表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
132/844

02.得物の制限がある状態


 翌日の放課後になったが、あたしは実習班のいつものメンバーと共に部活用の屋外訓練場に向かった。


 一昨日の模擬戦の時と同じように、野次馬らしき生徒が集まって騒がしくなっている。


「ねえキャリル、あいつら全員斬り飛ばしたくなってきたんだけど」


「奇遇ですのね。わたくしもブッ潰したくなってきましたわ」


「まあまあ、ウィンもキャリルも落ち着いてください」


「何かゴメンなウィンちゃん、キャリルちゃん」


「「「サラは悪くない」んですの」」


 そんなやり取りをしながらあたし達が観覧席に向かうと、一番前にカリオ達が座っていた。


「来たか。俺はいつでも出れるぞ」


「何ならオレやコウやパトリックが出ても構わん」


 カリオやレノックス様が声を掛けてきた。


「今日は一対一なのは決まってるわ。最初の予定通り、あたしとキャリルとカリオで名乗り出るから」


 そう応えると、レノックス様とコウとパトリックは頷いた。


 やがて先日と同様ローリーと武術研の先輩たち数名、そして学院の教師たちが三名現れた。


 ローリーの案内でサラに伴い、あたしとキャリルとカリオが前に出た。


「それでは魔法科初等部女子への告白に関して、再挑戦の権利を得るための模擬戦を行います。まず、実施に異議のある人は、いま出てきてください」


 拡声の魔法で彼の声が響くと、その場は静かになった。


「うん、異議が無いと判断します。今日の模擬戦は一対一で行うけれど、複数の生徒がこの場に出てきています。まず、告白を行いたい生徒の代理人は手を挙げてください」


 その言葉に一人の男子生徒が手を挙げた。


 中肉中背で濃い色のローブを羽織り、手には長めの杖を握っている。


 種族はヒューマンだが、彼がマクスの先輩なのだろうか。


 恰好からすると魔法使いみたいだ。


「はい、一名ですね。参加を承認します。――続いて告白を一度断っている生徒の代理人は手を挙げてください」


 あたし達は手を挙げる。


「代理人が三名出てきたので、くじ引きで一名に決めます。こちらのくじを引いてください」


 そう言ってローリーは紙撚(こよ)りをあたし達に差し出した。


 あたしとキャリルとカリオは順にそれを引き、ねじられた紙を開いた。


 すると、あたしが引いたくじに『参加者』と薄い字で書かれていた。


「参加者と書かれています」


「了解した。それでは君を代理人と承認する。実際に戦う生徒を残して、他の生徒はこの場から下がってください」


「ウィン、油断するなよ」


 カリオがそう言って歩いて行く。


「頼みましたわ」


 キャリルが去り際にそう言って右拳を出すので、あたしも右拳を出してグータッチする。


「ウィンちゃん、ありがとう。無理せんでええから」


 サラはあたしの右手を両手で取ってそう告げた。


「大丈夫よ。何とかなるわ」


 そう言ってあたしは微笑んでサラを見送った。


「それで模擬戦を行う前に、互いに簡単に自己紹介をして下さい」


 ローリーに促され、相手の男子生徒が口を開いた。


「私はルーカ・ファブリスの代理人で、魔法科高等部二年のクルト・リヒターだ」


 対戦する男子生徒からは、その声色も相まって知性的な印象を受けた。


「あたしはサラ・フォンターナの代理人のウィン・ヒースアイルです。魔法科初等部一年です」


 その後あたしたちは武器を確認され、即死攻撃の禁止などの取り決めを伝達された。


 あたしが使用する武器については、事前に武術研の先輩に相談して刃引きした練習用の短剣二本を借りてきていた。


 確認の間にあたしはステータスの“役割”を『気法師』に変えておいた。


 魔法の打ち合いでは、魔法メインの相手には分が悪い筈だ。


 あたしはそもそもの戦い方が月転流(ムーンフェイズ)だ。


 だから場合によっては魔法を斬れるという始原魔力頼みになるかも知れないと思い、『気法師』にしてみた。


 これまで武術の使い手とは立ち会ったことはあるけど、学院で学んでいるような力量の魔法の使い手は初めてだ。


 この選択はどんな結果を生むのだろうか。


 その後あたしたちはローリーに促され、訓練場に地球換算で百メートルほど離れて立った。


 魔法使い相手に距離があるというのは、向こうが有利な気はしたけど仕方ないか。


「それでは位置に着いたので、僕の号令で始めてもらいます。……用意!」


 ローリーの言葉であたしは内在魔力を循環させ、身体強化や反射増強、思考加速などを発動する。


「……始め!」


 開始の合図を脳が認識するのと同時に、あたしは『無我』と『隠形』のスキルを発動させて移動を開始した。




 ウィンは気配を消した状態でクルトの下に高速移動する。


 瞬く間に彼女は二十ミータほどの距離に近づくと、初撃は様子見を意図して両手の短剣を回転させながら投げつけた。


 月転流の奥義・月転陣(げってんじん)を投擲技として使う。


 投げつけられた武器は回転しながらクルトに迫ったが、彼に五ミータほどの距離までのところで突如出現した水の塊に包まれる。


 水属性の上級魔法である【水壁(アクアウォール)】だ。


 ウィンは以前サラが使ったところを見ており、水の粘度や圧縮率を自在に変えられることを思いだした。


 水の塊は粘度を増したのか短剣の回転を止め、その後短剣を押しつぶしてただの鉄の棒にしてしまった。


