後編
「はぁ」
屋敷に戻り、自室のベッドで横になって息を吐いた。
公爵様から引き篭もりを推奨されてしまったわ。
その間に問題を片付けてくれるそうだけど。
……問題。
それは私、侯爵令嬢アリーナ・ディミルトンと、婚約者のハリベル・ロトーリアス王太子殿下の冷え切った関係の事だ。
もう苦痛で、重荷にしかなっていなかった。
返されない気持ち。自ら燃え上がらせ、どんどんすり減っていった愛情。
「……そんなもの、はじめからなかったのかも」
……なんてね。
そんな風に感じる程に擦り切れてしまったのよ。
もしも、本当にこの婚約関係がすべてなかった事に出来るなら……受け入れてしまうぐらいに。
「……ラニエル様」
ラニエル・トリニティ公爵。
未だ若き公爵閣下のことを思い浮かべる。
国王陛下の弟君であり、陛下と同じ金色の髪と金色の瞳を受け継いだ人。
彼がすべてを解決してくださるのなら……。
金の瞳を持つ者は、この国では王家しか居ない。
珍しさ故に、黄金の瞳こそ王家の証だと言う貴族も居る。
そういう者の目や、言い分に負けないようにハリベル殿下は努力されてきた。
私は、それを側で見てきたから彼を応援しようと頑張ってきたつもりだったけれど……。
厳しくなる教育の合間に逢瀬を試みても、返ってくるのは冷淡な対応だけ。
……望まれない婚約。
婚約者に嫌われた女。
挙げ句の果てに、その婚約者は学園という周囲の目がある場所で恋人を作ってしまった。
「…………」
私は自身の胸に手を当てた。
王宮に居た、先程までは確かにあった魔法は既に跡形もなく消えている。
──愛と誓約の魔法。
王家との婚約に当たって掛けられた男女2人揃って施す事で意味を持つ契りの魔法。
女は自身の身と貞操を守る結界を身に纏う。
物理的な結界は、たとえ危険に晒されようとも救援を待つ手助けとなるでしょう。
貞操を守る結界というのは、私の女性としての魅力? を異性に届けないようにする魔法になる。
おぞましい話で言えば、野蛮な者の情欲に目を向けられなくなる。
もっと純粋な話で言えば、異性に一目惚れされるような事がなくなる。
人の色恋に影響を及ぼすなんて、という気もするけれど。
私は結界魔法が得意なので、自らに施されていた魔法についても解析を試みたわ。
既にある執着や、家族愛といった深い愛については影響を及ぼせないけれど、即物的な感情であれば私からの影響を遮断する事が出来るの。
内側に向けた結界と言えるわね。
こんな魔法を昔の人はよく考えたものだわ。
「……まぁ、そんな魔法も今は掛かっていないワケだけど」
ラニエル・トリニティ公爵様の【解呪魔法】によって、私に掛けられた愛と誓約の魔法は解かれた。
私が【結界魔法】を得意とするように、ラニエル様は【解呪魔法】を得意とされるの。
お陰で、どこか気持ちは軽くなっていると思う。
……もしかしたら、あの魔法。
気持ちを強制する効果があったのかしら……?
