06.迷惑を軽く考えて大ごとに
闇属性魔力の気配を追って進むと、あっさりと魔道具らしきものを手にしている少年にたどり着いた。
背格好はコウと同じくらいだが、地味な印象を受ける少年だ。
華美でもみすぼらしくもない、どこにでも居そうな普段着を身に纏っている。
あたしとコウが少年から距離を取って観察していると、彼は魔道具にあるダイヤルをいじった後にそれを構え、ボタンを押した。
ほぼ同時に先ほど喧嘩腰だった酒屋と商人が笑い転げ、とうとう路上に倒れてのたうち回り始めた。
その様子に満足したのか、少年はニヤリと笑ってから【収納】で魔道具を仕舞った。
彼がボタンを押した瞬間に闇属性魔力の流れを感知できたので、あれが『笑い杖』でほぼ確定だとあたしは判断した。
「やれやれ、見つけたわよ。生徒だと思うけど、正体を調べたいわね……」
思わずあたしはそう呟いた。
その後あたしとコウは少年を尾行した。
どうやら散策というかウィンドウショッピングに来ていたらしく、雑貨屋や書店を数軒梯子してから王都内の乗合い馬車に乗った。
その間、彼が『笑い杖』を使うことは無かった。
身体強化したあたし達はそのまま走って馬車ごと少年を追いかけるが、結局彼はルークスケイル記念学院の停留所で乗合い馬車を降りた。
そのまま少年の尾行を続けると、後ろからコウが近づいてきてあたしの肩に手を置いた。
コウの方を見ると、少年を指さした後に自分を指さした。
恐らく寮での調査をしてくれるつもりなのだろう。
コウとは【風のやまびこ】で話せるから、後で確認すればいいか。
あたしはコウに頷いてから、一歩引いてコウの後ろに付く。
結局その後、少年とコウは順に男子寮に入って行った。
それを見届けてから、あたしは寮の自室に向かった。
自室で武装を外して上着を脱ぎ、上着については【洗浄】で綺麗にしてから全て【収納】で仕舞った。
その後、まずキャリルに【風のやまびこ】で連絡を入れた。
「キャリル、ちょっといいかしら」
「ウィン、首尾はどうですの?」
「まず、風紀委員会で話が出ていた魔道具が使われたのは、ほぼ確定したわ。使用者を尾行して学院の男子寮に入るところまでは確認済み。そのままコウに追跡を任せた状況よ」
「分かりましたわ。何かあるようなら連絡なさい」
「ええ」
そう言ってキャリルとの通信を終えた。
それと入れ替わるようにコウから連絡が入った。
「ウィン、今いいかい?」
「大丈夫よ」
「追いかけていた男子生徒だけど、部屋番号は確定したと思うよ。生徒が入った部屋のドアをしばらく見張っていたけれど動きが無かった」
「そう。寮に帰って早々、友達の部屋に寄ることも可能性としてはあるかも知れないけど、仮に本人じゃなくても何か分かるでしょう」
「ボクもそう思うよ」
「コウは今自分の部屋かしら?」
「そうだよ」
「ならもうひと手間悪いけれど、対象の生徒を追跡したことを、経緯を含めてエルヴィス先輩かカール先輩に伝えてもらえるかしら。あたしはこの通信を終え次第、ニッキー先輩に連絡を入れるわ」
「そのくらいお安い御用さ」
「ニッキー先輩には、エルヴィス先輩とカール先輩の順で連絡するように伝えるから。頼んだわよ」
そしてあたしはコウに言った通り、ニッキーに魔法で連絡を入れた。
「ニッキー先輩、いまちょっといいですか?」
「ウィンちゃん? ええと、――いいわよ。どうしたの?」
「休みの日に済みません。昨日委員会で話が出た『笑い杖』ですけど、それらしき魔道具を使った生徒を偶然市場で見つけました」
「なんですって?!」
あたしは商業地区をクラスメイトと散策していたら、言い合いをしている男たちが不自然に大笑いし始めたところから話を始めた。
気配を消して周辺を捜索したら学院の生徒らしき少年を見かけたので監視を始め、『笑い杖』らしき魔道具が使われたことを説明した。
そして少年を尾行し、学院の男子寮に入って行ったところで同行していたクラスメイト男子に尾行を任せ少年の部屋を確定した。
いまクラスメイト男子がエルヴィスかカールに連絡をするよう頼んだので、ニッキーはエルヴィスとカールに順に連絡をして欲しいと伝えた。
「――という状況です。」
「分かったわ。さっそくエルヴィスとカールに連絡を入れておきます。……その後はたぶんリー先生に連絡を入れるから、リー先生は男性教師に指示して対象の生徒から事情を訊くことになると思うわ」
「分かりました」
ここまで段取りが整えば、あとは『笑い杖』の所在不明に関して何らかの情報が得られるんじゃないかと思う。
「ところでウィンちゃん、今日デートしてたクラスメイト男子ってボーイフレンドなの?」
