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01.鍛冶場のハンマーに懸けて


 バトルロイヤル式の模擬戦があった翌日の朝、いつも通りにあたしは教室に向かった。


 すると先日代理人として戦っていたマクスは、自分の席で数名のクラスメイト女子に囲まれていた。


 本人は押し黙って目を閉じ、腕を組んで席に座っている。


「ちょっと、何とか言いなさいよ」


「そうよ、サラちゃんが迷惑してるのくらい察しなさいよ」


 どうやら昨日の件で女子たちに詰問されているようだ。


 それでもマクスは目を閉じたまま黙り込んでいる。


「あたしもマクスには話を聞きたいわね。どういう状況なのこれは?」


「ウィン! あなたもマクスを問い詰めてちょうだい!」


 あたしの問いに、近くにいた女子から声が飛ぶ。


 どうやら昨日の今日で素知らぬ顔をしてクラスに出てきたマクスに、イラついた女子が声を掛けたらしい。


「んー……、お前らもサラをクラスメイトとして心配している以上、部外者と言うつもりは無いぜ。でもよ、サラに訊かれたんじゃ無い以上、俺様は何も応えるつもりは無いんだぜ」


 マクスはそう応えてから、黙り込む。


 その様子に周囲の女子からは非難の声が上がるが、そういうことなら昨日の話はサラが来てから問えばいいだろう。


「そう? なら話題を変えるわ。マクス、あなた以前魔道具研究会に誘われたことは無かったかしら? その時に、今はやりたいことがあるって言って断ったのは本当?」


 マクスはあたしの質問にゆっくりと目を開き、視線をこちらに向ける。


「ウィンか。そうだな、そういうこともあったかも知れないんだぜ」


「その『やりたいこと』って何?」


「まあ、ちょっとした専門的な勉強なんだぜ。俺様たちは学生だろ? 勉強するのは本分だと思うんだぜ」


 そう言ってマクスはうっすらと笑みを浮かべる。


「そう? 一応訊くけど、その勉強とやらは危険なものじゃ無いでしょうね?」


 あたしの問いにマクスは一瞬目を丸くした後に、慎重に言葉を選びながら告げる。


「危険かどうかは、……そうだな、俺様次第なんだぜ。武術や魔法だって、危険と言えば危険だぜ」


 一般論で煙に巻くつもりなんだろうか。


「ちなみに、何を勉強しようとしてるのかは教えてくれるの?」


 あたしの問いに今度は考え込んでから、マクスは口を開いた。


「俺様の家伝に関わる内容だし、留学してきた目的そのものでもある。今は言えないんだぜ。ただ……」


「ただ?」


「何か成果があるようなら、先生らに相談して公表できることは公表するぜ」


 そう告げてマクスは悪人面を作ってニヤリと笑ってみせた。


 だが、そう告げる彼の目には酷く真剣なものが含まれているように感じられた。


「納得はしないけど、言っていることは理解したわ。……マクス、もし危険なことが起きるようなら周りに相談しなさい」


「……善処するぜ」


 そう言ってからマクスは再び腕組みして目を閉じた。


 あたし的には今の会話によって、予感のようなものは昨日よりも強くなっていた。




 マクスを囲んであたしを含めて女子たちが話し込んでいるところにサラが現れた。


「おはようみんな。そんで、いまどんな感じなん?」


 サラの顔を見ると女子たちは、マクスを問い詰めていたことを説明した。


 彼女はあたしの方にも視線を向けてくるので、あたしもひとつ頷いた。


「そういうことやったら、ちょっとだけ話してくれへんかなマクス。何で昨日、代理人でバトルロイヤルに参加したん?」


 責めるでもなく、淡々とサラは問うた。


 その声を受けてマクスは目を開いた。


「おはようサラ。きのう俺様が戦ったのは、同郷の先輩に頼まれたからなんだぜ。その先輩が最初は代理人で出る予定だったんだが、俺様のが腕が立つのを知ってたから声を掛けられたんだぜ」


