03.完成に近づけて
一夜明けていつものようにクラスに向かい自分の席に着くと、プリシラとホリーとサラがやってきた。
「おはようございますウィン」
「「おはよう」さん」
「おはよう。どうしたの?」
「ちょっとウィンに検分してもらいたい物があるのです。この時間で出来る動作試験を実施します」
そう言ってプリシラは制服のポケットから、手のひらサイズのクマの縫いぐるみを取り出した。
そしてそのサイズの人形を見て、あたしは思い当たるものがあった。
「ウチも手伝ったやつなんや」
サラも製作に関わったのか。
以前、魔道具研究会でプリシラ製作のダンスする縫いぐるみを見せて貰った。
その時にあたしは、勉強机の上で踊ってくれるサイズがあったらという話をしたのだ。
「それってまさか、……完成したの?」
「その判断をするために、ウィンの意見を必要としています」
「分かったわ。ええと、あたしは見ていればいいのかしら?」
「この縫いぐるみを机の上に置きますので、ウィンは魔力を送ってください。属性は四大属性なら何でも大丈夫です。すぐに稼働を始めます」
そう告げてプリシラはそっとあたしの席の机の上にクマの縫いぐるみを置いた。
クマの縫いぐるみといってもデフォルメされているタイプで、両足を投げ出して机の上に座っている。
「外見はふつうのラブリーなクマの縫いぐるみね……」
そう呟きながらあたしは手をかざし、風の属性魔力を縫いぐるみに送ってみた。
するとすぐに反応がある。
「な、なんだと?!」
思わずあたしは呻くが、縫いぐるみはその場にすっくと立ちあがり、あたしを見上げて右手を振っていた。
「この動きは全て事前に決めているものです。魔力を込めた人に手を振るようになっています」
「そうなんだ……、まるで意志があるように見えるわね」
「ここからさらに稼働します」
クマの縫いぐるみは手を下ろしてから周囲を見渡した後、机の上をテクテクと歩き始める。
そして机の端まで行くと足を止め、周囲を見渡し始めた。
「行動範囲を自動で確認しています」
「はー……」
クマの縫いぐるみは確認を終えたのか、一旦あたしの方に向き直って手を振った後に机の端に沿って歩き始めた。
「このような感じで机などの上を歩き回り、ときどき魔法を込めた人に手を振るように作られているのです」
「これは……、凄いわね」
ここまでスムーズに自動で動けるなら、地球のロボットなどよりも高度なものに見えてくる。
やがてクマの縫いぐるみは机の上を歩き回った後スタート地点に戻り、あたしに手を振ってからその場に座り込んで稼働を止めた。
「最初に込めた魔力が尽きると開始位置に戻って稼働を終了するようにしました。以上で動作試験を終了します」
プリシラはそう告げてから大切そうに縫いぐるみを持ち上げ、あたしに示してみせた。
「凄い凄い、プリシラ、あなた才能あるわよ!」
あたしは思わずそう叫びつつ拍手をすると、いつの間にかあたしの席を取り囲んでいたクラスのみんなも拍手を始めた。
女子たちなんかは「カワイイー!」とか、「どこで売ってるのー?」とか「すごい欲しいんですけど?!」とか叫んでいる子がいるな。
「………………そうで、しょうか?」
あ、何かこれは彼女が照れている気がするな。
プリシラの表情は全く変わらないけど、何となくそんな気がした。
「そうね。大きさもいいし、邪魔にならないから飾っておきやすい。自動で動いてくれるから操作で悩むことも無いわ」
「……ほかに、意見などがあったら指摘を希望します」
そうか、プリシラは検分と言っていたんだったか。
彼女なりに完成に近づけてきたけれど、改善点があるようならそこは指摘して欲しいわけか。
「うーん…………」
「ウィン?」
気になったと言うほどではないけど、あたし的に思いついたことはあった。
「二つ思い付いたの」
「何でも告げられることを希望します」
「うん。一つは、これが魔道具なら回路があるはずよね? マネしようとして盗んで分解するような不届きものがいたら心配なの」
「考えています……」
「前にクルト先輩の作った魔道具で、回路を分解しようとすると壊れるように作ったって聞いたことがあるわ。彼に相談するのがいいと思う」
「分かりました」
「盗難対策かー。ウィンちゃん凄いな、そんなんウチら思いつかんかったわ」
横で聞いていたサラが感心したように告げた。
アイディアを盗まれたりとかはイヤだろうから、製作段階から対策はした方がいいと思うんだよ。
「もう一つあるの。小さい子供とかペットとかが、間違えて口にしようとしたら危険じゃないかしら? 噛みつこうとしたら『かまないでー!』とか叫んでくれたら安心かも」
「それは……、非常に重要な指摘と判断します。なによりも、今よりかわいくなる可能性を強く感じます……!」
