06.ニヒルな笑みを浮かべて
お昼の時間も過ぎ、あたし達は試合会場に戻った。
午前中はプレートボールの男子代表の試合で、午後の第一試合は女子代表の試合である。
対戦校が変わらないので、試合会場も同じだ。
あたしたちは観客席に座り、あたしは日向ぼっこをしながら頭を整理した。
朝のホームルームでディナ先生は、『体育祭の様子について一日一本フリーテーマで作文』と言っていた。
現時点でゲットしているネタは四つ。
一つ目は、応援する視点は生徒ごとに様々あるということだ。
これは特に突っ込まれること無く無難に書けるはずだ。
二つ目は、体育祭のための売店運営の話だ。
これも体育祭運営の話だから、普段は各校の食堂で提供される味とか、委託とか学校ごとの味の違いの話で作文にできるはず。
三つめは、体育祭のための警備の話だ。
売店と同様で体育祭の運営に関わる話だから、警備のお兄さんから聞き出した内容とか連行の話とかで作文を書けるだろう。
四つ目は、ブライアーズ学園の部活が実社会で活かせそうだという話だ。
一見、体育祭とは関係なさそうな話題だ。
だが、プレートボール男子の対戦相手が今回勝ったことで、書き出しを学園の部活に興味が出たというものにする。
たまたま一緒にお昼を食べた実姉から学園の話を聞き、その内容をまとめたということにすればディナ先生も無碍にはできまい。
体育祭のお昼に、姉とはいえ他校の生徒と交流したのだから、これはもうセーフだろう。
あたしがニヒルな笑みを浮かべていると、トイレにでも行こうとしたのか、たまたま席を立ったカリオと目が合った。
カリオは一瞬ビクッとして、見てはいけないものを見てしまったかのような表情を浮かべながらどこかに歩いて行った。
ともあれ、ネタ集めも後一つで五本となり五日分になる。
そうなればあたしは後顧の憂い無く、晴れて昼寝に集中できるのだ。
ラクに勝るものなし。
ここは勝負所だろうと思いながら、女子代表のプレートボールの試合を眺めた。
試合そのものは二回表になっていたが、やはりあたしは興味が無かった。
ただ興味の有無でいえば、個人的に気になっていることはある。
この会場を整備したという、建築や土木関連の魔法が使える人たちの話だ。
「誰に訊けばいいんだろう。やっぱりディナ先生にまずは訊こうかな……」
「どうしたんですかウィン?」
たまたまあたしの呟きが聞こえたのか、ジューンが声を掛けてきた。
「ちょっと気になったことがあったんだけど、誰に訊いたらいいのか考えていたの」
「気になったこと、ですか?」
「うん。作文のネタを考えてたんだけど、この試合会場って魔法で造られたものって話でしょ? 実際に造った人とかに訊けたらなって思ったのよ」
「それは面白そうです。ウィンが行くなら、私も付いて行っていいですか?」
「別にいいわよ」
そうしてジューンと相談し、まずはディナ先生に訊いてみることにした。
席を離れるときキャリルに簡単に話をしたら、彼女は競技の中での男女の動作の違いをテーマに作文にするとか言って張り切っていた。
ちなみにサラは応援に一生懸命だった。
観客席に居たディナ先生に話を聞くと、建築土木関連の魔法の専門家は管理棟に居るだろうとのことだった。
先生と話をしたとき、念のため今集めているネタで大丈夫か探りを入れてみたが大丈夫とのことだった。
先生曰く、今回の作文は自分の中での課題設定をするトレーニングだから、多少なりとも体育祭に絡んでいれば内容は自由でいいのだと言っていた。
よし、これであたしの平和なお昼寝タイムは近づいたぞ。
そう思いながらあたしとジューンはブライアーズ学園の管理棟に移動した。
緑の多い学園構内を移動し、案内板を頼りにあたしたちは管理棟に辿り着く。
事務室らしき部屋に入ると、カウンターがあるので呼び鈴を鳴らすと事務員らしき女性が応対してくれた。
あたしが体育祭の会場設営の話を聞きたい事を伝えると、奥から二人ほど男性を連れてきてくれた。
一人は年配の男性で、もう一人は青年だ。
男性たちは作業着みたいなものを着込んでいる。
「お嬢ちゃんたちが試合会場の設営について訊きたいって生徒さんたちか」
「お仕事中済みません。学校から作文の課題が出てるんですが、試合にあまり興味が持てなくて、体育祭の運営の話を伺おうと思ったんです」
年配の男性が告げたので、あたしが用件を伝えた。
あたしの言葉に職人っぽい雰囲気の男性たちは笑顔を見せる。
「運営ねえ。儂らの仕事は試合そのものには関係無いけど、準備と片付けが主なものだね」
「でも大将、たまに手を入れるよう頼まれることもあるじゃないですか」
「まあ、生徒数の連絡の不備で観客席が足りなくて増設、とかも無いわけじゃねえけどな」
話を聞く限り、まさに縁の下の力持ちと言う感じである。
「でも試合会場とか、魔法で造ってるんですよね? 魔力量的に人間がどうこう出来るものなんですか?」
ジューンがそんなことを訊くが、あたしも気になっていた話題だ。
「そうだな、街の住居なんかを手掛けるなら個人の魔力量で何とかなるんだが、試合会場の規模になるとムリだわな」
「でも現に俺たちは造成してるけど、魔力に関しては選択肢が二つほどあるんだ。何だと思う?」
