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09.変人の集団というイメージ


 一夜明けて次の日になった。


 いつも通り授業を受けたあとみんなと昼食を食べ、外の空いているベンチでお喋りをしていた。


 すると何やら心配げな表情を浮かべて話しながら、あたし達の前を通り過ぎようとする男子生徒二人がいた。


 そしてあたしはその内の一人と目が合ってしまった。


「なあ、もしかしてあの子って必殺委員(キラーモニター)じゃないか?」


「え? ……あ、ホントだ。真銀の戦槌ミスリルウォーハンマーも居る」


「……どうする?」


「相談した方がいいんじゃね?」


 何やら深刻そうな表情をして、あたし達の視界の中で彼らは話し込んでいた。


 すると煮え切らない様子に業を煮やしたのか、キャリルがベンチから立ち上がって彼らに声を掛けた。


「あなたたち、わたくしとウィンに何か用事でもお有りですの?」


「済まない、相談すべきかちょっと迷ったんだ。妙な連中を向こうの方で見掛けてさ……」


 男子生徒たちによると彼らは購買でサンドイッチを買って、部活棟の自分たちの部室で食べてからこちらに戻ってきたそうだ。


 そのときに、広場の一つで妙な集団が怪しい踊りをしながら長い呪文のようなものを口にしていたそうだ。


 ただ魔力の集中のようなものは感じられなかったので、ブキミではあったが見過ごして歩いてきたところだという。


「――そういうわけで、先生とかに相談するかを話してたのさ」


「そこに君らが居たってわけ」


「そうでしたの。分かりましたわ。そういうことでしたら、その件はわたくしたちが引き継ぎます。場所はどちらですの?」


「「あっちだ」」


 そう言って彼らは自分たちが歩いてきた方向を指さした。


「分かりました。情報提供感謝しますわ」


「こちらこそありがとうな」


「気を付けて」


 男子生徒たちはそう言いつつ、ホッとした表情を浮かべて食堂の方に歩いて行った。


「ウィン、そういうことですので参りましょう」


「ちょっと待ってキャリル。念のため気配を探ってみるから」


「分かりましたわ」


 王都南ダンジョンでそれなりの距離の気配察知を行っているので、キャリルはあたしが調べるのを待つことにしたようだ。


 あたしはステータスで“役割”を『風水師』に変え、学院構内の気配を広く深く探ってみる。


 だが、別段奇妙に感じるような魔力の流れは察知できなかった。


 先ほどの男子たちも魔力の集中は感じなかったと言っていたし、本当に怪しい踊りをしていただけのようだ。


「そうね。とくにヘンな魔力の流れは感じられないわ」


「妾も同感じゃのう。たぶんパフォーマンスの類いでは無いかのう」


 ニナもそんなことを言うが、彼女が危機感を覚えないのなら少なくとも現段階で魔法的な問題は起こっていないのだろう。


「それやったらウチもちょっと見てみたいわ」


「怪しい踊りですか。心の闇の深淵を探るような儀式なら、ちょっと見学してみたい気もします」


 あたしとニナの言葉でネタの類いの集団と判断したんだろう、何やらサラとジューンが食いついてしまった。


「いちおう風紀委員の立場でわたくしとウィンは向かうつもりなのですが、それでも良いのなら参りますか?」


「うん、見たいで」


「邪魔はしません」


「妾も付き合うのじゃ」


 そんな返事が返ってきたので、結局あたし達はみんなで男子生徒たちから教わった方向に移動した。




 怪しい集団はすぐ見つかった。


 部活棟に向かう途中の広場で、黒いローブを着た生徒たちが十名強で円陣を組んで妙なポーズを取っている。


 そして呪文なのかセリフなのかは分からないけど、聞いたことの無い言葉をそれぞれが叫んでいた。


「イー・アー・デー!」


『ナー・ヘー・マー・デー!』


「アー・テー・ヘー!」


『オー・ロー・ラー!』


「イー・アー・デー・ナー・ヘー!」


『マー・デー・アー・ラー!』


「オー・レー!」


『ラー・ラー!』


 こんな感じで延々と途切れずタイミングを合わせて、普段使わない類いの言葉のようなものを一生懸命叫んでいた。