なにせ王家の婚約に当たって施される特別な魔法だ。
王妃となる者の浮気など論外でしょうし。
男と女では、この魔法で受ける影響も違う。
どちらも『次代の王族の子を順当に残す』という目的に沿った影響ではあるのだけれど……。
男性の方は『正式な妃、そして側妃との間にしか子を儲けられない』という効果になる。
まっとうな理屈だ。
王家の血を悪戯に増やされれば、継承問題で国を乱す事になるのだから。
……だけど、その効果は浮気者が相手だと全く意味が異なってくる。
どれだけ不貞を働こうと、愛人が身籠る事はないという事よ。
肉欲がすべての男であれば、これ幸いに他の女達に手を付けていてもおかしくない。
……流石にハリベル殿下は、そこまで多数の女に手を出しては居ないでしょうけれど。
学園において婚約者である私を差し置き、ローラ・カーティス侯爵令嬢を恋人として侍らせてきた彼だ。
子が儲けられぬ前提でもって、既に彼女と愛を深めていても不思議ではなかった。
周りの者達もそう思っていた事でしょう。
その時点で私を見くびる者も居たわ。
……大人しく黙っている私でもなかったけれど。
「……もう、そんな束縛も私を縛ってはいないのね」
王家と掛けた魔法を勝手に解呪するなど、許されざる事だけれど。
そんな事は普通、できない。
それこそラニエル様ぐらいのものでしょうね。
そして、そのラニエル様は国王陛下が大切にされている王弟殿下なのだ。
既に臣籍降下されて公爵位と領地を賜っているものの、陛下が彼を大切にしているのは周知の事実。
……ハリベル殿下の学園での振る舞いもあって、お咎めはないでしょうね。
問題なのは、それを知ったハリベル殿下がまた私と愛と誓約の魔法を交わそうとする事よ。
さんざん蔑ろにされてきた私だけれど、学生で男性である殿下が、恋人と愛を育むには都合のいい魔法だ。
……だから、この先も恋人であるローラ様と安全な愛を育む為に、彼は私を利用しに来るかもしれない。
そうして卒業と同時に用済みとばかりに婚約破棄を突きつけられるのだろうか。
「目に浮かぶようだわ。卒業記念のパーティーででも婚約破棄を突きつけられる私」
学園時代をかけて、散々にローラ様との仲を見せつけ、誰もが納得する環境を作り上げるのかもしれない。
そうして私は殿下に蔑ろにされ続けているのに、その立場にしがみついてきた女として糾弾される……。
まるで『悪役』だわ……。
冗談じゃない。そんなの家族にも迷惑が掛かる。
「ああ、だから引き篭れ、なのね……」
ラニエル様がおっしゃった。
それは、きっともうハリベル殿下のそんな思惑に晒されない為に。
「ふぅ……」
私は自身の中で結界魔法を練り上げていく。
愛と誓約の魔法のように、特定の何かを遮断する事も出来るのが結界魔法だ。
私が遮断するのは……、ハリベル・ロトーリアス殿下と、その手の者達。
仮に破られても修復するように二重……、いえ、三重構造にしましょう。
一度に破られない限りは、1枚目の結界が破られても2枚目が侵入者を阻み、その間に1枚目の結界が修復される。
今回は、人を起点にするのではなく、屋敷を起点にしましょう。
私は、両手を組み、目を閉じて詠唱する。
『──黄昏を過ぎ、宵闇に至る。
星々との調和。
大地に眠る脈動の流れは満たされ、溢れる。
支点は揺らがず、根付き、天秤に我が魔力は乗せられる。
我の願いを叶え、結実せよ』
「──断絶の結界」
私の内側にある魔力が光となって溢れ出し、部屋を包み、壁を透過して屋敷全体へと広がる。
球状がメインの形なので、外から見れば屋敷を中心とした半円の光の幕がディミルトン家を覆っているように見えるでしょう。
でも、この結界は対象を限定にした拒絶の結界魔法なので、普段は不可視になる。
光の幕は、発動の時だけ光って見た目上は薄れて見えなくなっている筈よ。
「ふぅ……」
やり遂げた気分だわ。
「じゃあ……しばらく、のんびり過ごしましょう!」
私はラニエル様のおっしゃった通りに引き篭もる事に決め、侍女を呼んだわ。
◇◆◇
王太子、ハリベル・ロトーリアスは結界に阻まれ、焦っていた。
王都にあるディミルトン侯爵家の屋敷。その土地に一切、入る事が出来なかったのだ。
「くそっ、これは……アリーナの結界魔法、か!?」
王国一の魔力量を誇るアリーナ・ディミルトンの、得意とする結界魔法。
それが自身を拒んでいる。
それもハリベルだけを、だ。
正確には馬車で向かっていたハリベルだが、その馬車が見えない壁に止められた。
三重構造の結界の1枚目に差し掛かったところで馬車を引いていた馬が察してスピードを落とす。
誓約の魔法のように結界魔法はその用途によって精神への影響も及ぼしていたからだ。
御者も馬の様子から何かに気付いて馬車を停止させた。
その先へ進もうとする自分達にだけ、結界の光の幕が見え始める。
