05.形代に使われた材料
あたしと回復魔法研究会の先輩が現場に辿り着くと、そこには横たわる男子生徒とそれを囲む生徒達の姿があった。
倒れている男子生徒は眠りこけているらしく、連絡があった通り頭は丸刈りにされている。
「状況はどうだい?」
回復研の先輩が尋ねると、取り囲んでいたうちの一人が応える。
「【鑑定】で確認したけど魔法で眠らされている。他は俺たちの確認では異常は無さそうだが……」
「どれどれ……」
回復研の先輩が鑑定の魔法で確認するが、身体に異常は無さそうとのことだ。
「直ぐに起こすよ。【活力制御】!」
そう言ってから先輩は水魔法を使った。
生き物に使った場合は活動を活発化させる効果があり、一般的には麻痺や魔法による睡眠の治療に用いられるのが活力制御の魔法だ。
ただこの魔法は、掛けられる本人の体力によって効き具合に差が出る魔法だったはずだ。
ニナが【意識制御】を使った時よりは少々時間が掛かりながらも、倒れていた生徒は目を覚ました。
先輩が意識状態の確認をしていたが、特に異常は無さそうだった。
本人に丸刈りにされていることを告げると、とてもショックを受けていた。
「予備風紀委員です。状況からみて嫌がらせ目的で被害に遭ったと思います。何か心当たりは有りませんか?」
「心当たりって言われても……。ちょっと思いつかない。僕はクラスの用事でいつもより部活に向かうのが遅れて、普段通らないここを使ったんだけど……」
聞けば被害者の生徒はカヌー部の所属で、部活棟にある部室を出て裏手に回り、講義棟の間を縫って練習用水路に急いでいたらしい。
「部活に来るのは知ってたから、遅れてるのが気になって部室に行ってみたんだ。そうしたらもう出たって聞いてさ」
被害者の部活の仲間たちが第一発見者だったらしい。
一応あたしは被害者とその仲間たちの名前と学年とクラスを聞き出し、リー先生に被害があった旨を伝えると言って彼らを見送った。
「昼間にあったっていう被害とは共通点はありそうかい?」
「まだわかりません。学年もクラスも違うようです。……強いていえば、人通りの少なそうなところで被害に遭った感じでしょうか」
「全く……、迷惑な話だね」
回復研の先輩はため息をつき、部室に戻って行った。
あたしは念のためステータスの“役割”を『探索者』や『追跡者』にして周囲を確認した。
その結果分かったこととしては、大人数が現場に現れて行われた犯行では無さそうだということだった。
「せいぜい一人か二人組による犯行ってところかしらね」
あたしはそう呟いてから、【風のやまびこ】でリー先生とニッキーに報告した。
寮に戻り、いつものようにあたしは姉さん達と夕食を取っていた。
その場では生徒が丸刈りにされた件が話題になった。
「今のところは被害者は共に男子生徒だけですのね」
「うん。ニッキー先輩から追加で連絡があったけれど、被害者同士の接点は無さそうよ」
あたしとキャリルが話しているところにロレッタが口を開く。
「髪の毛を刈る、か。歴史的には呪術的な行為を行うときの形代に使われた材料よね」
「呪いのアイテムの件も全容が掴めてなさそうだし、今回の髪を刈る行為が呪いと結びついていたら色々と厄介ね」
ロレッタの言葉にアルラ姉さんがそう応えてため息をつく。
「歴史的にはって言ったけれど、実際のところ呪いに髪の毛が使われることは今でもあるの?」
「完全に迷信と切って捨てることはできないわ」
「そうね。結局のところ魔法という技術が魂に根差すものよ。呪いも魔法と歴史的には同じものだった時代があるわ。髪や爪、そして血液などの本人と繋がりのあるものを媒介にするワザは、今でも有効とする意見はあるわね」
あたしが問うと、ロレッタとアルラ姉さんが順に応える。
呪いまで絡むかは分からないけれど、そこまで話が及ぶとなると嫌がらせの範疇を超えてくるだろう。
「中々厄介ですわね」
「まったくだわ」
そんなことを話していると、ニッキーから魔法で連絡があった。
「ウィンちゃん、キャリルちゃん、ちょっといいかしら?」
「大丈夫ですわ」
「大丈夫です。いまキャリルと姉さん達とで寮で夕食を食べてます」
「そう、食堂に居るのね? ちょっと連絡というか話したいことがあるの。今から行っていいかしら?」
姉さんたちが同席しても構わないというので、あたし達は食堂で待つ。
すると直ぐに食堂にはニッキーとアイリスとエリーが現れた。
