11.選んだ者は護られる
いまあたしは新聞部の部室を離れて、実習班のみんなとアンリと共に食堂に移動していた。
先ほどリー先生から連絡があり、珍書研究会の顧問になってくれそうな先生が見つかったとのことだった。
「附属研究所にそんな先生がいるんですね」
「さっきの話をもうちょっと細かく説明すると、リー先生の話では文化史の研究をしている研究員の先生で、宗教儀式や様々な国や地域の習慣に詳しいって話でした」
アンリの言葉に応えてあたしが説明すると、彼はキラキラと目を輝かせ始めた。
「それはそうとウィン、リー先生が忙しくて動けないから、あなたが知っている附属研究所の先生に連れてきてもらうのでしたか?」
「そうね。前に薬草薬品研究会でお世話になったパーシー先生っていう人がいるの。この先生とあたしが知り合いだし、向こうが顔を忘れててもあたしが覚えてるから」
「害獣駆除の研究者と言ったかのう。色んな研究分野があるんじゃのう」
「ホンマやね」
「それでウィン、アンリ先輩に会わせる先生の名前は何ていうんですか?」
ジューンに問われるが、そういえばみんなには伝えていなかったことを思いだす。
「その先生の名前はローガン・チャンドラーって先生よ。パーシー先生と同じく二十代後半くらいの男の先生ね」
みんなと移動して食堂の建物の近くに辿り着くと、パーシー先生ともう一人男性が談笑しながら佇んでいるのが見えた。
あたしが声を掛けようとすると、向こうから声を掛けられる。
「こんにちはウィンさん。薬草園の一件以来だね」
「こんにちはパーシー先生、今日はわざわざ済みません。……よくあたしの名前覚えてましたね?」
「ああ、罠の扱いが上手だったからね、印象に残っていたんだ。――それで、今日はリー先生に頼まれてローガン先生の案内で来たんだが……、研究会を立ち上げようとしてるっていうのは誰だい?」
「あ、はい、それはアンリ先輩になります」
「そうか、アンリさん、はじめまして。皆さんも初めましてかな? 俺はパーシー・レッドモンドです。附属研究所で害獣駆除の研究をしています」
そしてパーシー先生は隣に立つ男性に視線を向ける。
「それで、こちらの先生がローガン先生といいます。俺とは学院に同期で採用された研究者です」
「そうだな、同期だった。ええと、初めましてみなさん。ぼくはローガン・チャンドラーだ。附属研究所で文化史の研究をしている。今回顧問の話があると聞いている。よろしく頼む」
ローガン先生が自己紹介すると、アンリが彼らの前に出て自己紹介を始めた。
とりあえず彼らを引き合わせることができたし、あたし達は解散かなと思っていたのだが、突然後ろから声を掛けられた。
「あら~、ニナちゃんじゃない~。元気だったかしら~」
その声がした位置に少々混乱しながらあたしは振り向いた。
地球換算で数メートルほど離れた位置に女性が立っているが、声がするまでそこに気配があることに気づけなかったのだ。
その姿はストロベリーブロンドに真紅の瞳をしていて、まるでニナを成人の女性にしたような姿をしていた。
気が緩んでいたということは無い。
いまでは気配の察知は常時行っているが、これはほとんど習慣みたいなものだ。
確かに学院内は人間が多すぎるので、昼間の時間帯ではある程度危険を感じるような相手以外は意識上から排除するようにしている。
それでも、全く察知できなかったという事はここしばらく無かったので、あたし的には内心衝撃を覚えていた。
反射的に内在魔力を循環させつつチャクラを開き、薄く身体強化を掛けて自然な所作でニナの隣に並んでから半身で立った。
「ノーラお姉ちゃん……? どうしてここに居るのじゃ……?」
「あら、いけない~?」
ニナの問いにそう応えながらゆったりとした動作でノーラはこちらに歩いてきた。
そして彼女は優し気な微笑みを浮かべる。
取りあえずノーラに殺気は全く無いし、あたしの予感でも特に危険を知らせるようなものは無さそうだ。
「そう、月転流を使うのね~。ということは、あなたが薬神の……」
そこまで呟いてからあたしとニナの傍らを通り過ぎ、パーシー先生とローガン先生のすぐ前に立つ。
あたしの動作で流派まで特定したのだろうか。
それよりも薬神の何だと言いかけたのだろう。
「こんにちは先生たち。いつも従妹のニナがお世話になっておりますわ~。ほんとうにありがとうございます~」
ノーラは優雅にそう告げて、略式のカーテシーをしてみせた。
そして彼女は上目遣いになるように顔を傾けて「うふっ」と笑いながら二人の先生たちに妖艶な視線を送った。
