君の傍に
読んでいただき、ありがとうございます。
切りのよいところで止めたら短くなりました。
明日11/25も更新します。
そうして、僕たちは逃げた。
庭園と建物の間を行き来し、物音に耳を澄ませ、入り組んだ建物の陰を伝って走った。クロトから取り上げた鍵を使って、通り過ぎた扉は全部施錠する。敵は鍵を持っていない。施錠された扉は僕たちだけが通れ、敵は通れなくなる。
しばらくすると、扉を叩き壊す音が響いてきた。苛立った「あれ」が扉を破壊して徘徊し、僕たちを捜している。
音を手がかりに、僕たちは敵がどこにいるのか、どこからどこへ動いているのか推測し、できるだけ遠く離れるようにして逃げ回った。
暗く澱んでいた空は、時間が経つにつれてますます光を失った。雨は止んだ。厚く覆いかぶさった雲の、西の彼方の端を、赤黒い夕焼けが舐めた。
夜が来る。
《城》の最後の夜が。
「あれ」は別棟から西棟、中央棟を通り抜け、東棟に入って僕たちを捜しているようだった。僕たちは敵がいなくなった別棟に戻り、二階の図書室で、書棚の間に身を潜めた。
そんなに広い部屋じゃない。敵が蔦や大鎌を振り回そうとしても、棚が邪魔をして難しいだろう。扉が二か所あり、いざとなれば庭園に面した窓から逃げることもできる。
《城》が穏やかだった頃、僕が時々読んでいたのは、この図書室の本だ。パムが花壇で休んでいる間、すぐ傍の木に登って、枝の上でページを繰った。なかなか眠りの来ない夜には、西棟二階の自分の部屋でも文字を追った。知識は僕をどこかへ連れて行ってくれる気がした。
何読んでるの、とカナに訊かれたこともある。題名を答えると、自分で訊いたくせに、カナはつまんないと口を尖らせた。
パムが微笑んで僕たちを見ていた。まだバールと話したこともなかった。レアルを知らなかった。
敵も死も《城》の外のもので、そこへ出て行く日はいつかずっと後のことだった。
僕は、初夏の日差しと空の下でまどろんでいた。永遠にその時間が続くことを願って。
――追憶には早すぎる。
図書室の様子は変わっていなかった。重い書物が隙間なく詰まった、天井近くまである書架。窓に近い列には腰程度の高さの書棚が並び、小型の本が並べられている。曇りを帯びた埃よけのガラス戸。千冊以上もの書物の重みに耐える棚は頑丈そのもので、城壁のように重厚だ。
照明をつけるのが危険に思えたので、僕たちは小さな灯火で最低限の視界を確保することにした。
古びた本が山ほどある場所で火をつけたくはなかったけれど、僕もバールも夜目がきく型じゃない。次に移動するときまでは、仕方がない。
炎は小さく、蛍のように頼りなかった。書棚の背後に隠れても、あまり明るくすると敵の目に入る。
温もりを感じたのか、パムがうっすらと眼を開けた。住み慣れた聖堂の書庫だと思ったのかも知れない。懐かしげな微笑みが唇に浮かんだ。焦点の合わない金色の眼が僕を見たけれど、言葉を発することはできなかった。
パムはまた少し血の塊を吐いて、意識を失っていった。
──見捨てない。絶対に。
それはレアルを救えないということを意味していた。あの赤黒い女に取り込まれた彼女を、助けないということだった。
躰が引きちぎられるようだった。子供のように泣きわめきたくなるのを、僕は奥歯を咬んで堪えた。
泣いたって、どうにもならない。
助けてくれる手はない。どこにも、ない。
――レアル。
他のものなら何だって差し出せた。眼でも、腕でも、翼でも。何でもしたかった。もう一度触れられるなら。
だけど、パムだけは。
許してほしいなんて思わなかった。《城》が終わり、僕たちが生きて逃げ延びられても、僕の一部はきっと死ぬだろう。いつまでも《城》を離れず、とどまり続けるだろう。
レアル。
君の傍にいたい。君が誰でも、どんな姿になっても、たとえ命を落としても。
償えない傷を負って、痛みとともに、ずっと君の傍に。
もしも僕に人を愛する能力があるのなら、きっと、これがそうなんだと思う。




