10.無力化させるいい方法は
あたしは自室に戻って下書きしてある作文を清書していく。
だが脳裏には『狂戦士』という単語が引っかかっていた。
「集中できてないわね……」
思わずそう呟いて自室を見回すと、窓際のローズマリーの鉢植えで視線が止まる。
「……そういえばソフィエンタが前に『異様なものを見聞きしたら先ずは相談』とか言ってたんだよな」
マクスの様子は異様なものだった。
ソフィエンタから聞いている邪神群の話と関連があるかは分からないけれど、相談だけはしていいかも知れない。
そこまで考えたあたしは椅子に座り直し、胸の前で指を組んだ。
「ねえソフィエンタ、今いいかしら?」
「いいわよ、マクスくんのことね?」
ソフィエンタからは直ぐに念話で応答がある。
ふだん観察していると言っていただけあって話が早い。
「そうなのよ。『狂戦士』とか、けっこう異様かなって思ったんだけど」
「そうよね。心配して連絡してくれてありがとうね。彼の『狂戦士』っていうのは世界に数ある“役割”の一つよ。今のところマクスくんは邪神群とは関係が無いわ」
「そう……。『狂戦士』について教えてもらうことはできるかしら」
「構わないけど、その件であたしが伝える内容は歴史に埋もれてる真実だから、余所で喋ったらウィンがどうなるかは分からないわ。その点は注意しなさい」
「う゛……。分かったわ」
戦争の歴史の裏にあった話なら、結構やばい内容なのかもしれない。
いちおう何かあったら月輪旅団の伝手で逃げることはできるような気はするけど、今の生活はそれなりに気に入っている。
情報管理は念入りに気を付けよう。
「まず『狂戦士』だけど、自分の魔力の調節機構を誤作動させるの。ある種の状態異常で強制的に機能不全を起こして戦う“役割”よ」
「誤作動で機能不全……。てことは、外からそれを解消できれば元に戻せるってこと?」
「一時的には出来るけど、直ぐに『無尽狂化』を発動しなおせば同じ状態になるわ」
「……『無尽狂化』って何なの?」
「スキルの一種で、『魔力による強化を含めた身体強化の制限を外して存在強化する』というものよ」
また小難しい説明が出てきたな。
「身体の制限を外すというのはいいとして、“存在強化”って何?」
「普段意識することは少ないと思うけど、この世界では魔力もある意味では、生き物の身体の一部なの。だから魔力をジャンジャン取り込んだら、普段よりも強くなるわ」
「ジャンジャン、か。けっこうリスキーな響きね」
「そうね。理論上は物理身体がハジけるリスクがあるけど、人間だとそこに行く前に倒れるかしら」
「それって死ぬってこと?」
「そのリスクもあるわね」
マクスめ。
あのバカ、危険なことが起きるなら相談しろって言っといたのに。
ともあれ、ソフィエンタは何となく気になることを言ったな。
「人間だとって言ったけど、人間以外では大丈夫な生き物もあるの?」
あたしが問うと、珍しくソフィエンタは即答しなかった。
「どうしたの?」
「ううん、ちょっと考えてただけよ。……そうね、人間以外だと吸血鬼とか、古代種と言われる人種、後は竜ね」
「吸血鬼って居るの? あと古代種って?」
「吸血鬼は普通に共和国の辺境で穏やかに暮らしてるわ。古エルフ族と並んで長命ね。古代種っていうのは種族名に『エンシェント』ってつく人たちで、ウィンはそのハーフね」
ああ、先祖返りとか書いてあるあれか。
「いちおう訊くけど、あたしって人間じゃ無いの?」
「先祖返りを起こしてるから、厳密には人間じゃ無いわね。でも誤差みたいなものだし、王都にもそれなりの数の人が普通に暮らしてるわよ」
気になることを聞いてしまった気がするが、どんどん脱線していく気がするのであたしは話を戻すことにする。
「色々気になることはあるけど、話を戻すわ。『狂戦士』ってやっぱり正気を失うの?」
「そのリスクは高いわ。ウィンはお姉さん達と話していたけど、オルトラント公国軍が過去に起こした同士討ちはそれが原因よ」
「何でまたそんなヤバいものに手を出したんだろうあのバカ!」
「その点は、マクスくんのご先祖が狂戦士中隊の設立に関わったみたいなの――」
ソフィエンタの説明によれば、マクスの先祖にエルンスト・マイヤーホーファーという軍属が居たらしい。
エルンストは、魔法とスキルと魔法工学に関する研究書である『エルンストの書』を編纂した。
そしてその成果の一つが『狂戦士』という“役割”の取得方法だった。
だが同士討ちが起きた後に、公国とその同盟国から『危険すぎる魔法人体改造論』という判断が下り、一部が禁書指定された。
エルンスト本人は他の功績もあって罪に問われることは無かったが、『時代が我に追いついたら、回収して研究を進めよ』という家伝を遺した。
「――だからマクスくんは家伝を守って、禁書を探しにディンラント王国に留学に来たみたい」
「禁書が王国にあったってこと?」
「エルンストが秘密裏に、王国の信頼できる宮廷魔法使いに託したのよ」
「時代が追いついたら、か。ソフィエンタから見て、マクスは『狂戦士』を制御できそうなの?」
「そうね。マクスくんは『客観』と『集団把握』というスキルを念入りに高めてから試してるわ。それぞれ『舞踏家』と『指揮者』のスキルね」
舞踏家と指揮者と言っても、あのチンピラっぽい喋りからは遠い気がするのは偏見だろうか。
