09.あの状態に陥ったのか
マクスは何か妙なものに手を出したのかも知れない。
反射的にそう予感したあたしは口を開く。
「少しでもマクスの情報を集めてきます。みんなは対策を考えていてください」
あたしは返事を待たずに内在魔力を循環させる。
そしてチャクラを開いた状態で身体強化をして、無我と隠形を発動させて念入りに気配を消して場に化す。
その直後に観客席を飛び出して試合直後のマクスの下に向かった。
直ぐに試合会場に一人立ち尽くすマクスの傍らに辿り着くが、あたしの接近は気付いていないようだ。
「……本当に、やっとだぜ。……狂戦士の『無尽狂化』の制御もメドが立ったんだぜ。……ジジイどもよ、結局、使えねえ道具は無いんだぜ」
浮かび上がる笑みを隠そうともせず、マクスはそんなことを呟く。
だが、そう告げる彼の姿には異様なものがある。
耳と鼻の穴、そして目からうっすらと血が滴っている。
もっとも、本人は気にしていないようだけれど。
あたしは姿を見せて【治癒】か【回復】を掛けるか悩む。
だが、運営の生徒らしき者数名がマクスの下に駆け寄ってきた。
「おおい、君が本戦出場で確定した……、大丈夫か? なにやら目や耳から血が出てるが。……鼻血も出てるな。試合も終わったし、いま魔法で回復しようか?」
「いや、大丈夫だぜ」
マクスは不敵に笑いながら運営の生徒に向き直ろうとするが、その場でよろめく。
もしかしたら先ほど見せた動きで、本人に何らかのダメージが残るのかも知れないとあたしは脳内にメモする。
「言わんこっちゃない、無理をするな」
「大丈夫だって言ってんだろ……、【治癒】!」
そう言ってマクスは自分の身体に魔法をかけてから、さらに【洗浄】で血の汚れを消し去っていた。
「そんで? この後は何か手続きでもあんのか?」
「ああ。身体検査をしたうえで、明日に疲労を持ち越さないように【回復】を掛ける準備をしてある」
「分かった。直ぐ行くんだぜ」
運営の生徒とそう話してから、マクスは試合会場からその脇に設営されたテントに移動した。
念のためあたしは気配を消したままマクスたちに同行したが、医師を名乗る男性が【鑑定】を使っても、彼には異常は無いようだった。
マクスはその後【回復】を掛けられてから屋外訓練場から立ち去った。
入れ替わりで第七ブロックの勝者らしき生徒が槍を抱えてテントに入ってきたが、マクスを奇異の目で観察していた。
そこまで確かめてから、あたしは観客席に戻った。
観客席から生徒たちが帰り始める中、風紀委員会のみんなは席に留まってなにやら深刻そうに話し込んでいた。
「戻ったわよ」
あたしが気配遮断を切ると、みんなはこちらを見た。
「何か分かったかい?」
ジェイクが酷く真剣そうな視線をあたしに向ける。
「そうね、断片的な情報だけれど。まずは本人の独り言で『狂戦士のムジンキョウカの制御にメドが立った』とか言ってたかしら」
「狂戦士ですの?!」
キャリルがあたしの言葉で呻く。
「他にはどうだった?」
「身体にダメージがあったようで、目や耳や鼻から血を垂らしてました。一歩踏み出したらよろめいたりしてましたね」
ジェイクに問われてあたしはそう応えるが、アイリスやニッキーが眉をひそめる。
「運営の生徒が声を掛けて、その場で回復しようかって言ったけど、自分で【治癒】と【洗浄】を使ってました。その後医師を交えた身体検査で異常が無くて、【回復】を受けて帰りました」
あたしがそこまで喋ると、ジェイクが口を開く。
「ウィンが出かけた後、ぼくらで話していて気づいたことがある。先ずぼくはマクスというのだったか、彼と似た状態の人間を見たことがある」
そう告げるジェイクの表情は暗い。
「学院に入る前に魔法兵をしている父に同行して、魔力暴走を起こしている者を見たことがあるんだ。それに似ている」
「その話をジェイクから聞いて思い出したのだけど、私とカールは過去に『闇鍋研究会』が集団魔力暴走事件を起こした現場に立ち会ったことがあるの。確かにあの時の魔力の感じに似ていたと思うわ」
ジェイクの言葉に補足してニッキーが告げた。
闇鍋研て、集団でマクスのあの状態に陥ったのか。
そりゃ要注意扱いになるよ。
「『狂戦士』という単語は間違いないんですのねウィン?」
「その単語を聞いたのは間違いないわ。何か知ってるのキャリル?」
「以前、歴史研究会に出た時に、部室で誰かが話しているのを聞いたことがあるのですわ」
「狂戦士っていう以上、多分戦いに関することにゃ? それで歴史研に関係するのは、戦争の歴史かたぶんダンジョンの開拓史にゃー」
あたしとキャリルの会話にエリーが横から発言した。
なるほど、歴史に詳しい人に訊けばいいのか。
