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11.食べ物での鬱憤は


 その日、わたしにとってはいつもと変わらない一日だった。


 わたしの名前はアン・カニンガム。


 ルークスケイル記念学院の魔法科初等部一年で、Dクラスに在籍する生徒だ。


 人付き合いが苦手という訳でもないけど、クラスの中では特に目立つことも無く過ごしている。


 入学当初は自分の居場所について悩んだりもしたけど、美術部に所属したころからは仲良くしてくれる友達や先輩も増えた。


 美術部に入ったきっかけは、『美少年を愛でる会』という非公認サークルの集まりに参加したことだ。


 色々あって一度非公認サークルの活動に参加して、そのまま何となくそのサークルにも所属している。


 友達からはもっといろんなことに前のめりになった方がいいとは言われていたし、そうかも知れないなとは思っていた。


 けれど、今日まではそこまで深く考えたことも無かった。


 クラスの女子たちが、男子生徒からクッキーを貰うのを目にするまでは。


 休み時間とか昼休みとかに、男子生徒たちがわたし以外の女子生徒にクッキーを渡している。


 羨ましい、というのとは少し違うと思う。


 たぶんこれは――


「ちょっとアン、なに浮かない顔してるのよ」


「そうよ、大方クッキーを貰えなかったことを気にしてるんでしょうけど、そんなの私たちも同じよ」


「学院内格差よ! これは風紀的に問題よ!」


 そう言って声を掛けてくれたのは、同じ実習班のクラスメイトの友達だった。


「格差、なのかな……?」


 クラスメイトの言葉について思いを巡らせていると、直ぐに返事がある。


「格差よ。ねえアン、あなたAクラスのコウ様が推しよね?」


「ええと……」


「“連絡網”によると、コウ様が同じクラスで最初にクッキーを渡したのは、あの必殺委員(キラーモニター)だったらしいわよ」


 その言葉で、やっぱりかという思いと、先ほど感じたどこかに置いてきぼりにされたような感情がわたしの中に生まれる。


 同じ学年のコウ・クズリュウくんには、憧れみたいなものは確かにある。


 せめて彼と同じクラスだったなら、わたしも彼と接する機会があったんだろうか。


 そんなことを思うと、胸の奥がすこし苦しくなる。


「呆けてないで行くわよ?」


「……行くってどこに?」


「必殺委員が陥落しているなら風紀委員は当てにならないわ」


「確かに真銀の戦槌ミスリルウォーハンマー金眼の爆撃姫(きんめのばくげきき)にもクッキーが集中しているという情報があるわ」


「悔しいのは“こちら側”と思っていた桃色の哲学(ロージーロジック)にも、今日になってもクッキーが集中していることね」


「監視者の話では、あの桃髪女は顔を蕩けさせて上機嫌らしいわ」


『…………』


 桃色の哲学(ロージーロジック)というのは、『美少年を愛でる会』の幹部を説得して“ウィッグ作戦”を提案したというAクラスの女子のことだ。


 彼女とは美術部で話したことはあるけど、ニナという名前でのんびりした優しい感じの子だった。


「とにかく、こうしては居られないわ。風紀委員が当てにならない以上、職員室に直訴するわよ!」


 クラスメイトの提案にわたし達は同意して、みんなで職員室に向かった。




 わたし達が職員室に入ると、そこには浮かれた雰囲気があった。


 その原因はたぶん、ここでもクッキーが飛び交っていたことにあるだろう。


 担任のノーマ先生のところにわたし達が行くと、先生の机の上にもクッキーが入っているであろう紙包みがあった。


「……ノーマ先生?」


「あら、あなた達。どうかしましたか?」


「ええと、わたし達、いま学院内でクッキーがバラまかれていることを問題視してるんです」


「男子たちが感謝の気持ちとかでクッキーを渡してるのは分かってるんです」


「でも、特定の女子だけに集中してるのっておかしくないですか?」


 実習班のみんなは一息にそこまで告げる。


 わたしも声を絞り出す。


「――だから、いま学院ではクッキーで格差が生まれてる気がするんです」


 そんなわたし達に、ノーマ先生はいつものように微笑みながら一つ嘆息して口を開く。


「そこまで目くじらを立てなくても、一時的なことだと先生は思いますよ」


 そう言ってノーマ先生は机の包みを一つ開けて、わたし達にクッキーを配ってくれた。


「ここだけの話ですが、あなた達の年頃の男子のことで一喜一憂してはいけません」


『え?』


「仮に、あなた達がクッキーを貰えなかったことを気にしているのなら、こう考えなさい。『学院男子はあなた達の魅力に気づいていないんだ』って」


 ノーマ先生は穏やかにそう言って、実習班のみんなを一人ずつ褒めてくれた。


 そしてわたしの方に視線を向けて先生は言う。


「アンさんは、クラスで一番思慮深くて優しい子です。大丈夫、クッキーの有無であなたの――あなた達の魅力とか美徳が無くなる訳ではありません」


「……そう、ですかね?」


 けっきょくノーマ先生の言葉に毒気を抜かれて、わたし達は職員室を離れることにした。


「先生はああ言ってくれたけど、やっぱり微妙に納得がいかないわ」


「私も!」


「ならこれからリー先生のところに行って、それでもダメなら学長先生に突撃しよう!」


「「オー!」」


