07.甘すぎて胸焼けしそうだ
デイブに渡すものも渡したので、話に聞いていたノーラの相談事を片付けようかと頭を切り替える。
いきなり本人に話を聞きに行くのもいいけれど、デイブとかは何か耳にしていないのだろうか。
「それでデイブ、資料は渡しちゃったしノーラの相談事っていうのを片付けようかと思うんだけどさ」
「ああ、そうだな」
「そもそもノーラさんからその話が来た時、ニナのことって以外で何か言ってなかったの?」
「特に言ってなかったな。深刻そうでも無かったからお嬢に伝えるかは一瞬迷ったんだが、それでも念を押して頼まれたんだわ」
「ふーん? まあ、深刻そうじゃ無かったならいいわ」
深刻な話ならもっと急がせるだろうし、お願い的な何かなのかもしれないな。
ニナに関わる話なら聞いておいて構わないけれども。
「ノーラとしては一応マジメな話だとは言ってたけど、しょーも無い話だったら適当な理由を言って帰って構わねえと思う」
なんだそれ。
軽い話ならちょっと悩むところだけど、ニナの相談事と言っている辺りが気になるので微妙にいやらしい頼み方ではある。
「それと別件だが、さっきティルグレース伯爵家の担当者から連絡があったが、お嬢のお仕着せの侍女服のサイズを合わせたいんだと」
「ああ、それはそうね」
いきなり晩餐会当日に行っても、侍女服なんかの衣装が無かったら仕事にならないか。
「だから今日中に一度どこかで伯爵邸に顔を出して欲しいそうだ」
「了解よ。場所は知ってるから一人で行くわ」
まあ、通用口から行けば誰か知ってる人に会うだろう。
最悪キャリルに魔法で連絡を入れてもいいし。
「済まねえ、頼んだぜ。――それじゃあええと、ブリタニーからノーラに連絡を入れさせるか」
「デイブは連絡を取れないのね?」
「ノーラのこだわりだか何だかで、男相手で連絡を出来るようにするのは、親類か交際相手だけなんだそうだ」
「ふーん」
「ま、おれとしては面倒が無くていいんだけどな」
そう言ってデイブは腰を上げ、ブリタニーを呼びに行った。
「それじゃあ連絡してみるか。私としちゃあイヤな予感がするっていうか、あんまり気が進まないんだけど」
「そう言われるとおれも何となくイヤな予感がしてくるが……、まあノーラに関しては気にしたら負けだろ」
ブリタニーとデイブはそう言って二人でため息をつく。
「何か問題があるの?」
「いや、何も無いんだけどね。休みの日の朝っぱらに連絡するのがちょっと不安なだけさ。まあ、今回はノーラから頼まれてたことだし、いいんだけど」
ブリタニーはそう言って【風のやまびこ】を使った。
「おはようノーラ、いまいいかい? ――え、いまイイところだって? 知らないよ! ――――何がどこにどうしようが知ったことじゃ無いんだよ!! 何だったら昨日入荷した新品の鎚矛持ってって、全力で脳ミソ掻きまわしてやるけどっ?!」
連絡はノーラと繋がったようだが、ブリタニーはいきなりブチ切れている。
視線を移せばデイブが眉間を押さえているな。
「――一時間後に今言った住所だね? ――たしかに突然連絡したのは私だけどさ……、まあいい、もう切るよ?! ――はいはいあの世でも地獄でもいってらっしゃい」
「…………段々訊きたく無くなってきたが、何だって?」
デイブが微妙に疲れた声でブリタニーに訊くが、そのブリタニーもくたびれた表情を浮かべていた。
「いまちょっと取込み中だから、一時間後に指定の住所までお嬢に来て欲しいそうだ」
そのやり取りであたしまで微妙に不安になってきた。
大丈夫か訊いてみたけれど、二人は「気にするな」としか言わなかった。
よく分からないけど、ノーラは部屋の片付けでもやっていたんだろうか。
いや、ニナと同郷なら、王都に越してきて引っ越し作業でもしていたのだろうか。
いずれにせよナゾだった。
一時間後にあたしが指定の住所に向かうと、そこは庶民が住む地区にある集合住宅の一室だった。
賃貸か売られたものかは分からないけどそれなりに上品な建物で、以前お邪魔した教皇様の住まいと同じくらいの物件に見えた。
何となく玄関のドアの向こうの気配を探るけど、中には二人いるようだ。
殺気など危険そうな雰囲気は特に無し。
とりあえず玄関のドアノッカーを鳴らすと直ぐに中から男性の声がして、扉が開いた。
「おはよう。ええと、アンリくんを紹介してくれた時に居た子だね?」
「おはようございます。ローガン先生? あたしウィンといいます。……ええと、ノーラさんに会いに来たんですけど」
気配を読んだ段階で分かってたけど、珍書研究会の顧問になるのをお願いしたローガン先生がいた。
以前会った時からそれほど時間は経っていないけど、ローガン先生の顔は少し痩せた気がする。