アルラ姉さんかロレッタか、レノックス様に訊けば何か分かるかも知れない。
「そういうことなら、みんなでそれぞれ歴史に詳しい人に『狂戦士』という言葉について訊いてみましょう」
あたしがそう言うと、みんなは頷いた。
「パワーとスピードは中々だったけど、ボクとカールで連携すれば対処できないって程じゃないね」
「油断は禁物だエルヴィス。マクスという生徒の本気が今日みられたとは限らない」
「それは確かにそうだけど……、ウィンちゃんの話を聞く限り今日以上の動きをしたら自滅するんじゃないかな、彼」
カールとエルヴィスがそんな話をしていた。
マクスのあの状態が本人にダメージを与えるなら、使えば使うほどマクスはダメージが蓄積するだろう。
エルヴィスの指摘にあたしは納得していた。
その後詳しい作戦会議は明日の昼に行うことにして、みんなそれぞれに情報集めすることを決め、あたしたちは帰路についた。
寮で姉さんたちと夕食を食べている時に、マクスが告げた単語をキャリルが話題にしようとした。
「ところで全然話題が変わるのですが、姉上たちがご存じでしたら教えて欲しい事があるんですの」
「どうしたのキャリル?」
キャリルの言葉にロレッタが応じる。
「ある方が『狂戦士』という言葉を使っていたのですが――」
だがそこでアルラ姉さんが顔色を変え、沈黙を促すように人差し指で自身の口をふさぎ、キャリルの目をじっと覗き込んだ。
「……ちょっと難しい言葉でしたのねアルラ姉さま」
キャリルの言葉にアルラ姉さんは黙って頷き、注意深く寮の食堂内で周りの様子を伺った。
だが、ちょうど食事の時間でざわついていたからか、キャリルの言葉に反応した生徒は居なかったようだ。
ちなみにキャリルはアルラ姉さんのことを「アルラ姉さま」と呼んでくれる。
イエナ姉さんは「イエナさん」なので、彼女の中で何か基準があるのかも知れない。
ロレッタについては「姉上」か「ロレッタ姉さま」である。
それはともかく周囲の様子にほっと息をつくと、アルラ姉さんは静かに告げる。
「ウィン。悪いけどちょっと防音にしてくれないかしら」
「いいわよ?」
促されるまま【風操作】で見えない防音壁を用意し、あたし達を囲んだ。
「防音にしたわ。何かマズい話なの?」
「オルトラント公国の方で、『狂戦士』という名が出てくる戦争があった筈なの」
「あった筈?」
「私も戦争の歴史――戦史はそこまで詳しくないの。ただ、内容が結構凄惨で、ドワーフ族の血を引く者にとっては忘れたい歴史だった筈よ。獣人の生徒も不快になるかも知れないわ――」
そう言いながらアルラ姉さんは【収納】から一冊のノートを取り出し、何やら確認してから口を開いた。
アルラ姉さんの説明によれば、獣人と魔族が独立戦争を起こしたころの話であるという。
ドワーフ族はオルトラント公国の兵として連隊を組織し、獣人たちと戦うためにとある前線に送った。
この連隊は推定二千人規模の集団で、その中に狂戦士中隊という約百名規模の精鋭部隊が存在したらしい。
詳細は不明だけど、当時最新の戦闘技術を身に付けた精鋭だったらしい。
そしてオルトラント公国の連隊はある戦場で同規模の獣人たちの軍と戦い、これを殲滅した。
問題はここからで、何らかの理由で狂戦士中隊が同士討ちを始めたのだという。
これにより、戦闘に勝利した筈の公国軍は同士討ちを始めて連隊は壊滅し、オルトラント公国に帰還できたのは一小隊規模の数十人くらいだったという。
「――あたしが知るのはそこまでね」
「……同士討ちの原因は、何か伝わっておりますの?」
「正確には不明ね。公国内の政治的対立とする説と、戦闘技術に起因する説が挙がっているわ」
あたしはアルラ姉さんが教えてくれた『狂戦士』の話が、マクスの口から出た『狂戦士』と繋がっている予感があった。
加えて『狂戦士』はその名の通り、最後は狂う戦士なのかも知れないと思った。
「その戦闘技術の話とか、帰還できた兵の証言なんかは残って無いの?」
「ごめんなさいウィン、私はこれ以上知らないわ」
あたしとアルラ姉さんのやり取りを伺っていたロレッタが告げる。
「そういうことなら戦史はレノくんが詳しいから、何か知ってるかもしれないわ。――キャリル、あなたがここで最初に話題を振った以上、あなたがレノくんに訊いてみなさい」
「そうね、あたしよりもキャリルの方が歴史の話は得意だし、あなたがレノに訊いた方がいいと思う」
微妙にニヤニヤしているロレッタに合わせて、あたしもキャリルに告げた。
あたし達の言葉に一瞬考えこんだキャリルは「分かりましたわ」と頷いていた。
ロレッタイメージ画(aipictors使用)
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