プリシラはそう言って目をシャキーンと輝かせた。
他にもいろんなセリフを喋れるなら、もっと凄いのが出来そうだよね。
「あたしからは以上ね」
「分かりました。ありがとうございます、ウィン」
プリシラは嬉しそうに微笑んだ。
「どういたしまして」
「そしてウィン。放課後に魔法のことで相談したいことがあるのですが、時間は有りますでしょうか?」
「魔法のことで? あたしでいいのかな」
「ウィンが適任だとサラとも話しました」
「まあ、思い付きなんやけどな」
思い付きってなんやねん。
それよりも時間か。
放課後は風紀委員会の打合せがあったのと、調べ物をするつもりだったんだよな。
「風紀委員会の打合せがあるのと、少し調べ物をする予定なの。その後で良ければだけど、少し遅れるかも知れないわ」
「構いません」
「分かったわ。どこで待ち合せようか?」
「魔道具研究会の部室を希望します」
「分かった。用事が済み次第向かうわね」
こうして手のひらサイズの縫いぐるみの魔道具は、好評のうちに動作試験を終えた。
授業を受けてみんなとお昼を食べ、午後の授業を受けて放課後になった。
あたしはまずキャリルと風紀委員会室に向かった。
委員会室にはすでにリー先生とカールとニッキーがいたが、微妙に硬い表情をしている気がした。
その後、エルヴィスとアイリスとエリーが来て風紀委員会のメンバーがそろったので、リー先生が口を開いた。
「それではジェイクさん以外のみなさんが揃ったので、週次の打合せを始めます。まず、ジェイクさんのことについて連絡事項があります――」
連絡事項は、ジェイクが王宮預かりの身になってここ数日過ごしている件についてだった。
アイリスと多少似た話だったけれど、彼女は引きつった顔をしていた。
学院内の調査でジェイクが精霊魔法を使えることが判明し、その件で王城で取り調べが行われた。
その際にジェイクに掛けられた呪いが発動し、それを掛けたと思われる王立国教会の神官は行方不明になった。
ジェイクは呪いの効果を防ぐことができたが、その後の取り調べの結果王国にとって望ましくない話を神官から吹き込まれていたと分かった。
ジェイクは記憶の一部を無期限で封印され、現在宮廷魔法使いから魔法の特訓を受けている。
特訓は早ければ来週中には終わる見込みだが、学院に戻っても引き続き風紀委員会に所属することになる。
「――ということで、王宮からの話としてはジェイクは被害者として判断されたそうです。ですが本人はいたって元気とのことですし、戻ってきても今まで通り接してあげて下さい」
『はーい(ですの)(にゃ)』
「ジェイクに関しては学院に戻ってきてから、本人から話を聞いてみよう。みんなからの報告を始めたい――」
カールが仕切って個別の報告が始まったけれど、教養科高等部一年で一件恋愛関係のトラブルが発生したとエルヴィスから話があった。
これは暴力沙汰になりかけたのを周囲が止め、エルヴィスが駆けつけて説得して生徒会に引き継いだらしい。
場合によっては模擬戦になるかも知れないとのことだった。
そうか、そういう時は生徒会に話を投げればいいんだな、とあたしは脳内にメモしていた。
珍書研究会の一連の流れはキャリルがみんなに説明してくれた。
みんなは新しく公認の研究会が増えることについて話をしていたが、リー先生がキャリルとあたしを見つつ気になることを言った。
「そういえば、珍書研究会の顧問をお願いしたローガン先生が、今日会ったら微妙に疲れていたというかやつれた感じになってたんです。部活の立ち上げは先生によっては神経を使うものかも知れませんね」
「やつれた感じ、ですか?」
「ええ。大丈夫か訊いたのですが、付き合い始めた交際相手が、手料理を作ってくれるから心配ないとか惚気ていましたけどね」
そう言ってリー先生は苦笑したが、あたしは微妙に嫌な予感がした。
先日のニナとの話では、片方しか救えないとかいうことを言っていた。
“付き合い始めた交際相手”というフレーズで、微妙にモヤモヤするな。
何があったか分からないけど、あたしはローガン先生の無事を願った。なーむー。
「あたしからは特にありませんが、来週の打合せはキャリルの家の手伝いで打合せを欠席する予定です」
「そうですわね。わたくしも来週は出席できませんわ」
あたしの番になったので、来週の欠席を伝えるとリー先生とカールが頷いていた。
そうして風紀委員会の今週の打合せは終了した。
打合せの後、あたしは調べ物の件でリー先生に話を訊いてみることにした。
エリー イメージ画(aipictors使用)
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