 そして直ぐに魔法を切ったのか、水の塊は虚空に消えた。


 ウィンは移動しながら呟く。


「あー、武器が無くなったか。突っ込まなくて良かったわよ」


 これでウィンは武器を失って素手になってしまったが、慌てることもなく距離を取りつつ足を止めずに移動する。


 移動しながらウィンは考える。


 無詠唱で【水壁(アクアウォール)】が発動したのはクルトの技量だろう。


 問題は、どうやって彼がウィンからの攻撃を感知したのか。


 気配は消しているし、それが察知されているなら魔法による遠距離攻撃があってもおかしくはない。


 でもそれは今のところ無い。


 だから自身が知らない探知方法によって、物理または魔法の探知と無詠唱を組合わせたとウィンは判断した。


 まずは物理と魔法のどちらを探知するのかを確かめるために、彼女は移動しながら石ころを幾つか拾う。


「こちとら田舎育ちで、石ころなんかを投げるのは得意なのよ」


 そう呟きつつウィンは魔力を込めたり込めない状態で、移動しながらクルトへと石ころを投擲した。


 その結果分かったが、魔力を込めた石ころは認識され魔法で反応された。


 魔力が込められなかった石はクルトに命中したものの、ダメージは無詠唱の【治癒(キュア)】で直ぐに回復していた。


 石ころについて最初は【水壁(アクアウォール)】で防いでいたのだが、クルトは途中から【水の盾(アクアシールド)】をキューブ状に範囲展開して防ぐことに切り替えた。


 このことでウィンは、クルトが魔力を節約していると判断する。


 以前サラが【水壁(アクアウォール)】を使ったときは、魔力の使い過ぎで疲労の色を濃くしていた。


 恐らくクルトはマクスに依頼した留学生であろうから、国籍の制限によって広域魔法は学院で学んでいないだろう。


 それはつまり、環境魔力で自身の魔力を補充できないということだ。


 実戦ならここまで情報が集まれば手が打てるが、今回は模擬戦だ。


「要するに、魔力が察知されなければいいのよね」


 そう呟いたウィンは賭けに出ることにした。


 そもそも月転流の気配遮断は、内在魔力の循環によって身体の外に漏れる魔力を内側に引っ込めるのが基本中の基本だ。


 クルトが使える探知技術が勝つか、ウィンが練習してきた月転流の気配遮断が勝つか。


 そこまで考えてからウィンはいつもより気配遮断に深く丁寧に意識を集中させた後、ゆっくりと歩いてクルトに近づいた。


 そして手の届く距離にたどり着くと、魔力を込めない四撃一打をクルトの鳩尾に叩き込み、意識を刈り取った。


 クルトが倒れると同時に、模擬戦の終了がローリーによって告げられた。




 あたしが観覧席に戻ると、みんなは声を掛けてくれた。


「ウィンちゃんありがとう! どうなるかと思っとったけど、見事な勝利やったわ!」


「さすがわたくしのマブダチですわ! 開始直後から見事な隠形でした。また腕を上げたんでは無くて?」


 サラとキャリルが嬉しそうに告げた。


「何とかなったわ。魔法の使い手を相手に得物の制限がある状態だと面倒だったけどね」


 ジューンはそんなやり取りを見ながら、ホッとした表情を浮かべていた。


 キャリルの『腕を上げたのでは』という言葉に、あたしは後でステータスを確認してみようと思った。


「気配遮断も詰めていくとあそこまで出来るものなんだな。俺も練習するぞ!」


「派手な戦いになるかとも思ったが、結果だけ見れば意外と地味なものになったな」


 カリオとレノックス様は、何やら自分たちで納得しながらそんなことを言っていた。


「魔法の使い手相手だと、意外と苦戦しそうだね。ダンジョンなんかに潜ったときは魔獣の探知能力とかには考えるところがあるのかも知れないね」


「あれで苦戦だって? コウはなかなか厳しいことを言うな。今回はウィンの圧勝だったんじゃないのか?」


 パトリックはコウの言葉に異を唱えるけど、あたし的にはコウの言葉が納得できてしまった。


「今回は早々に用意した武器を無力化されたから、それなりに面倒だったわね。ダンジョンに行く時は、予備の武装や遠距離武器の準備を忘れないようにしなきゃダメね」


 あたしはコウとパトリックにそう告げた。


 その後、ローリーがその場を取り仕切った。


「はい、それでは今回の模擬戦は終了とします。特に新入生はよく考えて欲しいけれど、生徒同士の揉め事は双方にとってムダな時間になりかねないです。話合いで済まないことを始めたり、相手のことを配慮しないアプローチをする前に、周りの人や生徒会などに相談してください」


 拡声の魔法を使って彼はそう告げた。


「それでは観覧席は明日以降に建築研究会に片付けてもらうので、ゴミなどを残さないようにしてから解散してください」


 ローリーがさらにそう告げると、その場の生徒たちは拍手したり持ち込んだ楽器などを鳴らしたりして騒がしくしていた。


 今回は勝ったからいいけど、目の前のお祭り騒ぎに納得できないものを感じつつ、あたしはみんなと屋外訓練場を後にした。



挿絵(By みてみん)

パトリックイメージ画(aipictors使用)




お読みいただきありがとうございます。




おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、


下の評価をおねがいいたします。




読者の皆様の応援が、筆者の力になります。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