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1話

 この世は、妖に脅かされている。強固な大結界が張られた都心部では流通も盛んで摩天楼も並んでいるが、一度大結界を出ると妖に襲われる危険が常に隣り合わせだ。


 てはいえ、人間の生息圏は大結界の中のたった一つではない。妖の攻勢盛んな中、古くからある名高い退魔師達は大結界から五芒星を描くように五つの方角に拠点を設け、それぞれ五つに結界を張ることに成功した。


 子孫達はその偉業による結界を維持することで、現代まで人の歴を紡ぐことが出来ているのだ。


 しかし、維持することで保たれてきた平穏は、勢いを増した妖どもによって破られようとしていた──。



◇◇



 五芒星を形作る退魔師の結界の一つ。偉大なる退魔の祖の一人、名を土御門つちのみかど 明訓あきのりが興した里の時期当主は15歳の節目を迎えていた。退魔師達は妖を討つ一族。歳が15になると、成人ではないが大人の仲間入りを果たす決まりだった。名は土御門つちのみかど 玉枝たまえといい、和服が似合う慎ましい笑みを浮かべる少女だ。


「よくぞ立派に育った」


 現当主の土御門つちのみかど 明文あきふみが短いながらも柔らかに祝う。一族を率いる現役の退魔の当主である彼の顔、体つきは精悍かつ巌のように厳かだが、愛娘の晴れ着の前では笑みも深い。


 しかし、父てして祝ってばかりもいられない。顔を引き締め、明文は告げる。

 

よわい15になる時期当主は、三年の間退魔の学院に勤める定め。御前おまえは次期当主として相応しいと判断し、その務めに就くことを命ずる」

「はっ! 謹んで承ります」

「うむ。下がってよいぞ」

「失礼致します」


 玉枝は恭しく頭を下げ、三つ指をついて了承し、畳の上を静かに退室することで無事に式事を終えたのだった。


 凛とした佇まいを崩さない玉枝だが、退室して襖を閉めてかや僅かに大きく息を吐いていた。


「立派でしたよ、玉枝」

「お母様」


 玉枝の母であり、現当主の明文の妻。名を土御門つちのみかど 花枝はなえという。どこか陰のある玉枝とは違い、晴れ晴れとした明るさで名前の通り花のようにわらう女性だった。


 少し屈み、玉枝と目線の高さを合わせて両手を愛娘の頬に添える。伏し目がちの玉枝と目を合わせるために、花枝がよくする仕草だった。


「少し前まではこんなに小さかったのに……。もうこんなに大きくなったのね……」

「お母様。それでは米粒です。赤ん坊でもそんなに小さくありません」

「そうねえ。そうだったかしら」

「そうです」

「玉枝は御利口さんねえ」


 ぎゅっと抱き寄せられ、玉枝は抵抗せずに両の手を母の背に回した。


「いつでも帰ってきていいのよ」

「お母様──」


 かき抱かれ、肩に回る花枝の手を、そっと包むように手を添える。とても愛の深い母。自慢の母。


 今度は玉枝のほうから目を合わせて言葉を続けた。


「玉枝は負けません」


 その宣言は力強く、まさに一本の刀のようで。親馬鹿などではなく、花枝は我が娘を誇らしく思うあまり感涙していた。


「玉枝、これだけは覚えていて。負けないだけが強さではないのよ。貴女が戦う相手は妖だけではなく、時には人間の汚なさに苛まれるでしょう。柳の葉、暖簾に腕押し。時に受け流し、退くことも肝要です。退魔師である前に、たった一人の人間なのですから」

「はい、お母様」


 玉枝は母の言葉を胸に刻み、その後しばらくしてから土御門の里を出立した。


 時期当主が集う退魔師養成学院は、五芒星の中央、つまり大結界の中にある。中央とはすなわち国である。この学院の成り立ちは新しく、五つの里が興って後のことだった。退魔の五氏族は妖を討つ能力は比肩するものがないほどだが、放っておくと中央政府にいつまでも連絡もしない当主が続出するなど、とにかく閉鎖的で管理体制や統制が杜撰、文化レベルの乖離が著しくなる一方だった。


 当主達に国を守ろうとする意識はあるだろう。しかし忠義があるのかと問われれば、かつてよりは失われているのだろう。そのため、当主同士の顔合わせと交流、中央政府との繋がりを維持する教育機関を設立することが急務になったのだ。


『これがこんくりぃとじゃんぐるってやつか』


 玉枝の心を代弁しているのは、ドクロだった。玉枝はがしゃ髑髏どくろに見える見た目からがしゃまると呼んでいる。玉枝が持つ異能の一つで、同じ退魔師なら見えるというもの。声ではなく思念のようなものなので、玉枝にも漠然と意思疎通がとれる程度だった。


 土御門の里にも同じような異能を持つ者はいるが、玉枝はどうにも人間くさく自由意志があるがしゃ丸のことを奇妙な守護霊のように思っている。


 どうやらがしゃ丸は、コンクリートやアスファルトに興味深々なようで勝手にひょっこりと頭を出してきょろきょろと辺りを見渡している。


 玉枝自身、初めて着る制服というものと初めての場所に緊張しているのは間違いない。しかし、自分の知的好奇心を隠そうともしないがしゃ丸を見ると幾分と平静を保つことができた。


 ゆっくりと馬車から降り、学院の門の前に歩いて行くと、他四人の次期当主達とスーツの男が待っていた。


「全員揃ったね。僕が君達五氏族の教師の渡橋わたりばし とおるだよ。君達が当主になるにあたって、退魔の能力以外に大事なことを教えていくのが主かな」

「退魔の能力以外ってなんですか?」

「君達が守ってくれている大結界の中のことや、当主同士の連携とか。つまり今まで生まれ育ってきた里の里のことに関心を向けてもらおうってことだよ。……他に質問はないかな?」


 最初に質問をした生徒以外の質問がないことを確認し、透は人当たりの良い顔で「よし!」と門を見た。


「じゃあ君達の教室へ案内するよ。改めてようこそ、退魔師養成学院へ」

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