表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鋼の翼はゆりかごに孵る  作者: 桐生瑛
第六章 逃走
45/51

君の傍に

 読んでいただき、ありがとうございます。

 切りのよいところで止めたら短くなりました。

 明日11/25も更新します。

 そうして、僕たちは逃げた。

 庭園と建物の間を行き来し、物音に耳を澄ませ、入り組んだ建物の陰を伝って走った。クロトから取り上げた鍵を使って、通り過ぎた扉は全部施錠する。敵は鍵を持っていない。施錠された扉は僕たちだけが通れ、敵は通れなくなる。

 しばらくすると、扉を叩き壊す音が響いてきた。苛立った「あれ」が扉を破壊して徘徊し、僕たちを捜している。

 音を手がかりに、僕たちは敵がどこにいるのか、どこからどこへ動いているのか推測し、できるだけ遠く離れるようにして逃げ回った。

 暗く澱んでいた空は、時間が経つにつれてますます光を失った。雨は止んだ。厚く覆いかぶさった雲の、西の彼方の端を、赤黒い夕焼けが舐めた。


 夜が来る。

《城》の最後の夜が。


「あれ」は別棟から西棟、中央棟を通り抜け、東棟に入って僕たちを捜しているようだった。僕たちは敵がいなくなった別棟に戻り、二階の図書室で、書棚の間に身を潜めた。

 そんなに広い部屋じゃない。敵が蔦や大鎌を振り回そうとしても、棚が邪魔をして難しいだろう。扉が二か所あり、いざとなれば庭園に面した窓から逃げることもできる。

《城》が穏やかだった頃、僕が時々読んでいたのは、この図書室の本だ。パムが花壇で休んでいる間、すぐ傍の木に登って、枝の上でページを()った。なかなか眠りの来ない夜には、西棟二階の自分の部屋でも文字を追った。知識は僕をどこかへ連れて行ってくれる気がした。

 何読んでるの、とカナに訊かれたこともある。題名を答えると、自分で訊いたくせに、カナはつまんないと口を尖らせた。

 パムが微笑んで僕たちを見ていた。まだバールと話したこともなかった。レアルを知らなかった。

 敵も死も《城》の外のもので、そこへ出て行く日はいつかずっと後のことだった。

 僕は、初夏の日差しと空の下でまどろんでいた。永遠にその時間が続くことを願って。


 ――追憶には早すぎる。


 図書室の様子は変わっていなかった。重い書物が隙間なく詰まった、天井近くまである書架。窓に近い列には腰程度の高さの書棚が並び、小型の本が並べられている。曇りを帯びた埃よけのガラス戸。千冊以上もの書物の重みに耐える棚は頑丈そのもので、城壁のように重厚だ。

 照明をつけるのが危険に思えたので、僕たちは小さな灯火で最低限の視界を確保することにした。

 古びた本が山ほどある場所で火をつけたくはなかったけれど、僕もバールも夜目がきく型じゃない。次に移動するときまでは、仕方がない。

 炎は小さく、蛍のように頼りなかった。書棚の背後に隠れても、あまり明るくすると敵の目に入る。

 温もりを感じたのか、パムがうっすらと眼を開けた。住み慣れた聖堂の書庫だと思ったのかも知れない。懐かしげな微笑みが唇に浮かんだ。焦点の合わない金色の眼が僕を見たけれど、言葉を発することはできなかった。

 パムはまた少し血の塊を吐いて、意識を失っていった。


 ──見捨てない。絶対に。


それはレアルを救えないということを意味していた。あの赤黒い女に取り込まれた彼女を、助けないということだった。

 躰が引きちぎられるようだった。子供のように泣きわめきたくなるのを、僕は奥歯を咬んで堪えた。

 泣いたって、どうにもならない。

 助けてくれる手はない。どこにも、ない。

 ――レアル。

 他のものなら何だって差し出せた。眼でも、腕でも、翼でも。何でもしたかった。もう一度触れられるなら。

 だけど、パムだけは。

 許してほしいなんて思わなかった。《城》が終わり、僕たちが生きて逃げ延びられても、僕の一部はきっと死ぬだろう。いつまでも《城》を離れず、とどまり続けるだろう。

 レアル。

 君の傍にいたい。君が誰でも、どんな姿になっても、たとえ命を落としても。

 償えない傷を負って、痛みとともに、ずっと君の傍に。

 もしも僕に人を愛する能力があるのなら、きっと、これがそうなんだと思う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