「……いや、違いますけど。前に委員会室に顔を出したコウですよ」
「ああ彼か。ウィンちゃんはああいう子が趣味なのね?」
「ニッキー先輩、エリー先輩になにか感染されたんですか? ……コウとキャリルともう一人男子生徒で王都南ダンジョンに挑んでるだけですよ。その戦友というか」
いまのところそういう雰囲気とか空気は互いに無いんだよな、コウとは。
気楽に過ごせるから助かってるけど。
「そう? まあいいわ。――さて、『笑い杖』関連の話は任されたわ。しっかり手をうちます」
「お願いします」
その後夕食前にキャリルがあたしの部屋に顔を出したので、現状を伝えた。
「何か進展があるといいですわね。レノとも話していたのですけれど、使い方によっては敵に隙を作る武器として使えそうです。やはり『笑い杖』は野放しに出来るものとは思えませんもの」
「そうなんだよね。戦闘の面では相手を無力化できそうなんだよな。――でも、衛兵辺りがゴロツキを制圧するのには便利そうよね」
あたしの言葉にキャリルが少し考えてから頷いた。
「それは面白い使い方だと思いますわ。レノ経由で王都の警備担当に話を持って行っても良いかも知れません」
二人でそんなことを話した。
その日の夕食後、自室で日課のトレーニングを行っていたらニッキーから【風のやまびこ】で通信が入った。
「ウィンちゃん、キャリルちゃん、今いいかしら」
「「大丈夫です」わ」
今回はあたしとキャリルとニッキーの三人での通信のようだ。
「『笑い杖』の件だけど、動きがあったわ。所在不明となっていた三個のうち、一個が回収されました。ウィンちゃんたちが尾行した生徒が盗んだようね」
「一個が回収ということは、残りの二個は所在不明のままということですの?」
「どうやら盗んだ生徒が持っていたらしいけど、一個を残して他は市場の魔道具屋に中古品として売ってしまったらしいわ」
「あー、金銭目的の窃盗というオチですか」
「そのようね。盗んだ生徒は、同級生の魔道具研に所属する生徒からクルトの魔道具の話を聞いて犯行に及んだらしいわ」
学院の生徒にしてはお粗末な犯行だな。
「そんなのすぐバレると思わなかったんですかね?」
「思わなかったんじゃないかしら。実際、今回ウィンちゃんたちが見つけたのもほとんど偶然でしょう?」
「そうかも知れませんわね。でも、モノがモノだけにどこかで露見して、出どころである学院までたどり着いた可能性は十分あったと思いますわ」
「それに関しては同意します。――いずれにせよ、ここから先は学院が国なり冒険者ギルドなりに打診して回収を頼む形になると思うわ」
「「わかりました」の」
「それにしても、今回は一個でも見つかったのが早かったから良かったですけど、今後も同じようなことが起きたら風紀委員会としては堪らないですよね?」
「ホントよね。……その辺はリー先生が何かしら手を打つと思うわ」
だといいのだが。
何となく漠然と、売り払われた魔道具が更なる厄介ごとを起こすような予感があたしの中に微妙に残っていた。
「そういえば、窃盗を働いた生徒ですがどういう処分になるんですの?」
「学院の備品なんかを盗んだ場合は王国の資産に手を付けた扱いになるから、内容によっては窃盗犯として王都の衛兵に突き出されるわね」
なるほど、結構大ごとになる可能性もあるのか。
「でも今回は研究成果の類いだし、職員会議で協議して処分が決まるんじゃないかしら。多分、半年間の自宅謹慎とかになって自動的に留年とかかな。その後心を入れ替えて学業に専念するなら卒業できるでしょう」
でも留年の時点で心が折れたら、そのまま自主退学辺りになるのかも知れない。
「色んな生徒が居るんですのね」
「ホントにね。そこまで悪質な子は居ないけれど、他人の迷惑を軽く考えて大ごとになることは、毎年なにかしらあるかなぁ」
「そうそうニッキー先輩、今回協力してくれたコウとレノに部外秘と断ったうえで経緯を話していいですか? 中途半端に協力してもらってそのままというのも申し訳が立たないので」
「そうね……、分かったわ。コウくんは分かるけど、レノくんはクラスメイトの子かしら?」
「そうです、レノ・ウォードくんです」
「ああ、あのレノくんね。承知したわ。私の責任において部外秘ということで事の顛末を説明してあげて」
「はい」
そんなことを話してあたし達は通信を終えた。
レノックス様とコウにはその後、【風のやまびこ】を使って経緯を説明しておいた。
キャリルも交えて四人で話したのだが、金銭目的の窃盗だったということに二人とも呆れていた。
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