07.本当に苦労して来たことは
寮に戻るときにふと思い出して、あたしはニナに確認した。
アルラ姉さんに闇魔法を教えてもらう件だ。
「なんじゃ、まだ本人に話をして居らんかったのかの。別に妾は構わんのじゃ」
「ありがとうねニナ。姉さんに確認してみるわ」
そういう事なら忘れないうちに夕食の時に話してみようかと考える。
「闇魔法かぁ、むずかしそう。わたし、ふつうの魔法でも大変なのに」
「でもアン。学院の魔法科に入学した時点で、あなたの才能は認められているとあたしは思うわよ」
「そうじゃの。ただ、妾が見る限り、アンの場合は膨大な内在魔力で苦労しておるだけじゃ。その辺はじきに慣れると思うのじゃ」
「そう、なのかな?」
なるほど、アンは魔法に苦手意識があるけど、ニナの見立てでは本人の魔力量が多すぎることがその原因なのか。
そういうことなら慣れるしかないかも知れないな。
「うむ。まだ妾たちは初等部一年じゃ。のんびり学べばよいのじゃ」
「そうだねニナちゃん」
「うむ。そして息抜きに絵を描くのぢゃ」
「……本当に息抜きなのよね? ニナ?」
「勿論なのぢゃ」
微妙にあやしい言動を感じた気がしたんだけど、あまり追及しても碌な事実が出てこない予感がしたので、あたしは納得することにした。
寮に戻ってからは、いつものようにアルラ姉さん達と夕食を取った。
このとき忘れないうちに、姉さんに闇魔法のことを確認した。
「ところで姉さん、ちょっと相談って程でも無いけど話したいことがあるの。防音にしていいかな?」
「あら、何かしら? 構わないわよ」
あたしは【風操作】で周囲を防音にしてから口を開く。
「あたしのクラスメイトのニナの話をした事はあるわよね?」
以前ニナを部活棟に案内したときは、軽く紹介もした記憶がある。
ただ、それほど姉さんはニナと接点は無いんだよな。
「ええ、共和国からの留学生よね」
「彼女は実は、人に教えられるくらい闇魔法が得意なの」
「それは……、興味があるわね。仮にその子が覚えているのが私が知っていた魔法だけだったとしても、情報交換を出来るようにしておくだけでも意味があるわ」
「そういうことなら紹介するけど、どう?」
「そうね。ニナちゃんが迷惑じゃ無かったら、いちど話してみたいわ」
宮廷魔法使いに闇魔法を教えられるくらい、という話は黙っていた。
何で王城に行っていたんだという話になったら、すこし面倒だと思ったからだ。
割とすんなり話が通ったので、あたしは夕食後に姉さんをニナの部屋に連れて行った。
事前にニナには魔法で連絡をしておいたが、部屋の扉をノックすると直ぐにニナは顔を出した。
「こんばんはニナ。ありがとうね」
「こんばんはニナちゃん。お邪魔するわ」
「こんばんは。二人とも気にするで無いのじゃ。廊下で話すようなことでも無いゆえ、部屋に入るが良いのじゃ」
そうして案内されたニナ部屋だったが、良く片付けられていたものの、壁紙とカーテンが変えられていた。
壁は黒色と抑制された赤色で、ゴシック調の模様が入っている。
カーテンは壁紙の赤と同系色のものを使ってるな。
「……初めて入ったけど、何ていうか個性あふれる部屋ね、ニナ」
「そうかの? 入寮するときに確認したら、退寮するときに戻すなら好きに改造して構わぬという話じゃった。それで壁紙とカーテンを変えてみたのじゃ」
「それだけで雰囲気がずい分変わるのね」
姉さんはそう言って感心しているが、あたしも同意見だ。
「机と椅子は控えめな色だったのでそのまま使っておる。しばらくはこれで様子見じゃな」
そう言いながらニナはマジックバッグから小さいテーブルと追加の椅子を出した。
そして彼女はあたしと姉さんにホットコーヒーを用意してくれたが、どうやら牛乳粉はすでに入れてあるようだ。
「まずは防音にしようかの」
出された椅子にあたしと姉さんが座ると、そう言ってニナは無詠唱で不可視の防音壁を作り、周囲の音が消えた。
「それでニナ。姉さんには、あなたが人に闇魔法を教えられるくらい得意だって伝えてあるわ」
「分かったのじゃ。アルラ先輩よ、前回歴史研を見学したときは大して話すことも無く失礼したのじゃ」
「いいえ、気にしないで。あの時は色んな部活の見学に来てたんでしょう? 部活の好みは凄く大切ですもの」
「かたじけないのじゃ。――それでのう、現時点では詳しく言えないのじゃが妾は特殊な魔法の専門家として、共和国の指示で王国に招かれてきたのじゃ」
「特殊な魔法、なのね。……ふむ」
