03.防衛機構が作動するのは
「ここまでの話は把握しました。ありがとうございますフォークナー君。――キヅキ君、メイ君、クズリュウ君もご苦労様でした」
マーヴィン先生がみんなの方を向き、穏やかな口調で告げる。
フォークナーと名字で呼ばれたアーシュラは頷き、他の面々も頷いている。
「今日アルティマーニ君を招いて相談しようと言い出したのは私です。史跡やダンジョンなどの“仕掛け”は私やフォークナー君でもある程度想定ができるのですが、アルティマーニ君は環境魔力を広範囲に読む能力がある」
「その辺りの知恵を妾に期待していると?」
「ええ。加えて、共和国には南部にネコ獣人族の巨石文明がありました。アルティマーニ君なら、その遺跡に関する知見なども有しているかも知れないと思ったんですよ」
「買い被りじゃのう。妾は遺跡は専門外じゃが……、参考意見程度なら何か出せるやも知れんのじゃ」
「それで結構です。今しばらく、検討会にお付き合いください」
「承知したのじゃ、マーヴィン先生よ」
みんなは興味深そうに二人のやり取りを伺っていた。
特にジューンは“仕掛け”という単語に反応して目を輝かせてるぞ。
「さて、件の薬神のレリーフについては、先ほどまで王宮を訪ねて調査記録が無いかを調べてきました」
マーヴィン先生は王宮を訪ねてから部室に来たのか。
学長の仕事で忙しいだろうに気合が入ってるな。
むしろ学長の仕事をやりたくないから、息抜きに頑張っている可能性があったりして。
「結果としては百年ほど前に調査した記録が見つかりました。王宮の司書に概要を確認したところ、当時の高位鑑定者を交えて調査を行っても何も分からなかったようです」
「何もですか?」
マーヴィン先生の言葉に首を傾げつつ、アーシュラ先生が問う。
王宮に残っている記録だし、王国を代表するような研究者が調査に当たった筈だ。
それでも何も分からないというのは、あたしでもおかしいと思う話だ。
「確定的な結果が出ていないのです。分かったのは、薬神の結晶のレリーフ部分に、魔力を吸収する性質がありそうだということでした」
「何かのギミックが隠されているかも知れないんですね」
「そうなんですよ、キヅキ君。当時の調査では神のレリーフの調査ということで、教会も巻き込んで行ったようです。ですが教会に伝わる祈祷や祭儀の類いでも反応が無かったそうなのです」
確かに神々の像の調査なら教会が出てくるのは分かるけど、それでも調査しきれなかったのか。
「祈祷や祭儀ですか?」
「ええ。ダンジョンや史跡には、特定の神への祈りに反応する仕掛けがあったりします。今ではその仕組みも解かれていて、そうですね……マーゴット先生辺りなら実装も可能だと思いますよ」
ライゾウの言葉にマーヴィン先生が応えた。
人間の祈りに反応するって凄いメカニズムだなとあたしは驚いていた。
「それじゃあ、あの場所は放置されてたってことですか?」
「そういうことになります。公式文書に当時の担当者のメモ書きが添付されていましたが、害も無さそうなので王宮が管理することになったようです。そして破損時などには教会に相談することが内々に決まったとありました」
エルヴィスの問いにマーヴィン先生が丁寧に説明した。
「そして今回環境魔力の話もあるし、妾を呼んで話してみようという事になったのかの?」
「そういうことです。――ここまでの情報で、アルティマーニ君は何か思いつくことはありますか?」
「そうじゃのう……」
ニナは腕組みをして考え始めるが、直ぐに口を開く。
「調査はさらに進める必要はあるが、今般の史跡に関しては“不離一体”――要は二つで一つという事がカギじゃろうのう」
「不離一体……。王家の植物園礼拝堂の像でも、同時に魔力を神のレリーフに充填する必要があると?」
マーヴィン先生の言葉に頷いて、ニナはさらに告げる。
「そうじゃ。まあ、王都内に三か所目、四か所目があるようならそれらも同時に扱う必要があるじゃろうがのう」
「分かりました。確かに植物園の方への手当ては私も考えておりましたが、三か所目以降の存在は未検討でした。追加で調査しましょう」
「うむ。――加えて、ここまでの話で思いついたのじゃが、充填する魔力の種類も重要になって来るかも知れんのう」
「魔力の種類、ですか?」
「うむ」
興味深げな視線を浮かべるマーヴィン先生に、ニナは頷いた。
「魔力の種類って、いわゆる地水火風なんかの属性の話とは別ってことかしら?」
ニナの言葉を待つようにみんなが黙ってしまったので、あたしが声を掛けてみた。
みんな意外と話の内容が気になっているのか、茶菓子を食べるのをやめて話を聞き入っている。
「属性の話とは別じゃな……。ややこしい話ゆえどう説明したものかの」
「説明しながら補足すればいいんじゃない?」
ニナはあたしの言葉に頷いて話し始める。
「まあそれで良いかの。皆は魔力の波長は知っておるじゃろう。魔道具によっては事前に登録することで、個人を特定したりするのじゃ」
「わりと普通につかう魔道具でも、魔力の波長を登録するんはあるやんな」
サラがハーブティーを飲みつつ、ニナの言葉に同意した。
あたしもこのまえ附属農場の薬草園に仕掛けた罠で、誤作動防止に波長を登録した記憶があるな。
「そうじゃ。しかしこの波長じゃが、幾つかの部分に区切ることで特徴が出てくるという話を聞いたことがある」
「なるほど、魔力波長の保存領域の話でしたか。その話は検討の対象外でした」
「マーヴィン先生は知っておったかの。魔力の波長については、出身地域や血縁などで似た波形が保存されるらしいのじゃ。例えば王国出身者、共和国出身者、マホロバ出身者などで共通する箇所があるのじゃ」
