03.魔力には魔力
ウィンたちが屋外訓練場を去るのを見ながら、複数の生徒たちが何やら考え込んでいた。
そのうちの一人が友人と話し始める。
「あのウィンていう子だけど、予備風紀委員なんだろ?」
「そうだな、本人が言ってたらしいし」
「ってことは、『学院裏闘技場』にも風紀委員として出てくるよな……。参ったな、初等部一年であそこまで腕が立つか」
「例年だと来月だよな? 俺は勝ち筋が思いつかないから今回は観戦にするよ、たぶん」
「隠形を使いこなすタイプの風紀委員は今まで居なかったよな?」
「いや、卒業した先輩から聞いたことはあるけど、過去には居たらしい」
「それってどう攻略したんだ?」
「即席のチームだと厳しいみたいだぞ。最低でも範囲か無詠唱が使える実戦レベルの魔法の使い手が要るし、ほかの風紀委員にも対処が必要だし。同じような隠形が使える奴に索敵と時間稼ぎを任せるのが無難だろう」
「あのレベルの隠形の使い手か……、今年は出て来るかなぁ?」
そんなことを話しながら、その生徒たちは席を立った。
たまたま近くに座っていたマクスは、彼らの話が聴こえたようだ。
「隠形ねぇ……。要は感知とか検出力の問題なんだぜ。速度は問題ねえとして、知覚情報とそれを捌く脳の方の問題だよな」
そう呟いてからマクスも立ち上がる。
「まあまだ時間はあるぜ。優勝なんぞには興味はねえが……。ククククク……色々準備するのは楽しそうだぜ」
そう言いながら不気味な笑顔を浮かべて、彼もまた訓練場から去ろうとした。
「何だよ、注意されたそばからゴミとかちらかしてくんじゃねえよ。馬鹿どもが……、うちのジジイどもを思い出すじゃねえか、クソが」
そう毒づきながらマクスは観覧席のゴミを拾い始めた。
寮での夕食の後、あたしは日課の前に【状態】を使ってみた。
だが今回は特に変化が見られなかった。
少々がっかりしながら“役割”欄の『気法師』に意識を集中させるが、それで得られる情報は特に変わっていない。
ただ、その意識の集中によって、あたしは環境魔力の制御をもっと練習した方がいいのではという予感を脈絡なく感じていた。
もしかしたら、スキルなり“役割”の変化などに必要な条件が何かあるのかも知れない。
そこまで考えてからあたしは宿題と、日課のトレーニングを片付けた。
一夜明けた朝、教室に向かうとクラスメイトの主に女子から声を掛けられた。
みんなサラの件での模擬戦の結果に満足してくれたようだった。
ふと視線を感じたのでそちらに顔を向けるとマクスと目が合った。
マクスは何を告げるでもなく、あたしと目が合うとサムズアップしてみせた。
それに対してあたしは軽く手を挙げて応えておいた。
放課後になり、あたしとキャリルはサラを狩猟部の部室に送った後、武術研究会に顔を出した。
【回復】の練習が途中になっていたからだ。
すると武術研の部室には、いつもよりやや多めに先輩たちがいた。
「おお来たか! ウィン、昨日は見事だった!」
部長がそう言ってあたしに声を掛けてきた。
「部長! 皆さん! 模擬戦の運営ありがとうございました! お陰さまで無事に勝つことが出来ました」
あたしがそう言って頭を下げると、その場にいた部員たちは口々に『よくやった』などと言いながら拍手してくれた。
「そこまで褒められる内容でしたかね? 個人的には早い段階で武器を壊されてしまったんで、そこは反省点なんですけど」
「ああ、貸していた武器か。弁償はしなくていいからな。学院内で教師が見ている状況で行われた模擬戦の中で壊れたんだ、武術研の予算で新しいものを買う」
そう言ってから部長は豪快に笑った。
「それは有難いです」
「ウィンは自らの武器である速度と気配遮断を活かす形であの結果だったのだし、そこまで悲観する内容でも無かったと思うぞ」
その場にいたライナスが告げた。
「そうですねぇ……。対戦したクルトさんですけど、無詠唱が使える上に魔力を纏わせた飛び道具を感知してたみたいなんですよね。多分高速移動も気配遮断もが使えなかったら、無詠唱の【水壁】で捕まって、訓練場の土の上で溺れてた気がします」
あたしの実感を言葉にしてみた。
それに対して部長が口を挟む。
「まあ、魔力には魔力で対抗するのが基本だけどな。上級魔法の壁シリーズ――【火焔壁】、【石壁】、【水壁】、【風壁】に関しては、気合というか属性魔力制御で身体や武器に魔力を集中させれば案外何とかなるぞ」
「いやっ?! …………それって脳筋ではっ?! それに火の壁とか熱でヤバいでしょうし」
部長の言葉にあたしは一瞬言葉を失うが、なんとか返事をした。
火焔壁は燃やす奴で、石壁は岩塊で、水壁は超水圧で、風壁は風の刃の連なりだったはずだ。
気合いがあれば何でもできる、という訳では無いだろうし。
「いや真面目に、ああいう封鎖系の魔法について、発動が完成する瞬間に合わせて魔力を使って壊す技がある。ウィンはすぐ覚えるだろうから、今度時間があるとき教えてやる」
部長の言葉をフォローするように、横からライナスが告げた。
「そうですか……。お願いします」
「そのときはわたくしもお願いしますわ!」
