想像の人
コンコン――。戸を叩く音だった。
話に夢中で気が付かなかったが、開きっぱなしだった戸に、もたれ掛る見知らぬ人物がそこに居た。
驚いたのはその人物に気付かなかった事でも、今までの話を聞かれていた事でもなく、その容姿にあった。
女性。そんなことは解る。服装は着物ではなくモダンな洋服、真っ赤なドレス。
今から舞踏会にでも行くのかという程粧し込んでいた。
その女性は学生ではないだろう。明らかに年上だ。二回り、それ以上か。では一体誰か?何の用か?教師にしては派手だし、見かけた事も無い――。
見かけたも何も、白黒の写真でしか見た事がない。
瞳の色、髪の色、肌の色、言葉、考え方。
写真では解らないそれらは、実際目の前にすると、今まで私が想像していたことや、習って来た事が、如何に無意味なことと突き付けられる思いだった。
彼女の長い髪は束ねられ、金色に輝き、瞳は緑。それは所謂――。
『外国人だ!』
輝く髪。万千よりも高い身長。本物なんて初めて見た。物怖じしてしまう存在感。これが外国人――。
「いい子じゃない。環。君にちゃんと感情をぶつけてくれている。他人として、友人として接されるのも悪くないだろ」
「ハイネさん。何時からそこに?立ち聞きなんて――恥ずかしいわ、そんな台詞」
「ナンセンスね――それも貴女次第よ」
環とその女性は、とても親しそうだった。環に外国人の知り合いが居たなんて私は知らなかった。
それを隠していたと思うと少し複雑だった。私もお近付きになりたい。
「環さん。そちらのご婦人は、何方様ですの?」
「ごめんなさい、紹介が遅れたわ。大郷司さん、こちらは――こちらは…。なんて紹介していいのか…。そうね、ご自身でなさったら良いわ。ねぇ『ハイネ先生』」
「『先生』――。人から敬われる事は、とても心地が良いものね。貴女なら解るのではなくて?大郷司万千さん」
『先生』?察するに、新任の外国語教師といったところだろうか。
環の知り合いだとすると、新学期の担任か?――にしても、本当に外国人なのだろうか、疑ってしまう程流暢に話す。
見た目との差でおかしくなりそうだ。