11.駆け出しの冒険者が使う名
あたし達のダンジョン挑戦について、宿題の一つだった役割の話はとりあえず片付いた。
これで問題があるようなら、また考えればいいだろう。
「それで、もう一つの宿題の話はどうするんだ?」
「パーティー名の話だね。ボクは考えてあるよ」
「ええと……。まだパーティー名を決めるのは、まだ待って欲しいって人は手を挙げて」
あたしがそう言うと、みんなは互いを見やる。
全員手を挙げないので、何かしら案は考えてあるのかも知れない。
「そういうことでしたら今日皆さんの案を出してしまいましょう」
「そうだな。それで決まれば良し。決まらないならまた持ち帰ればいい」
結局パーティー名の案は順番に話していくことになったが、誰から話すという段で様子見に入った。
「……これじゃあ話が進まないし、ボクから披露するよ。ボクの案は『仁者必勇』だね。そうありたいという決意でもある」
コウはそう説明したが中々悪くない。
あたしも勇気というコンセプトは入れたかったんだ。
ただ、あたしはあたしで決めてきたパーティー名があった。
結構悩んだし、案出しだけはしたいんだよな。
「じゃあ次はオレが披露する。オレの案は『絆の真銀鎖』だ。仲間には絆が付き物だからな」
そう告げるレノックス様の表情は少し得意げだった。
意味は悪くは無いけど、ちょっと語感があたしの好みではないかも知れない。
「レノはミスリルを使ったですのね。意外と控えめな気がしますわ。次はわたくしの案を披露いたしますが『神鍮の茶会』という名を考えたんですの」
そう言うキャリルの顔はドヤ顔である。
確かに隙が無いイイ名だ。
でも駆け出しの冒険者が使う名としては、名前負けしてしまう気がするんだが。
「じゃあ最後にあたしね。最初に考えた案は『敢然たる四重奏』だったんだけど、これはあたしたちが四人だから四重奏にしたのよ」
そこまで話してあたしはみんなを見回す。
だが、まだ伝えていない話がある。
「でも、もしかしたらメンバーが増える可能性もあるでしょ? だから、あたしの最終案は『敢然たる詩(うた)』ってのを考えたんだけど、どうかな?」
その後みんなで決を採ったが、あたしの案が三票入って採用になった。
次点はキャリルの案で、あたしが一票入れた。
「パーティー名として『敢然たる詩』は良い響きと思いますわ」
「ボクも好みだな」
「オレも異存はない。キャリルの案も悪く無かったがな」
「キャリルの案はまた別途使い道を考えましょう。当面はあたし達四人の符丁という事で秘密にしておけばいいわ」
「秘密組織『神鍮の茶会』というのも悪くありませんわね」
ともあれそんな感じで、パーティ『敢然たる詩』が発足した。
いつもより遅めに寮に戻りキャリルやサラ達と夕食を食べ、あたしは自室に戻って宿題を片付けた。
そしてダンジョンで感じた妙な感覚のことを考え始める。
「環境魔力の流れなのかな……」
正直、雲を掴むような話と言われてもしっくりくる位、漠然とした感覚だった。
ただ、あたしの中の予感が、その感覚をもっと調べるように促している気がする。
「『始原魔力使い』の『周天』のスキルが『環境魔力を扱いやすくなる』って効果だったのよね」
そんなことを呟きつつ、あたしはステータスで“役割”を『始原魔力使い』に変えてみる。
その状態で椅子に深く座り、チャクラを開いてから目を閉じて周囲の気配を読むことに集中し始める。
ダンジョン内では魔獣がまだ弱い階層だったとはいえ、実戦が起こる環境だった。
だからあたしは周囲の気配を読むことに普段よりも集中をしていたと思う。
以前近衛騎士の青年から、意識の外からの奇襲をどうするのかと問題提起されていたことも記憶にあった。
あたしは斥候役として、できるだけ広く情報を捉えたかったんだ。
みんなを護りたかったから。
そしてあたしは集中する。
直ぐに周囲の気配は察知できた。
自室の壁を越え、寮の同じ階で過ごしている生徒たちの気配がする。
もっと察知する範囲を広げる。
寮全体で人間の気配が動いているのが分かる。
同時にその気配が揺らぐ範囲を捉えようとすることで、何となく部屋の間取りが分かるような気がする。
なぜ間取りを察知できるのかを考える前に、あたしはさらに深く広く集中を重ねていく。
学院全体の気配が漠然と読めている気がする。
目に映る物理映像では無いけれど、脳内に起こるイメージとして地球の記憶にあるネットの地図サービスのようなものを想起する。
ダンジョンで気配を読んでいた時は、もっと遠くまで意識を向けられていた気がする。
それは多分、見つかる気配が王都内よりもダンジョンの方が少ないからだ。
