SORA エピソード9 謎のライオン
エピソード9 謎のライオン
今日は雨が降っていた。ここ一週間ずっと天気は雨だ。まだ五月の初旬なのに、もう梅雨入りしてしまうのだろうか。これも、ここ数年騒がれている温暖化の影響なのだろうか。
海斗は図書室の窓から暗い空を眺めた。すると、窓ガラスに映る自分の背後から、金髪の男が近づいて来るのが見えた。
海斗が何も言わずに振り返ると、「ちえ。天崎のこと驚かせようと思ったのに。」と言って、サツキが口を尖らせた。海斗はぼそりと「帰るぞ。」といって暗い図書室を出た。
「お前、夏美さんの言ってた話、信じてるか?」と、海斗は湿気でツルツル滑る廊下を歩きながら聞いた。
「天崎は信じてなかったの?」
「当たり前だ。だってあり得ないだろ、別の世界があるなんて。」
「そうかなあ。仮に嘘だとしても、ファンタジーな感じで楽しいなって思ってたけど。」
「証拠がないだろ。」
「夏美さんの描く絵が何よりも証拠さ。美人なお姉さんのいうことに嘘はないんだよ、天崎くん。」
「お前、将来結婚詐欺に遭いそうだな。」海斗はクスリと笑った。
下駄箱に続く廊下を二人は歩く。校舎は薄暗いが、普段グラウンドで活動している運動部が、学校の至る所で筋トレしているのでかえって騒がしい。突然海斗のそばを陸上部らしき生徒たちが走り抜けた。
「俺が小学生の時は、耳にタコができるほど廊下を走るなって言われていたのにな。」と驚いて呟くと、
「ちょっと危ないよね。ぶつかったりしないといいけど…」とサツキが言った。
校舎の中央には中庭がある。普段は文化祭などがない限り、生徒はめったに中庭に行かない。行くとすれば、応援団や物好きの女子生徒くらいだろうか。一階の廊下から、雨風にさらされて錆びだらけになったパラソルと、手入れのされていない椿の木がちらほらと見られた。
海斗が、中庭をぼんやりと眺めながら歩いていると、中庭の中央に一人の男子生徒が立っているのが見えた。「なあ、あいつ何やってんだろ。」と言って指さそうとしたとき、海斗は信じられないものを見た。
男子生徒は上を向いて空を一瞥すると、両腕を地面に下ろした。そして彼の身体が一瞬にして、一頭の獅子に変化した。
海斗は全身が凍り付いた。サツキが「どうしたの、急に立ち止まって。」と言って海斗の顔を覗き込んだ。
「サツキ、あれ…」と言って震える指で獅子を指さした時、突然横から強い衝撃がした。海斗は自分の意識が遠のいていくのを感じた。獅子の恐ろしい咆哮が聞こえた気がした。
「本当にすみませんでした!!」と言う声が遠くから聞こえた。海斗はどこかのベッドに横になっていた。枕にはキンキンに冷えた氷袋が敷かれていた。痛む頭を押さえながら体を起こすと、
「まだ寝てて。」と、傍に座っていたサツキが言った。
「廊下でランニングしてた陸部の男が、天崎にぶつかったんだ。」とサツキが声を低めて言った。
「でもね、今はそれどころじゃなくて…」と言った時、保健室のカーテンが開いて、一人の男子生徒が入ってきた。
「ほんとにごめんなさい。俺、よそ見してた時にあなたにぶつかってしまって…。湿気で廊下も滑りやすくなってたから…。」と、アディダスのロゴが大きく書かれたジャージの男が、頭を搔きながらうな垂れて言った。
「…そうか。あんたは怪我しなかったの。」と海斗が言うと、
「俺は奇跡的になんともなく。海斗さんの頭の打ちどころが悪かったらしくて、気を失った時は、俺漏らすかと思いました。」とジャージの男が言った。
「それより外は大騒ぎさ。学校に突然ライオンが出たって。」とサツキは小さな声で言った。
「俺たちが海斗さんを保健室に運んで手当していた時、急に保健室の先生が『あんたたち、保健室から出るんじゃないよ』って真剣な顔して言ったんです。」
「孝弘は実際にライオンを見たんだって?」とサツキが言った。
「はい。ランニング中に中庭を見たら、急にライオンが現れて。その時前方にいた海斗さんに気づかなくて…」とジャージ男が申し訳なさそうに言った。
あの時見た獅子は本物だったのか、と海斗は愕然とした。
「海斗さんとぶつかって、一度ライオンどころじゃなくなりました。気のせいだったのかな、と思って保健室にいたら、先生がああ言って飛び出して行っちゃうし。」
海斗は嫌な予感がした。夏美さんが言っていた「もう一つの世界」、そして突然現れた一頭の獅子。
「なあサツキ。夏美さんの言ってた世界って…」と海斗が言った時、
「え?夏美って、もしかして境夏美さん?」とジャージ男が驚いた顔で言った。サツキが
「夏美さんを知ってるの?」とジャージ男に聞くと、
「天才画家の境夏美さん。俺の姉ちゃんの友達です。この前美術館に行って、夏美さんの絵を見てきたばっかりなんです。」と言った。
ジャージ男は「俺、菅井孝弘です。」と名乗った。その時、保健室の扉が開く音がして、
「ライオンは捕まったよ。専門業者の方々が凄い速さで学校に来てくれてさあ。」と、安堵した声で先生が言った。そして、「海斗君の頭は大したことないから、あんた達は気を付けて帰りなさい。」と言った。
連載投稿の仕方がようやくわかりました。