06.リスク管理って意味じゃあ
寮に戻るにはまだ早い時間だったので、部活棟に着いたみんなはそれぞれの部活に向かった。
あたしは少し考えて、先日友達になってくれたアンとあまり話をしていない気がしたので、彼女が所属する美術部に向かった。
「こんにちはー」
あたしが部室に入り込むと奇妙な視線を浴びた。
警戒というか好奇というか、畏れというのが近いかも知れないけれど。
よく見ればそういう視線を送ってきている人は、先日の玉ねぎ剥き作戦の時に見かけた女子達だ。
確か『美少年を愛でる会』の勢力で戦っていた人達だと思う。
なにか警戒させてしまったんだろうか。
風紀委員という意味では、美術部にはアイリスも居るはずなんだけど。
「あらウィンちゃん。今日はどうしたの?」
そんなことを考えていたら、アイリスが顔を見せた。
「こんにちはアイリス先輩。今日は遊びに来たんです」
「あなたが来るなんて珍しいわね、……一部の部員は、風紀委員関係で何かあったのかって警戒してるかもしれないけど」
そう言ってアイリスは笑う。
「そんなー、それじゃああたしが来ると不穏な空気が広がるみたいじゃないですか」
「ちがうのね?」
「今日はアンの顔を見に来たんですよ。薬薬研に遊びに来てくれたから、あたしも顔を出そうかなって」
あたしの説明が聞こえたのか、こちらに向けられていた警戒感は若干和らいだ気がする。
そこまであたしはみんなにとってヤバい奴なんだろうか。
少々ヘコむんですけど。
「こんにちは、ウィンちゃん」
名前を呼ばれたからか、アンがこちらに来てくれた。
「こんにちはアン。遊びに来たわよ」
「うん、ようこそ美術部へ。こっちで絵を描いてたの。ニナちゃんも隣で描いてるわ」
「あ、見せて貰っていいかな」
「うん、えっと、あんまり上手くないけど、色々試してるの」
そう言うアンに連れられて移動すると、部室の奥でイーゼルに向かって油彩画を描いているニナが居た。
制服の上から黒いエプロンを着けている。
「こんにちはニナ」
「なんじゃウィンか。珍しいのう」
「この前アンがあなたと遊びに来てくれたから、あたしも遊びに来たのよ。……ニナは油彩画? 魔法を使ったの? けっこう緻密ね」
ニナが描いているのは水辺に立つ少年の絵だ。
服装や画面の明るさとか木々の緑の感じから、春ころのイメージだろうか。
「いや、これは絵の具の乗りを確かめながら、魔法を使わず描いておるのじゃ。美術部は道具が揃っておるから挑みやすくて良いのじゃ」
「わたしも、油彩画は入部するまで描いたことは無かったの。ニナちゃんが色々教えてくれるの」
そう言うアンの絵はどこかの市場の風景だった。
路上に横積みされた樽だとか、街路樹だとか、構図が結構練られている感じがする。
「絵のことは詳しくないけど、不思議と気分が落ち着く絵ね。こういう市場の風景があるの?」
「わたしの地元の街をモデルにしてるの。描きながらいろいろ描き足してるのよ。えっと、ニナちゃんがこの辺に丸い形があるといいんじゃないかなって言うから、横積みの樽を描いてみたの」
「そうなのね。丁寧に描かれてるし、行ったことが無い街の風景を見られるのは面白いわね」
「そ、そうおもう?」
「うん、面白いと思うわ」
「そっか。やった……」
アンはあたしの言葉でなにやら拳を握りしめている。
その様子を伺いながら、ニナが優し気に微笑んでいた。
「どうじゃウィン、おぬしも何か描いて行かぬか?」
「あたし?! ……そうねえ。正直絵心は自信が無いけど……」
「それなら木炭画など試してみたらどうじゃ?」
「木炭画なら、手軽に試せるよ、ウィンちゃん」
「そう? ……なら描いてみていいかな?」
「うん」
「妾もアドバイスするのじゃ」
二人が道具を用意してくれたので、あたしはニナの隣に座りデッサンを描き始めた。
おおよその構図を決めて線を引き、細部を少しずつ仕上げていく。
形がある程度決まったところで、アンとニナが後ろから声を掛けてきた。
「それは教会、かな?」
「ふむ、意外と見栄えがする構図じゃのう。ウィンよ、おぬし今まで絵を描いたことはあるのかの?」
「これはあたしの実家がある街の教会よ。構図って言われても良く分からないけど、できるだけ奥行きが分かるように描き始めたつもり」
日本の記憶があるから、見栄えがしそうな絵を心がけて線を引いてみた。
さすがにそれを説明するつもりはないけれど。
「奥行きとはいい着眼点じゃ。後はそうじゃな、質感を出すための描き方を教えるのじゃ。指を使うのもいいんじゃが、ガーゼとか食パンをちぎって使う方がふつうかの。あとはここにマホロバから広まった擦筆という道具があっての――」
そう言ってニナは基本的なぼかし方などを教えてくれた。
その後あたしはアンやニナとお喋りしながら絵を描いた。
初めは黙って描いていたのだけど、美術部の人達は意外と喋りながら絵を描いていたからアンとニナに訊いてみた。
「えっと、大丈夫、だとおもう」
「そうじゃの。奇声を上げて踊りながら絵の具をまき散らすような特殊な描き方ならともかく、ふつうに話す分には誰も文句は言わんのじゃ」
「奇声とか特殊な描き方って何よ。まさか見た事があるとか言わないわよね?」
「うーむ……共和国に居るとき、大道芸で妙な絵描きを見たことはあるのう。獣人が尻尾に絵の具を付けて、踊りながら路面に敷いたキャンバスに絵を描いていくのじゃ」
