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1-4 推しに会うときは心の準備が必須(2)

※6/24改稿しました。

 一日が終わり、星が瞬き始めるまでのほんの一瞬を思わせる群青の髪色。少し下がった目尻は普段は涼し気なのに笑うと柔らかい。その奥に輝くのははちみつを煮詰めたような琥珀色の瞳。

 形の良い唇から紡がれる歌声は甘く、表情だけでなく全身で感情を表現する。彼の全てがルトアシアを底なし沼に落としていく。


 それがルトアシアの最推し、グレーヴだ。


 劇団トロピカに幼い頃から所属している彼は、役者としての評価こそパッとしないものの、トロピカの中ではそれなりの知名度を持っている。看板女優のレナータが入団してから、名前のある役をもらう機会も増え、ルトアシアにとっては嬉しい限りだった。

 

 

「はあぁ……、それにしてもグレーヴ様ってどうしてあんなに美しいのかしら。国宝級よ。こっちの国の人の目って節穴? 私なら神にして拝み倒すわ。でもグレーヴ様の魅力は見た目だけじゃないのよ。私、同担拒否じゃないからどこかにグレーヴ様の魅力について語り合える人がいればいいのに!」


 いつだったか、ルトアシアはアスコットに語ったことがある。その時は「国宝ならタチアナ」とばっさりと一刀両断にされたのだが、同時に耳が痛い話も聞かされる羽目になった。


「でもさ、あの人女性関係すごいらしいじゃないか。最近よく噂を聞くよ。一晩ごとに女ととっかえひっかえしてるとか。良いの、そんな人で」


 その噂はルトアシアも聞いたことがある――「トロピカのグレーヴは女癖が悪い」と。ルトアシアとしても推しの荒んだ生活が気にならないわけはない。しかしルトアシアはふん、と嘯いて見せた。


「それくらい知ってるわ。でも私は『役者』としてのグレーヴ様が好きなの。別にそれ以外で何をしていようが、私は舞台に立っているグレーヴ様を応援するだけよ」


 口にしてみれば、ルトアシアの気持ちとそう大きく違いはなかった。

 

(そうよ、私は舞台に立つ、役者としてのグレーヴ様を推しているんだから。それにただの噂だし、直接見たことないことを信じること程愚かなことはないわ。私は一人のファンとして、グレーヴ様が輝けるように応援するまでよ)


 ルトアシアの胸の中には()()()のグレーヴの笑顔が深く刻まれていたのだ。

 楽しそうに、自由に踊り、演じるグレーヴの輝く笑顔が――。



 

 だが今、ルトアシアの目の前――というには離れすぎているが、客席から見ることしかできなかった存在がいるのだ。人ごみに見え隠れする群青色の髪の毛は、毛量といい、毛の流れやつむじの位置といい、間違いなくルトアシアが推して止まないグレーヴだ。


「ちょ、ちょちょちょ……本物よっ! アスコット、どうしよう!」

「落ち着きなよ。いつも舞台で見てるでしょ。というかどこにいるの? 僕には見えないけど」

 

 アスコットもルトアシアの視線を追っているようだが、グレーヴの姿を見つけることは出来ていないようだった。

 

(これが、同じ国にいるということ……。まさかこんなに早く実感するとは! 死の国にいるお母様、今ルトアシアはグレーヴ様と同じ場所に立ち、同じ空気を吸っております。もしかしたらこのまま溶けてしまうかもしれません……)


 ルトアシアの興奮は高まるばかりだった。心臓は張り裂けそうな程高鳴り、身体の奥から熱いものがこみ上げてくる。

 ルトアシアの視線の先にある群青色が一瞬揺れた。


「あ……」

 

 人の行き交う隙間を縫ってそれは見えた。夜空に浮かぶ星を集めた琥珀色が、ルトアシアを捉えて瞬いた。

 ルトアシアが小さく呟いた瞬間、それは起こった。


「――ルティ! 駄目だっ!」


 アスコットの叫び声が響く。その刹那、ルトアシアの周りを深紅の炎が一瞬にして取り囲んだ。


「――っこのバカ!」

 

 アスコットは素早くルトアシアの足元に向かって指を動かした。するとルトアシアの足元に青い光を放つ魔法陣が現れ、燃え上がった炎は幻のように消えてしまった。残った複雑な魔法陣は青い光を残していたが、やがて消えて行った。

 アスコットはルトアシアが抑えきれなかった魔力で起こした炎を、自身の魔術を用いて魔法陣の中に吸い込ませた。


 そう、アスコットには魔力がある。アスコットの生家であるウィギンズ家は代々強大な魔力を持つ家系であり、そのため魔界もずっと昔から繋がりを持ってきた。

 

「坊ちゃま、お嬢様!」

 

 慌てて店から飛び出して来たマーサは、辺りから二人を隠すように通りに背を向けた。

 

「馬鹿っ、一体何してんだ! 行くぞ!」

「あちらに馬車を待たせてありますので」


 激しい剣幕で手を引くアスコットに引きずられ、ルトアシアはもつれそうになる足を必死で動かした。マーサが待たせていた馬車まではあと少しだ。


「ご、ごめんなさい……。アスコット、ごめんなさい。ごべん……」


 震える声で口を開いたルトアシアの声はみるみる湿り気を帯びていった。

 

 この国で魔力を持つ者はほぼいない。魔術は恐ろしいものだと教えられ、魔術を見たことのない人間も多い。その中で魔力を持つアスコットには特別な目が向けられている。


「こんな町中で魔術使って良いと思ってんの!? そうでなくても僕は目立つんだから、ほんと勘弁してよっ!」

「ごごごごべんなざいぃぃぃ~! だっで、だっで……がっごよがっだぁぁぁっ」

「うるさい。その口、閉じてやろうかな」


 足早に馬車に向かいながら、アスコットは深くため息をついた。


§


「どうしたの?」

 

 一瞬、人ごみの向こうに見えたような気がした紅い瞳にグレーヴは足を止めた。グレーヴの不思議な行動に、並んで歩く女性が不思議そうに声をかけた。

 

(昔、見たことのあるような……。いや、気のせいだな)

 

 グレーヴはよぎった思いをすぐに消し去り、隣の女性を安心させるように笑顔を見せた。

 

「いや、何でもないよ。行こうか」


 グレーヴは女性の背を押し、人の流れに身を任せるように足を進めた。

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