『俺たちもお願いします!』
キャリルやその場にいた下級生たちがライナスに頼み込んでいた。
魔力には魔力、か。
技を使ったうえでの話なら、今後の参考になる技術かも知れないな。
その後改めて武術研のみんなから、『魔法使いに勝ってくれて嬉しかった』とかいう趣旨のことを言われた。
話が途切れたところであたしとキャリルは【回復】の練習に移り、先輩たちは部活用の屋内訓練場に移動していった。
そして魔法の練習を集中して繰り返した結果、あたしとキャリルはその日の帰るころになって何とか【回復】を満足に発動させることに成功した。
「やったー……覚えたぞー……!」
あたしよりも少し先に成功させていたキャリルは、何も言わずに拍手してくれた。
けれどあたし同様、彼女の目には疲労の色が出ている。
「く、くたびれたよ……。魔力は……、まだ余裕があると思うけど……、気力的にもうムリ……」
「そうですわね……。そろそろ帰りましょうか」
そう言ってあたしとキャリルは互いに疲れた表情で笑い合った。
翌日の昼休みに昼食を取った後に、あたしとキャリルはレノックス様とコウを交えてダンジョン再挑戦の話をしていた。
今日の相談場所は魔法の実習室だ。
実習室がある講義棟の近くにあるベンチに集合したのだけれど、外から見て誰も居なかった。
それで打合せに使えるかと思って移動したのだ。
もちろん念のため魔法で周囲を防音にしてある。
「先週の中ごろには転移の魔道具に魔力を登録できたのに、結局今週は再挑戦に行けなかったわね」
「仕方ないさウィン。サラのことがあったし、そちらの方が優先だよ」
「オレもそう思う。まあ、王都南ダンジョンは逃げんしな」
「それで、今日で週末になってしまいましたけれど、明日の闇曜日の休みにでもダンジョンには行きますの?」
「前にも言ったけれど、あたし休みの日には出来るだけ休みたいわ」
あたしはそう言ってみんなを見回した。
「オレもそれでいいと思う。だが一ついいだろうか?」
「どうしたの、レノ?」
「前回ダンジョンに行って些少でも魔石でカネを稼ぐことができた。加えて確か屋台巡りに行く約束をしてそのままになっていた気がするのだが」
「そうですわね。皆さんが良ければ明日の昼は屋台に参りますか?」
「ボクは構わないよ」
「そうね。あたしもそういうことなら大丈夫よ」
「よし、決まりだな。……まあ、その合間にでも市場で、ダンジョンで使えそうな道具などを探してみても構わんだろう」
「そうですわね」
そういう感じであたし達の明日の予定が決まった。
「じゃあ、明日はそれでいいとして、再挑戦はいつにする?」
「そうだな、何もなければ週明けの地曜日の放課後に一度行ってみないか?」
レノックス様はそう告げてあたしたちを見渡す。
休みの日で無ければあたしは基本的にはいつでもオーケーである。
「あたしは行けるわ」
「ボクもだね」
「わたくしも問題ありませんわ」
「なら決まりだ。仮の予定だが、当日の昼休み時点までに何も無いようなら週明けの地曜日にダンジョンに挑んでみよう」
レノックス様の言葉にあたし達は頷いた。
その後レノックス様とコウに、あたしとキャリルが【回復】を覚えたことを伝えると感心された。
放課後になってから、あたしとキャリルは風紀委員会室に向かった。
集まった先輩たちからは、先日の模擬戦の勝利を褒められた。
「来月の『学院裏闘技場』が楽しみになってきたにゃ!」
エリーが嬉々としてそう告げてから、微妙にみんなのテンションが下がったけど。
たぶん思い出したくない予定を思い出したからだろう。
「魔法使いというか、メインで魔法を使う者としてはクルト先輩の戦い方は面白かったね」
そう言ってジェイクが微笑んだ。
「クルト先輩は何らかの探知と無詠唱を組合わせて対応していましたね」
あたしの知識では探知の方法までは絞り切れなかったのだ。
「何らかのという程でも無いかな。良く練習された【魔力検知】だと思うよ」
「え、あれって【魔力検知】と組合わせてたんですか?」
「そうね。魔法科で高等部になったら必修でやる魔法理論の内容で、魔力検知なんかを含む“創造魔法”の話が出てくると思うわ」
あたしとジェイクの話に、ニッキーが横から補足した。
「創造魔法、ですか」
「ええ。自分のステータスを確認したとき、覚えてる魔法がそっちに入ってる人も居ると思うけどアレよ」
「そういえばありましたね。……創造魔法って何なんですか?」
「あら、ウィンちゃんなら知ってるかと思ってたけど意外ね。一言で言えば、地水火風の四大属性魔力のうち、三属性を組合わせた状態で安定した効果が認められている魔法よ」
「え、そんなすごい魔法だったんですか?」
「そうよ。ちなみに、四大属性を全て組合わせる魔法は見つかっていないわ」
「そうなんですね……」
あたし達がそんなことを話していると、リー先生が委員会室に入ってきた。
そして先生はマーゴット先生と、あたしが先日戦ったクルトを伴っていた。
エリーイメージ画(aipictors使用)
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