表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
170/849

12.独り言は喧騒にかき消され


 おおよその方針が話し合われたところでジェイクが口を開く。


「それで、基本戦術は確認できたと思うけど、そろそろマクスの話をしようか」


 みんな特に異論は無いようだ。


「そうね。彼とか『狂戦士』に関して情報が得られた人は居るかしら?」


 ニッキーが問うと、キャリルが手を挙げた。


「わたくしから良いでしょうか。歴史研究会の先輩などから情報を得ましたわ――」


 そこで彼女は昨日アルラ姉さんから聞いた話をみんなに説明した。


 推定二千人規模の連隊が、戦闘後とはいえ約百名規模の狂戦士中隊と同士討ちをして壊滅という話にみんなは考え込んでいた。


「――ということで、ここまでが歴史研の一人から集まった情報になりますわ」


「“歴史研の一人”か。他にも知っている人が居たのかい?」


 キャリルの説明の後にエルヴィスが問うが、彼女はそれに頷く。


「ええ。戦争の歴史に詳しい方に別途相談しましたが、その方によると“意図的に魔力暴走かそれに近い状態を起こした”説が有力らしいんですの」


 これはたぶんレノックス様から仕入れた話だな。


 寮の食堂で姉さんから聞いた後、魔法を使って連絡を取ったのだろう。


「それは魔法を使ったという事かい?」


「わたくしも同じことを訊いたのですが、現状では魔法の可能性は低いと考えられているようですの。有力な説としては特殊な食品や魔法薬を摂取したという説があって、その次に何らかのスキルを使ったのではという説があるようですわ」