「それは……、もしかして女神のレリーフに魔力を込める人が、特定の地域の人である必要があるという事ですか?」
ニナの説明を聞いていたジューンが質問するが、ニナは静かに頷く。
「あくまでも可能性じゃし、地域ではなく加護の有無の話かも知れんのう」
「ふむ。いま問題となっているのは薬神のレリーフだ。薬神の加護持ちか、薬神に縁が深い土地の人間が魔力を込めるべきだってことか?」
「ふと思っただけじゃが、妾は試しても良いと思っておるのじゃ」
ライゾウの言葉にニナは同意した。
ニナの意見にその場は静かになるが、みんなはそれぞれ頭の中を整理しているようだ。
そしてマーヴィン先生が口を開く。
「非常に興味深い意見です。王国では薬神と縁が深い土地として、君の出身地が有名ですね、カドガン君」
そう言ってキャリルに視線を向けるが、みんなの視線も彼女に集まる。
「仰る通りですわ。我がティルグレース領は薬神様の加護を持つ者が多いですし、ウィンの故郷であるミスティモントは薬神様に祝福された聖地として有名です」
そしてキャリルはあたしに視線を向ける。
たしかにミスティモントは聖地認定されたし、そのきっかけになった奇跡はあたしが喚びこんだものだ。
「加えてわたくしには薬神様の加護がありますわ。ウィンはどうですの?」
「あたし? うん、薬神様の加護があるわね」
加えて薬神の巫女だったりするけど、それは一応隠してるんだよな。
そのときあたしは、今回のことで薬神の巫女であることがバレなければいいと考えていた。
キャリルとあたしのやり取りを伺っていたマーヴィン先生は、目を閉じて少し考え込んでから告げる。
「矢張り、非常に興味深いお話です。私はそれほど信仰心がある人間ではない俗物ですが、それでもある種の導きのようなものを感じるほどには興味深い」
マーヴィン先生はそういうけれど、確かにあたし的にも一瞬ソフィエンタの仕込みを疑ってしまった。
ただソフィエンタの思惑があるなら、事前に一言あってもおかしくはない気もする。
あたしは曖昧に微笑んでみせるが、その表情とキャリルの顔を見比べつつマーヴィン先生は言う。
「如何でしょう、カドガン君、ヒースアイル君、もし史跡研究会が主体になって件の史跡に魔力を込める際は、協力してもらえないでしょうか?」
「わたくしは構いませんわ」
キャリルは即答するが、あたしとしては気になる部分はある。
「協力は構いません。ただ、懸念はあります」
「何でしょうか?」
「さっき“不離一体”の話が出ましたが、協力する場合はコロシアム南と植物園礼拝堂で別れて作業することになるでしょう。この場合、仮に正解を引いて魔法的なギミックが作動したとき、あたしはともかくキャリルの安全が心配です」
「ウィン、それは気にしすぎですわ」
「ううん、そんなことは無いわ。ダンジョンなんかだと、未踏区画を開くときは防衛機構が作動するのはよく聞く話だもの」
『…………』
あたしの指摘に、その場のみんなは考え込む。
「ウィンの言うことは、わたしも気を付けた方がいいと思う。ダンジョンの防衛機構については、全く指摘の通りだからね」
アーシュラ先生がそう言ってマーヴィン先生に視線を向ける。
彼女は研究でダンジョンに行く機会があるから、あたしの言葉に理解を示してくれたんだろう。
「分かりました。――仰る通り、安全に配慮するべきだというのは基本ですね。私としたことが少々前のめりになっていたようです」
そう言ってマーヴィン先生が苦笑いしてみせた。
いつも穏やかで冷静そうな先生がそう言ってみせたことで、みんなは一様に意外そうな顔を浮かべていた。
あたしとしては協力するにせよ、キャリルの安全は絶対条件なんだよ。
マブダチだし。
「マーヴィン先生、そういう事なら魔力充填に際しては王国に警備などの協力を打診したらいかがだろうか? 仮に空振りでも、王都防衛の訓練という事にしてしまえば話は通るかも知れん」
ここまで静かに聞いていたレノックス様が口を開くが、その内容にマーヴィン先生は驚いた表情を浮かべる。
「なるほど……、場合によってはその規模の警戒が必要になるかも知れませんね」
「何れにせよ先生、追加調査が必要じゃないですか? 焦らずに準備しましょう」
エルヴィスがややのんびりした声で提案するが、その穏やかな声で少し場の緊張が和らいだかもしれない。
そしてマーヴィン先生は一つ頷く。
「分かりました、メイ君の言う通りです。ここまでの話で、色々と興味深い内容が拾えたと思います。また別途、話を整理して今後のことを決めていきましょう」
「……それじゃあ、検討会は一旦ここまでとしましょう。マーヴィン先生もお茶菓子はいかがですか? 大福餅は食べたことはありますか?」
ライゾウがマーヴィン先生に大福餅を示すが、先生は興味深げな視線を向ける。
「ええと、マホロバのお菓子ですね。団子は食べたことがありますが、どういうものでしたでしょうか――」
その後みんなでお茶と大量の茶菓子を頂いて、幸せな時間を過ごした。
大福餅が初めてだという人は、その控えめな甘さを気に入っていたようだった。
だが、途中でこし餡とつぶ餡のどちらの方がおいしいという話題に発展し、それぞれの派閥の間で(どうでもいい)議論が発生した。
ちなみにこし餡派はニナ、ジューン、ライゾウ、マーヴィン先生で、つぶ餡派はキャリル、サラ、エルヴィス、アーシュラ先生だった。
あたしとコウとレノックス様は中立派で、両者の議論を平和に眺めていた。
マーヴィン イメージ画(aipictors使用)
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