11.標的になる可能性
体育祭も三日目になればみんな移動は慣れたものだ。
朝のホームルームで作文を提出して、応援のために試合会場に移動する。
昨日でプレートボールの試合は終わったので、今日はカヌーの試合だ。
あたしたちは観客席に座り、目の前の水面を眺める。
「水路って聞いてたけど、もうこれ池とか貯水場じゃない?」
目の前には池と言ってもいい広さの水面が広がる。
いま居る場所は学院を出て、ブライアーズ学園の敷地を大きく回り込んだ反対側だ。
学院からは少し距離があるが、いちおう徒歩圏内ではある。
「もともとここは水路だったらしいですわ。そこを我が校や他校が共同でカヌー競技に使い始めたのが最初らしいですの」
あたしの言葉にキャリルが応える。
「そのあとに王都の都市計画に組み込まれて今の形になったとか。呼び名はそのままで、『王都学生用競艇水路』というのが正式名称だった筈ですわ」
「学院内にも水路はあるのよね?」
「ありますよ。『アルプトラオムローザ』の開発で、稼働試験に使ったものはもっと小さいんです。幅が二十ミータで長さが三百ミータくらいの直線の水路だったと思います」
あたしがキャリルと話していると、ジューンが横から説明してくれた。
なるほど、それは普段の部活の練習では使えるかも知れないけど、学校対抗のカヌー競技には手狭かもしれない。
何しろ目の前の『王都学生用競艇水路』は向こう岸までの幅が地球換算で百メートル近くあり、長さは五百メートルほどはある。
そうこうしているうちに開始位置にカヌーが並んでいるが、試合はタイムを競うスプリントレースであるようだ。
カヌーは一人乗りで、パドルは両端にブレードが付いたものを使っている。
午前は各校の男子代表の試合ということだったが、学校ごとに選手は十人いるようだ。
一回の試技では四校で二人ずつ出て、八人一組でレースを行う。
試技は二回ずつ行い、より良いタイムを合計してその少なさで競うようだ。
「おお、はじまるでー!」
なにやらゴソゴソと【収納】からねじり鉢巻きと法被を取り出して装着し、サラは応援に備えていた。
直ぐにスタートのフラッグが振られ、カヌーは一斉に前に進み始める。
カヌー競技では四校の生徒が全て観客席に集まっているからか、ものすごい熱気だ。
楽器を使った応援に加え、生徒たちの歓声で観客席は沸き立っている。
まあプレートボールよりも、ルールとかを気にせず結果が分かりやすいということもあるかも知れない。
「いけー! いけー! そこやー! まくれー! いっけっいっけっ! きばりやー!」
サラはいつの間にか席から立ち上がって声を張り上げてるな。
まだ一回目の試技の一組目なのに、物凄い熱の入れ様だ。
見ていて楽しそうだからいいんだけど。
いつものメンバーでいえば、キャリルにせよジューンにせよプレートボールの応援の時と似たような視点で観戦しているようだ。
あたしはのんびりと日向ぼっこしながら、(心の中で)選手たちに声援を送っていた。
その後、一回目の試技の三組目あたりであたしは観客席を離れ、お昼を買いに行ったりした。
「キャリルちゃん、ウィンちゃん、ちょっといいかしら」
あたし達が観戦していると、ニッキーから魔法で連絡が入った。
「大丈夫ですよ」
「大丈夫ですわ。どうされましたの?」
「今日のお昼に集まって話すことになっていたけれど、集合場所を連絡します――」
ニッキーによるとカールの伝手で、ブライアーズ学園の狩猟部の部室を借りることができたようだ。
「ブライアーズ学園にも狩猟部ってあったんですね」
「そうね。成り立ちまでは知らないけど、うちの学院と交流があるそうよ」
その後、ブライアーズ学園の部活棟の外で待ち合わせをすることにして通信を終えた。
サラやジューンにお昼のことを話すと、観客席で食べてもいいし既に仲が良くなっているイエナ姉さん達と食べてもいいとのことだった。
あたしからイエナ姉さんに連絡し、あたしとキャリルは風紀委員でランチミーティングがあるので今日はサラとジューンだけ行くと伝えた。
その後、大きく盛り上がった男子代表のカヌー競技は終わり、一位はセデスルシス学園、二位は我が校、三位はブライアーズ学園、四位はボーハーブレア学園という結果になった。
お昼になってあたしはいつものメンバーと共に部活棟に向かい、サラとジューンは陶芸部の部室に向かった。
あたしとキャリルが部活棟外の待ち合わせ場所で待っていると、委員会のみんながやってきた。
全員揃ったところでブライアーズ学園の狩猟部部室に向かうと、先方の部長があたし達に挨拶してくれた。
「カールくんに貸しが作れるなんて珍しいし、全然構わないわ」
「急な話で済まない」
「大丈夫よ。後日キチンと借りを返してもらうし」
そんなことを笑いながら告げて、部長をしているという女子生徒は部室を離れて行った。
「カール先輩、いまの部長さんは先輩の彼女さんにゃ?」
