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鋼の翼はゆりかごに孵る  作者: 桐生瑛
第六章 逃走
42/51

復讐

 読んでいただき、ありがとうございます。

 次回更新は11/20予定です。

 クロトの荒い息遣いが、小部屋に満ちる。

 僕は動けなかった。クロトを拘束していなければならなかったから。そして、自分の躰がまだ動くということを忘れていたから。

 バールは短剣を手にして、僕の正面に戻ってきた。


「あの夜の話をしてやる。――カナが死んだあの夜、俺は《城》中の奴を広間に集めてた」


 クロトじゃない。僕に言っている。一度はバールに疑いをかけた僕に、本当は何があったのか教えるために。


「ひとつには、脱出経路を確保しなきゃならねえと思ったからだ。それでダウたちに玄関の扉を壊させることにした。もうひとつ、夜になって視界がきかなくなれば、素人の奴らにおまえを狩らせるのは危険すぎるとも思った。返り討ちにあうのがいいところだ。で、扉を壊す作業に加わらねえ奴も、とにかく全員広間に集まってろと言った」


 あの日の光景が蘇ってくる。がらんとしてひとけがなかった回廊。薄暗い中庭。みんな広間にいた。集められていた。


「まあ、食堂や何かと行き来してた奴もいたから、厳密には全員じゃねえがな。それと、カッチェ、ガナリ、ハク、クロトは別だ。捕虜を取り返されねえように、交代で見張りに立たせた。二階にいたんじゃ広間まで声が届かねえから、回廊にいろ、イサを見たらすぐ大声で知らせろと指示した」

「……クロトは、回廊にいなかったよ」


 僕は言った。

 あの夜、テラに話を聞こうとして地下室に下りたとき、僕は回廊を通った。()()()()()()()()()()()

 あのとき、クロトはいなかった。

 テラの死体を見つけて、呆然としながら回廊に戻ったとき、初めて鉢合わせしたのだ。

 ――だったら、それまで、クロトはどこにいたのか。

 押さえ込んだ膝の下で、クロトの呼吸がますます速くなる。空気か、それとも他の何かを求めて喘ぐ。

 バールは冷淡に言った。


「二階に上がって、カナを殺してたってわけだ」


 そんなはずは、ない。

 クロトの泣き顔を僕は思い出す。カナの居場所を僕に教えたクロト。カナが何をされたか、震える声で吐き出した。

 大切だったんじゃないのか。

 ――おまえは薬、手え出すなよ。頼るなよ。ほんと、よくねえから。

 そう言っていたのに。


「《施設》の任務の役に立つと思ったんだろう。あの状況でカナを殺せば、俺がやったように見える。イサと俺とを決定的に憎み合わせて、潰し合わせることができる」


 バールは短剣を床に置いた。つま先をクロトの顎にかけ、無理やり上を向かせる。


「得物を取り戻したことだけが失敗だったな。脚の中に隠せば確かに外からは見えねえが、体重のかけ方や動きが不自然になる。厨房で暴れてたときにも妙だとは思ったが、足跡を見ればもっとよく分かる。ばれねえと思ったか」


 厨房の裏口から庭園に延びていた、樹木の足を引きずった跡。左右で深さの違う、クロトの足跡。


 嘲笑され、クロトの顔が白っぽくなった。バールは容赦しなかった。叩きつけるように更に罵声を浴びせた。


「おまえは屑だ。上の連中に尻尾を振って、ご機嫌取りのためにカナを殺した。自分で戦う能力もねえ枯れ木野郎が、縛られた女を襲って殺して、気持ちよかったか。それで少しは立派になれたつもりか。残念だな、どんなに頑張っても、おまえみてえな奴は所詮、薄汚えウジ虫だ」


 僕は口を挟んだ。


「バール。でも、クロトは……カナを……」


 バールは動じなかった。ますます侮蔑を込めて両眼を細めた。


「惚れてたのか? そりゃ、相手にもされなかったろうな。……ああ、だから殺したのか」

「――黙れ!」


 たがが外れたように絶叫が上がった。

 血の気の失せたクロトの顔が、歪んでいた。クロトは頭を振り、首筋に刃を突きつけられていることを忘れたように暴れた。


「おまえのせいじゃねえか。おまえがカナに酷え真似するから!」


 灼けつくような目つきだった。それは憎悪ではなかった。

 嫉妬だ。

 僕はたじろいだ。クロトは妬ましいのか。バールが。カナにあんなことをしたバールが。

《施設》の手先だったことよりも、その嫉妬の方がずっと、信じがたかった。僕の知っているクロトとは、別の人間みたいな気がした。

それとも、最初からこうだったのか。《城》に来た最初の日の、黄昏時の食堂から。クロトはずっと、こんな顔を隠し持っていたのか。どこか憎めない、負けん気の強い少年の顔の下に。