そうしてハリベルは、その先へ進む事が出来なくなった。
結界を無理に通ろうとすれば、何やら柔らかいモノに包まれ、丁寧に押し返されてしまう。
変に硬く出来ておらず、柔らかく、弾力性のある結界の様子にアリーナの実力の高さが窺えた。
この結界は悪戯に人を傷付けず、しかも柔らかい為に破壊に対する耐性もある。
あのまま馬車が猛スピードで突撃したとしても、馬も御者も馬車も傷付く事なく、押し返されていただろう。
「くそっ、くそ、アリーナ……!」
魔法の解けた己の婚約者にハリベルは焦燥の念を抱く事しか出来なかった。
他者に、他の異性に彼女の魅力が伝わらない魔法。
誓約と愛の魔法。
……その存在は、どこかでハリベルに余裕を持たせ、アリーナとの心の問題を軽んじさせていたのかもしれなかった。
◇◆◇
断絶の結界を張ってから3日目。
私は侯爵家の屋敷、主に自室に引き篭もっていた。
「アンネ。お菓子を持ってきてちょうだい」
「……お嬢様。運動もせずにお菓子ばかり食べているとお身体によろしくありませんよ」
侍女のアンネにお菓子を強請ると、そんな風に溢される。
「いいのよー……。もう見た目なんて気にしなくても良いしー……」
ぐてー、と脱力しながら私はベッドの上で手を振る。
「お嬢様」
「ふふふ……。偶にはこうしてゆっくり過ごすのって大事だわ」
「……まぁ、それは否定しませんが」
ちなみに両親もお兄様も、今の私の態度に肯定的だ。
……王妃教育を頑張ってきて、それなのにハリベル殿下があんな態度。
そして学園で恋人を作ったという事で、お父様にとっての一線をハリベル殿下は踏み越えた。
ディミルトン侯爵家にとっての一線と言っていいかもしれない。
別にローラ様のカーティス侯爵家と敵対しているワケでもないが、殿下の態度、そして恋人を作った事は完全にアウトだったのよ。
「……ハリベル殿下は、屋敷の周辺には何度も来ているそうですよ。お嬢様」
「あらそうなの。もっと断絶の結界の範囲を広げようかしら?」
もういいのよ、ハリベル殿下。
貴方、どうせローラ様と愛し合う為に、私という生贄が必要なのでしょう?
「……王宮には、ハリベル殿下がローラ様とお楽しみする為の魔法の開発を急ぐように、とお伝えしてちょうだいな。
もちろん、私や他の女という余計な負担なしの魔法よ。
まったく。ハリベル殿下の性欲を満たす為だけにまだ私を利用しようとするなんて」
「……アリーナお嬢様のお言葉は、一言一句、違えず旦那様にお伝え致しましょう」
「別に一言一句まで伝えなくていいけど、用件だけはお願いね。
そう何度もハリベル殿下に来られても迷惑だもの」
若い男性の性欲は凄いって聞くけど、ローラ様とはお預け状態で焦っているのかしら?
薬で女性が避妊するより、ハリベル殿下が一時的に不能になる方が互いの負担も少ないでしょうしね。
まさかハリベル殿下も、自身の性欲を満たしたいからと、まだ婚約者になっていないローラ様に何度も避妊薬を飲めとは言い難いでしょう。
「婚約解消のお話は進んでいるのかしら」
「……まだ3日ですよ。王家との縁談ですので、旦那様も時間を掛けるしかありません。
まぁ、前々から動かれていたので書類面は既に整えられているかもしれませんね」
「そう」
まぁ、もう、すべてお父様やラニエル様にお任せして私は引き篭もりを続けましょう。
「うーん。結界魔法と引き篭もり生活。相性は抜群ね!」
「……お嬢様」
私は、こんな生活をする為に結界魔法が得意に生まれたのかもしれないわ!
◇◆◇
侍女伝てに聞いたアリーナの台詞を、王太子ハリベルに向けてディミルトン侯爵は伝えた。
アリーナの周りには断絶の結界によって近付く事が出来ないので、ハリベルは王宮に来るディミルトン侯爵に話を聞いて貰うしかなかったのだ。
何故かあの結界は、ハリベルの手紙を持った者すらも近寄らせなかった。
伝言役を頼んだ者もだ。
アリーナの断絶の結界は、ハリベルからの如何なるアプローチも寄せ付けなかった。
「これが娘の意見ですよ、王太子殿下」
「なっ、なっ……!」
羞恥と怒りに顔を赤くするハリベル。
「娘は、殿下が再び自身と魔法契約を交わそうと試みるのは、カーティス侯爵令嬢とまぐわいたいからだと考えているようですな。
……なるほど。
王家の誓約魔法をそんな目的で使うのですか」
「そ、そんな筈ないだろう!? ひどい誤解だ!」
「誤解とは思えませんがね。なにせ学園では、婚約者である娘に向けた事のない微笑みを終始、恋人に向けていらっしゃるとか」
「ぐっ、そ、それは!」
「……アリーナは優秀な娘です。そんな娘が誰より身近で見てきた殿下の評価が『そう』だと言うなら、私が否定できる話ではありませんな」
「侯爵!」
「……私や娘に、他ならぬ貴方が怒りをぶつける事がおかしい話だと分かりませんか?
