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鋼の翼はゆりかごに孵る  作者: 桐生瑛
第五章 現実
28/51

獣の仔

 読んでいただき、ありがとうございます。

 明日10/28も更新します。


 ***

 2022/10/26  《編集機関》と《施設》の関係等について、ひとつ前の回を少し補充して改稿しています。

 《編集機関》は《施設》の研究部門の通称です。


 しばらくの間、僕たちは何も言わなかった。

 バールの経歴。《編集機関》。人工の《悪霊》憑き。皆が殺された理由。――レアル。

 押し込まれた知識に、感情が悲鳴を上げる。

 やがて、重い頭を持ち上げて、僕はバールに尋ねた。


「──カナを殺したのは、誰だと思う?」


 レアルが変化させた躰の形の中に、山猫はなかった。殺され方も、カナだけは他の子と違った。短剣で何度も切りつけられ、刺し殺されていた。

 カナだけは違うと思いたかった。レアルじゃないと思いたかった。

 闇色の眸が僕を見た。

 長い沈黙があった。

 そして、「さあな」とバールは低く言った。


「順当に考えれば、あの女……レアルか……あいつだろう。あの女は、ひとり殺すごとに新しい力を手に入れる。俺たちを全員、殺すつもりのはずだ。上からそういう指示を受けてるだろう」


 胸の奥に沈んでいた黒い炎が、その瞬間、熱を増した。

 鋭い声が口をついた。


「じゃあ、あんたは?」

「――俺?」


 バールは問いの意図をつかみ損ねたようだった。僕は重ねて尋ねた。


「そういうあんたは──カナに、何をした?」


 パムが咳き込んだ。頭を僕の胸に押しつけ、横に振る。訊くなという意味のようだった。

 でも、僕は退かなかった。

 バールの口振りが、他人事のように聞こえたからだ。

 殺したのは、バールではなかったかも知れない。けれど、だからといって、何もしなかったわけじゃない。

 認めさせたかった。馬鹿馬鹿しい誤解のせいで、カナに何をしたかを。

 答え自体はもう知っていた。バールも《施設》育ちなら、僕と同じことを学んだだろう。尋問のやり方を、僕たちは捕虜の躰を使って覚える。人の心を叩き折り、蹂躙し、服従以外の一切の選択をできなくさせる方法を。

 答えは知っている。

 ただ、何も言わないで、何もしなかった振りをすることは、許さない。


「本当に聞きてえのか」


憂鬱そうにバールは確認した。僕は頷いた。

 バールは逃げようとはしなかった。


「中央棟の二階の部屋に連れて行った。動けねえように拘束した」

「それから?」


 僕が促すと、バールは続けた。


「おまえについて知ってることを、全部吐かせた」

「どうやって?」


 答えは知っている。


「服を()いだ」

「うん」

「殴った」

「……うん」


バールは重い息をついて、言った。


「犯させた。……以上だ」


僕は黙って頷いた。

 謝れとは言わなかった。謝罪を受けるべき人が、もういない。

 残った僕はと言えば、バールと完全に同類のけだものだった。《施設(バストゥル)》育ちの獣の仔。他人を踏みにじるために育てられた悪霊憑き。どんな残虐なことでも、教わったとおりにやってのける。

 痛みが深く、躰の奥を穿っていった。

 カナが僕に遺したものは消えない苦しみで、僕がカナに返せるものもこの痛みしかなかった。短剣の刃を握るように強く苦痛を握りしめて、僕はなくしたもののことを思った。

 他には何も、できることがなかった。

 ややあって、「イサ」とバールが呼んだ。

 初めて名前を呼ばれた気がして、僕はうつむいていた顔を上げた。

 バールはあの闇色にひかる眸を僕に向けていた。低い声で問いかけた。


「俺を殺してえなら、それでもいい。だが……この《城》を出るまでは、手を組まねえか」


 驚きが波紋のように胸を伝った。

 僕が何も言わずにいると、バールは続けた。


「あのレアルって女は、厄介な敵だ。あいつはすぐに戻ってくるだろう。俺たち全員を殺し尽くすまで続けるだろう。特に俺やおまえは、優良種だ。あいつにとっちゃ、とりわけ手に入れたい躰のはずだ。見逃されるはずがねえ」


 パムがびくりと身を竦ませた。

 僕は黙っていた。優良種。《施設》でよく使われる言い方だ。獅子、虎、羆、鷲など、戦いに向いた《悪霊》憑きを指す。


「あの女が死ねば、訓練は中止になる。あの女を創った奴ら……《編集機関》の連中は、《城》の封鎖を撤去して、生き残った俺たちを殺すか連れ出すかする。逃げられる機会があるとしたら、そのときだ」


 合理的だ──と頭の隅で思った。

 僕を撃ち落としたあの兵器。実物を見たのは初めてだけれど、あれは軍の設置する無人砲撃機の一種だ。《編集機関》という組織が兵士を供給する機関、つまり《施設》と同じ軍の下部組織なら、ああいう兵器を使ってほぼ完全に《城》を封鎖できるだろう。そうやって《城》が封鎖されている限り、扉を破ろうが壁を上ろうが、逃げ出すことはできない。

 現に、僕は死にかけ、ハクは死んだ。

 レアルを殺せば、たぶんバールの言うとおりになる。僕たちはレアルに殺されずに済み、この《城》から生きて逃げ出せる。

 ……まあ、少なくとも、逃げ出せる可能性は生じる。

 バールは食卓の上に身を乗り出し、声を強めた。


「イサ。手を貸せ。あの女を殺る。でなけりゃ、俺たちは一人も生き残れねえ」


 厄介な敵、とバールは言った。敵。僕たちを殺そうとするもの。殺されたくなければ、殺すしかないもの。

 それは、レアルだ。

 僕たちを殺すことによって成長する《新型》。戦うため、殺すために作り出された躰。僕たちを育てて棄てた大きなものの、新しい娘。

 バールは戦いを続けるつもりだった。より多くの力を欲しがっていた。

 僕にも分かる。生き延びるために殺す。他に選択肢はない。どれだけ過ちを犯しても、続けるしかない。

 死にたくなければ。生き延びたければ。

 僕は言った。


「――断る」


予想外だったのだろう。闇色の眸が驚きに歪んだ。

 何か言いかけた相手を遮り、僕は椅子を引いて立った。


「あんたの邪魔はしないよ。殺したいとももう思わない。……でも、味方もしない。僕はレアルに殺されたって構わない。あんたは、好きなだけ他人を殺して、生き延びればいい」


 言い終えると、息を殺しているパムを抱きかかえたまま、食堂を出た。


 できるだけ遠くへ行きたかった。



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