07.みんなは多分偵察に
売人の少女たちを追って移動すると、講義棟の一つに辿り着いた。
彼女たちは迷うことなく建物の中を進む。
教室の入り口には実習室なんて表記が見られるから、普段から授業の時以外はあまり生徒が来ない建物なのかも知れない。
階段を上り廊下を進んで実習室の一つまでたどり着くと、少女は独特のリズムで扉をノックした。
すると扉のカギが開く音がして扉が開かれた。
彼女たちが入るタイミングで気配を消したままあたしは実習室に忍び込むが、気づかれた様子は無い。
実習室の中には数名の生徒がたむろしていた。
身なりからしてブライアーズ学園の生徒たちのようだが、外見的にはごく普通の少年少女たちだ。
幸か不幸か大人の姿は無いようだった。
「首尾はどうだ?」
「上々よ。今日のノルマは達成できたから、トラブルとかが起こる前に代金を持ってきたわ」
「いい判断だ。売上げ的には傾向とかあるか?」
「そうねえ、やっぱり事前の想定通りカヌーの単勝の売れ行きが凄いわ――」
売人の少女は【収納】から代金を取り出し、取りまとめ役らしき年長者の少年にそれを渡していた。
受け取った少年は自分の【収納】でそれを仕舞っていた。
それからしばらくあたしは場に化して気配を消したまま情報を集めた。
そうしてこの場に居る全員の顔や身体的特徴を記憶し、本名かは不明だったが呼び名を脳内にメモした。
やがて別の少年たちが現れたので、その顔や身体的特徴を記憶してから、実習室を出ていく少女たちに紛れてあたしも退散した。
気配を消したまま売人の少女が廊下を去り行くのを見送った後適当な窓を開け、身体強化を発動してそこから講義棟の外に脱出した。
その後あたしは大急ぎで試合会場に戻り、【収納】からノートと筆記用具を取り出して脳内のメモを元に資料にまとめた。
「どうしたんですのウィン? 戻ってからいきなり慌てて書き物を始めるなんて」
「ちょっと待ってね――。よーし完成……。大きな声を出さないようにちょっと目を通して」
首を傾げつつキャリルがあたしの手書きの資料を受け取り、一通り目を走らせてから眉間を押さえる。
「……分かりましたわ。どうしますの?」
「まずは情報共有ね――」
そう言ってあたしはニッキーに【風のやまびこ】で連絡を入れて、観客席を出たところで待ち合わせた。
これにはキャリルも同行してくれたが、席を離れるときジューンに「委員会の仕事が出来た」と一声かけてから出かけた。
「大急ぎで連絡ってどうしたの?」
「まずはこれを見てください」
ニッキーはあたしの手書きの資料に目を走らせると、呆れた表情を浮かべて固まる。
そして彼女は一瞬考えこんでから口を開いた。
「状況は分かったわ。リー先生に連絡すれば、学院の先生とブライアーズ学園の先生が動くでしょう。この資料は貰ってもいいかしら」
「いいですけどちょっと待ってくださいね」
あたしは【収納】からノートと筆記具を取り出してから資料を受け取り、【複写】で資料を何部かコピーした。
そして元の資料とコピーをニッキーに数部渡し、キャリルとあたしも一部ずつ持った。
「ありがとう。それじゃあ対応を始めるわね」
そう告げてからニッキーは【風のやまびこ】で通信を始めた。
「リー先生、大至急対応が必要な件が発生しました――」
全ての連絡を終えてから、ニッキーは資料を渡しに行くと言ってその場を離れた。
彼女によると対応は先生たちに任せるので、あたしたちは観戦に戻っていいとのことだった。
あたしとキャリルはコピーした資料を仕舞ってから観客席に戻った。
後日リー先生から聞いた話によると、このときの取り締まりで換金に現れた生徒も含めて最終的に数十人の生徒が捕まり、指導の対象になったようだ。
先生は、学生の間は通常は賭博は許されないし、卒業後も違法な賭博で身を持ち崩してもいけませんという話をしていた。
「全くウィンは、何だかんだで委員会の仕事をしてしまうんですのね」
「仕方ないわよ、目に付いちゃったんだし」
そんなことを話しながら、あたしは日向ぼっこに集中し始めた。
プレートボールの午後の第一試合が終わった。
女子の代表は何とかブライアーズ学園に逆転勝ちし、観客席は大騒ぎになった。
試合会場の設営の話を訊きに行ったことで、作文のネタをすでに五本分集めたあたしは、のんびりとその様子を眺めていた。
その後、午後の第二試合では男子代表がセデスルシス学園との対戦を行うのだが、試合会場がもう一つの方で行うとのことであたし達は移動した。
セデスルシス学園といえば、この前の黒血の剣の件で悪ガキ共を引取らせた学校だ。
試合会場を移動した後あたしは日向ぼっこに集中しながら、今日の応援にあの時の悪ガキ共が来ているだろうかと考えていた。