誰の、どんな言動で今に至ったか。
娘の信頼を得られなかったのは誰なのか。
そういった事を理解していれば、我々に怒りをぶつけるなど筋違いも甚だしいとそう思う事でしょう」
「それは……だが、私は本当にアリーナを!」
「不要です。元より我々の側は王家との婚姻を必要としていませんでした。
望んだのは王家であり、挙句に件の言動では目に余ります」
「ぐっ!」
アリーナの父、ディミルトン侯爵は冷ややかな視線でハリベルを見下ろした。
侯爵としても限界だったのだ。
もう何度国王に直訴してきたか分からない。
国王、王妃からもハリベルには再三、態度の改善を注意されていた筈。
にも関わらず、彼は変わらなかったのだ。
アリーナに拒絶されても、それは自業自得でしかなかった。
◇◆◇
断絶の結界を張ってから1週間が経過した。
その日、ディミルトン侯爵家では、細やかな記念パーティーが開かれることになった。
何の記念か?
──婚約解消記念だ。
「おめでとうございます、アリーナお嬢様」
「うん。ありがとう、アンネ」
婚約を解消したのに、それも王家との縁談を。
記念パーティーというのも、掛けられる言葉が『おめでとう』なのも、おかしな話なのだけれどね?
それだけ我が家では家族も使用人達も満場一致でハリベル殿下の態度に不満だったという事よね。
「うーん。1週間、引き篭もってみたけど。これからどうしようかしら?」
魔法は解かれ、婚約解消も叶った。
私が縛られていた多くのものは、すべて取り払われたわ。
王妃教育にかけた資金についてだけど、陛下は王家側の……つまりハリベル殿下の有責を認められた。
慰謝料こそ貰ってはないが、そういった点で責められもしない。
円満な婚約解消という形で落ち着いたわ。
ディミルトン家だって王家と事を荒立てたくもないしね。
よほどの愚王ならばともかく、王家の資金を圧迫しても国として良い事はないもの。
アレで王太子としては優秀なハリベル殿下だ。
愛しのローラ様と晴れて婚約が結べるとなれば、今まで以上の成果も出せるかもしれない。
「今後の事だけどな、アリーナ」
「はい。お父様」
「……お前には新しい縁談が来ている」
「え? もうですか?」
王家との婚約解消が決定したのは、ほんの少し前ですよ?
それは前々から察していた人も居るかもしれませんが、確定したのは、この状況になってからですのに。
「我が家は、既に爵位を継承するお前の兄が居る。前回があんな事になったので、もう政略でアリーナを縛るつもりはない」
「……お父様」
目尻に涙が溜まり、胸の内がじーんと熱くなりました。
私、家族に愛されていますのね。
「お父様。しかし、政略で家を栄えさせ、領民を守るのは貴族の務め。
……しばらく引き篭もっていた私が言うものでもありませんが、ただの女としての幸福な結婚を望むのもまた違うと思うのです。
私が王家と結ばれる前提で動いていた事業もありましょう。
……私は家族だけでなく、領民の期待も裏切ってしまったのです」
その点は、本当に心苦しい。
もう少し我慢していれば、とか。
私だけが黙っていれば、と。
そんな風にも考えてしまう。
「仕方ないかもしれないが、アリーナは責任感を強く育て過ぎたな」
「……はい?」
「我が家から王妃が出たというのは、確かな祝い事になっただろう。
影響がなかったとは言わない。
だが、この婚約がなくなったところで落ちぶれる程の領地でも、我が家門でもないさ。
息子は爵位を、娘は政略結婚で繋がりを、という話も分かるが絶対ではない。
……と言っておいて、何なのだが」
「はい。お父様」
お父様は、眉を下げて困った表情を浮かべました。
「政略とも言えるし、恋愛とも言える縁談が来ているのだ」
「はい……?」
政略とも恋愛とも言える縁談とは?