元々太っていたわけでは無かったから、少し不健康にも感じる痩せ方かも知れない。
ただ、先生の目は穏やかで幸せそうだった。
「ああ、ノーラに会いに来たんだね。ハニー、お客さんだよ。……ここはぼくの家でね。賃貸だけど世帯向けだから、彼女を迎えて住んでるんだ」
いきなり飛び出したハニーという単語にあたしは意表を突かれた。
なるほど、ローガン先生とノーラは同棲を始めたのか。
会ってから数日しか経っていないけど、よほど波長が合ったんだろうか。
「おはようウィンちゃん。来てくれて嬉しいわ~」
「おはようございますノーラさん」
ローガン先生の家の奥から出てきたのはノーラだが、初めて会った時と同じような黒い戦闘服を着こんでいる。
「ダーリン、ちょっとウィンちゃんとニナちゃんのことで相談事をしてくるわ~」
「うん、行っておいでハニー」
何だろうこのあまーい空気は。
あ、目の前でキスしやがったこいつら。
非常に甘すぎて胸焼けしそうだよあたしは。
デイブとブリタニーが気にするなと言っていた理由が、少し分かった気がした。
幾つか行きつけの喫茶店があるというので、あたしはノーラに案内されるまま商業地区を移動した。
そして獣人が店主をする喫茶店に入ると、ノーラはホットのカフェラテを二つ注文して告げる。
「お休みの日なのにごめんなさいね~」
「いえ、ニナのことで相談事があるって話でしたよね」
「詳しいことは飲み物が来てから話しましょう。ウィンちゃんはもう王都での生活に慣れたかしら~?」
そんな感じで他愛ないことをノーラと話していると、あたし達の席に飲み物が来た。
「ちょっと防音にするわ~」
次の瞬間無詠唱で魔法が使われて周囲に見えない防音壁が張られ、あたし達の周りから音が消えた。
「さて、相談事があるのは本当だけど、ニナちゃんのことじゃ無いのよ~」
「ええと、どういうことですか?」
のっけからいきなり妙な方向に話を転がされ始めたな。
「ワタクシは闇神の巫女なのよ、薬神の巫女さん」
あたしはノーラが言った言葉の意味を飲み込むまで、数瞬時間が掛かってしまった。
彼女からそういう話が出て来るとは思わなかったからだ。
「ノーラさんは闇神様の巫女だったんですか? あたしが巫女ってどういう意味です?」
「うふふ、心配しなくてもいいわ、ワタクシの本体であるアシマーヴィアから直接教わったのよ。ソフィエンタ様の分身がニナちゃんと友達になってくれたってね~」
そう言ってノーラは柔らかく微笑んだ。
ニナの従姉ということは、彼女もやはり吸血鬼であり長命だろう。
その人生の中で磨いた魔法で高位の鑑定魔法を使い、あたしのステータスを調べ薬神の巫女と判断できる可能性はある。
でもあたしが分身だという情報は、鑑定の魔法などでは得られないかも知れない。
それができるなら本体と分身の差が分かるということになり、神の魂を鑑定できる腕があるって話になるからだ。
「そういう事なら分かりました。……ええと、一瞬だけ本体に確認だけさせてもらっていいですか?」
「好きにしていいわ~」
幸い店内には植物の鉢植えだとか、花瓶に生けられた花などがある。
植物が近くにあればソフィエンタと連絡は出来るだろう。
あたしは座ったまま胸の前で指を組み、目を閉じて念じる。
『ソフィエンタ、ちょっといいかしら?』
『構わないわよ? って闇神の巫女の子が来た件ね』
直ぐにソフィエンタからは念話で返事があったけど、ノーラのことは把握しているようだ。
『いちおう確認したいのだけど、ノーラさんが闇神様の分身で巫女だっていうのは間違いないのね?』
『間違いないわよ』
『そうなんだ? ちなみにグライフさんの時と違って事前に情報が無かったのは何でなの?』
『未来が確定していなかったのと、ノーラの悩み相談が面倒だって言い始めるかもって思ったのよ』
ノーラの悩み相談か。
どんな話なのかはまだ聞いてはいないけどさ。
確かにいきなりそんな話をソフィエンタから聞いていたら、逃げていた可能性はあるかも知れないな。
『ノーラの悩みは分身なら誰でも思う悩みかも知れないわ。でも、あなたはあたしの分身よ。答えは自分で出せると信じてるわ』
『……うーん。まあ、まずは話を聞いてみるわよ』
『そうしてあげて』
そこまで話してあたしはソフィエンタとの念話を終え、目を開けた。
ニナ イメージ画(aipictors使用)
お読みいただきありがとうございます。
おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、
下の評価をおねがいいたします。
読者の皆様の応援が、筆者の力になります。