年配の男性と青年が順に告げた。
魔力の供給元の選択肢が二つある、か。
「一つは魔石ですか? おカネは掛かりますけど、建築に限らず彫金の工房とか職人さんたちが普通に使いますよね」
「うん、一つ正解だ。カネがかかると言っても扱うものは土や砂なんかの建材だから、基本的な魔法で済むし普通ならそこまで問題にはならない」
ジューンの応えに青年が応じた。
「もう一つが何だか分かるか?」
「……もしかして、環境魔力ですか? 周りに溢れてるような魔力を使えるなら、魔力切れとかは考えなくていいし」
年配の男性に問われてあたしが応えると、男性たちは「ご名答」と応えた。
「環境魔力を扱える職人がいれば、大規模工事が始められるのさ。ただ、ここで問題がある。そういう職人は数が居ねえのさ。でけえ現場になると、全部を一人で見られない」
「そこで編み出されたのが、“魔力譲渡”だ。環境魔力を扱える人間が、魔力を職人たちに分配する施工方法だよ」
年配の男性と青年が順に教えてくれるが、その応えにジューンが首を傾げる。
「魔力譲渡って、それこそ難易度が高いんじゃないのでしょうか。魔力の波長って個人ごとに違うから、そこを補正できる人は王国でも本当に一握りだと思いますし」
「いい答えだ嬢ちゃん。その通りだが、そこをなんとかしちまったのが現場の知恵さ」
「現場の知恵ですか?」
「ああ」
ジューンと年配の男性は何やら核心に迫るような話を始める。
「あまり学生は馴染みが無いかも知れねえけど、魔石から魔力を吸い上げるタイミングで別の奴が魔力を込めると、魔石には魔力が充填されるんだ」
「え? そんなことが出来るんですか」
「出来る。理論魔法学の先生が取り上げて小難しい論文にしちまってるけど、魔石から魔力を吸い上げるタイミングでは魔石の中は魔力を掴む力が完全には死んでねえんだ。これを利用する」
「この技術は魔道具開発でも注目され始めているはずだよ」
ジューンと年配の男性のやり取りに何気なく青年が一言添えるが、それでジューンの目の色が変わった。
「そのお話、詳しく聞かせてください!!」
そこからは延々と魔法工学の話が事務室のカウンター越しに展開された。
最初に応対してくれたお姉さんが、気を利かせてお茶を人数分出してくれた。
ある程度話したところでジューンは満足したので、あたしたちは礼を伝えて管理棟を後にした。
「あの大将とか呼ばれてた年配のオジちゃんがブライアーズ学園の建築土木の先生で、若いお兄さんが学院の研究員とはね」
「四校総出で運営っていう話でしたが、普段からこれくらい気軽に質問に行けたらいいのにって思いましたよ」
あたしの言葉にジューンがホクホク顔で応えていた。
あたしとジューンが試合会場に向かって歩いていると、妙な気配を感じた。
殺意とか敵意では無いけれど、なにか不穏なことをしている感じがする。
足を止めてそちらに視線を送ると、講義棟の陰で生徒だろうか同年代位の男女が集まって何やら話し込んでいた。
「どうしたんですか?」
「んー、何も無いかも知れないけど、ちょっと気になる連中が目についたの」
ジューンがあたしの視線の先を追い、口を開く。
「あの人たちですか?」
「そうね。何となくだけど、隠れてコソコソ何かをしてそうな気がするの。――ジューン、悪いけど先に行ってて。あたし予備風紀委員としてパトロールしてくるから」
「分かりました。……無茶しちゃダメですよ」
そう言ってあたしはジューンを見送った後、内在魔力を循環させて気配を消し少年たちに近づいた。
まずは会話の内容を拾うことにする。
「つまりこういう事ね、必ず儲かるわけでも無いけど出したお金に対して当たったときのリターンが大きいと」
「話が早くて助かるわ。しかも今回のはチケット制にしたから、仮に私たちが捕まったとしてもあなた達につながる証拠は残らないの。どう?」
「倍率が高いほど当たらないリスクが高くて旨みが大きい。倍率が低いほど当たりやすくて増やせる可能性があると」
「そういうことー。高倍率を少し買って、低倍率を分散して買うのもお勧めよ――」
どうやら体育祭の競技の結果で賭けを行っているようだ。
話しているのは少女二人で、客と売人らしい。
客の少女の隣には少年が一人いて、売人の少女の脇には少年が二人いる。
客の方は学院の制服を着ているけど、どの学年の生徒なんだろう。
売人は全員私服姿だから、恐らくブライアーズ学園の生徒だろうと思う。
ともあれ、追うとしたら売人だろうけど。
観察を続けていたら売買が成立したのか、客の少女とその脇に居た少年がチケットを購入していた。
「まいどありー」
売人の少女はそう言って手を振り、客の少女と少年を見送った。
「それでどうするんだ? いまので今日のノルマは達成できたと思うけど」
「いちど戻って代金を預けておこうぜ」
「……そうね。もう少し売っちゃいたい所だけど、午後の第二試合は生徒の移動でごちゃごちゃするのよね」
売人の少女たちはそんなことを話していたが、やがてその場から移動を始めた。
あたしは気配を消したまま追跡を始めた。
サライメージ画(aipictors使用)
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