「えっと。貴族令息からの縁談という事ですよね?」
それは政略ではありませんかね。
愛と誓約の魔法の影響があるので『以前から私に惚れていた』という異性はいない筈です。
例外は、誓約の魔法を超えた深い愛を持つ者ぐらい。
流石にそういった男性とは縁がありませんわね。
「少し違うな。来た縁談は、子息ではない。爵位を持った立派な貴族だ」
「まぁ」
年上の方ね。
……殿下との婚約を解消した私は、傷物とも言える。
王家との関係自体は悪化してないけれど、それでも、王家に睨まれたくないから私とは関わりたくない、というのが貴族の考えというものよ。
となると私の縁談は、伴侶が何かしらの都合で不在の方へ嫁ぐぐらい……。
高齢の、好色な方の慰みもののような後妻に……。
「──何を想像してるのかは察するけど。そういうのと一緒にして欲しくはないなぁ」
え?
私は、掛けられた声に勢いよく振り返った。
そこに立っていたのは金の髪と、金の瞳を持った男性……。
「ラニエル様!?」
「やぁ、アリーナ嬢。記念パーティーにお邪魔しているよ」
「え、そ、それは構いませんけど、どうしてここに……」
「どうしてって? それは勿論、キミに婚約を申し込む為さ」
「……え?」
驚き、言葉を失う私。
今、なんとおっしゃったの?
私が驚く間にラニエル様は、私の手を優しく取って、まっすぐに見つめてきた。
金色の瞳に、私はすぐに情熱が宿っている事に気付く。
「僕、ラニエル・トリニティ公爵は、アリーナ・ディミルトン侯爵令嬢に……結婚を前提とした交際を申し込みます。
アリーナ嬢。以前から、王宮で見てきた、時には涙を流しても、ひたむきに頑張ってきた貴方の姿が好きでした」
「────!」
なんて……事かしら。
「それは、その。以前から?」
「ああ」
「……愛と誓約の魔法をこっそり解いていたり?」
「流石にそれはしてないよ。解呪をする魔法だからね。影響を受けない、僕だけ無効化する魔法じゃない」
「えっと。それだと、つまり、その」
「──愛と誓約の魔法を掻い潜ってしまう程、僕がキミの事を愛してしまってるって事、かな?」
……そういうことに、なってしまう。
私は、その事を意識して顔を赤く染め上げてしまいました。
「……うむ。まぁ、政略でも恋愛でもある縁談というのは、こういうことだ、アリーナ」
「お、お父様……」
「王家ではなくなったが、この国唯一の公爵家からの縁談だ。違う形だが、アリーナが家族になる事に陛下や王妃殿下もお喜びになるだろう。
……もちろん、トリニティ公がアリーナを幸せにしてくださるなら、ですが」
「それは任せてくれ。僕が何故、この歳まで妻を娶らなかったと思う? 意中の女性が居たからさ」
「え」
ラニエル様が公爵位を賜ってから、数年。
その時には既に、私に……?
「で、ですが私はその。このような経緯ですし」
「キミはもうハリベルへの未練はないだろう? 少し休んで気持ちを鎮めて。冷静になって見つめ直して。まだ1週間程度だけど、今までを沢山振り返った筈」
「それは……その通りです」
そして、やっぱりハリベル殿下の態度は……と気付いた。
もう彼への気持ちに縛られる必要はない、とも。
やっぱり、あの愛と誓約の魔法には人の気持ち自体を縛る効果まであったのかもしれない。
そういった……呪いは、ラニエル様の魔法によって、すべて解かれたのだ。
「アリーナ。キミの気持ちが前を向いているなら。どうか、僕と同じ道を歩んでくれないか?」
「……ラニエル様」
思えば、王宮で王妃教育の為に過ごしていた頃も彼は私を見守ってきてくれた。
誰よりも私の努力を認め、肯定してきてくれたのよ。
婚約者であったハリベル殿下が、あんな風だったから……私が今まで頑張ってこれたのは、家族や侍女達、そしてラニエル様のお陰だった。
「……その」
私は、お父様、お母様、お兄様と集まってくれた人達に順番に視線を向けた。
みんなが微笑み、頷いてくれる。
最後に侍女のアンネに目を向けると、背中を押すように力強く頷いてくれたわ。
「……わ、分かりました。そのご縁談、お、お受け……致しますわ」
私は自分の顔が熱くなり、赤く染まっているのを感じながらラニエル様を受け入れました。
「アリーナ、ありがとう! 愛してるよ」
「あ、愛……」
そ、それは飛び過ぎ、いえ、そうなのかもしれませんけれど!
「アリーナ」
「ラニエル様……」
私は、優しく手を握られて。
家族や使用人達に見守られ、祝福されながら……新しい婚約者と縁を繋いだのだった。
ぜひブックマーク、評価をお願いします!
作者の励みになりますので!