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08.時魔法は使えない魔法だ


「マーヴィン先生、『時魔法』はお爺ちゃん――祖父から【加速(クイック)】と【減速(スロウ)】を教わっています」


「そうでしたか。今日教えられるのは、その二つよりも簡単です。私が学生に教えている時属性魔法……時魔法は、【加速(クイック)】、【減速(スロウ)】、【予見(フォアナレッジ)】、【減衰(アテニュエーション)】、【符号演算(サインカルク)】の五つです」


「そんなにあるんですね」


 今日中に覚えきれるんだろうか。


 難しいようなら、マーヴィン先生の都合に合わせて何度でも学長室に通うけれども。


「ええ、これでも私は研究者上がりなので、時魔法は一時期ずい分調べました。ただ、その時の経験から、【予見(フォアナレッジ)】を教えるのは研究の道に進む人間だけと決めています」


 経験か。


 なにか不都合がある魔法なのだろうか。


「危険があるという事ですか?」


「いえ、未来予測の真似事ができるのです。正確には、『確定していない未来の状態や可能性を観測できる魔法』、ですね」


 未来予測とは破格だ。


「まさか、悪用した人が居たんですか?」


「詳細は秘密ですが、そう受け取って頂いて構いません」


 そう告げてマーヴィン先生は苦笑した。


 未来予測ができる魔法とか、使い方によっては色々とヤバそうではある。


 もっとも時魔法に限らず、魔法にはそういう側面はあるけれども。


「ですので、今日は【減衰(アテニュエーション)】と【符号演算(サインカルク)】をお教えします」


「お願いします」


 あたしの言葉に一つ頷いてからマーヴィン先生はソファから立ち、「直ぐ戻ります」と告げて廊下側の扉とは別の扉から隣室に消えた。


 その間にあたしはステータスの“役割”を時魔法使いに変えておく。


 先生はすぐに花が生けられた花瓶を抱えて戻ってきた。




「先ずは簡単な方からお教えします。詠唱しますので、よく見ていてくださいね」


「はい」


 マーヴィン先生はソファに座ると花瓶から花を一輪取出し、【減衰(アテニュエーション)】を発動した。


 すると、それまでキレイに咲いていた花は目の前で萎れ、直ぐに枯れてカサカサに乾燥してしまった。


「この魔法の効果は、『状態を劣化させる』という事が分かっています」


「なるほど、そこだけ時間が過ぎて突然枯れてしまうようなイメージですね」


「そうですね。――ここにある花は好きに使って構いませんから、ちょっと試してみてください」


「はい」


 好きに使っていいとは言われたが、花瓶の花は限られている。


 あたしは少し考えて、生けられている花から葉っぱを一枚切り取り、発動を試した。


 すると十五分ほど試したところで手の平の葉っぱが萎れるようになった。


「どうやら出来たみたいです。念のためステータスでも確認しますね」


 あたしは【状態(ステータス)】を唱えて、自身が【減衰(アテニュエーション)】を覚えたことを確認した。


「無事に覚えられました」


「良かったです。――次に【符号演算(サインカルク)】をお教えします。そちらの板張りの床で試します」


 マーヴィン先生とあたしは室内を移動し、何も置かれていない床に立つ。


 先生は無詠唱を使ったのか、手の中にビリヤードの玉みたいなボールを取り出す。


 それを床に置きそっと足で蹴ると、ゆっくりとボールは直進を始める。


 マーヴィン先生がそこに【符号演算(サインカルク)】を詠唱すると、突然ボールはある地点で曲がって転がった。


「これは『現実の収束する方向を変化させる』魔法ということがステータスの情報から分かっていますが、具体的な効果は今見た通りです。ボールの軌道を突然変えられるという魔法です」


「『現実の収束する方向』、ですか。……まずは試してみますね」


 【符号演算(サインカルク)】の方も、あたしは十五分ほどで覚えることができた。


「覚えられたみたいです。マーヴィン先生、ありがとうございます」


「いえ、ヒースアイル君は想定よりもずい分早く習得しましたね。もう少し時間が掛かるかと思いましたが、あなたはイメージを制御する能力が優れているのですね」


「どうなんですかね」


 いちおう魔力制御に関しては母さんに徹底的に特訓させられた記憶があるけど、それは言わなくてもいいだろう。


 特訓のことはあまり思い出したくも無いし、うん。


「充分優秀です。――さて、【減衰(アテニュエーション)】と【符号演算(サインカルク)】は覚えてもらったのですが、この二つの魔法は効果だけ見ればもっと効率の良い魔法があります」


「効率ですか」


「ええ。減衰の魔法で植物を枯らすなどは、風属性魔法や水属性魔法でもっと簡単に出来るものがあります。符号演算などボールの向きを変えるだけです」


「はあ……」


 そう言われてしまったら身も蓋もない。


 けれど同時にあたしの中では、本当にそれだけしかできない魔法なのかという思いが湧き上がっている。


 だが、あたしの思惑はさておき、マーヴィン先生の話は続く。


「私が研究者になる前から覚えていた魔法ですが、仲間に『時魔法は使えない魔法だ』と揶揄されて悔しかったんですよ。その想いがいつの間にか私を学問の道に進ませ、気づいたら学長などになっています」