王都では人の気配が他人の気配を隠す。
けれどいま、雲を掴むように曖昧な魔力の流れをふと感じる。
それは人の魔力とその残滓、そしてそれらが織りなすネットワークのようなものだ。
確かに、流れがある。
あたしはひたすらに気配察知に集中していく。
そしてこれ以上はボヤけて読めないというところまで範囲を広げたが、学院のある王都南部から庶民の居住地区まで掛かっている。
範囲内には膨大な人の気配がある。
一つ一つに意識を向けると、自分の処理能力を超えることは分かっている。
だから全体を俯瞰視するように、ボンヤリと把握するのを続ける。
あたしは集中する。
深く深く、広く広く。
あたしの意識の中に王都のイメージが広がる。
魔力の流れというか魔力のネットワークというか、その繋がりはどうやら人の通る道と同じところを流れているようだ。
環境魔力の流れは、人の流れでもあるのだろうか。
そういえばソフィエンタは、内在魔力と環境魔力と“気”は同じものだって言ってたっけ。
醤油に例えて教えてくれたけど、あの時のトロは美味しかったな。
そこまで考えて、唐突に集中が切れた。
「あーもう、何やってるんだかあたしは……」
思わず独りごちる。
寿司の味を記憶から呼び起こして、それを反芻したら集中が途切れてしまったのだ。
寿司って美味しいから仕方ないよ、うん。
「はー……。確かに何か、魔力の流れがある気がする」
それを読めているなら、今回ダンジョンに行ったことで何かスキルでも覚えたのだろうか。
そこまで考え、さっき“役割”を切替えた時にステータスをちゃんと確認していなかったことを思いだした。
あたしは【状態】を使って最新情報を確認した。
【状態】
名前: ウィン・ヒースアイル
種族: ハーフエンシェントドワーフ(先祖返り)
年齢: 10
役割: 風水師
耐久: 70
魔力: 180
力 : 80
知恵: 220
器用: 230
敏捷: 350
運 : 50
称号:
八重睡蓮
必殺委員
加護:
豊穣神の加護、薬神の加護、地神の加護、風神の加護、時神の加護、
薬神の巫女
スキル:
体術、短剣術、手斧術、弓術、罠術、二刀流、分析、身体強化、反射速度強化、思考加速、隠形、環境把握、毒耐性、環境魔力制御、周天、無我、練神、風水流転
戦闘技法:
月転流
固有スキル:
計算、瞬間記憶、並列思考、予感
魔法:
生活魔法(水生成、洗浄、照明、収納、状態、複写)
創造魔法(魔力検知、鑑定)
火魔法(熱感知)
水魔法(解毒、治癒)
地魔法(土操作、土感知、石つぶて、分離、回復)
風魔法(風操作、風感知、風の刃、風の盾、風のやまびこ、巻層の眼)
時魔法(加速、減速、減衰、符号演算)
ステータス値は魔力とか器用の値が増えているな。
そして“役割”が『風水師』になっていて、スキルに『風水流転』とか増えている。
・風水流転:環境魔力と属性魔力を変換しやすくなる。
スキルに意識を向けたらそんな情報が出た。
あと『存在察知』とか『痕跡察知』、『地形把握』、『危地察知』のスキルが『環境把握』に統合されたみたいだ。
触れたくは無いけど、称号の必殺委員は変化が無さそうだ。
消えないかなコレ。
「『風水流転』は当たりっぽいスキルだけど、環境魔力の制御はあんまり進んでないんだよな……」
嬉しいかどうかでいえば、新しく“役割”やスキルを覚えたこと自体は嬉しいことだ。
でも、ステータス欄に「とっとと環境魔力を使いこなしなさい」と言われてる気がしてすこし憂鬱になる。
「まさかソフィエンタが催促してるわけじゃないよね……」
そこまで考えてから、あたしは気持ちを切り替えるためにハーブティーを淹れて飲んだ。
その日はいちおう日課のトレーニングを行った。
環境魔力の制御は、もう少しで指輪サイズが動かせそうな予感がした。
時魔法の【加速】、【減速】は特に変化なし。
【回復】は多少は発動がスムーズになっている気がする。
時魔法の【減衰】は自作の振り子を使ってトレーニングした。
【符号演算】はサイコロでの練習を始める前に、コイントスでトレーニングを始めた。
始原魔力については木の棒を使う訓練は苦も無く出来ているので、始原魔力を込める方の木の棒を片手で二本同時に持って行うようにした。
時属性魔力を月転流のワザに乗せる練習は、まずはただの手刀に乗せて何も無い場所に貫き手を放つところから始めた。
ぜんぶ終わる頃にはいつもよりも遅い時間になってしまったけど、トレーニングはやり切ってから寝た。
コウ イメージ画(aipictors使用)
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