そしてあたし達が座っていた席の近くに座る。
「どうしたんですか?」
「そうね、いずれ学院全体に明るみ出るとおもう話だけど、今の段階では内緒にしておきたいの。防音で説明していいかしら?」
あたし達が頷くと、ニッキーは無詠唱で【風操作】を使い、見えない防音壁を周囲に作り出した。
姉さん達とニッキーたちが互いに自己紹介してから、ニッキーが口を開く。
「それで、男子生徒丸刈り事件だけど、お昼に一件起こった後に放課後に三件発生したわ」
「え? あたしが報告した放課後の一件の他に、二件発生したんですか?」
「そうなのよ。それを受けて、私とアイリスちゃんとエリーとで女子生徒を相手に情報収集を行ったの」
「何か成果があったんですの?」
「成果と言えるかは微妙なところね……」
そう言ってニッキーはアイリスとエリーに視線を向ける。
「まずアタシからにゃ。恋バナハンターとして、被害者の男子生徒の周辺の浮いた話を調査したにゃ。その結果、痴情のもつれなんかの面白い話は聞けなかったにゃー」
エリーの言葉を聞いて、ニッキーが反射的にエリーの頭にチョップを食らわせた。
「マジメに話しなさい。面白い話ってなによ」
「え、うーん、でもにゃー……。わかったにゃ……、目がこわいにゃ。……恋バナ的には今回の被害者はシロだったにゃ」
「恋愛関連で揉めていた話とか、恨みをかう話は無かったんですね?」
確認する意味であたしは訊いた。
ニッキー先輩がツッコミを入れてくれたので、細かいところはスルーすることにしたのだ。
「無かったにゃ。……ただ、共通する話として、学院の中でもどちらかといえばモテる男子ばかりが標的だったにゃ」
「エリーの話はそこまででいいわね。次はワタシよ。知っての通り、ワタシは非公認サークルの『美少年を愛でる会』で活動していたことがあるわ」
「そ、そうですわね……」
アイリスが自分で『美少年を愛でる会』の名を出したことに、キャリルが少しだけ動揺した声を上げた。
アルラ姉さんとロレッタも、どう反応したらいいか悩んでいるような表情を浮かべる。
だが、いま敢えてその話をしたという事は、そちらの方面で情報が得られたという事だろう。
「いまはもうワタシは会の活動からは足を洗ったわ。ただ、そのときの伝手で多少の情報は手に入れられるの」
そう言ってアイリスは得意げに微笑む。
どんな情報を手に入れているのかを訊く勇気はあたしに無かったので、だまってアイリスの話を聞くことにする。
地雷原を開拓する趣味は無いんじゃい。
「今回の被害者は、『美少年を愛でる会』で良く名前の挙がる男子たちだったの。出どころは言えないけど、「美少年のリストが漏れているかも知れない」なんて声もあったわ」
「そんなリストがあるの……?」
思わず気になってあたしは訊いてしまった。
「さあ? 会を抜けたワタシはもう知らないわね。少なくともワタシが居たときには無かったハズよ。――ワタシからは以上ね」
アイリスは真顔でそう告げてニッキーに視線を移した。
ニッキーは一つ頷いて口を開く。
「そういう訳で、集まった情報からは成果と判断できないわ。でも、今回の『連続男子生徒丸刈り事件』は、何らかの意図を持つ者が特定の判断基準で起こしている公算が強いわ」
ニッキーが指摘した点は重要だろう。
それはつまり、今後も同じ事件が発生する可能性を示しているからだ。
「一つ宜しいでしょうか?」
「はい、アルラちゃん。どうしたの?」
「実は先ほどまで食事をしながら私たちで話していたのですが、今回刈られた髪は形代として使われてきた歴史があるのです――」
そして姉さんはニッキーたちに呪いの話を説明する。
その話が進むにつれて、彼女たちの表情が険しくなっていった。
「……看過できないわね」
絞り出すようにニッキーが告げるが、その言葉に直ぐに反応できる者はいなかった。
だが、現段階では懸念材料の一つに過ぎない。
「確かに無視できない話ですけど、現状では呪いの話が関係するかは分かりません」
「そうですわね。わたくし達は地道に犯人につながる情報を集めるべきですわ」
あたしの言葉にキャリルが補足してくれた。
そしてその言葉に、アルラ姉さんとロレッタを含めて、その場に居たみんなは頷いた。
ニッキー イメージ画(aipictors使用)
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