夢
読んでいただき、ありがとうございます。
今回短いです。
明日10/21も更新します。
13
記憶から失われたはずの、色褪せた自分の姿。
白い、眩しい日差しが窓から降る。揺れるカーテン。窓辺には鈍い金色の鳥籠が置かれていて、同じ色の小鳥が中にいた。
手を精一杯伸ばして、籠の扉を開く。
考えていたのは、黒い大きな鳥のことだった。飛翔する黒鷲。翼に風を受け、高い空に上り、稲妻のように墜ちて獲物を屠る。残酷な嘴と爪。
生きているものの理──などと、幼い僕が思ったはずはない。
夢だ。
熱っぽい頭で、飛び去る小鳥を見送った、幼稚な満足感も。
何もかも、夢。
白い日差し。夏の静寂。
戦争も武器もまだ知らなかった。
躰が、痛い。
ひんやりとした優しい手はどこかへ行ってしまっていて、疲れた僕は床の上で躰を丸める。木の床には良い香りのする清潔な敷き布が広げられ、僕を受け止める。
黒鷲の夢を見る。
躰が──背中が──痛い。
熱くて、少し苦しい。
飛翔する夢を見る。
どこまでが夢なのか。
もうあるはずのない記憶。
優しい手はどこへ行ってしまったのだろう。
背中が痛い。
やがて、長い長い悲鳴が、僕を目覚めさせる。
瞼の裏に日差しが踊っていた。
悲鳴は夢の中のものだったらしい。目を開けると、ひどく静かだった。
《城》の食堂だ。庭園に面したガラス窓の脇に、僕は寝かされていた。どこかから取ってきた枕を手当たり次第に並べた、即席の寝台。翼のせいで仰向けに横になることはできない。いつものように横向きに丸まって、眠っていたようだった。
すぐ傍にパムがいた。枕三つで足りてしまう躰を僕と同じように丸め、まどろんでいる。服代わりの布は巻き方がいい加減で、首から下の躰を隠し切れていない。あえて表現するなら薄赤い幼虫と言うしかない、細い触手の他には腕も脚もない胴体が、布の隙間から覗いていた。
僕が身を起こすと、パムも目を覚ました。
「──イサ」
疲れ、掠れた声で、友達は僕を呼んだ。金色の眼は充血して腫れ、だいぶ泣いていたように見えた。
「よかった。目が覚めて……。二日間、ずっと眠っていたんだよ……」
僕はぼんやりと頷いた。頭がはっきりしない。
見回すと、近くの椅子から女の子が立ち上がったところだった。頬から胸元を象の皮膚に覆われたチシャ。
パムの次くらいに物静かな、忍耐強い《悪霊》憑きの彼女は、食卓の水差しを取り、椀に水を注いで持ってきた。
「飲んで。今、食べるものをあげる」
低い穏やかな声で言って、僕に水を押しつけ、厨房の方へ行く。
食堂にはチシャの他に、ディナ、ミレ、ハミがいた。
ディナは蛇の鱗をまとった腕を食卓の上に乗せ、突っ伏して動かない。眠っているのか泣いているのか分からなかった。ミレは僕の方を見ない。兎の耳を不安定に揺らし、チシャの後を追っていった。
右手首から先が蜂の針に変化しているハミは、食堂の入り口から一番遠い隅に座り込んでいる。陰気な目つきを、一瞬だけ僕に向けた。
ずっと横になっていたせいか、躰に力が入らなかった。僕は壁に片方だけ肩を預けて寄りかかり、パムに尋ねた。
「パム……。何が……僕は……」
言葉が出なかった。
何を尋ねたいのか、自分でもはっきりしなかった。ガラス窓から差し入る光はまだ夢の続きのようで、もう少し待てばもう一度目を覚ますことができる気がした。
パムは心配そうに眉を寄せた。
「気分は悪くない? 痛いところは?」
僕は首を横に振った。自分が怪我をしたことをようやく思い出す。胸、肩、脇腹──。
バール。
レアル。
鼻の奥から喉へ、血臭が広がった。
片手で頭をつかみ、僕は呻いた。遠ざかっていた痛みが躰を炙る。喪失が唸り声を上げ、爪を立てた。
「……パム」
一言だけで、パムは僕の頭の中を察した。
「うん。……カナが……。レアルが……」
きつく目を閉じていても、友達が涙ぐむ気配が分かった。
しばらく、僕たちは何も言えずにいた。
やがてチシャが戻ってきて、保存食の箱を開け、「ほら、食べる」と僕を促した。
「二日以上、何も食べてないんだから。食べないとだめ」
首を振り、押し戻した。だめと言われても、できるわけがない。もう死にそうなのに。
そのとき、回廊側の扉が開く音がした。
足音が三つ。低い声が、話しながら食堂に入ってくる。
「──やるしかねえだろう。生き延びてえなら、それだけだ」
痛みが心臓を灼く。
僕は頭を上げ、たった今戻ってきた声の主を確認した。
黒い長身。カッチェとガナリ、二人の配下を引きつれている。
バールは僕が起き上がっていることに気づくと、彫りの深い貌に、憂鬱そうな色を浮かべた。