「それでもそれは、マーヴィン先生が努力したからです」


「そうかも知れません。でもその根っこには、『知りたい』という思いがあったことを覚えていて欲しいのです。そして、もしいつか時魔法についてヒースアイル君が新しい発見をした時は、私達に教えて欲しいと願っています」


 私達というのは、広く研究者界隈にという意味なんだろう。


 そう語る先生の目は、学長先生という立場の人間というよりは、好奇心を秘めたような未知の何かに挑む研究者の目をしていた。


「研究の道に進むかは分かりませんが、何か分かったらご相談させてください」


「ええ、いつでもお待ちしています」


 先生は嬉しそうに微笑んだ。


 その後あたしはマーヴィン先生に礼を告げて、学長室を去ろうとする。


 その間際に声を掛けられた。


「ところで別件ですが、ヒースアイル君は先日のマイヤーホーファー君への対処で睡眠薬を用意したと聞いています」


 マイヤーホーファーってマクスの名字だな。


 このあいだの『学院裏闘技場』の集団戦の話か。


「ああ、あれですか。対策を考えている時に、あたしが修めている流派の伝手で、睡眠薬が使えそうだと知ったんですよ」


「そうでしたか。もしかしたら今後、冒険者としてのあなたに依頼をすることがあるかも知れませんが、その時はお願いします」


「あたしなんかまだまだですが、そういうお話があるならその時に伺います」


 マーヴィン先生にはそう言ってから学長室から離れた。




 寮に戻るのがいつもの時間よりも遅くなってしまったけれど、夕食の時間には間に合ったので姉さん達と食事をとった。


 その後自室に戻って宿題をざっと片付けて、日課のトレーニングを始める前にあたしは勉強机に向かって椅子に深く座り、胸の前で指を組んで目を閉じた。


「ソフィエンタ、ちょっといいかしら」


「あら、どうしたのウィン?」


 椅子に座っていたはずだが、自分が立っていることに気づいて目を開けると、そこは白い空間だった。


 今回は神域に呼ばれたようだ。


 今日もソフィエンタはシャツにチノスカートを合わせているが、以前目にした時とは色違いのようだ。


「見てたかも知れないけど、あなたの忠告に従ってマーヴィン先生のところに今日質問に行ったのよ」


「そうね。時属性魔力とか時魔法のことは少しは理解できそうかしら?」


「そのことなんだけどさ、時属性って実はかなりヤバいわよね?」


 あたしが問うと、ソフィエンタは微笑んで口を開く。


「どうしてそう思うの?」


「正直、時属性とか時間そのものとかは、よく分からないわ。でも魔法で扱える以上『エネルギーだったり量的なもの』よね。加えて先生も言ってたけど『概念』でもあるじゃない?」


 あたしの言葉にソフィエンタは何も言わずに聞き入っている。


 ツッコミが入らない以上、ここまでは問題無いはずだ。


「そこまで考えて地球の記憶を思い出したの。そういえば時間って、物理でも数学でも哲学でも使うよなとか、中学の数学で時速とか出てくるよなとか」


「時速は小学生でも習うわよ。――それで?」


 小学生でもか、まあいいや。


「……それで、数学って方程式を使うじゃない? これって現実をもとにした記号を使うわよね? でもそれは地球の話で、あたしの世界では時属性魔力が『現実世界で符号化』とか『概念化』ってソフィエンタが説明してたわ」


「確かに説明したわ」


「ポイントは『符号化』って部分よね? 地球ではどうだったか分からないけど、惑星ライラの場合は、時属性魔力は現実を記号とか概念で扱うときに有効な属性なんじゃ無いの? そしてそれって、ひどくバカげた想像だけど――」


 あたしはじっとソフィエンタを見ながら言葉を選ぶ。


「時属性魔力を使えば、現実を書き換えられるんじゃないの?」


 ソフィエンタもあたしをじっと観察してからニヤリと笑う。


「まあ及第点かしらね。細かいことを言えば、魔法とか神の奇跡がそもそも現実の書換えよ。そしてその効力を与えているのが、地水火風光闇の各属性と混ざった時属性なんだけどね」


 またソフィエンタが、ややこしいことを言い始めた気がするな。


「あんまり話を難しくして欲しく無いんだけど」


「でもあなたは知るべきよ。なぜならあなたのお爺さんが教えてくれた、月転流(ムーンフェイズ)の失伝したという絶技・識月(しげつ)は、時属性魔力を纏わせるワザだったのよ!!」


 そう言いながらソフィエンタは、ドヤ顔であたしをビシッと指さした。


「な……」


 ソフィエンタの言葉にあたしは一瞬固まる。


 そういえばお爺ちゃんが極伝(ごくでん)の話をしてくれた時に、『概念切断による世界の書換え』という話をしてくれた気がする。


「なんだってー?!」


 思い出したあたしは、思わず叫んでいた。



挿絵(By みてみん)

ソフィエンタイメージ画(aipictors使用)




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