「そ、それは凄そうね」
ちょっと想像のワクを超えていた。
日本の書道パフォーマンスみたいなノリなんだろうか。
「妾が見たのは大道芸じゃからの。ともあれ、お喋りくらいなら大丈夫じゃ」
「分かったわ」
その後あたし達は平和な時間を過ごした。
そしてあたしは絵を描くことに少しだけ興味が湧いた。
あたしは絵を描くのは好きかも知れない。
王都ディンルークの王宮内にある王の執務室で、王であるギデオンと第一王子のライオネル、第二王子のリンゼイがソファに座って話し込んでいた。
窓の外には夕陽に照らされる王城の中庭が広がるが、その美しい景色を愛でているわけでは無い。
家族仲は悪く無いため、彼らが集まって話すこと自体は良くあることだ。
だが、いま彼らが話している内容は、王家にとって少々厄介なことを含んでいるようだった。
「――という訳で取り調べの結果、問題の学院の生徒はどうやら、連中の知る核心部分を聞かされていたのは確実なようです」
「そいつはツイて無かったな。どうするんだ親父? 結局処分するのか?」
リンゼイとライオネルが順に告げるが、それを聞いていたギデオンは気だるげな顔をして腕組みしていた。
「リスク管理って意味じゃあ病死なんかの体裁で死んでもらうのが正解だが、今回は記憶の封印を考えている」
「理由は?」
「幾つかあるが、一番には件の小僧が月輪旅団の新鋭である八重睡蓮の仲間で、八重睡蓮が宗家の血を引くからだ」
「あー……そりゃ選択肢がねえな」
ギデオンとライオネルが肩をすくめつつ、コロシアムの試合内容を語るような気軽な口調で喋っている。
それを見ながらリンゼイがギデオンに問う。
「父上、月輪旅団が隣国の共和国建国史に登場する傭兵団ということは分かりますが、そこまで細かく配慮すべき存在なのですか?」
「そうだよ。……っつったらリンは納得するか? まあ、ゴードの爺さんと個人的にダチだってのはあるが、私情を抜いた戦闘力の面でもヤベえんだよあいつら。うちの国と喧嘩できる」
「いや、ゴッドフリー殿が父上の友人で、我が国が誇るS++冒険者なのは知っていますが」
そこまで話したリンゼイにライオネルが諭すように言う。
「そこまで知ってるなら話は早い。ゴッドフリー殿がS++なのは、表に出てる実績だけであのランクなんだよ」
「え゛? そうだったんですか? それはまた、……凄そうですね」
「そうそう、凄そうなんですよ、弟よ」
なぜかライオネルはリンゼイに説明するのが嬉しそうだ。
ふだん事あるごとにリンゼイがライオネルにお小言をいうため、その仕返しが少し出来たと思っているのかも知れない。
その様子を見ていたギデオンが口を開く。
「ゴードの爺さんの冒険者ランクは、未踏だったものを含む隣の共和国の全ダンジョンのうち、二割を単独で踏破した実績によるものだ。これは知ってるか?」
「ええ、いちおう調べました」
ギデオンが横からリンゼイに説明を始めたが、リンゼイ表情は当惑の色を含んでいる。
すでに知っている内容を確認されたからだ。
だが話は終わらなかった。
「これに加えて公になってない実績で、ゴードの爺さんは少なくともダンジョンで発生した深刻なスタンピードを五回以上潰してる、単独でな」
「……ええと、スタンピードって魔獣による山津波みたいなものですよね?」
リンゼイが山津波って一人で止められるようなものだろうか、いや魔法を上手く使えばなどと考え始めると、ギデオンがさらに告げる。
「そうだ。これに加え、若い頃には共和国周辺の都市国家群を、手勢を率いて幾つかぶっ潰してるらしいんだわ。知り合いの獣人のためだったらしい」
「…………でも、それはゴッドフリー殿個人の話ですよね? 月輪旅団全体の話は……」
「まあな。他にも爺さんの話はいくつかできるがそれは措いとくぜ。問題は、月輪旅団の連中一人ひとりの冒険者ランクも、表の実績だけによるものなんだわ。そして連中は登録されてる表の冒険者ランクで、S以上がゴロゴロいる」
「…………そういえばレノも、同年齢の八重睡蓮が少なくともランクAくらいの強さがあるようなことを言ってた気がします」
「ま、その辺が一番の理由だ。連中を刺激する材料を作りたくない」
「それでは二番目の理由などはあるんですか?」
「あるぞ。適当に髪型なんかを変えて、お忍びで件の小僧と面談したら気に入ったんだ」
何やら今度はギデオンが嬉々として語り始めたので、リンゼイは思わず眉を顰める。
「言動もそうだし、呪いを気力で抑え込んで情報を吐いたのも面白え。現役の学院生徒でそこまでガッツがある奴は応援したくなるじゃねえか、個人的にな」
「個人的にって父上、あなた国王じゃないですか。いつも申し上げてますけど……、ええと」
そこまで言ってリンゼイは、延々と喋っていた一番目の理由である月輪旅団云々がただの口実だと思い至り、自身の眉間に手を当てた。
どうやらジェイクという少年は王命により、助命されることが決まったようだった。
アン イメージ画(aipictors使用)
お読みいただきありがとうございます。
おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、
下の評価をおねがいいたします。
読者の皆様の応援が、筆者の力になります。