「加えて妾は色々と迷信や誤解を招きやすい種族の出身での、それでも良ければおぬしに闇属性魔法――闇魔法を教えるのじゃ。ウィンには世話になって居るし、これからも世話になるからの。アルラ先輩にその恩を返すのは、やぶさかでは無いのじゃ」
別に気を使ってくれなくてもいいんだけどな、とあたしとしては思う。
「ニナ、回りくどい。友達の姉だから教えてもいい、で充分よ」
「む、確かにそれはそうなんじゃがの」
アルラ姉さんはニナの言葉を聞いた後、じっと彼女の瞳をのぞき込んだあと口を開いた。
「ニナちゃん、私は歴史が好きなの。将来の夢として、史学者を考えても良いほどにはね」
「うむ……」
「だからあなたの種族とか血が、本当に苦労して来たことは知っています。ウィンが気を付けているみたいだけど、もし困ったことがあったら私にも何でも相談して頂戴」
「…………ありがとうなのじゃ、アルラ先輩よ。……全くウィンよ、お主の姉君は尊敬に値するのじゃ」
「そう? そう言って貰えると嬉しいわ」
じっさい、自慢の姉だよ。
ときどきおっかないですけど。
「そういうことだから、ニナちゃんがあたしの知らない闇魔法を教えてくれるのは嬉しいわ」
「うむ、分かったのじゃ。それならしっかりと教えるのじゃ」
何となくだけれど、ニナの瞳の奥に火が灯ったような気がする。
信念とか覚悟とか、そういう類いのものを感じた気がした。
出されたコーヒーを飲みながら、アルラ姉さんがニナに問う。
「それで、どうしましょうか。私が使える闇魔法を上げればいいかしら?」
「そうじゃの。どの辺りを覚えておるのじゃ?」
「私が覚えているのは、【安息】と【感情制御】の二つね」
「ふむ。両方とも医療行為でも使える汎用性が高い魔法じゃな」
そう言ってニナは頷いてみせる。
姉さんの説明によれば、【安息】の魔法は他者の精神活動を停滞させる効果がある。
【感情制御】の魔法は他者の喜怒哀楽を制御する魔法とのことだった。
「それで、ニナちゃんはどんな魔法を覚えてるの?」
「そうじゃの……【意識制御】に【自我回廊】、【意念集積】、【意念接続】――」
そう言ってニナは【安息】と【感情制御】以外に十一個の闇魔法の名前を上げた。
「――本当はもうちょっと覚えておるのじゃが、扱いが危険というか面倒なものは省いておるのじゃ」
「…………ええと、……ニナちゃん教えて。あなたの地元では闇魔法は一般的な魔法なの?」
ニナが順番に魔法の名前を上げるのを聞いて、後半からさすがにビビったような表情に変わった姉さんがそんなことを訊いていた
「いや、加護持ちは王国と大差無いじゃろう。ただ妾の場合、親類に闇魔法を教えてくれた師匠が居ったのじゃ」
「ニナの師匠か。魔法の師匠なの?」
「いや、刈葦流も仕込まれたのじゃ。ちなみに師匠は従姉のノーラお姉ちゃんなんじゃが、妾よりすこーし大人びてせくしーな姿をしておるのぢゃ」
「あー、はいはい……」
べつにイヤそうな顔をして「せくしーな姿」とか言わなくてもいいのに。
地元で師匠さんとなにかあったのかも知れないな。
「まあ、ノーラお姉ちゃんの話はいいのじゃ。そうじゃな、取りあえず今日は一つ、闇魔法を覚えていくといいじゃろう。どうするかの?」
「それはありがたいけど、ニナちゃんは時間とか大丈夫かしら?」
「妾は問題無いのう。差し当たって最初に教えようと思っておるのは【自我遊離】という魔法じゃ――」
ニナの説明によれば【自我遊離】は、使用者の自我を肉体での状態を保ちつつ、肉体の外にも任意に形成する魔法とのことだった。
要するに幽体離脱みたいなことができるようだけど、離脱させる自我の配分をコントロールできるみたいだ。
偵察や戦闘中の状況把握ができるようだが、防御魔法などで防がれると分離させた自我は動けないらしい。
あとは魔法の効果として、戦闘中に敵の自我を切り離してほぼ無抵抗の肉体にダメージを入れやすくするといったことも出来るようだ。
だがこれは抵抗されやすいとのことだった。
ニナから姉さんへのレクチャーが始まると、王城で見た通り丁寧な説明を始めたので、あたしは早々に自室へと帰らせてもらった。
何やら姉さんが目を輝かせてニナの説明に聞き入っていたのが割と想像通りだったので、あたしは思わず笑ってしまった。
アルラ イメージ画(aipictors使用)
お読みいただきありがとうございます。
おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、
下の評価をおねがいいたします。
読者の皆様の応援が、筆者の力になります。




