09.口実になりつつあるの
翌日、いつも通り午前中の授業を受けたのだけれど、最初の休み時間に異変が起きた。
昨日あたし達のクラスを伺っていた男子生徒たちが、集団でやってきたのだ。
反射的にあたしは身構えるが、どうにも敵意などは無さそうだ。
むしろ昨日感じたようにソワソワしているというか、浮足立っている感じがした。
クラスにやってきた生徒たちは数名ずつ別れ、そのうちの一組があたしの所にやってきた。
「ウィンさん、突然訪ねて済まない。先日の模擬戦騒動で我々『地上の女神を拝する会』が迷惑をかけた人たちにお詫びをして回っているんだ」
突然そう告げたのは、先日クッキー作りを手伝った時にあたし達が面倒を見たうちの一人だった。
「ああ、そういうことですか。わざわざ済みません……」
あたしが立ち上がろうとするのを手で制した後、あたしの所に来た生徒たちは紙袋を取り出した。
「ウィンさんたちが手伝ってくれた後、料理研究会の人たちのアイディアで色んなハーブを混ぜてハーブクッキーを作ったんだ」
「俺たちのお詫びと、ふだん風紀委員会で頑張ってくれていることへの応援の意味で受け取って欲しい」
「それなりに僕たちの自信作なんだ。ぜひ食べてみてね」
そう言って彼らは少しだけ得意げな顔を浮かべて、紙袋入りのクッキーをあたしに手渡した。
ふと視線を走らせれば、クラスの中ではあたしの他にキャリルやプリシラ、ニナ、サラ、ジューンのところに男子生徒たちが集まっているようだ。
何気にプリシラのところが一番男子生徒たちが多い気がする。
ホリーが彼らとプリシラの間に割って入ろうとしたら、ホリーにもクッキーが渡されて強く出れなくなるなんて光景が目に入った。
キャリルやサラ、ジューンは卒なく応対している感じだ。
ニナは表情を蕩けさせているが、大丈夫なんだろうかあれは。
「却って気を使わせて済みません。風紀委員会の者としては、今後はあまり妙なことをしないようにお願いしたいです」
『はい!』
彼らは声を揃えて返事をした後、その場を離れようとする。
「それじゃあ失礼します」
「手が足りないときはいつでも会長――ローリー先輩に言ってください」
「僕はウィンさんのファン……ゲフフン、味方だから」
『俺たちは、だ!』
「真面目に、風紀委員会で手が足りないときは俺たちに声を掛けてくれ!」
なにやら浮足立った感じで一方的にそう告げて、彼らはあたし達のクラスから去って行った。
気が付けばあたしの机の上には、クッキーの紙包みが大量に置かれている。
貰ってしまったものは仕方が無いので、クラスの女子にお裾分けをしてから、あたしは【収納】でクッキーを仕舞い込んだ。
今度はアルラ姉さんとロレッタの分も残しておかなければ。
貰った経緯を考えれば複雑な気持ちはあるのだけれど、お菓子を受取ったという事実にはあたしは満足した。
「なあ、何となくやけど男子がソワソワしとる感じせえへん?」
「そうですね。私達の所にクッキーを持ってきた人たちと同じ雰囲気がありますね」
昼休みにみんなで昼食を食べていると、周囲の雰囲気をサラとジューンがそう評した。
ちなみに今日のサラとジューンのお昼はボロネーゼのパスタだ。
日本の記憶でいえばミートソーススパゲティに近いパスタだけど、トマトソースの中にこれでもかという位にひき肉が突っ込まれている。
そしてあたしはそれを見て、他の人が食べてる料理がおいしく見える病を発症しつつある。
「そうじゃのう。……こう、何じゃろうのう、青く甘酸っぱい感じがするのぢゃ」
そう応えるニナは鶏のガーリックソテーを食べている。
鶏のソテーは無難な味だけど、言い方を変えれば鉄板なメニューではある。
ガーリックの香ばしさと鶏のソテーの香りが合わさって、これまた美味しそうに見えてくる。
「……ニナの感想は良く分からないけど、浮足立ってる男子が多い気がするわ」
そう言う今日のあたしのお昼は、ビュッフェで取ってきた厚切りハムのソテーだ。
切り分けてマスタードを付けながら口に放り込む。
ハムのスモークな感じの風味も、ちょうどいい焼き具合の食感も、マスタードで倍増しに美味しく感じられて正解を選んだ気分になる。
「ふむ、もしかしたら彼らが言っていた『お詫び』というのは、口実になりつつあるのやも知れませんわ」