挨拶をされた二人は若干頬を赤らめつつ、笑顔を作ろうとしていた。
その様子を見ていたニナは、額に手を当てながら呟いた。
「さっそく始めたのじゃ……」
「ど、どういうことよ、ニナ?」
「あれは妾の従姉のノーラお姉ちゃんじゃ。闇魔法と刈葦流の師匠なんじゃが、何と言ったら良いのかのう……」
ニナはそう言って腕組みし、目をつぶったまま天を仰ぐ。
「何か問題がある方なのですか?」
「けっこう外面がええけど、裏では色々難ありとかいうカンジなん?」
「何でしたら、わたくし達がニナを護りますわよ」
ジューンとサラとキャリルが順にニナに声を掛ける。
そしてキャリルの言葉に反応して慌て始めた。
「護る……。そうじゃ……、ええと……ウィンよ、突然済まぬが究極の選択を仮定して欲しいのじゃ」
「究極の選択?」
「うむ。パーシー先生とローガン先生が同時に目の前で溺れておって、お主は一人しか救えんとするのじゃ。その場合、どちらを救うかの?」
「……あたしが決めるの?」
「おぬしが片方と知り合いらしいからの」
「両方選ぶのはナシなのね?」
「不可能じゃ」
そんなことを言われても凄く困るんだが。
加えて厄介なことに、この返答はどちらか一人に何らかの被害が及ぶ予感があたしにはあった。
あたしが考え込んでいる間にも、ノーラはパーシー先生とローガン先生を相手に話し込んでいる。
話しぶりからすると、ニナが実際に学業などで世話になっているかはどうでも良かったようだ。
何やら「学院で働いている男性は知性的に見えてドキドキします~」とか言ってるな。
あそこまで話が進めばあたしでも分かるけど、ノーラは逆ナン――要するに女性から男性へのナンパを行っていたのか。
あ、何かノーラは二人と【風のやまびこ】で連絡を取れるようにしてしまったな。
おぼろげだけど、ニナが慌てている理由が何となく分かってきたような気がする。
「……それなら今日の時点なら、パーシー先生を選ぶと思うわ」
「分かったのじゃ」
そう言ってニナはノーラ達の元に近づいて行った。
「お話し中済まんのじゃ、先生方、ちょっとノーラお姉ちゃんを借りるのじゃ」
「あら~ニナちゃん? いま大切な話をしているのだけれど~」
ノーラは一瞬冷ややかな視線をニナに向けるが、ニナがそれに怯むことは無かった。
「直ぐ済むのじゃ」
そしてニナは右手の人差し指で、自分のこめかみの辺りをツンツンとつつく。
ノーラはしぶしぶといった感じで頷いてみせると、一瞬だけ二人の間に闇属性魔力が走ったように感じられた。
「……まあ、分かったわ~」
ニナに一言そう告げるとノーラは先生たちに向き直り、何やら今晩三人で食事に行く約束を取り付けていた。
「ふう……、何とか致命傷で済んだのじゃ」
「致命傷ってなにっ?!」
ニナが不穏なことを言い出したのであたしは反射的に確認した。
「いや、先ほどの一瞬で闇魔法の【意念接続】を使って念話を行い、ノーラお姉ちゃんを説得したのじゃ」
「……説得はできたのね?」
「うむ。先ほどウィンが選んだ者は護られるじゃろう。その代わり……」
「何か交換条件があったん?」
サラが心配そうに尋ねるが、ため息をついてニナが応える。
「ちょっとこの後、妾の腕が落ちていないか確認するため、試合をする事になったのじゃ」
「なんでそれが交換条件なの?」
思わずあたしが訊くが、ニナは言葉を探した後に告げた。
「いや、説得の中でなぜか、こう……色々なテクニックの話になってのう。どんな日々の中でも腕を磨き続けることは大事ぢゃという話になったのじゃ」
「テクニックかあ……」
「済まぬ、これ以上は色々と“あうと”なゆえ、詳しくは言えぬのぢゃ」
何がどうアウトなのかは分からなかったけど、みんなは雰囲気的にニナにそれ以上確認しようとすることは無かった。
やがてノーラの話が済んだのか、先生たちはアンリを連れて詳しい話をするために食堂に向かった。
あたし達は見送ったが、直ぐにノーラがこちらにやってくる。
「さてニナちゃん。すこし試合をしましょうか~」
「分かったのじゃ。――ウィンよ、どこか試合が出来そうなところはあったかの?」
「試合という事なら、武術研究会が活動している屋内訓練場を貸してもらえると思います。ニナは部員じゃないけど、お二人は王国では珍しい刈葦流の使い手です。喜んで使わせてもらえると思います」
その説明でニナもノーラも納得したので、あたし達は部活用の屋内訓練場に移動した。
リー イメージ画(aipictors使用)
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