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11.許せないのは自分自身の弱さ


 訓練場でディナ先生による白梟流(ヴァイスオイレ)のデモンストレーションを見た後、あたしはふと思い出したことがあった。


「そういえばあたしたち入学してすぐくらいには部活棟に来てたんですけど、狩猟部って部員勧誘をしてなかったですよね?」


「そうね。活動内容が意外と地味だから、名前に惹かれて入部しても辞める子が多いのよ。だから積極的には勧誘しないようになったんです」


 あたしの質問にディナ先生が笑って応えた。


「ところでディナ先生、さきほどのデモンストレーションですが、最後の一射はどこに飛んでいったんですの?」


 キャリルが問うが、確かにあたしも気になっていた。


「ああ、あれですか」


 そう言ってディナ先生は矢筒から矢を一本取り出し、【収納(ストレージ)】から鉛筆を一本取り出した。


「この矢に、そうですねサラさん、ちょっと名前を書いてもらえますか?」


「名前ですか? ……書きました」


 サラは名を書くと、その矢と鉛筆をディナ先生に渡した。


 先生は鉛筆を上着のポケットに仕舞い、受け取った矢を弓に(つが)える。


 そして一瞬で風属性魔力を身体と弓矢に纏わせて、先ほどと同様に斜め上に向かって矢を射た。


 射られた矢は発射された後に急に向きを変え、訓練場からどこかに飛んで行った。


「デモンストレーションの最後と今使った技ですが、白梟流の技で無明射(むみょうしゃ)といいます。物理的な矢でも魔力の矢でも撃てますが、最大射程で数キール――ワタシの場合は十キールは行けますけれど、離れた的を射抜けるのです」


