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04.ならばスローガンを


 夜の闇の中、ルークスケイル記念学院の構内の某所に、濃い色のフード付きローブを着込んだ少年たちが六名集まっていた。


 明かりの魔道具を片手にしているが伺える表情は硬く、それによって彼らが内に秘める意志の硬さを感じさせた。


「結局、集まったのはこれだけか……」


「そのようだな。だが、潜在的な同志はこんな数ではあるまい」


 最初に声を上げた者は直ぐに別の者に諭される。


「俺たちは格差に慣れ過ぎてしまった。このままではそこら辺の草を食ってる草食動物と同じになってしまう」


「あ゛? 草食動物をバカにするのか?」


「ああすまん、獣人をバカにする意図は無い。俺はお前と同じだ」


「……いや、いいんだ。俺も気が立っていただけだ」


 別の二人もその喋り声からは若干の焦りの色が伺えた。


「みなそれぞれに思うところはあるだろう。だが、見えないヒエラルキーをぶち壊すために集まった俺たちは同志だ」


「そうだ。そして今行動を起こさなければ、俺たちに待つのは暗黒の時代だ……」


 さらに別の二人が口を開く。


 暗黒の時代という言葉で、その場に居た少年たちは表情を暗くする。


 ある者は俯き、ある者は瞑目し、ある者は頭をかいた。


「だが、いい材料もある。“会”の上の方に一声掛けたが、俺たちのアプローチは見ないことにしてくれるそうだ」


「はは……、見過ごしてくれるといえばいい材料かも知れないけど、どうせ何も変えられないとタカをくくってるだけじゃ無いのか?」


「それはそれで僥倖だ。俺たちはヒエラルキーに風穴を開け、暗黒の時代を避けようとする集まりだ」


「よし、ならばスローガンを唱えて、俺たちの覚悟を固めてから作戦会議と行こう」


 ある者がそう言うと、その場の他の者は黙って頷いた。


 そしてそれぞれがローブのポケットから銀色に光る金属製の道具を取り出す。


「俺が仕切るぞ、『イケメンたちに絶望を!』」


『イケメンたちに絶望を!』


 彼らはそう唱和して、手の中の手動バリカンを高く掲げた。




 ダンジョンに行った翌日、普通に授業を受けてお昼になった。


 実習班のメンバーで昼食を食べた後、天気もいいので外のベンチでお喋りをする。


「そういえばジューン、呪いを検出する魔道具だけど何か進展はありそうかしら?」


「そうですね。機構自体は簡単なものですから、試作品はすでに出来上がりました」


「早いですわね?!」


「そうやね。それで今日マーゴット先生が、呪いに詳しい附属研究所の研究員の先生に頼んで、稼働実験をするって言うたはったで」


 簡単な魔道具とは言っても昨日の今日で試作品を仕上げてしまう辺り、マーゴット先生の腕前は尋常ではない気がする。


 その後も魔道具の話をみんなとしていたのだけれど、少し離れた場所から女の子の悲鳴が聞こえた。


「女子生徒やんな、大人の声とちゃうかったけど」


 聴覚が鋭いサラが告げる。


「まずは行ってみましょうウィン」


「そうね。みんなはどうする?」


 キャリルに促されるが、現場に行くこと自体は問題無い。


 ただ、キャリル以外と別れるのはどうすべきだろう。


「妾も回復魔法のたぐいは得意じゃし、同行するのじゃ」


「何かの襲撃の類いなら、固まって動いた方がいいと思います」


「ウチも同感や」


 そうしてあたし達は現場に移動した。


 昼休み中という事もあり、あたしたち以外にも悲鳴を聞きつけた生徒や先生が集まり始めている。


「予備風紀委員ですわ! 悲鳴を聞きました! 大丈夫ですの?!」


 到着した現場では男子生徒が一人倒れており、その近くに女子生徒になだめられている別の女子の姿があった。


「どういう状況なのこれは」


「少々待つのじゃ……」


 そう言ってニナは倒れている男子生徒に近寄って、じっと見入ってから口を開く。


「ふむ。【鑑定(アプレイザル)】で見る限りは、魔法で寝ているだけじゃの」


 無詠唱で調べてくれたのか。


 ニナの言葉で周囲の緊張した空気が少し緩む。


 確認のためか、別の生徒も倒れている男子生徒に【鑑定(アプレイザル)】を使っていたが、特に異論は無いようだった。


 第一発見者らしき女子に、その場に到着していた男性教師が声を掛けた。


「君、大丈夫かい? 何があったんだ?」


「は、はい。大丈夫です。クラスメイトと話をすることがあって、待ち合わせ場所に来たんです。そうしたら彼が倒れてて……、それで気が動転して……。しかも髪が……」