「そうなんや。そんで、マクスは明日も代理人で出てくるん?」


 サラの問いに、マクスを囲んでいた女子たちだけではなく、その場にいたクラスメイト達の視線が彼へと集中した。


「結論としては出ないぜ。ドワーフ族は義理人情を重んじるが、その血に従って昨日で義理は果たしたんだぜ」


「それは間違いないのね?」


 あたしが横から問う。


「ああ、二言は無い。鍛冶場のハンマーに懸けて、今回のサラの件では俺様はもう関わらないと誓うぜ」


 マクスの言葉で一瞬、クラスの空気が緩む。


「そう? それは良かったわ。サラやあたし達の前に立ちふさがったら、あんたの四肢を斬り飛ばしてたかも知れないから」


 努めて穏やかにあたしはそう呟くが、その言葉でマクスを囲んでいた女子たちがザザっと一歩離れる。


「ウィンちゃん、殺気が漏れとるで……」


「あ、ごめん、つい本音が出ちゃったの」


 そう言ってからテヘっと頭を掻くと、マクスがため息をついた。


「ウィン、…………おまえ何人()ってるんだぜ? 賊の類いをずい分斬ってるだろ?」


 それまで泰然と座っていたマクスが、呆れたような表情であたしを見た。


「あたし? そんな……(殺すような)ことは、(まだ)してないわよ。ちょっと……(賊やゴロツキやチンピラの手足を斬りとばすような)実戦経験があるだけかな」


 そう言ってあたしは再度頭を掻くが、マクスを含めて周囲からは怪訝そうな視線を向けられてしまった。


 とりあえず、あたしのことは誤魔化せたと思うことにしよう。


 うん、セーフだセーフ。


 視線を感じたのでそちらを見ると、クラスに来ていたキャリルがあたしにニヤニヤした笑みを向けていた。




 その日の放課後はサラを狩猟部の部室に送り、ジューンを魔道具研の部室に送ってからあたしはキャリルと広域魔法研究会を訪ねていた。


 今日はアルラ姉さんもロレッタ様も来ていなかったが、部室に居た先輩の男子生徒を捕まえることができた。


 あたし達が環境魔力を感知したことを告げると、先輩は多少驚きながらも次の段階の練習方法を教えてくれた。


「環境魔力を感知できたなら、あとはイメージの問題だから練習が楽しくなってくると思うよ」


「そうなんですの?」


「ああ、――地味なのは変わらないけどね」


 そう言いながら先輩が説明してくれたのが、自分の周囲に環境魔力の流れを作り出す魔力制御だった。


「魔力を動かすだけとは、意外と地味なんですのね?」


「確かにね。でもここで手を抜くとひどい目に遭うよ。まずはごく小さなところから始めて欲しいんだけどね――」


 先輩の説明によると、最初は環境魔力を感知した状態で、利き腕の人差し指に指輪をつけるようなイメージで環境魔力の流れを作り出すのだそうだ。


「そのあと、腕輪サイズとかベルトサイズとか、もっと大きい輪を作り出してみる。そこまでやったら自分を覆うボールをイメージするような制御を出来るようにする」


「回転させることになにか意味があるんですの?」


「あるよ。ゆくゆくは自分の身体を通る環境魔力の流れを作り出すんだけど、制御が甘いと魔力が過剰に溜まったり、逆に魔力漏れを起こすようになる」


「だから最初は“指輪”から始めるんですね」


 あたしの言葉に先輩は頷いた。


 そしてさっそくあたし達は練習を始めた。


 休憩を挟みながら練習を続けたが、その日は全く環境魔力を動かすことができなかった。


 集中力も切れてきたので、あたしたちは練習を止めて別の部活に顔を出すことにした。


「新しい練習の初日だし、今日の成果に悲観することは無いよ。君たちは環境魔力の感知について新入生の中では一番乗りだ。歴代でも早い部類じゃ無いかな」


 あたしたちの去り際に、先輩は気長に練習するように言っていた。