キャリルもあたしと同じものを食べているが、あたしよりも上品に食べている気がするのは今さらだな。
「なんの口実なん?」
「手段の目的化というか、クッキーを渡すことが目的になってきているのかも知れませんわ」
確かに『地上の女神を拝する会』のお詫びということなら、クッキーを先日の模擬戦騒動に関わった各団体なり個人に渡せば終わる話だ。
「そういえばあたしの所に来た男子生徒が、『自分たちはウィンのファンだ』みたいなことを言ってたわ。気を使ってくれるのはいいけど、気を使う方向を間違えてる気がするのよねー……」
「――ウィンよ、それは気を使ったのではなく、男子生徒たちが熱い情熱を伺わせただけと思うのぢゃ」
「熱い情熱? 無い無い」
ニナがうっとりした表情を浮かべて何か言っているが、あたしは直ぐに流した。
情熱とか何とか言うならまず、あたしの気に食わない称号を消すように動いてほしいんだが。
というか普通に名前で呼んで欲しいんですけど。
ともあれあたし達が昼食を食べながらお喋りしている間にも、視界のどこかで男子生徒が女子生徒に紙包みを渡す光景が何となく観察できていた。
午後の授業を受けて放課後になった。
実習班のみんなと部活棟に移動していると、おとといの放課後と同じように多くの人の気配が食堂に向かっている気がした。
ただ、前回よりも集まっている数が増えている気がするんだけど、気のせいなんだろうか。
「また食堂に大人数が集まってる気配がするわ」
「そうじゃのう。おとといよりも多そうじゃのう」
ニナも気配を読んであたしの言葉にすぐ応える。
「ちょっとエリー先輩に連絡してみますわ――」
また料理研究会が関わってクッキー作りを始めているなら、エリーが何か知ってるかもしれないな。
キャリルが魔法で連絡を入れると、直ぐに繋がって話を聞けたようだ。
「――分かりましたわ。ありがとうございました。……今日もどうやら料理研究会が協力して、男子生徒たちと大量のクッキーを作るそうですわ」
「そんなに作ってどうするんですかね?」
キャリルの説明を聞いたジューンの疑問ももっともだ。
でもその答えは、本人たちに訊かないと分からない気がする。
「キャリルがお昼に指摘した通り、クッキーを渡すことが目的になって、男子生徒たちの情熱が暴走しそうなのかも知れんのぢゃ」
「何よ暴走って……」
微妙に妄想に浸り始めた感じのニナに突っ込むが、あたしの言葉は彼女の脳には届いている感じがしなかった。
それはともかく、エリーが把握している動きで風紀委員会として話が出てこないなら、あたしとキャリルは対応する必要は無いだろう。
ニナが「今日は行かんのかの?」などと言ったが、あたしが「またクラスにクッキーを持ってくるかもしれないわよ」と言ったら大人しくなった。
あたし達はそのまま部活棟に移動した。
あたしは部活用の屋内訓練場に向かい武術研究会に顔を出してみると、いつもより部員の数が少ない気がした。
ちなみにキャリルは歴史研究会に向かった。
「今日はいつもより部員が少なくないですか?」
たまたま手が空いていた女子部員の先輩に訊いてみた。
すると妙な話を聞くことになる。
「実は昨日の放課後に『地上の女神を拝する会』がお詫びでクッキーを持ってきたのよ。それはいいんだけど……」
「何かあったんですか?」
「彼らが焼いたクッキーが女子に好評なので、今日の放課後有志の男子生徒を集めて作る事になったらしいの。それに参加してる部員が結構いるみたいなのよ」
そういうことだったのか。
「料理研が手伝ってるだけあって、けっこうバカに出来ないですよね。普通に美味しいですし」
「そうなのよね。ウィンちゃんは来なかったけど、昨日の放課後で全部食べ切っちゃったのよ」
「あ、大丈夫です。あたしには自分のクラスまで持ってきてくれました。多分気を使ってくれたんじゃないかなって」
「そう。それなら良かったわ」
そんな話をしてから、あたしはその場にいた先輩たちと約束組手をして過ごした。
キャリル イメージ画(aipictors使用)
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