『髪が?』


 彼女の話を聞いていたその場の全員が、倒れている男子生徒の頭部に視線を移動させた。


「髪が、お昼休み前にあったのに、すべて刈られていたんです!」


 確かにその男子生徒は坊主頭になっている。


 雰囲気というか感覚として、その場に居た生徒の多くがその言葉で脱力していた。


 だがあたしもキャリルも風紀委員の者だ。


 これが嫌がらせ目的だとか、いじめにつながるものなら無視できない。


「予備風紀委員です。彼が誰かの嫌がらせなどを受けていたことはありませんか?」


「……いえ、知りません。聞いたことは無いと思います」


 仲の良いクラスメイト女子でも知らないか。


 その間にも当の本人が意識を取り戻す。


「【意識制御(ヴァルアウェア)】を使って起こしておいたのじゃ」


 ニナがあたしだけに聞こえるように小声で教えてくれた。


 一瞬だけ闇属性魔力を感じた気がしたから、闇魔法なのかもしれないな。


「君、大丈夫か?」


「……あれ、……ええと、大丈夫ですけど。皆さんどうしたんですか?」


 男性教師の問いに、怪訝そうな表情を浮かべて男子生徒が告げる。


「わたくしは予備風紀委員ですわ。あなたはここで魔法によって眠らされていたんですの」


「それを彼女が見つけてみんな集まったところです。そして彼女が言うには、あなたの髪が刈られているということでした」


 あたしはキャリルの言葉を補足した。


「え、僕の髪?」


 そう言って男子生徒は自身の頭に手を当てる。


 そして、ようやく自分が坊主頭になっていることに気づいたようだ。


「あれ…………、なんで…………?」


「覚えて無いの?」


 男子生徒のクラスメイト女子が問うが、分からないそうだ。


「ここに来て、気づいたらみんなに囲まれてて、髪が……」


 そう言って男子生徒はがっかりした表情を浮かべた。


 さっきまであった筈の髪の毛が、無断で刈られたらそうなるよな。


「気落ちするな。状況からみて嫌がらせ目的だろう。ここで君が気落ちしたら相手を喜ばせるだけだ。それに、意外とその髪型も似合ってるぞ?」


「そうですかね……?」


 男性教師がフォローを入れるが、男子生徒はため息をつくばかりだ。


「嫌がらせだとしても、詳しく話を聞いておきたい。済まないが君と君、職員室まで来て欲しい。あと風紀委員の二人、リー先生には報告しておくから後は任せてくれ」


「「分かりました」の」


 その後男性教師は、被害者の男子生徒をクラスメイト女子と共に職員室に連れて行った。


「嫌がらせかあ。メーワクな話やね」


「本当にそうですわ。――ウィン、怪しい気配などはありませんか?」


 キャリルに問われるが、残念ながら犯人のような者の気配は分からなかった。


 人目を集めてしまったため、好奇の目や警戒するよう目などが集中した結果、色んな気配が混ざってしまっている。


「少なくとも殺意とか害意のたぐいは周辺には見つからないわ」


「同感じゃの。妾は斥候は得意では無いが、この周辺にはそういう者は居らんのじゃ」


 だけど、この場合は犯人特定が困難だ。


 仕方が無いのであたし達は現場から移動した。


 午後の授業が始まる前に、念のため【風のやまびこ(ウィンドエコー)】でニッキーには報告をしておいた。


 彼女の話では、過去には例が無いとのことだった。




 放課後になり、あたし達はみんなで部活棟に向かった。


 キャリルは歴史研でサラは狩猟部、ジューンは魔道具研に向かった。


 ニナは今日も美術部のようだ。


 あたしは回復魔法研究会に向かい、先輩たちに挨拶してから入門書を借りて勉強を始めた。


 メモを取りながら読み込んでいたのだが、途中で回復研の先輩たちが気になる話をしている。


 どうやら魔法で連絡を受けたようだ。


「魔法で眠らされてる? ――うん、放課後になってからか。――え? 髪が刈られてた? なんだそれ?」


 連絡を終えて部室を出ようとしている先輩に声を掛ける。


「昼にもあったんですが、魔法で眠らされて髪を刈られる生徒が出たとかですか?」


「え、昼にもあったの? ……いま連絡があったのも魔法で眠らされて髪を刈られてるようだよ」


「これから行くなら、あたし予備風紀委員なんで同行していいですか?」


 回復研の先輩は快諾してくれたので、あたし達は現場に向かった。



挿絵(By みてみん)

ニナ イメージ画(aipictors使用)




お読みいただきありがとうございます。




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