 その辺りはあたしはソフィエンタから話を聞いてしまっているけど、釘を刺されているし黙っていることにする。


 具体的な対策としてデイブから睡眠薬を仕入れてあるし。


「マクス君の場合は十中八九、スキルだろうな」


「そうだね、ぼくも同感だ。予選終了後の身体検査でマクスは医師にチェックされたはずだ」


 キャリルの話にカールが口を開き、それにジェイクが同意する。


 そしてジェイクはあたしの方に視線を向ける。


「その時点で食品などの影響が残っているようだったら、医師は【解毒(デトックス)】や【分解(デコンポーズ)】を使ったとおもう。でもウィンは確認していないよね?」


「ええ。予選後にマクスが掛けられた魔法は、本人の【治癒(キュア)】と運営側の【回復(ヒール)】だけでした」


 ジェイクの問いに、あの時の様子を思い出しながらあたしは応えた。


「スキルで確定だね。色んな意味で厄介なスキルだなぁ」


「自分で意図して魔力暴走を起こすスキルなんて、運営側からストップが掛からないのかしら?」


 苦笑いするエルヴィスを横目にアイリスが疑問を口にした。


「その辺りの見極めをするために予選後に身体検査を行っているのだけど、現状マクスくんが本戦出場者から外れたという話は無いわ」


「ぼくにはその時点で、許可する側もおかしいと思うけどね」


 ニッキーがアイリスに応えるが、ジェイクも懸念を告げた。


「それで、マクスの『狂戦士』への具体的な対策はどうしましょうか?」


「ぼくが地元で親と遭遇した魔力暴走では、ある程度弱らせてから大人数で取り押さえて意識を失わせる方法だったね」


「闇鍋研の魔力暴走では魔法で眠らせたり麻痺させることが失敗した。体術の教師が出てきて締め技で生徒の意識を奪っていたな」


 キャリルの問いに対してジェイクとカールが順に応える。


 だがみんな集団戦の最中に、マクスだけに集中することはできないのは分かっているだろう。


 あたしは睡眠薬の話を出すことにした。


「マクスへの対策については用意してあるものがあります。ただその前に確認したいんですが、『学院裏闘技場』では対戦相手に薬品を使うことは認められていますか?」


「薬品、は認められているわ。試合の中で睡眠とか麻痺の魔法薬を使う選手は普通にいるもの」


 あたしの問いにニッキーが即答する。


「たぶん、マクスの『狂戦士』は魔力暴走と同じで魔法薬は効かないと思うけれど、そこは大丈夫かい?」


 ジェイクがあたしの方に視線を向けて冷静に問う。


「はい。薬品を使えるかが最大の問題でしたけど、それが大丈夫なら行けます。実は冒険者ギルドの伝手で、魔獣に使う睡眠薬を用意してあります」


「ま、魔獣用のものを人間に使って大丈夫かにゃー?」


「それは確認しました。あたしが相談した人は人間に使ったことがあるって言ってました。ちなみに材料は魔石じゃなくて、魔獣から採取したものらしいです」


 人間に使ったことがあると聞いてアイリスやニッキーはドン引きし、ジェイクやキャリルは興味を示し、カールとエルヴィスとエリーは何やら考え込んでいた。


「睡眠薬についてはマクスのクラスメイトってことで、あたしとキャリルが持つことにしてもいいですか? あたしもキャリルも、マクスに隙があれば使うってことで」


 その後、睡眠薬についてはみんなで話し合って、あたしとキャリルとニッキーの三人が持つことになった。


 ニッキーについてはあたしやキャリルが行動不能になり、それでもマクスが『狂戦士』の『無尽狂化』で魔力暴走状態になっていた場合に備えるためだ。


「睡眠薬については集団戦が終わったら回収します」


「僕もその方がいいと思う。ウィンが悪用するとは言わないが、紛失や所在不明になったら厄介だ。使い終わったら分けてもらった人物に返した方がいい」


 あたしはカールの言葉に頷いた。




 午後になって試合会場に戻り、あたしたちは観客席から女子代表のカヌー競技の試合を観戦した。


 男子代表の試合と同様に、生徒たちの応援はとても盛り上がった。


 あたしとしても日向ぼっこに集中しながら、(心の中で)選手たちに声援を送っていた。


 女子代表のカヌー競技も無事に終わり、一位はセデスルシス学園、二位はブライアーズ学園、三位は我が校、四位はボーハーブレア学園という結果になった。


 試合後現地解散になり、あたしたちは寮に戻った。


 お昼に委員会のみんなに訊いたところ、『学院裏闘技場』の開催時間はカヌー競技の日は若干早まるという事だった。


 あたしは自室で黒じゃ無い方の戦闘服に着替え、事前に準備しておいた刃引きした短剣二本を装着して部屋を出た。


 寮の食堂での待ち合わせだったが、すでに他のみんなは到着していた。


「エリー先輩、凛々しい感じですねそれ?」


「そうかにゃ? お母ちゃんの見立てで選んだ戦闘服にゃ。このままダンジョンにも挑めるにゃ」


 まず目についたのはエリーの装備だった。


 冒険者が着るような皮素材の頑丈そうな服だったが、彼女が修める蒼蛇流(セレストスネーク)が体術の流派ゆえか非常に動きやすそうな格好だ。


 あたしのロングコートが物々しく見えてくる。


「凛々しいといえば、このメンバーだとやっぱりキャリルちゃんがかっこいいわよね」


「銀色のスケイルアーマーよね。デザインだけじゃなくて機能美も感じさせるわ」


 ニッキーとアイリスが順にキャリルの装備を評する。


 そう告げる二人は濃い色のローブを着こんでいた。


「ありがとうございます。ですが装備だけでなく、戦いの内容も褒めて頂けるよう頑張りますわ」


 その後あたしは筒状の木製容器に入れた睡眠薬を、キャリルとニッキーに渡した。


 液体状にして濃度を薄めてあるので、そのまま使える状態だ。


「それではみなさん、右拳を出して下さいまし」


 キャリルはそう告げて、まずは女子メンバーでグータッチしてから部活用の屋外訓練場に向かった。




 屋外訓練場に着くと、ニッキーの案内で『学院裏闘技場』の運営のテントの一つに辿り着く。


 そこにはすでにカールとエルヴィスとジェイクが待っていた。


「これで全員揃ったね」


 そう告げるエルヴィスは、以前コウとの模擬戦をやった時と同じ格好だ。


 冒険者が着るような戦闘服の上からロングコートを着込んでいる。


「全員、体調などは問題無いだろうか?」


 そう問うのはラメラ―アーマーを着込んだカールだ。


 ラメラ―アーマーというのは小札状の金属などの板を、紐やリベットなどでつないだ素材でできた鎧だ。


 和式甲冑も分類上はラメラ―アーマーの一種だろう。


「お昼に食べたもので下していない限り、大丈夫なんじゃ無いかな」


 そう言って笑うジェイクは、ハーフコートにマントを付けている。


 彼も含め、風紀委員会のみんなはそれぞれに自分たちの武器を取り出して装備していた。


 その間にも、会場である屋外訓練場は次第に観客が集まっているのだろう、喧騒が大きくなってくる。


 やがて運営の生徒があたし達のところに現れ、開始の時間だという事で入場を促された。


 そこで再びキャリルが仕切り、みんなでグータッチをしてからテントを出た。


 試合会場である屋外訓練場には観客席が用意されているのだけど、前日にも増して観客が増えていた。


 生徒たちが居るのは理解できるのだが、増えた分は大人たちだ。


 今日は平日の筈なのに、予選よりも観客の大人が増えている気がした。


「当事者じゃ無ければホント気楽よねえ……」


 思わず呻くようにあたしが呟くが、その独り言は喧騒にかき消されていた。


 観客席の中央前方にあたし達は集まり、観客席を横に見ながら一列に並んで待機した。


 前方にはあたし達から距離を取って、『学院裏闘技場』の本戦出場者たちが集まっている。


 そこに運営の生徒の代表者らしき者と、学長のマーヴィン先生が現れた。


 運営の生徒代表は拡声の魔法を使い、予選でも告げられたような即死攻撃の禁止などの注意事項を述べる。


 その後でマーヴィン先生が同じように拡声の魔法を使って話を始めた。


「今年も『学院裏闘技場』が開かれることになったようですが、ご存じの通り王国と我が校との取り決めで我が校は場所を貸しているだけです。ただ、私個人としては、皆さんが大きなケガも無く行われることを期待しております」


 ここでマーヴィン先生は言葉を区切ってあたし達に視線を移す。


「さて、これも王国と学院との取り決めによるものですが、本戦参加者の皆さんは学院が選任した生徒達と集団戦を行い、これに勝利する必要があります。ここで、今回選ばれた生徒の名をお伝えしておきます――」


 マーヴィン先生はそう言ってからカールから順に、学年順にあたし達の名前を呼んだ。


 途中エルヴィスの名前が呼ばれたときに女子生徒達の黄色い声援が上がった。


 また、良く分からないけどエリーの名が呼ばれたときに男子生徒達の『にゃーーー!!』という謎の雄たけびが聞こえ、エリーがそれに手を振ったりしていた。


 その後あたし達は、本戦出場者とは反対側の屋外訓練場の端に移動した。



挿絵(By みてみん)

エリーイメージ画(aipictors使用)




お読みいただきありがとうございます。




おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、


下の評価をおねがいいたします。




読者の皆様の応援が、筆者の力になります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