 実習班のみんなはそう言っているけど、わたしは何となくそんな気分が無くなってしまった。


「アン、どうしたの?」


「……ごめん。わたし何だか疲れちゃった」


 何ともなしにそんな言葉を漏らすと、みんなはわたしに抱き着いたり、肩に手を置いたり、頭を撫でてくれた。


「分かったわ、アンは部活に行くなりして心を休ませなさい」


「あなたのダメージは無駄にはしないから」


「大丈夫、必ず結果を出してくるわ」


 みんなはそう言って、高等部の職員室に駆けて行った。


 わたしは何となく手を振ってみんなを見送った。




 初等部の職員室から一人で部活棟まで歩いて行くと、陽の光を浴びて少しだけ気分的に晴れやかになった気がした。


「今日は何を描こうかな……」


 わたしがそう呟いた直後に、後ろから声を掛けられた。


「ねえあなた、アンと言ったかしら」


「え、わたし、ですか?」


 振り返ると、高等部らしき制服を着た女子生徒が居た。


 運動とか身体を動かすことが得意そうで、なおかつ知性的な感じがする。


 わたしの知り合いでいえば、『美少年を愛でる会』のパメラ先輩に似た雰囲気を持つ人だ。


「ええ、あなたよ。たまたまだけれど、初等部の職員室でのやり取りは全て聞かせてもらったわ」


「はぁ……」


 クッキーの話で、何かこの人も思うところがあったんだろうか。


「食べ物での鬱憤は、食べ物でしか晴らせないと思うの。ちょっと付き合ってくれたら、面白いものをご馳走するわよ」


「面白いもの、ですか?」


 面白い食べ物って、どういうことなんだろう。


 少しだけ興味がわいた。


「健康にいいものと言ってもいいかしら。極上の食材を使って、今回のクッキー騒動で浮かれている連中から感じた鬱憤を晴らそうとしているの」


「極上の食材……。ええと、わたしの家は商家なので、そういうものは簡単には手に入らないと知っているんですが……」


「そこは安心して。仲間が自分で手に入れてきたものだから。商家ならなおの事、将来の参考になるかも知れないわよ」


 すこし怪しい気もしたけれど、高級食材を自分たちで手に入れるという話に、わたしは興味を持ってしまった。


「……分かりました。わたしはアン・カニンガムです。よろしくお願いします」


「私は、そうね、名前はクラウディア・ウォーカーよ。魔法科高等部二年ね。――案内するわ、付いてきて」


「はい……」


「そうそう、私たちの研究会だけど、食材の入手は参加者の秘密なの。その秘密を守る意味で、偽名とかコードネームとかを使ってるわ」


「コードネーム……?」


「そう。だからここから先は私をクローダと呼んで。……さっき教えた名前は秘密にしてね? あと、あなたも仮の名前を考えて」


「わかりました……」


 偽の名前とかコードネームという時点で、非公認サークルにまた誘われたんだろうとは思った。


 食材という事は、おそらくクラウディアはあのサークルの人なんだろう。


 でも、高級食材の話に、わたしは興味を持ってしまった。


「そういうことならクローダ、……わたしのことはアリスと呼んでください」


「分かったわアリス」


 そう応えたクラウディアは爽やかに微笑んだ。


 アリスと呼ばれたわたしは、自分の裡に新しい自分が出来た気がして、すこしだけ充足感を感じた。




 今日は回復魔法研究会に出て医学の入門書で勉強していたあたしだったが、キリのいいところで手を止めてふと考えこんだ。


 今日実習班のみんなと普通にお昼を食べ、放課後は部活棟まで一緒に来た。


 基本的にはいつも通りだったけれど、休み時間とかにちょくちょく男子生徒からクッキーを貰った。


 部活棟の前では、サラとニナにクッキーを渡そうとする男子が数人待っていた。


 サラは卒なく対応していたけど、ニナは何となく有頂天になっていた気がする。


 総じてあたしは日本の記憶にあるホワイトデーとかバレンタインデーを想起したけれど、今の学院の男子はそれよりも浮かれている気がする。


 今回あたしはクッキーを受け取ってしまったけれど、そのことで問題が起きないだろうか。


 あたしのファンとかの話は半分以上ネタとしてとらえるとして、クッキーを貰えなかった子には何かしなくていいのだろうか。


「うかつに動いて却って怒らせたくないよな……」


 そんなことを呟いた時に、ふと妙な魔力の流れを感じた気がした。


 何となく胸騒ぎがしたので、あたしはステータスの“役割”を『風水師』に変えて、周辺の気配を確認した。


 その結果、奇妙な魔力の集中が起こっている気がする。


 方角としては学院の附属農場の方だけれど、それよりも距離がある気がする。


「位置的には演習林かしら……」


 思わず呟いたけれど、演習林というのは附属農場の奥にある林だ。


 グラウンド二つ分くらいの広さはあって、林業とか生物学の研究や、林の中での戦闘の訓練に使われたりする。


 一瞬魔力暴走の可能性が脳裏によぎるけど、まだそこまでは魔力が集中していない。


 それでも何か嫌なことが起きる予感がする。


 あたしは筆記具を仕舞ってから入門書を片付けて、歴史研究会にいるはずのキャリルに相談にするために回復研の部室を出た。



アン イメージ画(aipictors使用)

挿絵(By みてみん)




お読みいただきありがとうございます。




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