 二人で歴史研究会に顔を出すと、アルラ姉さんとロレッタ様が部室に居た。


 部室を見渡すとレノックス様や、カリオやペレの姿もあった。


「ああ、あなたたち、ちょうどお茶にしようと思ってたの。淹れたら飲むでしょう?」


 ロレッタ様がそう言ってくれたので、お茶を頂くことにした。


 姉さんとロレッタ様には寮での夕食の時に、サラのことは話している。


「そういえばウィン、キャリル。クラスメイトのドワーフ族の子だったかしら、模擬戦に代理で出てきたという生徒とは話すことはできたの?」


「話すことは出来たわ。最初はサラが来るまで話さないって感じだったけど、本人が直接訊いたら同郷の先輩に頼まれたって言ってたわよ――」


 あたしはかいつまんで朝のホームルーム前に教室で話した内容を説明した。


 その途中でレノックス様やカリオやペレの他、歴史研の部員も集まってきていた。


「マクスという子が言っていた『やりたいこと』というのは確かに気になるわね。家伝に関わる内容と言っていたのなら、ドワーフ族が多いオルトラント公国で失伝している内容を調べに来たということでしょう」


 姉さんがハーブティーを飲みながら告げた。


 公国で失伝しているとしたら、王国で伝わっているというのはどういうことなんだろう。


「単純に考えるなら、マクスの実家が魔道具の工房である以上、魔道具に関わる内容ということになるだろうか」


「それで公国ではなくて王国にしかない内容とかだと、広域魔法とかになったりするのかな? でもそもそも広域魔法は、マクスは王国の国籍が無いし情報に触れられないか……」


 レノックス様とカリオがそれぞれ思いついたことを話した。


 あたしとしてはただの予感ではあるけれど、魔道具とか広域魔法はマクスの目的からは遠いような気がしていた。


「広域魔法は今でこそディンラント王国内で厳密に管理されているけれど、王国からの人材の流出がゼロだったと言いきれないわね。結局我が王国は王家が周辺の国と親戚関係にある関係で、側仕えとして同行した魔法使いが伝えた可能性は残るもの」


 姉さんがそう説明する。


「……なるほど、戦史の記述で広域魔法と思しき魔法が使われた説が出されているものは確かに存在するな」


「そうか? 俺が読んだ奴だとその説が引き合いにしてる文献は、戦史と言うよりは娯楽に近い方の叙事詩だった記憶があるけど――」


 レノックス様やカリオは、いつの間にかアルラ姉さんと他国への広域魔法の伝播の可能性を話し始めていた。


 そういったやり取りを眺めているペレに、あたしはふと思いついて訊いてみた。


「ペレ先輩、ロレッタ様でもいいですけど、オルトラント公国からの留学生で一番腕が立つ人って、どのくらいの強さかって知りませんか?」


 あたしが訊くとロレッタ様は肩をすくめてペレに視線を送る。


 それを受けてペレが口を開いた。


「そうだなぁ。公国からの留学生は魔法工学なんかに明るくて、それほど戦闘で印象が残っている人は居ない気がするよ」


 ということは、公国出身者は職人としての技術力の評価が先に出てくるのか。


「それなら過度に警戒する必要は無いかも知れないですね。でも、魔法工学に明るいってことは魔法の制御に明るいかも知れませんよね? その点はちょっと気を付けておきます」


 模擬戦の開始直後に、無詠唱で面倒な魔法を叩き込まれたら厄介だろう。


 最初から気配を消すなり高速移動するなり、何らかの手立ては考えておく必要があるかも知れないとあたしは考えていた。



挿絵(By みてみん)

アルライメージ画(aipictors使用)




お読みいただきありがとうございます。




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