 その掛け合いからは一応、意志のようなものが込められているような感じはするので、わざわざ覚えてから行っているのだろう。


 そしてあたし達が到着したときには、すでに広場には彼らを見物する野次馬が集まり始めていた。


「……何かしらね、あれ?」


「パフォーマンス? でしょうか……」


 珍しくキャリルが絶句している。


 無理もない、それほど虚無的な感じがする集まりだった。


 だがそれも唐突に終わった。


 最後はどこかの森林で暮らす部族が、狩りで追い込みを行うかのような母音を組合わせた謎の叫び声を上げた後、ピタッと彼らは静かになった。


 そして円陣を組んでいた生徒たちは野次馬の方を向き、「お騒がせしましたー」などとお気楽な感じで頭を下げ始める。


「……行ってみましょう」


「そうですわね。……ニナ達はこのあたりにいて下さい」


「分かったのじゃ」


「きばりやー」


「気を付けて」


 あたしとキャリルは野次馬から抜け出し、謎のパフォーマンスをしていた集団に接触した。


「済みません、風紀委員会の者ですが、この集まりの代表者の方は誰ですか?」


「少し、お話を伺いたいんですの」


 あたし達の顔を見た彼らは途端に顔色が悪くなり視線を泳がせたが、やがて仲間のうちの一人にその視線が集まった。


「ええと、僕が代表ですね」


「では伺いますが、皆さんはどういう集まりなんですの?」


「代表者の方のお名前もお願いします」


 キャリルとあたしが問うと、代表者というローブを着た男子が口を開いた。


「まず、僕たちは非公認サークルの『珍書研究会』の者です」


「「珍書研究会?」ですの?」


 サークル名を聞いた瞬間、その名前であたしは変人の集団というイメージを持ってしまった。




 サークル名は変わっているし、学院非公認のサークルだし、真っ昼間の怪しげな踊りと謎の呪文のような掛け合いである。


 あたし的にはポーカーでフォーカードが揃った気分なので、アガリという事にしてとっとと引き上げたい気分ではある。


「ええ。そして僕は部長のアンリ・カスペールです。他に新聞部にも所属しています」


 新聞部と聞いて、少しだけ気分がマシになる。


 彼らの活動は月に一回程度新聞を発行することだけど、行事の取材とか学内の研究の紹介とか、ゴシップ寄りではなくて意外と硬派な記事を書くのだ。


「それで、その珍書研究会の方々は、ここで何をしていたんですの?」


「順番に話します。まず、僕らが先ほど行っていたのは、“古代ネコ獣人の神官が行っていたという浄化の儀式を再現した”と言われているものです」


「浄化の儀式、ですか? 宗教のたぐいってことですか?」


「諸説ありますが、おおもとは太陽と月と星を信仰する人たちが行った宗教儀式かも知れません」


 なんだよ、“かも知れない”って。


 本人たちもよく分かっていないんだろうか。


「それで、今回僕らが行っていた儀式は、“獣人部族実践儀式研究”という珍書に書かれていたものなんです」


「ええと、あなたが仰る“珍書”とは、どういうものなんですの?」


 アンリの説明を聞き、キャリルが頭を押さえつつ彼に問う。


 キャリルが頭を押さえる理由は何となく分かる。


 曖昧な質問をすると、こういう人たちには妙な説明で煙に巻かれそうな感じはするんだよね。


「ひとことで言えば珍しい本のことです。稀覯本、珍書、宝書、稀書など色んな呼び名がありますが、そういうものがたまに王都の古書店などで見付かったりするんです」


「……もしかして、その珍しい本の研究を行うサークルってことですか?」


「そういうことです」


 いちおう彼らのやっていたことは分かった。


 分かったけれど、これは大丈夫なんだろうか。


 今回はたまたま、問題となるような魔力の流れは何も起きなかった。


 でも次は同じように無事に済むんだろうか。


 安全性という点で、あたしは考え込んでしまった。



挿絵(By みてみん)

サラ イメージ画(aipictors使用)




お読みいただきありがとうございます。




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