「……ノーコメントだ。それよりも時間が限られている。打合せを始めよう」
「分かったにゃ、時間があるときにたっぷり聞かせてもらうにゃ!」
カールはエリーの言葉に深いため息をついた。
それを横目にみんなは適当な机を囲んで椅子に座り、それぞれお昼を【収納】から取り出す。
するとニッキーが無詠唱で【風操作】を使って見えない防音壁を作った。
「昼食を食べながら話をしよう。まずは、基本的な確認からだ――」
カールはそう告げて、以前話していた各自の分担を確認した。
盾役がカールとキャリルで敵からの攻撃を集め、エルヴィスがその補佐をしながら武器攻撃を行う。
試合中の魔法による回復はニッキーとアイリスが担当し、魔法攻撃はジェイクが担当する。
遊撃として、エリーとあたしが適宜攻撃や防御や陽動などに動き回る。
「ここまではいいだろうか?」
カールがそう言ってみんなを見渡すけれど、特に異論は出てこなかった。
「次に、基本的な戦術としては、八人でまとまって行動して本戦参加者たちを各個撃破するという事でいいだろうか?」
「基本的には、それで構わないと思うよ。個人的には、集団戦開始直後にウィンちゃんに無力化してもらいたい相手がいるけど」
カールの言葉にエルヴィスがそう告げた。
名前を挙げられたあたしとしては、本戦参加者で最優先で潰すべき相手は想起できている。
「第一ブロック勝者の広域魔法研の先輩ですね?」
「うん。できれば彼は最優先で撃破してもらいたいんだ」
「魔法による回復ができるかは不明だけれど、無詠唱と環境魔力が使える時点で脅威よね。私も同感だわ」
あたしの返事にエルヴィスとニッキーが応じた。
「分かりました。最優先で撃破します」
「同じ遊撃でもウィンちゃんはアタシより気配を上手に消せるにゃ。だから対処は任せるにゃ。横やりが入るようならアタシがウィンちゃんをサポートするにゃ」
「そうだな。エリーはそれでいいだろう。あとは展開次第だが、第二ブロック勝者のライナスや第三ブロック勝者のスティーブンは嬉々として突っ込んでくるだろう」
あたしとエリーの会話に満足したのか、カールは別の参加者の話を始める。
ライナスは武術研でいつも世話になっている。
だからと言って臆したり手を抜いたら、後でこってり叱られる気がする。
スティーブンは筋肉競争部の部長だけど、正直戦っている姿はあまり想像していなかった。
ただ、過去に父さんとウォーレン様の試合という名の潰し合いを見たことがあるからか、予選では体力任せに突っ込んでいる印象があった。
言葉は悪いけど動きが雑だ。
もっとも、彼を父さんやウォーレン様と比較する方が間違っているのだけど。
「他には皆さんは分かってらっしゃると思いますが、第八ブロックの勝者であるマクスが突っ込んで参りますわね」
「それも想定しているよ、大丈夫。ボクが彼を往なして本戦参加者と同士討ちするように動く予定だ」
「同士討ち、ですか。分かりましたわ」
キャリルの言葉にエルヴィスが応えた。
その中に昨日の話で出た“同士討ち”という単語があったからか、キャリルの表情はやや硬い。
「マクス君の話はまた後でしよう。他の参加者だが――」
その後、カールが仕切って他の参加者への対処の話をした。
第五ブロック勝者のライゾウや、第四ブロック勝者のマスクを付けたカリオがまず話題に上がった。
その次に第六ブロック勝者の無詠唱とディンルーク流体術の使い手、第七ブロック勝者の槍術の使い手が話題に上がった。
「基本戦術としては、ぼくやニッキー先輩が【潭水】で参加者の動きを停滞させるのがいいと思う」
「私も同感だけど、ジェイクはキチンと動いている相手に当てられるかしら」
「多少不安はあるけどね。でも、そうも言ってられないかな」
ジェイクとニッキーがそんなことを話していた。
【潭水】というのは水属性魔法で、生命体に使った場合は活動を停滞させる効果がある。
命の危険はなく相手に直接的なダメージは与えられないが、抵抗され辛く重ね掛けもできるとのことだった。
ちなみに重ね掛けしすぎると副作用という訳では無いが、掛けられた者から淀んだ水というかドブの臭いが漂い始めるらしい。
カリオとかは多分、嗅覚にもダメージが行く気がするなそれ。
「ワタシは基本は回復に専念していればいいのよね?」
アイリスがみんなに問うが、カールやニッキーなどが直ぐに頷く。
「アイリスは回復に専念してくれていればいいだろう。ただ、そのことによって本戦参加者の標的になる可能性もあるから、決して油断しないで欲しい」
「うわー……微妙に嫌な役どころだけど分かったわ。取りあえず今年はそうやって貢献するわね」
カールの言葉にしぶしぶといった感じでアイリスは苦笑いを浮かべていた。
キャリルイメージ画(aipictors使用)
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