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眠りの水面に

 

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 君は知っているだろうか。家畜のように薬で眠らされて、混濁した暗い夢をみることを。


 意識は灰色の泥水に浮き沈みする。

 自分の躰だというのに、指一本まともに動かせない。

 もどかしさに息が詰まる。

 もがきながら、容赦のない眠りに頭をつかまれ、また深みへと押し込まれる。

 夢の底へ、沈む。

 かたちの定まらない獣が蠕き、鈍い朱色の炎が揺れる。獣は炎で、炎は獣。叫びが暗闇を裂き、躰を震わせる。嘔吐しそうなほどの憎悪と殺意。

 とても生々しい喉の痛みに、僕はまた目覚めそうになる。


 君は、知っているだろうか。


 僕たちのほとんどは、こんなふうに眠らされて連れて来られた。

 自分の足で歩いて入ってきたのは、ふたりだけ。二十五人のうちの、ふたりだけだ。

 ひとりは君。

 もうひとりは、僕じゃない。


 あの場所へ行ったときのことを、僕はうっすらと覚えている。

 ゆらゆらと揺れるような半覚醒。睡眠薬に慣れた躰は、完全には眠らない。骨の髄まで刻み込まれた警戒心が、細く張りつめた糸となって、かろうじて意識をつなぎ止める。

 あのときは……そう、あのときは……。

 水面の上で、男たちの声が喋っていた。くぐもった音が遠く低くこだまして、よく意味をつかめないまま、頭をすり抜けていった。

(……今回の……多い…)

(上級………が……《ゆりかご》…………)

(………にしても……よく許可……)

(…………厄介払い……)

 笑い声が、うあんうあんと響いた。

 厄介払い。

 僕のことか、と思った。僕は、棄てられるのか。


 溺れる意識の内に、笑い出したくなるような解放感が広がった。


 棄てればいい。僕も、おまえたちを棄てたい。お互い様だ。

 僕は、おまえたちの「子供」じゃない。

 そんなものには、なれなかった。なりたいと思えなかった。おまえたちの足下に這いつくばって、いい子だと頭を撫でてもらうのには、吐き気がした。

 夢うつつの歓喜が警戒を緩ませ、僕はまた暗い底へと沈んでいった。


 もしも後に起こることを知っていたら、僕はあのとき、呑気に喜んでいられただろうか。


 正直に言って、分からない。とても喜ぶ気にはなれなかったかもしれないし、それでも嬉しかったかもしれない。


 だって僕は──。


 ……いや、やめよう。

 順を追って話そう。あの場所で過ごした短い間、僕が何をしていて、何を考えて、感じていたかを。

 今はまだ、君に届かない。

 でも、話したい。

 大切な訓練みたいなものだ。記憶をたどり、刻みつける。ひと欠片も忘れないように、何度も思い出し、繰り返す。

 そうしていつか、本当に、君に話したい。


 話の始まりは、こうだ。


 あのとき──何もかもが始まった、あのとき──僕は薬で眠らされて、獣のように運ばれてきた。三年間閉じ込められた檻を離れ、見知らぬ場所へ放り出された。

 奇跡のように美しく、謎めいていて、暗く、恐ろしかったあの場所へ。


 誰ひとり名前を知らず、ただ《城》とだけ呼ばれた、あの場所へ。


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