・月転陣を繰り出した。
片手斧や片刃の短刀なんかの月転流の武器を、回転させながら円形の軌道に投げる技だ。
ノーラは属性魔力を纏わせた杖で軌道を逸らして対処する。
そして彼女は構えを完全に解き、右手で杖を地面に立て、左手を腰に当てて何やら首をかしげている。
「どうしたんですかー?」
あたしも構えを解いてノーラに近寄る。
「ええと~、ウィンちゃんの流派って、ほかに飛び道具が無かったかしら~」
「え? 初耳ですけど」
「え? んー……ちょっと、気になる事が出来たかも知れないわ~」
「え゛? もしかしてあたし、特訓とか必要だったりします?」
思わずそんな言葉が出たものの、母さんに会う前に分かったならまだ良かったのかも知れないな、とも思う。
「特訓が必要かは分からないかしらね~。でもちょっとデイブに確認した方がいいことができたかも~」
「デイブに、ですか? ……どうします、直ぐ行きますか?」
「後でいいわ。まだ時間になっていないし、スパーリングを続けましょう~」
「はい」
デイブに何を確認するのかが気になったものの、とりあえずあたしはノーラとのスパーリングを再開した。
割と隙無く絶え間ない感じで打ち合ったけれど、利用時間の最後の方には訓練場の周りにはギャラリーが集まっていた。
「はい、それじゃあ終了しましょう」
「ありがとうございました!」
あたし達がスパーリングを終えると、ギャラリーの人達は拍手をしてくれた。
それに手を振ったりしながらあたしは借りていた木製の短剣を返し、あたしとノーラは訓練場を後にした。
「こんにちはー、デイブ居るー?」
「こんにちわ~」
冒険者ギルドを出たあたしとノーラはその足でデイブの店に向かった。
店の表口から入るとブリタニーが居た。
「こんにちは。お嬢、ノーラにセクハラされなかったかい?」
「ええと、彼氏さんと玄関先でイチャイチャしてるのは見たけど、直ぐに移動してニナの話をしたり、ギルドでスパーリングをしてたわ」
「ああ、そうなんだ……」
ブリタニーが少しほっとしたような笑みを浮かべる。
「イチャイチャって何よ~。王国のひとはもっとパートナーと仲良くするべきよ~。ブリタニーだってデイブと一日中くっついてればいいのに~」
「うるさいね。ここは共和国じゃ無いんだよ。デイブとバカンスにでも行くことになったら考えるよ」
そう言ってブリタニーは苦笑いしながらため息をついた。
「デイブは奥に居るから入んな」
「分かったわ、おじゃましまーす」
そうしてあたしとノーラがバックヤードに入るとデイブが居た。
「「こんにちは」~」
「おおこんちわ、どうしたんだ二人とも?」
何やら書き物をしていた手を止めてデイブが顔を上げる。
「ちょっとナイショの話をするから防音にするわね~」
ノーラがそう言って無詠唱で周囲を見えない防音壁で囲んだ。
「さっきまでウィンちゃんとスパーリングをしてて気が付いたんだけど、月転流の飛び道具って武器を投げる奴以外に、突きで魔力の刃を飛ばすのがあったわよね~?」
「「は?」」
あたしとしては初耳だったが、デイブにしても寝耳に水なんだろうか。
ノーラ イメージ画(aipictors使用)
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