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10.お世話になっている人に


 寮に戻ってアルラ姉さん達と夕食を食べた後、姉さんとロレッタに『地上の女神を拝する会』の男子から貰ったクッキーをお裾分けした。


「料理研監修でハーブクッキーにしたらしいわよ」


 あたしが二人に手渡すと、姉さんとロレッタの表情が和らぐ。


「「ありがとうウィン」」


「どういたしまして。どうせ貰い物だから」


 姉さん達が喜んでいるのを見てあたしはホッとした。


「キャリルからも分けてもらったけど、ウィンからのものはまた別のフレーバーがするわね」


「心なしかミントクッキーが多い気がするわね」


 さっそく包みからクッキーを取り出して姉さんとロレッタは順にそう告げた。


「キャリルからもお裾分けをしたの?」


「ええ。今日の放課後に歴史研究会に行ったとき、クッキーの話になったのですわ――」


 キャリルに聞いたところによると、昨日の放課後の段階で『地上の女神を拝する会』に所属する歴史研の男子部員がクッキーを部に持ち込んだらしい。


 それが歴史研のみんなに好評で、今日の放課後には歴史研の男子の多くが食堂に向かってクッキー作りに参加したとのことだった。


「だから今日の歴史研究会では、男子生徒の姿は少なかったわね」


「……あたしは今日は武術研究会に行ったけど、同じような感じでしたよ?」


 ロレッタの言葉で今日の歴史研のことを思い出してあたしはそう言った。


 もしかしたら似たような流れで、クッキー作りが学院の男子生徒の間で流行り始めているのかも知れないな。


「でもプレゼント目的で作るなら、特に問題とも思えないわ」


「確かにそうですわね。おそらく一過性の出来事と思います」


 アルラ姉さんの言葉にキャリルが同意していた。


 ただまあ、あまりにクッキーばかり作っても飽きられなければいいんだけど。


 この世界のこの時代でフードロスとかは考えづらいけど、作られたお菓子が全て真っ当に消費されるのかは注意した方がいいかも知れないな。




 夕食後は自室に戻って宿題を片付け、日課のトレーニングを始めた。


 環境魔力の制御については、指輪サイズの環境魔力循環が上手く制御できているので、最近は腕輪サイズの循環に挑んでいる。


 いちおう環境魔力は感じられているし、かなりゆっくりとではあるけど腕輪サイズで動いている気はするけどまだまだ練習不足な感じだ。


 時魔法の【加速(クイック)】、【減速(スロウ)】はやっぱり特に変化なし。


 以前お爺ちゃんから聞いたのは、一年くらいかければ一割くらい速度変化をさせられるようになるって話だったか。


 単純計算で半年の練習でその半分だろうけど、まだ先は長そうだ。


 時魔法の【減衰(アテニュエーション)】は、自作の振り子を使ってトレーニングを続けている。


 【符号演算(サインカルク)】はサイコロでの練習を始める前に、コイントスでトレーニングを行っていた。


 ただ、何回連続で表または裏が出るようになったらサイコロに移るかは結構悩んだ。


 確率の話でいえば『日常であり得ない確率』を再現できればいいのだけど、何回成功させればいいという判断は自分で決めるしかない。


 悩んだあげく、七回連続で表または裏をコンスタントに出せるようになったらサイコロの練習を始めることにした。


 六回連続で表が出る確率は六十四分の一で、約1.6パーセントだ。


 七回連続で表が出る確率は百二十八分の一で、約0.8パーセント。


 とりあえず今のところ六回連続ではコンスタントに表または裏を出せるようになっている。


 マーヴィン先生のところでボールの軌道を曲げることができた時点で、それなりの確率操作が出来ている気がする。


 それでも今のところ、一パーセントの壁を突破するのが目標だ。


 始原魔力については、自分の指に纏わせて木の棒を斬る訓練を始めた。


 始原魔力を身体に纏わせることで身体が魔力に融けてしまうのが怖かったけど、よくよく考えれば始原魔力を纏わせた木の棒とかあたしの武器が無傷だったことに気が付いた。


 武器に始原魔力を込めることはできているので、身体のイメージした場所に始原魔力を保つのを練習している。


 時属性魔力を月転流(ムーンフェイズ)のワザに乗せる練習は特に変わらず、手刀に乗せて貫き手を放つ練習を続けている。


 【回復(ヒール)】は外で摘んできた木の葉を使って練習を続けている。


 葉に傷をつけて魔法を掛けているけど、発動がスムーズになっている気がするな。


 そんな感じで練習しているけど、この世界のこの時代にはネット端末も無いので時間つぶしにはなっている。


