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鋼の翼はゆりかごに孵る  作者: 桐生瑛
第五章 現実
24/51

 読んでいただき、ありがとうございます。

 今回短いです。

 明日10/21も更新します。

  13


 記憶から失われたはずの、色褪せた自分の姿。

 白い、眩しい日差しが窓から降る。揺れるカーテン。窓辺には鈍い金色の鳥籠が置かれていて、同じ色の小鳥が中にいた。

 手を精一杯伸ばして、籠の扉を開く。

 考えていたのは、黒い大きな鳥のことだった。飛翔する黒鷲。翼に風を受け、高い空に上り、稲妻のように墜ちて獲物を屠る。残酷な嘴と爪。

 生きているものの(ことわり)──などと、幼い僕が思ったはずはない。


 夢だ。

 熱っぽい頭で、飛び去る小鳥を見送った、幼稚な満足感も。

 何もかも、夢。


 白い日差し。夏の静寂。

 戦争も武器もまだ知らなかった。


 躰が、痛い。


 ひんやりとした優しい手はどこかへ行ってしまっていて、疲れた僕は床の上で躰を丸める。木の床には良い香りのする清潔な敷き布が広げられ、僕を受け止める。

 黒鷲の夢を見る。


 躰が──背中が──痛い。


 熱くて、少し苦しい。

 飛翔する夢を見る。

 どこまでが夢なのか。

 もうあるはずのない記憶。

 優しい手はどこへ行ってしまったのだろう。


 背中が痛い。


 やがて、長い長い悲鳴が、僕を目覚めさせる。





 瞼の裏に日差しが踊っていた。

 悲鳴は夢の中のものだったらしい。目を開けると、ひどく静かだった。

《城》の食堂だ。庭園に面したガラス窓の脇に、僕は寝かされていた。どこかから取ってきた枕を手当たり次第に並べた、即席の寝台。翼のせいで仰向けに横になることはできない。いつものように横向きに丸まって、眠っていたようだった。

 すぐ傍にパムがいた。枕三つで足りてしまう躰を僕と同じように丸め、まどろんでいる。服代わりの布は巻き方がいい加減で、首から下の躰を隠し切れていない。あえて表現するなら薄赤い幼虫と言うしかない、細い触手の他には腕も脚もない胴体が、布の隙間から覗いていた。

 僕が身を起こすと、パムも目を覚ました。


「──イサ」


 疲れ、掠れた声で、友達は僕を呼んだ。金色の眼は充血して腫れ、だいぶ泣いていたように見えた。


「よかった。目が覚めて……。二日間、ずっと眠っていたんだよ……」


 僕はぼんやりと頷いた。頭がはっきりしない。

 見回すと、近くの椅子から女の子が立ち上がったところだった。頬から胸元を象の皮膚に覆われたチシャ。

 パムの次くらいに物静かな、忍耐強い《悪霊》憑きの彼女は、食卓の水差しを取り、椀に水を注いで持ってきた。


「飲んで。今、食べるものをあげる」


 低い穏やかな声で言って、僕に水を押しつけ、厨房の方へ行く。

 食堂にはチシャの他に、ディナ、ミレ、ハミがいた。

 ディナは蛇の鱗をまとった腕を食卓の上に乗せ、突っ伏して動かない。眠っているのか泣いているのか分からなかった。ミレは僕の方を見ない。兎の耳を不安定に揺らし、チシャの後を追っていった。

 右手首から先が蜂の針に変化しているハミは、食堂の入り口から一番遠い隅に座り込んでいる。陰気な目つきを、一瞬だけ僕に向けた。

 ずっと横になっていたせいか、躰に力が入らなかった。僕は壁に片方だけ肩を預けて寄りかかり、パムに尋ねた。


「パム……。何が……僕は……」


 言葉が出なかった。

 何を尋ねたいのか、自分でもはっきりしなかった。ガラス窓から差し入る光はまだ夢の続きのようで、もう少し待てばもう一度目を覚ますことができる気がした。

 パムは心配そうに眉を寄せた。


「気分は悪くない? 痛いところは?」


 僕は首を横に振った。自分が怪我をしたことをようやく思い出す。胸、肩、脇腹──。


 バール。


 レアル。


 鼻の奥から喉へ、血臭が広がった。

 片手で頭をつかみ、僕は呻いた。遠ざかっていた痛みが躰を炙る。喪失が唸り声を上げ、爪を立てた。


「……パム」


 一言だけで、パムは僕の頭の中を察した。


「うん。……カナが……。レアルが……」


 きつく目を閉じていても、友達が涙ぐむ気配が分かった。

 しばらく、僕たちは何も言えずにいた。

 やがてチシャが戻ってきて、保存食の箱を開け、「ほら、食べる」と僕を促した。


「二日以上、何も食べてないんだから。食べないとだめ」


 首を振り、押し戻した。だめと言われても、できるわけがない。もう死にそうなのに。


 そのとき、回廊側の扉が開く音がした。

 足音が三つ。低い声が、話しながら食堂に入ってくる。


「──やるしかねえだろう。生き延びてえなら、それだけだ」


 痛みが心臓を灼く。


 僕は頭を上げ、たった今戻ってきた声の主を確認した。

 黒い長身。カッチェとガナリ、二人の配下を引きつれている。

 バールは僕が起き上がっていることに気づくと、彫りの深い貌に、憂鬱そうな色を浮かべた。




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