「『客観』を正気を失うことの対策にして、『集団把握』で周囲の敵味方の判断をする発想みたいね。悪くは無いけれど、魔力の集中で身体が壊れることへの対策が出来ていないかな」
ソフィエンタの説明にあたしはイヤな予感が増す。
「もしかして……、身体って脳神経系も入ってるの?」
「もちろんよ」
「ダメじゃん! 盛大に自殺行為じゃん! 正気失うじゃん!」
あたしはソフィエンタとの念話の中で叫んでみせた。
たぶん意識上は、地球のムンクの『叫び』よろしく頭を抱えていたと思う。
「何か無力化させるいい方法は無いの?!」
「そうねえ、物理身体へのダメージを考えたら眠らせるのが一番お勧めだけど、魔力が集中してるから魔法は抵抗されやすいわ。やるとしたら睡眠薬ね」
「睡眠薬? 武器は刃引きしてるから塗っても意味が無いけど、口に突っ込むの?」
「そうよ。ウィンとマクスくんが出るイベントでは、過去には刺激物とかを投げつけた人も居るから問題無いわ」
どんな刺激物だったのやら。
「デイブが何種類か持ってるはずだから、『試合の相手が魔力暴走でヤバそう』って相談して分けてもらいなさい」
「何種類も持ってるのか、デイブ」
「月輪旅団の仕事で使うみたいね」
「仕事かあ……」
「必ず、魔獣から取ったものか、植物から分離した薬にしなさい。魔石材料のもの――魔法薬は効かないから。でも多分魔力暴走って伝えたら、そういう魔獣を想起して助けてくれる筈よ」
「冒険者ギルドの相談役だものね」
「そうよ。……眠らせるのがムリなら、とにかく意識を奪うことね」
「分かったわ」
そこまで相談してからあたしはソフィエンタとの念話を終えた。
ソフィエンタとの連絡を終えてから直ぐに、あたしは【風のやまびこ】でデイブに連絡をした。
「突然ごめんデイブ。いまちょっといいかしら?」
「構わんぜお嬢。ジャニスの仕事を手伝ってくれたみたいじゃねえか。ありがとうよ」
「どういたしまして、手伝ったというより巻き込まれたのよ。――それよりちょっと面倒なことが起きてるの。『学院裏闘技場』って知ってる?」
「知ってるぞ。お嬢は風紀委員だから集団戦で本戦出場者と戦うんだよな?」
さすがというか何というか、デイブはそこまで把握しているか。
「知ってて助かったわよ。その通りなんだけど、本戦出場者の中に厄介な奴が居るのよ」
「どうした? ハイオーガでも混じってたか? ハハハ」
「先祖にハイオーガが居るっていう留学生の先輩は確かに本戦出場者に居るけど、それとは別の話よ」
「……最近の学院はそんなヤバそうな奴が居るのかよ。……で、何が起きた?」
「オルトラント公国からの留学生が妙なワザを使うの。試合直後の独り言を拾ったら、『狂戦士』の『無尽狂化』っていうのを使ったみたいなのよ」
「そうか。それで?」
あたしはマクスの身体能力が向上したことや、試合後に本人にダメージが出たこと、『無尽狂化』使用直後から魔力の妙な集中があったことなどを伝えた。
「魔力の集中については、魔力暴走に似てるって声があったわ。過去に魔力暴走になった人間を見た風紀委員が、その場に居たの」
「なるほど、魔力暴走か。人間もそうだが魔獣でも似たような状態になるのがいるな」
「そういうのはどうやって解決するの?」
「魔獣に関しては叩き斬るなり罠に嵌めるなりすればいい。人間の方はヘンなものを食ったとかだったりするから、吐かせたりする必要があるぜ」
罠か。
試合中に出せるような罠はあったっけかな。
「今回はワザとかスキルの類いだと思うの。どう対処するのがいいと思う?」
「そうだな。所詮は試合だから、殺すのは当然ナシだな。……先ず魔力暴走に近い状態なら、魔法で麻痺させたり眠らせるのは効かねえ。だが放置すれば集まった魔力で身体が壊れる。普通はある程度弱らせてから大人数で抑え込んだりするんだが」
「出来るだけ死なせたくないのよ」
「だよなあ。となると、絞めて落とすか……。駄目だな、身体能力が上がってるから締め技が効かない可能性がある。となると睡眠薬か」
「睡眠薬?」
ソフィエンタの言った方向に話が転がったな。
「ああ。医療用の魔法薬で眠らせる効果がある奴を睡眠薬って呼ぶが、冒険者が魔獣相手に使う睡眠薬も実はあるんだ。魔獣から材料を採取したやつだが、そっちならいけるな」
「魔獣用のものを人間に使っても大丈夫なの?」
「問題無い、仕事で使ったことがある」
「マジかー……。デイブは持ってたりするの? もしあるなら、念のため貰っておきたいわ」
「うちの店にあるからいつでも取りに来な」
「今日これから行っていい?」
「また急だな」
「集団戦がある日が明日なのよ」
「まあ、構わんぞ。いつも通り裏口から来な」
「ありがとう」
そこまで話してから、あたしはデイブとの通信を終えた。
その後あたしは寮を抜け出し、デイブから二種類の睡眠薬を受け取った。
飲ませるタイプのものと相手に掛けるタイプのものだった。
前者は粉末で受取ったが水に溶いたりして口に入れる必要があり、後者は液体で皮膚に付けばとりあえず効くそうだ。
使用量や使い方をデイブから聞き、寮に戻ってから課題の作文を全て仕上げてその日は寝た。
マクスイメージ画(aipictors使用)
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