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プロローグ

 知らない壁、知らない店、知らない人達……。

 変な人に声をかけられないように細い路地に隠れて、どれだけの時間が経っただろう。


 不安で漏れ出した魔力は私の心も姿も、すっかりと塗り替えてしまった。


 お父様のお友達の家に赤ちゃんが生まれたらしい。私は「お祝いに行くぞ」とお父様に連れられ、人間界に来ていた。

 でもつまらなかった。みんな赤ちゃんに夢中で、赤ちゃんのお母様もお父様も、そして私のお父様もとても嬉しそうに笑っていた。


(私なんて、いなくても良かったじゃない……)


 そう思った私は屋敷を飛び出した。ちょうど町ではお祭りが開かれていた。

 町に出て、はじめはウキウキしていたけれど、ある事に気づいた時から私は段々と怖くなってきた。


(赤ちゃんに夢中で、私のことをみんな忘れてしまったらどうしよう……)


 パレードの音楽が大きくなって来た。本当ならわくわくして見ているはずだったのに……。そう思えば思うほど、楽しい音楽が心細さを大きくさせる。

 でも、もう限界。パンパンの風船は今にも破裂しそうだった。私は小さな手足を抱え込み、うずくまって震えた。


(……っう。ううぅ……おとうさま、どうしたらいいの)

「君、迷子?」


 ジワリと視界が歪んだ瞬間、ふいにかけられた声に私は弾かれたように振り向いた。

 私を心配そうな顔で見下ろしていたのは、はちみつを煮詰めたような瞳の色をした少年だった。


(――人間に話しかけられた!)


 私は慌てて逃げようとしたけれど、私の足は驚きすぎたせいなのか動いてくれなかった。

 そんな私の様子を気にしていないかのように、少年の優しそうな目元がふんわりと細められた。


「知ってる? もう少しでパレードが通るんだよ」


 そう言って少年は私の頭を一撫でしたあと、琥珀色の瞳をキラキラと輝かせながら立ち上がった。多分私よりも少しだけ年上の彼は、その場でくるりとターンをして見せた。


「さあさあ可愛いお客様。僕の踊りをご覧あれ」


 演技がかったセリフの後、少年は近づいてくる音楽に合わせて軽やかにステップを踏み始めた。ただ、それはむやみに踊っているだけではなかった。音楽に合わせて変わっていく表情、仕草……少年が生み出す物語を見ているようだった。


(すごいわ、ちゃんとお話になっている……。彼はきっと王子様でお姫様と踊っているのね。あっ、突然お姫様がいなくなっちゃった。悲しそうな王子様……。そうか、お姫様はさらわれちゃって、王子様は今から旅に出る所なのね)


 私は少年の一挙手一投足から目が離せなくなっていた。

 それ以上に、心から楽しそうにきらきらと演じる彼の姿に、私の心の中に初めての感情が湧き上がっていた。


(私も、こんな風に自由になれるのかしら……。こんな風に楽しく、輝いて……)


 少年が演じる王子は姫を無事に救出し、みんなに祝福され結ばれた。そこでちょうど音楽の切れ目が訪れた。


「ふぅ、これでおしまいっ! ご覧いただき、ありがとうございました」


 少年は恭しくお辞儀をして、心から嬉しそうに笑った。

 思わず声を上げ、拍手をしたくなった時、覚えのある魔力が電気が走るように身体を流れた。


(――おとうさま!)


 この魔力は父親の物だ。どうやら私を探しあてたらしい。


(ありがとう、とても素晴らしかったわ。でも、もう帰らなきゃ……)


 どうにか感謝の気持ちを伝えようと少年を見上げた瞬間、路地の向こうから怒鳴り声が聞こえた。


「グレーヴ!! どこ行った!? おーい、グレーヴ!!」

「あっ、団長だ! やばい、探されてたみたい。 はーい、ここに居ます!!」


 少年が慌て始めたのを見て、私も魔力が流れてくる方向に向かって走り出した。もうすっかり不安は消え去っていた。私の身体の中で、何かがカチリとはまる音がした。


「あっ、どこ行くの?!」


 グレーヴと呼ばれた少年は走り去る私を振り返って、手を伸ばそうとした。だけど彼は大きな目を見開いてピタリと動きを止めた。


「――ありがとうございますっ!」


 雑踏に交じったお礼の言葉は届いたかどうかわからない。一度振り返った時、彼の元に大人が駆け寄るところだった。


「グレーヴ、さま……」


 私は彼の名前を走りながら口の中で小さく呟いた。髪が風になびくのが気持ち良かった。

 これが私の心の支えとなるグレーヴ様との初めての出会いだった。

今日はこの後第2話まで投稿予定です。2章まで一日2話ずつ、6時と18時に予約投稿していきます。

全部で45~48話くらいの予定です。

しばしお付き合いの程宜しくお願いします。

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