ふと思いついて偵察用に使う魔法である【巻層の眼】を発動した。
あたしはセデスルシス学園の観客席の観察を始める。
「ウィンちゃんどないしたん?」
「ん? 対戦相手の学校に知り合いが居ないか見てみようと思って、偵察魔法を使っただけよ」
あたしが魔法を使ったのを感知したサラが声を掛けてきたが、嘘にならない範囲で応えておく。
「そうなんや。変わった魔法やね?」
「そうでもないわよ。あたしの地元だと狩人や山師の家では普通に覚えるし。元々は軍用魔法だったみたいだけどね」
山師といっても山林伐採の方の職業のことで、こちらの世界では詐欺師のような意味あいはそれほど強くはない。
「へえ、風属性魔法やんな?」
「そうよ。あたしからすればサラが前に使った【百和の眼】だったっけ? あれの方が変わってるわ」
サラが使った魔法は確か嗅覚による疑似的な視覚情報を得る魔法だった筈だ。
嗅覚が鋭い獣人が使えば、かなり強力な偵察魔法になるだろう。
「んー……そのへんは地域性やと思うわ」
「そうねー」
まだ試合が始まったばかりだからか、サラも落ち着いて観戦している。
両校の応援もまだそれほど盛り上がってはいない。
「まあ、そう簡単に見つかる訳無いわよね……」
そんなことを呟きながら、あたしはセデスルシス学園の観客席を観察する。
目の前の生徒数は多く、セデスルシス学園は我が校の約半分の五百人からの少年少女が観客席に座っている。
見たところ、女子の姿は少なそうだ。
「さすがに生徒数が多いからなあ……」
思わずそんな言葉が漏れる。
だが、何となく見たことがある様な生徒を見つけた気がして視界を拡大する。
すると、生徒たちの中に黒血の剣のリーダーだったガラルの姿を見つけた。
なぜか髪型が丸坊主になっているけど、学園の制服を着て周囲の大人しそうな生徒と話したりしながら観戦していた。
しばらく観察するが、周囲とは普通に接しているように見えた。
「ふーん、上手くやってそうじゃない」
「誰か知り合いでも居たんですの?」
「うん、ちょっとね」
視界をそのままにキャリルに応えつつ、あたしはしばらくセデスルシス学園の観客席を見渡した。
その後あたしは観客席で日向ぼっこや昼寝に興じたり、ふと思いついて筆記具を取り出して作文を書き始めたりして過ごした。
プレートボールの試合の方は、男子代表がセデスルシス学園を下して初日の日程を終えた。
先生から説明があった通り試合後は現地解散になり、あたしたちは帰路についた。
その道すがら、エリーからあたしとキャリルに【風のやまびこ】で連絡があった。
「キャリルちゃんとウィンちゃん、今いいかにゃー」
「ウィンは隣にいますわ」
「あたしたち寮に向かってるとこですよ。どうしたんです?」
「例年だとこのあと、学院の部活用屋外訓練場で『学院裏闘技場』のブロック戦が始まるにゃ。委員会のみんなは多分偵察にいくにゃ」
そう告げるエリーの声は上機嫌である。
あまり考えたことは無かったけど、エリーは案外バトル脳なんだろうか。
「そうなんですのね。わたくしもこのまま向かいますわ」
「気が進まないけど、あたしも向かいます。一応見ておいた方がいいですよね、気が進まないけど」
大事なことなので、気が進まないと二回言ったぞ。
特に誰かに絡まれるようなことも無くあたしたちが屋外訓練場に着くと、そこには数百人くらいが集まっていた。
生徒だけでは無く大人たちの姿もある。
冒険者風の格好や騎士団の制服を着ていたりする連中もいるので、我が校のOBなのかも知れない。
ご丁寧に観客席も造られている。
屋外訓練場の入り口で気配を探ると、すぐに委員会のみんなが集まっている席の場所が分かるので合流した。
あたしとキャリルもまとまって座る。
「先輩たち、早かったですね」
「毎年のことだからね、ボクらは体育祭の試合が終わった段階で直ぐに出てきたのさ」
エルヴィスがあたしの言葉に応じた。
「結構な人数が集まっているんですのね?」
「ほとんどはギャラリーにゃ。参加者数は変動があるけど、毎年百人くらいって聞いてるにゃー」
「その百人を八つのブロックに分けてバトルロイヤルで予選とするのですのね」
「そうにゃ。今日は第一から第四まで行うにゃー」
キャリルとエリーがそんなことを話していた。
やがて運営を行う生徒が観客席の前に出て、拡声の魔法で参加者の集合を促し始めた。
どうやら参加申し込みとブロック分けは、昨日の段階で締め切って完了しているようだった。
ニッキーイメージ画(aipictors使用)
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