「「「……はい?」」」


 あたしとキャリルとサラは絶句した。


「今回のデモに合わせて、女子寮の屋上の手すりに木で出来た的を吊るしておいたので、寮に戻ったら確認してみてください。命中していますから」


「「「…………」」」


 ディナ先生は弓術を極めて無いと言ったけれど、先生の基準で弓術を極めた人はどんな腕前をしているんだろう。


 あたしはそんなことを考えていた。


 そのあとはその場にいたみんなで【土操作(ソイルアート)】を使って訓練場に作られた土人形を片付け、矢を拾いながら地面を平らにした。


 訓練場を片付けた後は休憩することになり、みんなで部活棟にある狩猟部の部室に移動した。




 レノックスはダンジョンで襲撃を受けてからずっと許せないでいる。


 許せないのは自分自身の弱さについて。


 どこかの国のお伽話にある勇者でもあるまいし、一人でどんな局面でも乗り切ろうとするの者の大半は、ただの自我肥大した愚者だろう。


 そう思う一方で、あの局面でウィンが身体を張って戦ってくれた事実がある。


 だから、強くなりたいとレノックスは思う。


 実戦経験が足りないなら最善なのは実戦に臨むことだ。


 それがいま警備の都合で叶わないのなら、実戦形式で鍛錬を積むべきだと考えた。


 そしてレノックスは収穫祭の行事の合間に、王宮の敷地の北側にある光竜騎士団の駐屯施設を訪ねていた。


 王宮自体が王都の北側にあるので、一般人が入ることは無い区画だ。


 その訓練場で、四対四の実戦形式の模擬戦を繰り返している。


 レノックスの味方の三人は重戦士一人と重武装の軽戦士一人、そして斥候役の軽戦士一人に協力してもらっている。


 味方全員が小柄な騎士団員だが、これは前回ダンジョンに行ったメンバーでの再挑戦を見越しての事だ。


 父であり王であるギデオンからは、ウィンとその祖父と話す機会を持ったと聞いている。


 加えてウィンは以前のメンバーでの再挑戦を望んでいるという。


「ならオレは強くならんとな」


 朱櫟流(イフルージュ)の魔力制御で身体強化して、高速戦闘を行っている。


 その最中に口元を緩めると、すぐ外野から声が飛んで来る。


 騎士団の教導担当者からの指摘だ。


「レノックス殿下! 集中を切らしてはなりません! 刃引きした武器も魔力を乗せれば危険度は高いのです!」


 そんなことは分かっている。


 だから開始早々に重戦士に敵役の前衛二名を引き付けてもらった。


 味方の重武装の軽戦士に敵役後衛の弓使いへの対処を任せた。


 そして味方役の斥候と共にレノックスは、高速移動で敵役後衛の魔法使いに接敵している。


 二名で接敵したことで一瞬、敵役の魔法使いはどちらに対処するかを悩むが、その隙を逃さずレノックスは細剣を振るう。


 敵役魔法使いは細剣の間合いからはやや離れていた。


 だが水属性の魔力で形成した刃が細剣から伸び、一瞬で複数の刺突が繰り出されて相手の四肢を貫いた。


 この刺突技は、朱櫟流(イフルージュ)神突(しんとつ)という技だ。


 神突は射程を変えるのみだけでなく、細剣を振るう動作で魔力の刃を遠距離へと飛ばすことができる。


 敵役の魔法使いが刺された痛みで叫ぶ間に、斥候役が背後を取って魔法使いの首に短剣を寸止めした。


 直ぐに試合場脇で待機していた騎士達が、身体強化を使った高速移動で魔法使いをその場から連れ去る。


 レノックスは斥候役にハンドサインを出し、味方役の重戦士と戦っている敵役の軽戦士に攻撃を仕掛ける。


 再度神突(しんとつ)で敵役の軽戦士の四肢を貫き、味方役の斥候が首を狩る仕草をして退場させる。


 そのままの勢いで、直ぐ近くに居る敵役の重戦士にレノックスは接敵し、細剣に水属性魔力を纏わせた命突(めいとつ)という刺突技を連撃で繰り出す。


 属性魔力で強化された細剣の連撃は、敵役の属性魔力による身体強化を貫き、そのまま重戦士の鎧を貫通して四肢に突き刺さった。


 そこに味方役の重戦士の持つ槍が敵の頭部に寸止めされて、敵役は退場させられた。


 残りは一人だったが、すでに軽戦士が弓使いへの対処を終えており、レノックス側の勝利で模擬戦は完了した。


 すぐに負傷者が【回復(ヒール)】で治療され、対戦した八人が集められて教導担当者が口を開く。


「はい、それでは講評を始めます。まず今回も、レノックス殿下は無駄なく動けていたと思います。訓練の趣旨は伺っていますので、今後は敵役の対戦相手の人数を増やしていった方が鍛錬になるかも知れません」


「なぜ皆、オレを自由にしてしまうのだ? あまりオレの訓練になっていない気もするし、そもそも戦術的に妥当なのか?」


「殿下が斥候役と二人一組で動いているので制圧をし辛いのでしょう」


「魔法を撃てばいいのではないか? 今日も来てくれた者は無詠唱が使えるだろう」


 そう言ってレノックスは教導担当者から敵役の魔法使いに視線を移す。


「昨日試したって申し上げたじゃないですか。見事に同士討ちをさせるような位置取りで高速移動するので、とらえ切れませんでしたよ」


「弓も同様です」


「ふむ、そうか。試したといえば、俺のチームの最も武装が柔らかそうな斥候役を集中して狙うのももうやったし、俺を集中して狙うのももうやったな」


「仕事だからやりますが、実戦では殿下に立会いたくないですな」


 そう告げるのは敵役の重戦士だった。


「ふむ? 実戦では、か」


「はい。上からは叱られそうですが、殿下に勝つ場面を自分がイメージできません。物理攻撃を魔力で強化した刺突技に、魔力の刃による刺突技、それらを一挙動で二撃出す刺突技がありますね」


「そうだな」


 重戦士が言ったのは順に命突(めいとつ)神突(しんとつ)、そして虚突(きょとつ)という技だ。


 虚突は命突と神突を一挙動で二突出せる技だ。


 虚突に関しては他には魔力を飛ばすこともできる事に加え、連撃で放ちながら無詠唱魔法によって戦術魔法を込めると竜殺しの伯爵と同じ手並みになる。


 尤も戦術魔法を用いる場合は、直ぐに並の細剣では痛んでしまうようだが。


「加えて刺突技のほかに、全く同じ動作なのに斬撃を出される時があって、ヒットするまで刺突を防げばいいのか斬撃を防げばいいのか読みづらいです。加えて、どう撃ちこんでも受け流されたり避けられるのでどう攻めていいものかと」


 朱櫟流では命突、神突、虚突はすでに説明したが、同じ効果の斬撃がある。


 これらはそれぞれ命斬(めいざん)神斬(しんざん)虚斬(きょざん)と呼ばれる。


「その辺は流派の特性だから、そういうものだとしか言えんな。手間をかける」


「いえ、……今申し上げたのは講評ではありませんでしたね。大変失礼いたしました」


 そう告げて敵役の重戦士は頭を下げた。


 そのやり取りを見ていた教導担当者が口を開いた。


「それで殿下、以降の模擬戦はどうされますか?」


「ふむ。味方役の人員を変えるのは構わんが、同じ動きをして欲しい」


四人一組(フォーマンセル)で役割を変えないということですね。分かりました」


「敵役を増やすのを試してみよう。前衛と後衛を一名ずつ敵役側に増やしてくれ。兵種は任せる。三十分間休憩を取った後、再度模擬戦を実施しよう」


「承知しました。よし、全員三十分間の休憩に入れ」


『はい』


 そうして騎士たちは休憩に入ったり、次戦の準備に回った。


 レノックスはそれを横目に、使った武器のダメージのチェックを始めた。


「模擬戦でどの程度まで自身を伸ばせるか分からんが……、何もやらんよりはマシだろう……」


 そう呟いてから細剣を振るい、鞘に納めて考え込んだ。


 考えるべきことは多い。


 戦闘自体の経験は勿論、部隊として動くときの戦術や万一の場合のマージンの取り方も考える必要があるだろう。


 王都南ダンジョンの潜り始めのころの階層では懸念材料では無いが、階層が深くなってきたときに様々な問題があるはずだ。


 自分や味方がダメージを負った場合などは最たるものだし、持参した物資が尽きた場合の手立ても可能性だけは検討しておく必要はあるかも知れない。


 加えてあまり想像は出来ないが、各階に用意された転移の魔道具が使えない場合なども念のため検討しておく必要はあるだろうか。


 そこまで考えてレノックスは、自身の頬が緩んでいることを自覚する。


「ふふ……。少しばかり楽しくなってきたな。俺にとってのダンジョン攻略は鍛錬の手段ではあるが、挑み始めるとなかなか奥が深いものだな」


 訓練場を行き交う騎士たちを眺めながら、レノックスはそう呟いた。



お読みいただきありがとうございます。




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