 ただ時々、読書とかをして知識をため込んだ方がいいような気がしてくるので、悩ましいところだったりする。


 とりあえず日課のトレーニングを終えたあたしは、共用のシャワーを使ってから直ぐに寝た。




 一夜明けてクラスに向かい自分の席に着くと、コウがあたしの所に来た。


「おはようウィン」


「おはよう。どうしたの?」


「ちょっと手を出してくれるかな」


「手?」


 コウに言われるままあたしは手を出すと、彼は紙包みをあたしの手に握らせた。


 もしかしてこれはクッキーだろうか。


「これはどういうこと?」


「いつも部活とかでウィンにはお世話になっているから、ホンの気持ちだよ。受け取ってくれると嬉しいな」


 そう言ってコウは爽やかに微笑んだ。


 うーむ、計算されたイケメンスマイルな気がするけど、とりあえずくれるというなら貰っておこう。


「そういう事なら頂くわ、ありがとう」


「どういたしまして」


 そう言ってコウはニコニコしている。


 ふと視線を移すとキャリルのところにはレノックス様が、サラのところにはカリオが、ジューンのところにはパトリックが居る。


 それぞれクッキーが入っているであろう紙包みを渡しているな。


「昨日の放課後に男子が集まって作ってたらしいけど、その関係かしら?」


「そうだね。普段お世話になっている人に渡すために、クッキーを作らないかって『地上の女神を拝する会』の人たちが企画したんだ」


「なるほどね」


 あたしとコウが話していると、レノックス様があたしに声を掛ける。


「ウィン、オレからも普段の礼だ。受け取ってくれ」


 そう告げてレノックス様は紙包みを手渡してくれた。


「ありがとうレノ。また二人には今度何かお返しするわね」


「「気にしなくていい」から」


 そう言ってコウはキャリルのところに向かい、レノックス様はサラの席に向かった。


 それを見ながら紙包みを【収納(ストレージ)】に仕舞った直後、クラスメイト女子数名に囲まれる。


「ちょっとウィン、あなたコウ君とレノ君のどっちが本命なの?」


「キリキリ白状しなさい」


「……返答によっては特殊な手紙を手渡すわよ」


 一瞬彼女たちの圧力に怯むが、特殊な手紙というのに微妙な好奇心が生まれて冷静になる。


「何のことかは分からないけど、普段部活とか諸々で手伝ったりしてるからくれたんだと思うわ」


 ウソは言っていない。


 手伝っているのはダンジョン攻略だったりするけど、細かいことはいいだろう。


 あたしの言葉にどう質問を向けるべきか考える彼女たちだったが、特殊な手紙云々を言っていた子が口を開く。


「定時連絡を担当しているからこれだけは教えて欲しいの。……ウィンは、コウ様と、付き合ってるの?」


 定時連絡とかコウ様という時点で色々と確認したいことはあるのだけど、殺気とか敵意とは違うある種の負の気配があたしに迫ってきた。


 何となく魔力制御の感じでそれを意識の上で受け流しつつ、あたしは口を開く。


「別に付き合ってないわよ」


「そう……。手紙の話……、本当だから……」


 一人の子がそう言った後、三人はあたしの席から離れていった。


 何だったんだ一体。


 謎が謎のままだったので微妙に気分的にモヤモヤしていると、あたしの席にカリオがやってきた。


「おはようウィン。いつも迷惑かけてるし、部活で世話になってる礼もある。クッキー焼いたから受け取ってくれ」


 そう言ってカリオは紙包みをあたしに手渡した。


「くれるなら貰うけど、そんなに気を使わなくていいのに。ありがとうカリオ」


「ウィンはクッキー要らないのか? それなら今ここで俺様が焼いた分は自分で食っちまうんだぜ?」


「要らないとは言ってないじゃない。好きにしなさいよマクス」


 カリオとのやりとりを見ていたマクスが横からあたしに声を掛けた。


 というか、知り合いだけでこの人数が昨日の放課後にクッキーを焼いたのか。


 全体ではどれだけ焼き上がったんだホントに。


「まったく素直じゃ無いんだぜ、ウィンはよ。これ、前に色々迷惑とか手間かけた侘びだぜ。――ありがとうよ」


 そう言ってマクスはクッキーの包みをあたしに押し付けて、サラの席に向かった。


 この分だと今日一日でどれくらいのクッキーが学院内を乱れ飛ぶのか、あたしは微妙に不安になってきた。



挿絵(By みてみん)

ロレッタ イメージ画(aipictors使用)




お読みいただきありがとうございます。




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