クロトはわめいた。


「おれは守ってやったんだ。バール! てめえの汚え手から! どうせ生き延びたって、レアルに酷え殺され方するだけだ。だから、楽にしてやったんだ!」


 唾が飛んだ。声がますます高く、裏返って引きつった。


「カナだって、きっとおれに感謝してる。他の奴らみてえな殺され方するよりよかったって、言うに決まってる――」


 心臓に黒い火花が散った。

 僕はクロトの頭をナイフの柄で殴った。力一杯。

 涙と血に濡れたカナの死に顔が蘇った。悲鳴を上げて、助けを求めていた顔が。

 感謝してる、だって?

 ふざけるな。――ふざけるな!

 武器を強く握りしめた僕に、バールが低く言った。


「どけ、イサ」


 僕が躰を引くと、扉を破壊したのと同じ蹴りがクロトの顔面を襲った。

 顎の下から蹴り上げられ、クロトは躰ごと跳ね飛ばされた。壁に叩きつけられ、転がり落ちる。バールは倒れたクロトに大股に歩み寄った。喉を踏みつけ、動けなくした。

 冷酷な声が降った。


「クロト。今のは、自白ってことだよな」


 僕は息を止めた。

 バールは、クロトが僕たちにしたことをやり返したのだ。言葉で相手の感情を煽り、操り、自滅させる。

 クロトは認めてしまっていた。自分がカナを殺したことを。そして、レアルが殺人者だと知っていたことも。

 痛みで声も出ない様子のクロトに、バールは昏い笑みを向けた。


「イサやカナのときみてえな無様は二度とごめんだからな。確認が取れてよかった。これで、心置きなく尋問に移れる」


 血の臭いのする声が獲物を捕らえる。

 バールは《施設》のやり方でクロトを痛めつけて、情報を引き出すつもりだ。はらわたを引きずり出すようにして。


「クロト。おまえの言うとおり、俺はカナにろくでもねえことをした。全くろくでもねえことだ。……だが、一応、手加減はした。素人相手だと思ったからな」


 唇がますます昏く歪み、バールは言った。


「おまえには、必要ねえよなぁ」


 僕の胸の中で、クロトに対する怒りがゆっくりと冷め、代わってひんやりとしたものが満ちた。

 バールは《施設》の優良種の本性を剥き出しにして笑っていた。止むことのない血と暴力の気配。これからクロトにどんなことをするのか、僕にも完全には想像がつかなかった。

 バールがずっと怒りを堪えていたことに、今さらながらに僕は気づいた。態度に出すことはほとんどなかったけれど、荒れ狂うものを躰の奥に隠していた。騙されて僕を殺そうとしたことも、カナを踏みにじったことも、レアルに皆を殺されたことも、耐えがたい苦痛だったに違いない。

 ディナを目の前で喰われたときも、バールはただ逃げた。そうするしかなかったからだ。でなければ僕も、バール自身も、「あれ」に殺されていた。

 叩き折られた矜持。屈辱と自責。誰とも分かち合えない汚泥の味。

 その元凶となったクロトを、赦すとはとても思えなかっった。


 バールは闇色の眸を僕に向け、蹴り壊された扉を指した。


「イサ。ちびを連れて外に出てろ」

「……手伝うよ」


どういうやり方で尋問するにせよ、もうひとつ手があった方がやりやすいはずだ。気力を奮い起こして僕は言ったけれど、バールは僕にまで冷酷な薄笑いを向けた。


「引っ込んでろ。俺の楽しみを邪魔するな」


 まるで銃口を喉元に突きつけられたようだった。

 僕は怯んだ。まだカナが死ぬ前の昼間、庭でバールと対峙したときのことを思い出した。牙を剥いた獣の眸。血の臭い。

 逆らえないと思った。臣民がひとり残らず死に絶えても、バールはやっぱり《城》の王だった。

 宝剣の代わりに獣の爪を、豪奢な外套の代わりに血の臭いを身に帯びた王。

 近づくことなどできない。善も悪もない。王はただ、王だ。

 僕は長椅子の上からパムの躰を抱え上げ、王命に従って部屋を出た。

数秒後に、臓腑を抉り取るような悲鳴が聞こえてきた。



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